2022/4/27 広瀬悦子と東響(弦楽五重奏) ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番 ― 2022年04月27日 19:33
横浜18区コンサート 第Ⅱ期
弦楽五重奏で聴くピアノ協奏曲
日時:2022年4月27日(水) 15:00 開演
会場:はまぎんホール「ヴィアマーレ」
出演:ピアノ/広瀬 悦子
弦楽五重奏/東京交響楽団メンバー
ヴァイオリン/水谷 晃、鈴木 浩司
ヴィオラ/多井 千洋
チェロ/蟹江 慶行
コントラバス/渡邉 淳子
演目:吉松隆/アトム・ハーツ・クラブ組曲 第1番
モーツァルト/アダージョとフーガ K.546
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番 ト長調 Op.58
横浜銀行がホールを持っているとは知らなかった。正確には横浜銀行が出捐した公益財団が運営している。床は木製、壁面は凹凸ある木質材に煉瓦が縁取りされ、天井は少し低い。舞台上には反響板が設置されている。椅子は折り畳み式の薄い椅子が500席、椅子のボリュームがないぶん音響的には貢献しているかもしれない。下手な公共ホールより響きがよくて立派。さらに今回は、チケットが千鳥格子状に販売され、前後左右空席でゆったりと。
横浜18区コンサートは、みなとみらいホールが大規模改修のため長期間休館となっており、その間、横浜市内各区のホールや公会堂等の文化施設を巡って開催する企画。メインプログラムは協奏曲を室内版に編曲し、ソリストとオケメンバーの弦楽五重奏団が共演するという趣向。昨年度がⅠ期として5プログラムを10区10公演、今年度がⅡ期として4プログラムを8区8公演行う。昨年度は一度も聴いてないが、面白そうなので今年度はできるだけ通ってみようかと。
さて、最初は、吉松隆の「アトム・ハーツ・クラブ組曲 第1番」。
作者自身が軽妙な作品解説を書いているので、そのまま引用しておく。
<この曲、フル・ネームを「ドクター・タルカスズ・アトム・ハーツ・クラブ・デュオ」(直訳すれば「タルカス博士の原子心倶楽部二重奏曲」)と言う。
これはもちろん、クラシックからロックンロールまでの人類の音楽全てを混合させたビートルズの傑作アルバム「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(直訳すると「ペッパー軍曹の傷心倶楽部楽団」)のもじり。これに70年代プログレッシヴ・ロックの名作であるエマーソン・レイク&パーマーの「タルカス」とピンクフロイドの「原子心母(アトム・ハート・マザー)」そしてイエスの「こわれもの」を加え、それをさらに手塚治虫の「鉄腕アトム」の十万馬力でシェイクしたのが、この作品である。
全体は4つ楽章からなり、
1は変拍子が全開のプログレ風アレグロ。
2はちょっとイヤラシめのバラード風アンダンテ。
3はつま先立ちでコソコソの逃げるコキュ(間男)風のスケルツォ。
そして4はスラップスティック(ドタバタ)風ブギウギ。
1997年夏にモルゴア・カルテットのために弦楽四重奏版として作曲。>
なんのこっちゃ? ハチャメチャな解説だね。
モルゴーア・クァルテットは、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を演奏するため、30年前に結成された弦楽四重奏団だが、Vn.1の荒井英治がプログレッシヴ・ロックのオタクなので、生でも音盤でもプログレのアレンジ作品をたびたび取り上げている。
今日は本家本元の演奏ではないし、弦楽五重奏版。もっとも「アトム・ハーツ・クラブ組曲」は、オリジナルの弦楽四重奏版から派生したギター・デュオ、サクソフォン・カルテット、ピアノ・トリオ、弦楽オーケストラなどのための異稿があるから、弦楽五重奏であってもおかしくはない。弦楽合奏用の楽譜だろう。
熱血漢の水谷晃のリードによるプログレ風吉松作品である。作者の能書きはともかく、演奏は情熱的でカッコいいの一言。この「アトム・ハーツ・クラブ組曲」には第2番もある。これも生で是非聴いてみたい。
次いで、同じく弦楽五重奏によるK.546の「アダージョとフーガハ短調」。
もともとはバッハに触発されて書いた「2台のクラヴィーアのためのフーガ K.426」を編曲し、アダージョを追加したもの。三大交響曲が書かれたモーツァルト32歳の作品。昔からカラヤンやクレンペラーなどが弦楽合奏で録音していたので、よく知られている。
5、6分の短い曲ながら、東響メンバーによる「アダージョとフーガ」は鋭い切り込みと激しい気迫。アポロンとしてのモーツァルトではない、デモーニッシュなモーツアルトが立ち現れた。
広瀬さんのピアノソロと弦楽五重奏によるベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」が本日のメイン演目。
プログラムノートによれば編曲はヴィンツェンツ・ラハナー。ラハナーはシューマンと同年代のロマン派の作曲家だという。
弦楽五重奏の曲を聴いたあとピアノが加わると、音の世界が非常にカラフルになる。広瀬さんの音色が多彩で美しい。協奏する弦楽五重奏は一目でそれぞれが何をしているかよくわかる。とくに第2ヴァイオリンとヴィオラの働きが新鮮に聴こえる。Vn.2は、あるときはVn.1と一緒になって主旋律を歌うかと思えば、Va.と会話しながら内声部を補強する。Va.はVn.2との会話以上にVc.と連携し低音部を担う。視覚的にも聴覚的にもそれが面白く、しばらくはそのことに注意が向いていたが、曲が進むうち音楽にどんどん引き込まれ、深い感動が訪れてきた。
「ピアノ協奏曲第4番」は第1楽章から第3楽章まで”あこがれ“を音にしたものだと思う。広瀬さんと東響メンバーの演奏は、痛切にそれを感じさせてくれる音楽となっていた。
アンコールは「夏の名残のバラ」、これは「庭の千草」ともいわれる歌ではなかったか。