2026/3/29 アクセルロッド×音大FO ガーシュウィン「パリのアメリカ人」2026年03月29日 21:28



第15回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ
    (首都圏8音楽大学+関西の音楽大学 選抜)

日時:2026年3月29日(日) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョン・アクセルロッド
演目:バーンスタイン/「キャンディード」序曲
   コープランド/バレエ組曲「アパラチアの春」
   ドアティ/ルート66
   ガーシュウィン/パリのアメリカ人


 年度末恒例の特別編成による音大オケコンサート。今年度は首都圏の8大学に加え関西から京都市立芸大と相愛大が参加し、計10大学の選抜メンバーによるフェスティバル・オケをアクセルロッドが指揮をした。
 アクセルロッドといえばコロナ禍のとき来日不能となった海外指揮者の代役を務め各地のオーケストラを振った。彼は入国制限の直前に来日をしていたので、そのまま帰国せず随分長く日本に留まり指揮をした。各楽団の事務局としては幾多の演奏会を守ってくれた救世主に思えたに違いない。
 今回はオールアメリカンプログラム。アクセルロッドはテキサス州ヒューストンの生まれでバーンスタインやエッシェンバッハに学んだ。まさしくお国もの、身体に馴染んだ曲ばかりだろう。

 バーンスタイン「キャンディード」の組曲版は昨年大植×神奈川フィルで聴いた。楽天家キャンディードが世界各地で波乱万丈の冒険劇を繰り広げるミュージカル。世界中を舞台とするから音楽は様々なジャンルのごった煮のようだった。序曲は物語の期待を高めるように華々しくはじまり、快速で最後まで駆け抜ける。組曲は壮大にして感動的な人間賛歌で終結したけど、序曲は軽快かつ陽気なコーダだった。アクセルロッドと音大選抜は元気の良いダイナミックな演奏でフェスティバルの幕を開けた。

 コープランドの「アパラチアの春」組曲、もともとは13人編成の小管弦楽によるバレエのための曲、これをオーケストラ用に編曲したもの。組曲版は特に打楽器が注目でバスドラム、スネアドラム、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、シロフォン、ウッドブロックなどを揃え、クラベス、テイバーという珍しい楽器も加わる。クラベスは木片の拍子木のようなもの、テイバーは1本バチの長太鼓である。これだけの打楽器を今日は4人の奏者でまかなった。スネアドラム、トライアングル、ウッドブロック、クラベス、テイバーはまとめて1人が担当した。とっかえひっかえ叩いて途中でクラベスを床に落とすというアクシデントもあったけどドンマイ、敢闘賞ものだ。
 「アパラチアの春」は開拓民の素朴な世界を音にしたものといわれ、曲後半の変奏曲ではキリスト教シェーカー派の讃美歌「シンプル・ギフト」の主題を使っている。アクセルロッドは抑制のきいたコントロールで学生オケをまとめ上げ、詩情あふれるコープランドを奏でてくれた。

 休憩後、日本初演のドアティ「ルート66」でスタート。「ルート66」とはシカゴからカリフォルニアを結んでいた国道。TVドラマや映画、小説や音楽などの題材にもなっている。冒頭の4本のトランペットが格好いい。リズミカルな音楽が連続し、車のエンジンやブレーキの擬音が挿入されるなど親しみやすい曲。ここでも打楽器が大活躍、若い力が結集した派手で楽しい演奏だった。

 「パリのアメリカ人」はガーシュウィンが旅行中に体験したパリの街並みを活力一杯に描いた作品。タクシーホーンがけたたましく鳴り、通りの喧騒や街中のざわめきが切り取られる。アメリカ人がパリを散策する。アルト、テナー、バスの3本のサクソフォンはアメリカへの郷愁か、そのままミュージックホールから洩れる音色か。アクセルロッドは各楽器を際立たせ強くメリハリをつける。音大選抜は色彩豊かに躍動感あふれる熱演で応えていた。
 「パリのアメリカ人」は劇伴音楽として書かれた作品ではないが、ガーシュウィンの亡くなったあと同じ題名の映画が作られた。ガーシュウィンはニューヨークのブルックリンで東欧系ユダヤ人の移民の子として生まれ1937年に永眠、わずか38歳の生涯だった。

2025/12/7 音大オケ・フェス シベリウスとチャイコフスキー2025年12月07日 21:15



第16回音楽大学オーケストラ・フェスティバル2025
    国立音大・東邦音大

日時:2025年12月7日(日) 15:00 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:国立音楽大学(指揮/藤岡幸夫)
   東邦音楽大学(指揮/大友直人)
演目:シベリウス/交響曲第1番ホ短調(国立)
   チャイコフスキー/交響曲第4番ヘ短調(東邦)


 2025年音大オケ・フェスの最終日、藤岡幸夫×国立音大のシベリウスから。
 藤岡は渡邉曉雄の弟子だからシベリウスは大事なレパートリーのひとつ。「交響曲第1番」は以前シティフィルで聴いたことがある。そのときの前半のプログラムがシューベルト「ピアノ協奏曲」という怪作だった。シューベルトの最後のピアノソナタを吉松隆が遊び心で田部京子のためにピアノ協奏曲化したもの。四半世紀も前に編曲しその後お蔵入りになっていた作品の世界初演だった。これがたいそう面白く、田部さんのピアノで完全に魂を抜かれ、後半のシベリウスはほとんど上の空で聴いていた。だから、今回は藤岡のシベリウス「第1番」の再確認である。
 第1楽章の冒頭はティンパニを伴ったクラリネットのソロで始まる。このティンパニは全曲を通しほぼ休みなしでマレットを頻繁に替えながら叩き続ける。奏者は細身の綺麗なお嬢さんだった。悲劇的な旋律から突然弦楽器のトレモロが登場する。第1主題は明るく、第2主題はフルートが主導し、第3主題は様々な楽器によって繰り返され、北の国の自然が描かれる。展開部は金管楽器が加わり音量を増し、コーダはコラールを経て決然と終結する。第2楽章はハープからはじまるゆったりした楽章、主題は第1ヴァイオリンとチェロによる歌謡的な旋律。旋律は変奏され様々に展開していく。最後は冒頭の穏やかな曲調へと戻り遠ざかるように閉じられる。第3楽章は弦楽器のピチカートと激しいティンパニの連打によってはじまるスケルツォ。中間部はホルンによるやすらぎの音楽だが、すぐに荒々しさが回帰し最後は勢いを増して駆け抜ける。第4楽章は開始楽章の最初の主題が情熱的に出現し曲を統一する。エネルギーに満ちた主題が提示され各楽器に広がっていく。慌ただしい部分を経て雄渾な旋律が盛り上がり、最後はピチカートによって静まるように終結する。
 シベリウスの「第1番」と「第2番」は後期の内省的な交響曲とは違い、起伏は大きく語る内容もロマンチック。でも、チャイコフスキーのようにウエットで粘っこくはなく、乾燥し硬質な肌ざわりがあって好ましい。今日はこのシベリウスを音大オケを相手にした藤岡幸夫の巧みな指揮でじっくり聴かせてもらった。

 今年の音大オケ・フェスの大詰めは大友直人×東邦音大のチャイコフスキー。
 「交響曲第4番」は先週聴いたばかり、同じフェスティバルのなかでの競演となった。原田慶太楼×武蔵野音大のチャイコフスキーはワインディングロードを疾駆して車酔いにでもなったような演奏だったが、大友直人×東邦音大はそんなことはなかった。大友は楽曲を綿密に構築しつつ引き締まった音楽をつくった。
 絶対的な馬力やスピードは原田×武蔵野が上回っていたと思うが、体感的には大友×東邦のほうが力が漲り速度も快適だった。大友の音量調節と緩急管理のうまさゆえだろう。上品な乗り心地のまま最速で目的地に着いたという感じがした。
 大友に出会うのは久しぶり、体型は変わらないけど髪は真っ白になった。濃厚で情熱的なチャイコフスキーが衒いもなく品格を保ち円熟味のある音楽として再現された。大友は還暦をとっくに過ぎて70歳に近くなった。もっと聴かなければならない指揮者の一人である。

2025/11/30 音大オケ・フェス チャイコフスキー、マーラー、ベルリオーズ2025年12月01日 14:58



第16回音楽大学オーケストラ・フェスティバル2025
    武蔵野音大・東京音大・洗足音大

日時:2025年11月30日(日) 15:00 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:武蔵野音楽大学(指揮/原田慶太楼)
   東京音楽大学(指揮/松井慶太)
   洗足学園音楽大学(指揮/下野竜也)
演目:チャイコフスキー/交響曲第4番ヘ短調(武蔵野)
   マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」(東京)
   ベルリオーズ/幻想交響曲(洗足)


 月が替わって12月になってしまったが、昨日、毎年恒例の音大オケ・フェスの2日目を聴いた。初日の東京芸術劇場はパスしたが、来週のミューザ川崎の最終日は聴く予定である。

 原田慶太楼×武蔵野音大のチャイコフスキーでスタート。
 全楽章をアタッカでつなげ激烈で火が燃え上がるような演奏。最大限の緩急と強弱、スピードは違反レベル、音量は限度一杯、やりたい放題と形容していいほど。学生オケだからこそ可能となった演奏だろう。プロオケだったら楽団員から顰蹙を買いそう。もっともチャイコフスキーの交響曲だから許容範囲というべきか。とまれ原田の外連味たっぷりの曲芸的な解釈に武蔵野音大はよく食らいついて行った。
 原田慶太楼は現在東響の正指揮者だけどノットと同様今シーズン限りで退任する。コロナ禍のとき来日不能となった海外指揮者の代役として全国各地のオケを振って話題となった。当時はまさに八面六臂の活躍でオケの事務局からは頼りにされていたに違いない。東響を退任したあとは愛知室内オーケストラの首席客演指揮者やアメリカにおける音楽監督の活動が中心となりそうだが、引き続き各地のオケを指揮してくれるはず。来シーズンは神奈川フィルの定期にも登場する。 

 次いで、松井慶太が東京音大を振ったマーラー。
 松井はこの夏にアマオケのシベリウスとベートーヴェンを聴いていたく感心した。この音大オケ・フェスでの公演を楽しみにしていて、結果は期待を遥かに上回った。全体の雰囲気は穏やかで大声で叫ぶことはないものの。ひとつひとつの音に神経が行き届き、それぞれの音が各楽章の核心に向かって行く。そして、必然であるかのように曲全体の頂点へ収斂し解放される。マーラーの心の奥底、感情の揺らぎが聴き取れるようだった。第1楽章の副題でいう「春、終わりのない」の鳥のさえずり、第2楽章のロットからの引用、第3楽章の葬送行進曲と突然の民謡風の調べ、終楽章の騒擾と静寂、いずれもこれ以上ない理想的というべき演奏だった。
 編成は管楽器が4管、打楽器も多分最終稿通りなのに、第1ヴァイオリンは10人しかいなかった。チェロ、コントラバスは増強されているものの、ヴァイオリンはセカンドを含めても明らかに不足している。楽器のバランスが難しいのではと危惧したが無用な心配だった。最初から最後まで崩れることなく均衡を維持し全く気にならなかった。終演後、聴衆の何人かがスタンディングオベーションで称えていたがさもありなん、入魂のマーラーだった。
 松井の指揮姿は武骨で不器用といえるほどだが、つくりだす音楽は広上や川瀬より汐澤の衣鉢を継いでいるように思える。汐澤や飯守の亡きあとの指揮者を見つけ出したかも知れない。今のところ首都圏のプロオケを振ることが少ないが、とりあえずパーマネント・コンダクターを務めるOEKの東京公演のチケットを取りたい。

 最後は下野×洗足音大のベルリオーズ。
 休憩を挟んだものの松井慶太×東京音大の余波で第1楽章は呆然としたまま通り過ぎてしまった。ぼんやりしたまま全曲が終わるのかと懸念したがとんでもない。下野はもともと誠実な音楽家で、毎回大きく失望したことはないが、この「幻想交響曲」でも楽譜に隠れている思いがけない音を引き出して微笑させ、楽章を追うごとに熱量をあげ迫真の演奏を繰り広げた。
 とくに第3楽章の「野の風景」をきっかけにして、「断頭台への行進」「魔女の夜宴の夢」における狂乱ぶり、奇怪さは下野の別の一面をみたかのよう。それでいて細部まで統制は行き届き、圧倒的なクライマックスを築いた。洗足音大はずっと秋山さんの指導あってのオケであったが、よき後継者を得たようだ。

 演奏会は3時に開始された。普通ならメインプログラムとなる1時間近い作品を3曲並べ、それぞれの楽曲の前には共演校からエールをこめたファンファーレが演奏された。楽曲の間には20分間の休憩が置かれ、終了したのは大方7時だった。4時間もホールにいた勘定になる。
 3校の共演はさすがに辛い。毎年、年齢が加算され疲れも酷くなる。来年はプログラムノートの記載によると昔のように2校ずつ4日間の日程となっている。この改善は大歓迎である。

2025/3/29 沼尻竜典×音大FO 武満「系図」とショスタコーヴィチ「交響曲第4番」2025年03月29日 22:20



第14回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ

日時:2025年3月29日(土) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:沼尻 竜典
共演:語り/井上 悠里
   アコーディオン/大田 智美
演目:武満徹/系図―若い人たちのための音楽詩―
   ショスタコーヴィチ/交響曲第4番ハ短調


 年度末のこの時期は音大フェスティバル・オーケストラの演奏会、首都圏の8つの音大の選抜メンバーで構成されるオケである。各音大が競演する年末の「音楽大学オーケストラ・フェスティバル」の特別編で、今年度は沼尻竜典が振る。

 武満徹の「系図」は昨年、佐渡裕×新日フィルで聴いた。谷川俊太郎の詩集に基づく「むかしむかし」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「おとうさん」「おかあさん」「とおく」の6曲。
 思春期を迎えた子供の視点による谷川の言葉は、時としてどきっとするほど冷徹なところがあるが、沼尻と学生たちがつくった武満はあたたかい。
 武満にしては分かりやすい旋律があって調性的な響きが好ましい。日本的な情緒を感じさせる。この作品はこの先も演奏を重ねていくような気がする。
 「とおく」におけるアコーディオンの響はいつ聴いても効果的で印象深い。語りはオーディションで選ばれた東京音楽大学付属高等学校の井上悠里。透明感のある最適の語り部だった。

 ショスタコーヴィチの「交響曲第4番」は戦前に作曲されていながら、25年もの間封印され、初演は1961年まで待たねばならなかった。日本初演はさらに25年を経た1986年の芥川也寸志×新響だという。
 この「第4番」、たとえ音楽とはいえ、やりたい放題、これだけ好き勝手に作曲されては、当局としては決して許すことはできない。音楽の自由は音楽の中だけに留まらないから。
 「音楽でなく荒唐無稽」との批判のさなか、これこそ荒唐無稽な作品、虚仮にされたと思うであろう。相手はスターリンである。封印しなければ命さえ奪われていたかも知れない。剣呑な曲である。名誉回復となった「第5番」と比べてみればその異形は言うまでもない。
 音大FOは凄まじい集中力で全員が全力疾走。しかも沼尻の明晰な指揮のもと、なかには笑みを浮かべていた奏者もいたから、手ごたえも十分だったのだろう。
 沼尻は第1楽章の展開部のフガートを駆け抜け、「第5番」の主題が登場するスケルツォをシニカルに決め、終楽章のワルツやギャロップなど真面目と皮肉を織り交ぜ、ショスタコーヴィチの最もモダンで先鋭的で破天荒な交響曲を熱量高く聴かせてくれた。
 
 「第4番」を初めて実演で聴いたのはバルシャイ×名フィルだった。このライブは精緻にして壮絶を極め、終演後、座席から立ち上がれないほどの衝撃を受けていた。バルシャイ×ケルン放送響によるブリリアントのBOXを買ったのは実演の前だったか後だったか。
 名フィルのアーカイブをみると公演日は2004年12月15日だから、もう20年以上も前になる。ちなみにこのとき戸田弥生のベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」が一緒にプログラムされていたとのこと、こちらは全く記憶にない。
 その後「第4番」は、ラザレフ、リットン、ゲルギエフ、ウルバンスキ、ノットと聴いて来たが、どういうわけか井上道義を聴き逃している。「第4番」をレパートリーとしている邦人指揮者は数えるほどだろう。沼尻竜典のショスタコーヴィチは神奈川フィルとの「第12番」が来月控えている。

2024/11/30 音大オケ・フェス 武蔵野音大・東京音大・国立音大2024年11月30日 22:31



第15回音楽大学オーケストラ・フェスティバル2024
    武蔵野音大・東京音大・国立音大

日時:2024年11月30日(土) 15:00 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:武蔵野音楽大学(指揮/現田茂夫)
   東京音楽大学(指揮/広上淳一)
   国立音楽大学(指揮/高関健)
演目:サン=サーンス/交響曲第3番 ハ短調
         「オルガン付き」(武蔵野)
   プロコフィエフ/交響曲第5番 変ロ長調(東京)
   レスピーギ/交響詩「ローマの噴水」(国立)
   レスピーギ/交響詩「ローマの松」(国立)


 2024年音大オケ・フェスの2日目。
 武蔵野音大の「オルガン付き」でスタート。
 指揮の現田は還暦をとうに過ぎているはずだが相変わらず姿勢はしゃきっとして若い。衣装も艶のある濃いグレーの上下を着込んでとてもおしゃれ。小泉和裕ほどではないけど下半身をほとんど動かさないまま指揮する。最近は後進の指導に尽力しているようで、指揮者としての登場回数が減っているが安定の指揮ぶりである。
 第1楽章後半のアダージョにおける低音域のオルガンを背景に第1と第2ヴァイオリンが掛け合い、続くヴィオラ、チェロが絡む繊細さには陶然とするほど。一方、第2楽章後半のオルガンとともにオケ全体が結集して圧倒的な音圧で押し切る迫力も素晴らしい。聴きなれたサン=サーンスの「交響曲第3番」だが、やはり名曲である。
 武蔵野音大のオケは良くまとまり好演。弦5部には何人かの先生方が参加し、各パートの後ろで弾いていた。微笑ましいかぎり。

 2曲目は広上×東京音大のプロコフィエフ「交響曲第5番」。
 過去、広上と東京音大によるベートーヴェン、J.シュトラウス、ストラヴィンスキーなどを聴いて、一度として失望したことがない。強く記憶に残る演奏ばかり。今日もその通り。
 チェロ10挺、コントラバスはわずが5挺ながら地鳴りを伴うような重々しさで進む。スケルツォのメカニックなリズム感は小気味好く軽快そのもの。透明な美しさをたたえたアダージョのあと、荘重な主題とフーガ的な展開となり、長大なコーダは緊張感を孕む。各楽器のバランスがとれているためか大音量でも騒々しくならない。
 音大で専門に学んでいるとはいえまだ20歳前後の若者たちからこれほどの音楽を引き出す。今、邦人の現役指揮者のなかで広上がナンバーワンであると考える所以である。

 最後は国立音大を高関が指揮して「ローマの噴水」と「ローマの松」。
 いずれも音で描いた絵巻物。オルガンと管楽器、打楽器が縦横無尽に活躍する。「ローマの松」ではバンタが加わる。トランペットが12本とは最多じゃないか。でも、決して虚仮威しのようには響かない。高関はいつものように節度をもって丁寧に音楽をつくる。「ジャニコロ」のナイチンゲールの鳴き声が途絶え、「アッピア街道」を遠くからティンパニが刻みつつ近づいてくるところはその典型、国立音大もよく高関の期待に応えていた。

 音大オケ・フェスは、このあと明日のトリフォニーホールを残すが、錦糸町は遠いのでパスする。今年もお腹一杯で満足度の高いイベントが終わった。