2026/9/5 原田慶太楼×神奈川フィル コープランド「交響曲第3番」 ― 2026年09月05日 21:12
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
みなとみらいシリーズ定期演奏会 第416回
日時:2026年9月5日(土) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:原田 慶太楼
共演:テューバ/宮西 純
演目:ガーシュウィン/キューバ序曲
J.ウィリアムズ/テューバ協奏曲
コープランド/交響曲第3番
原田慶太楼お得意のオール・アメリカン・プログラム。先ずは「キューバ序曲」から。
「ラプソディ・イン・ブルー」「パリのアメリカ人」を書いたあとのガーシュウィンが、キューバで休暇を過ごしたさいボンゴ、マラカス、クラベス、ギロといった現地の楽器を持帰り、これらをフィーチャーして作曲した「キューバ序曲」。初演時は「ルンバ」というタイトルだったが後に改題されたという。因みにクラベスは拍子木のように木の棒を打ち合わせる。ギロは瓢箪の表面を叩いたりこすったりして音を出す。
ラテンのリズムにのせて急-緩-急-コーダという形式のシンフォニックな音楽。エキゾチックな旋律、打楽器が活躍する多彩な表情とリズム、そして豊かなサウンド、ラテンとクラシックとの融合である。今日の打楽器奏者は総勢9名、ボンゴやクラベスなどは最初から最後まで身体を揺らしながら叩き続けた。原田はコーダに入るとオケ全員を立奏させ、自らは客席の方を向いて盛り上げる。如何にも原田らしいノリノリの演奏だった。
次いでジョン・ウィリアムズの「テューバ協奏曲」、ソロは首席の宮西純。「テューバ協奏曲」というと同じウィリアムズでもレイフ・ヴォーン・ウィリアムズのそれが有名だけど、どちらにせよテューバをソロにした楽曲は珍しい。
ジョン・ウィリアムズはもちろん映画音楽の巨匠。しかし、この音楽が映画音楽的かというとそうではない。ここではポップスの語法とクラシック形式との融合だが、分厚いオーケストレーションに頼るのではなく、オケの中からソロを際立たせる管弦楽法を上手く使う。低音楽器であるテューバの通り道をちゃんと確保しつつ、フルートやイングリッシュホルンなど木管と対話する奥行きのある音楽で、オーケストラに精通した作品となっている。
ソロの宮西純は超絶技巧を駆使しながら音はまろやかで甘い。テューバとは思えないほど軽々と吹く。演奏後、客席からは大歓声、オケメンバーからは拍手喝采で、何度も舞台へ呼び戻されていた。アンコールは映画音楽のような情感のこもった曲で弦楽合奏とともに演奏した。途中、石田組長のソロと掛け合う。休憩時に掲示をみると映画『ミッション』からエンニオ・モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」だという。宮西純の名人芸であった。
後半はコープランドの最後の交響曲「第3番」。アメリカ音楽というと実演では先のガーシュウィンかバーンスタインが多く、次いでこのコープランドかバーバーあたりだろう。コープランドでいえば「ロデオ」や「アパラチアの春」、ついこの間は「静かな都会」を聴いたけど交響曲のライブは初体験。
第1楽章はのどかで伸びやかな導入部から素朴な木管の主題が始まり金管のファンファーレによって頂点が築かれる。その後、弦楽合奏が優しいメロディーを紡ぎ、再び金管のファンファーレとなる。大地の雄大さを歌い上げるようにこれらが繰り返される。最後は冒頭の主題が戻って来て静かに結ばれる。原田はアタッカで第2楽章へ繋げた。
第2楽章はホルンの咆哮で幕を開けトランペット、トロンボーンが叫ぶ。激しく駆け回り西部劇のバックで流れていても可笑しくない。中間部は木管と弦楽器の穏やかな旋律で、スケルツォ的楽章におけるトリオであろう。終盤は金管の雄たけびと打楽器との掛け合いで終わる。ここで原田は十分な休みを入れた。
第3楽章は瞑想的なアンダンティーノ、不協和音が多用され「静かな都会」と重なる響き。中間部で舞曲的な曲調が挿み込まれたあと、冒頭が再現されそのまま切れ目なくフィナーレへと移っていく。結局、原田はこの楽曲を2部構成として提示した。
第4楽章は木管楽器の控え目な蠢きから始まり、その静けさのなかからフルートが「市民のためのファンファーレ」を奏で、金管と打楽器が加わり今度は「市民のためのファンファーレ」がほぼそのまま再現される。「市民のためのファンファーレ」はアメリカが第二次世界大戦に本格参戦した時期に作曲され、亡くなった兵士たちや時代を生きる普通の人々への敬意が込められている。のちにELPがロック・アレンジでカバーしたから余計有名になった。ファンファーレの旋律は木管楽器、弦楽器にも引き継がれ、変奏されながら盛り上がっていく。コーダはピッコロに先導された金管のファンファーレのなかティンパニ、太鼓、シンバルはもちろんウッドブロック、タムタム、鐘、クラベス、金床などの打楽器が打ち鳴らされ(ここでも打楽器奏者は総勢9名)、勇壮で感動的な結末となった。
原田にとってアメリカは第二の故郷だろう。その強味が発揮された。圧倒的なエネルギーのなかリズミカルな躍動と情感豊かなメロディを両立させ、爽快で生命力に満ちあふれた演奏で高揚感を与えてくれた。
コープランドは20世紀の作家だけど、ゲンダイ音楽の真っ只中にあって調性を維持し、明快なリズム、民俗的な旋律も採り入れ、平易で明朗な分かりやすい音楽をつくった。「交響曲第3番」は親しみやすく明快で、古き良きアメリカを想像させる曲だ。カウボーイ・ソングや讃美歌のような旋律があり、ヒロイズムや肯定主義、愛国主義といったイメージさえ浮かぶ。
与太話の類ながら、崩壊したソビエト社会主義共和国連邦が、ショスタコーヴィチに求めたのは、皮肉にもこういった楽曲だったのではないか。
2026/8/1 松井慶太×PPT ラフマニノフ「交響的舞曲」 ― 2026年08月01日 21:34
パシフィックフィルハーモニア東京
第182回 定期演奏会
日時:2026年8月1日(水) 14:00開演
会場:東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:松井 慶太
演目:ヒナステラ/バレエ音楽「エスタンシア」組曲
コープランド/静かな都会
バーンスタイン/シンフォニック・ダンス
ラフマニノフ/交響的舞曲
松井慶太が首都圏のプロオケ定期を振ることは珍しい。加えて、プログラムが凝っている。バーンスタインとラフマニノフ2人のシンフォニック・ダンスはもちろん楽しみだが、ヒナステラとコープランドの2曲はレア、実演で聴けることはめったにない。「エスタンシア」と「静かな都会」については予習をした。
Wikiによるとヒナステラはアルゼンチン出身。「エスタンシア」とはラテンアメリカでみられる大規模農園のこと。1,農園で働く人々、2.小麦の踊り、3.大牧場の牛追い人、4.終幕の踊り(マランボ)の4曲で構成される。YouTubeにはドゥダメルの演奏などがアップされている。
変拍子やオスティナートを多用し、民俗的要素が濃厚で、ストラヴィンスキーの影響もありそうなこの曲を、松井×PPTはのっけから迫力をもって描いた。やはり終曲の「マランボ」が打楽器を打ち鳴らし興奮させてくれる。が、この手の作曲家としては好みながらメキシコのレブエルタスのほうが面白い。
コープランドの「静かな都会」は、もとは舞台劇のための楽曲を演奏会用に編曲したもの。楽器編成が変わっていて弦楽合奏をバックにトランペットとイングリッシュホルンのソロが協演する。ソロ楽器は劇中の人物――トランペットはユダヤ人の少年、コーラングレはホームレス――が割り当てられているらしい。イングリッシュホルンの堀口憲一は舞台下手の最前列に位置し、トランペットの依田泰幸は舞台上手のコントラバス後ろの一段高いところで吹いた。
冷たい触感の弦楽器とイングリッシュホルンのやり取りからはじまり、それを基調としてトランペットが旋律を吹き続ける。全体に静けさを感じさせるちょっと感傷的な音楽で、都会の夜を表現しているとのこと。イングリッシュホルンと弦楽器のからみは耳に優しく、トランペットはしっとりとした美しい響きで、早朝の街のようでもあった。
バーンスタインの「シンフォニック・ダンス」は、ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」の中のダンスナンバーを中心に管弦楽のための演奏会用組曲としたもの。切れ目なく演奏され、1.プロローグ、2.サムウエア、3.スケルツォ、4.マンボ、5.チャ・チャ、6.出会いの場面、7.クール~フーガ、8.決闘、9.フィナーレで構成される。
松井×PPTはいずれのシーンも見事な演奏を繰り広げた。「プロローグ」のスイングジャズによって一気に映画が思い出され、「サムウエア」の切ない祈り、「スケルツォ」の変拍子の軽快さ、「マンボ」の熱狂、「チャ・チャ」の静かなステップ、「出会いの場面」のマリアの旋律、「クール~フーガ」の怒りを押し殺した緊迫感から、「決闘」の打楽器や金管楽器による暴力と悲劇の描写、「フィナーレ」の喪失と悲しみまで、「ウエスト・サイド・ストーリー」の雰囲気を一通り味うことができた。松井の師匠は汐澤と広上だからリズム感は抜群、もっとも彼らの弟子たちはみな例外なくリズム感は一級品だけど。
休憩のあと、もう一つの「シンフォニック・ダンス」であるラフマニノフの「交響的舞曲」。ラフマニノフの最晩年、作曲家人生の集大成と言える作品。どちらかというとラフマニノフは苦手な作家だが、この「交響的舞曲」と「パガ狂」だけは特別で、コンサート案内で演目をみつけると聴きたくなる。「交響的舞曲」はラフマニノフの“白鳥の歌”。過去作を引用したり、大胆な和声進行があったりして、自らの作曲活動を振り返りながら、渾身の力をふり絞って書いた作品だと思う。
第1楽章は舞曲といっても行進曲風、中間部のアルト・サックスのメランコニックな旋律は有名で、松井はオーボエ、フルート、クラリネットなどの木管が次々とアルト・サックスと絡む際に、抒情に濃淡をつけるよう注意深く極めて繊細に音を紡いだ。オーボエは東響にいた最上峰行が、フルートはシテイフィルの多久和怜子が客演していた。やがて「怒りの日」の楽句が現れ、冒頭の行進曲風の舞曲に戻ると、その先は過去の作品たちが引用され楽章が閉じられた。
第2楽章はミュート付トランペットやトロンボーンによる不吉なファンファーレが鳴るなか、弦楽器たちがおずおずと妖しくも切ないワルツを奏でる。松井のテンポは相当遅く、音の軌跡は大きくうねるようで、最後まで不気味で頽廃的な雰囲気を漂わせていた。
最終楽章は死者のための旋律「怒りの日」がそこらじゅうに出現する。仄めかしもあれば極めて明瞭に現れることもあり、ラフマニノフの執着のほどが知れる。もちろんそればかりではなく聖歌らしい音型や活発な舞踏の音楽が入り交じって怒涛の展開となる。終盤、松井は冒頭部を再現したあと金管群による最後の「怒りの日」を強奏したが、「アレルヤ」の旋律をそれ以上に強調し、「怒りの日」を打ち消すように力強く全曲を締めくくった。
演奏が終わるや否や、指揮者の棒が下りるのを待ちきれないのか、客席の四方八方からフライング拍手が巻き起こった。これはあまり宜しくないが、松井×PPTの熱演のせいだとすれば、まぁ、気持ちは分からないでもない。
前回PPTを聴いたのは数年前の汐澤のときで、客の入りは随分寂しかった。今日は1階、2階ともほどよく席が埋まっていた。もちろん3階は空きが多く都響公演のように満杯とはいかないけど、それでも師匠のときより集客は数倍上回っていた、めでたい。
2026/3/29 アクセルロッド×音大FO ガーシュウィン「パリのアメリカ人」 ― 2026年03月29日 21:28
第15回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ
(首都圏8音楽大学+関西の音楽大学 選抜)
日時:2026年3月29日(日) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョン・アクセルロッド
演目:バーンスタイン/「キャンディード」序曲
コープランド/バレエ組曲「アパラチアの春」
ドアティ/ルート66
ガーシュウィン/パリのアメリカ人
年度末恒例の特別編成による音大オケコンサート。今年度は首都圏の8大学に加え関西から京都市立芸大と相愛大が参加し、計10大学の選抜メンバーによるフェスティバル・オケをアクセルロッドが指揮をした。
アクセルロッドといえばコロナ禍のとき来日不能となった海外指揮者の代役を務め各地のオーケストラを振った。彼は入国制限の直前に来日をしていたので、そのまま帰国せず随分長く日本に留まり指揮をした。各楽団の事務局としては幾多の演奏会を守ってくれた救世主に思えたに違いない。
今回はオールアメリカンプログラム。アクセルロッドはテキサス州ヒューストンの生まれでバーンスタインやエッシェンバッハに学んだ。まさしくお国もの、身体に馴染んだ曲ばかりだろう。
バーンスタイン「キャンディード」の組曲版は昨年大植×神奈川フィルで聴いた。楽天家キャンディードが世界各地で波乱万丈の冒険劇を繰り広げるミュージカル。世界中を舞台とするから音楽は様々なジャンルのごった煮のようだった。序曲は物語の期待を高めるように華々しくはじまり、快速で最後まで駆け抜ける。組曲は壮大にして感動的な人間賛歌で終結したけど、序曲は軽快かつ陽気なコーダだった。アクセルロッドと音大選抜は元気の良いダイナミックな演奏でフェスティバルの幕を開けた。
コープランドの「アパラチアの春」組曲、もともとは13人編成の小管弦楽によるバレエのための曲、これをオーケストラ用に編曲したもの。組曲版は特に打楽器が注目でバスドラム、スネアドラム、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、シロフォン、ウッドブロックなどを揃え、クラベス、テイバーという珍しい楽器も加わる。クラベスは木片の拍子木のようなもの、テイバーは1本バチの長太鼓である。これだけの打楽器を今日は4人の奏者でまかなった。スネアドラム、トライアングル、ウッドブロック、クラベス、テイバーはまとめて1人が担当した。とっかえひっかえ叩いて途中でクラベスを床に落とすというアクシデントもあったけどドンマイ、敢闘賞ものだ。
「アパラチアの春」は開拓民の素朴な世界を音にしたものといわれ、曲後半の変奏曲ではキリスト教シェーカー派の讃美歌「シンプル・ギフト」の主題を使っている。アクセルロッドは抑制のきいたコントロールで学生オケをまとめ上げ、詩情あふれるコープランドを奏でてくれた。
休憩後、日本初演のドアティ「ルート66」でスタート。「ルート66」とはシカゴからカリフォルニアを結んでいた国道。TVドラマや映画、小説や音楽などの題材にもなっている。冒頭の4本のトランペットが格好いい。リズミカルな音楽が連続し、車のエンジンやブレーキの擬音が挿入されるなど親しみやすい曲。ここでも打楽器が大活躍、若い力が結集した派手で楽しい演奏だった。
「パリのアメリカ人」はガーシュウィンが旅行中に体験したパリの街並みを活力一杯に描いた作品。タクシーホーンがけたたましく鳴り、通りの喧騒や街中のざわめきが切り取られる。アメリカ人がパリを散策する。アルト、テナー、バスの3本のサクソフォンはアメリカへの郷愁か、そのままミュージックホールから洩れる音色か。アクセルロッドは各楽器を際立たせ強くメリハリをつける。音大選抜は色彩豊かに躍動感あふれる熱演で応えていた。
「パリのアメリカ人」は劇伴音楽として書かれた作品ではないが、ガーシュウィンの亡くなったあと同じ題名の映画が作られた。ガーシュウィンはニューヨークのブルックリンで東欧系ユダヤ人の移民の子として生まれ1937年に永眠、わずか38歳の生涯だった。
2025/11/15 大植英次×神奈川フィル 「キャンディード」と「春の祭典」 ― 2025年11月15日 20:20
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
みなとみらいシリーズ定期演奏会 第409回
日時:2025年11月15日(土) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:大植 英次
演目:ラヴェル/道化師の朝の歌
バーンスタイン/「キャンディード」組曲
バーンスタイン/管弦楽のための
ディヴェルティメント
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」
「道化師の朝の歌」はピアノ組曲「鏡」の第4曲を管弦楽版に編曲したもの。「ボレロ」や「スペイン狂詩曲」と同じくスペイン風の楽曲。ラヴェルはスペインに近いバスク地方の生まれだし、母親がマドリード育ちのバスク人だからスペインには親近感があるのだろう。
冒頭のピチカートで刻まれるリズムはギターをつま弾いているかのよう。そのリズムに乗って舞曲風の旋律が奏でられる。カスタネットが加わりスペイン色が濃厚に。中間部のファゴットによる幻想的な気怠いメロディからドラマティックに高揚した後、再び冒頭のリズムが現れ、旋律はしばらく自由気儘に動く。最後は熱狂的な盛り上がりを見せ華やかに終曲した。
次いで、大植にとっては十八番ともいうべきバーンスタインの2曲。とくに「キャンディード」組曲は、バーンスタインのアシスタントであったチャーリー・ハーモンが大植×ミネソタ管のために全曲から9つの場面を抜粋して編曲したもの。大植が最も大切にしている楽曲のひとつに違いない。
「キャンディード」はヴォルテールの同名小説が原作のミュージカル。楽天家キャンディードが世界各地を舞台に奇想天外なストーリーを繰り広げる。破天荒で荒唐無稽、波乱万丈の冒険劇。世界中転々と舞台が変わるから音楽もクラシカルなものからジャズやラテン、ポピュラーなどがごちゃまぜとなっている。筋書きは辛辣で仮借のないところがあるようだけど、音楽は人間賛歌にあふれ楽しい。
大植にとっては自家薬籠中の曲、各楽器に的確な指示を出し、両手はもちろん全身を使って踊るように表情を付けていく。それぞれの場面の描き方は変化に富んでおり、リズミカルで踊り出したくなるような躍動感を伝えてくれる。同時に、次々と現れる旋律はよく歌い、ドラマティックかつエネルギッシュ。でも、勢いだけではなく、丁寧な表現で鮮やかな音色でもって描き分ける。こんなに律動的で楽しい作品なのに目頭が何度も熱くなって困った。
「管弦楽のためのディヴェルティメント」は、ボストン交響楽団100周年の委嘱作として書かれ、バーンスタインの愛弟子、小澤征爾の指揮で初演されている。第1曲「セネットとタケット」、第2曲「ワルツ」、第3曲「マズルカ」、第4曲「サンバ」、第5曲「ターキー・トロット」、第6曲「スフィンクス」、第7曲「ブルース」、第8曲「追悼~マーチ(ボストン響、永遠なれ)」といったバラエティ豊かな組曲である。
ドラム・セットを含む多彩なパーカッションを使ってワルツ、サンバ、ブルースなどのリズムが横溢し、生命力に溢れた音楽が展開する。「管弦楽のためのディヴェルティメント」の音楽的要素はごった煮だが、その多様さはアメリカそのものという感じがする。
バーンスタインは本当にメロディメーカーだ。彼の音楽は「カディッシュ」のような深刻なものより、こういった旋律のはっきりした快活で解放感ある曲のほうが楽しめる。大植×神奈川フィルの演奏は、ウィット、ユーモア、ペーソスなどバーンスタインの最良の部分に光をあて、幸福な気分をもたらしてくれる演奏だった。
「春の祭典」は先月、マルッキ×東響で聴いたばかり。聴き比べとなった。
譜面台の上には赤い表紙のスコアが置いてあった。前半の3曲は暗譜だった。さすが「春の祭典」ともなると楽譜は必要だと納得をしたが、大植は最後までスコアを開くことはなかった。大植にとって「春の祭典」はバーンスタインの楽曲と同様、すべてが記憶されている重要なレパートリーのひとつなのだろう。
大植の「春の祭典」は剛毅ではあっても野性的というよりは堅牢でゆるぎのない構築性を感じさせる。テンポも安定して正確に刻まれる。カオスのなか雪崩れ込むようなスリルは薄いから、普通とは違って第2部の「生贄」より第1部の「大地礼賛」のほうに魅かれた。しかし、音色はきっちり設計されており、ダイナミックレンジは大きく破壊力は十分だった。
神奈川フィルのアンサンブルは見事で、各パートも美しい音を出していた。コンマスは石田泰尚、第2ヴァイオリンには直江智沙子と小宮直、ヴィオラトップは新日フィルの瀧本麻衣子が客演、チェロは上森祥平、バスは米長幸一という最強メンバーで、妖艶な旋律や強靭なリズムを刻んでいた。冒頭のファゴットは鈴木一成。鈴木は開始曲の「道化師の朝の歌」でも魅惑的な音を響かせていた。オーボエ、フルート、クラリネット、トランペット、トロンボーン、ホルンなども質の高い音を鳴らしていたが、とりわけ留学から帰ってきた小クラリネットの亀井優斗とアルトフルートの下払桐子の音が際立っていた。
先のマルッキ×東響と比べれば今日の大植×神奈川フィルのほうに軍配をあげたい。
大植英次は小泉和裕や広上淳一、沼尻竜典のようにデビュー当時から知っているわけではない。聴き始めはコロナ禍のときだからわずか数年前、いや、その前に「伊福部昭 生誕100年記念コンサート」があったから10年くらい前のことだろう。20世紀音楽は重たく几帳面すぎるし、19世紀音楽はねちっこくもたれ気味という印象だった。チャイコフスキーなどはあまりの濃厚さにいささか辟易したものだ。ところがブラームスやベートーヴェンは過剰ではあっても妙に説得力がある。このあたりは苦手な小林研一郎や上岡敏之と違う。聴き手との相性かもしれないが、大仰な指揮姿は別として作品をこねくり回すふうな気配を感じさせない。大植はもう70歳、幸いにして神奈川フィルとは毎年のように公演を重ねている。この先、しっかり聴いて行きたいと思う。
2025/8/9 ミンツ&都響メンバー 2つの「四季」 ― 2025年08月09日 21:57
シュロモ・ミンツ&東京都交響楽団メンバー
ヴィヴァルディ&ピアソラ2つの四季
日時:2025年8月9日(土) 15:00開演
会場:東京文化会館 小ホール
出演:ヴァイオリン/シュロモ・ミンツ
チェンバロ/大井駿(ヴィヴァルディのみ)
都響メンバーによる弦楽アンサンブル
ヴァイオリン/及川博史、塩田脩、
三原久遠、山本翔平
ヴィオラ/萩谷金太郎、林康夫
チェロ/長谷部一郎、森山涼介
コントラバス/髙橋洋太
演目:ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲集「四季」
ピアソラ/「ブエノスアイレスの四季」
(ファビアン・ベルテロ編曲)
シュロモ・ミンツはモスクワ生まれだが、物心がつく前にイスラエルに移住し、その後、アメリカでアイザック・スターンに師事したという。多くの弦楽奏者と同様ユダヤ系のヴァイオリニストであろう。都響の及川博史はミンツの愛弟子らしい。で、その及川をリーダーとする都響の弦楽アンサンブルと一緒にヴィヴァルディとピアソラの「四季」を演奏した。
ヴィヴァルディの「四季」といえば、われわれの世代はイ・ムジチのレコードによって入門するのがお決まりのコースだった。そうそうコンマスがアーヨかミケルッチかの違いに結構こだわっていたのを思い出す。その後、長く愛聴したのはジュリアーノ・カルミニョーラが古楽器グループであるソナトーリ・デ・ラ・ジョイオーサ・マルカと組んだ装飾音まみれのエキセントリックな音盤だったけど。もちろん実演にも何度か出向いた。
ミンツと都響メンバーによるこの「四季」は何という静謐な! テンポも音量も音色も控え目で揺らぎも強弱も緩急も穏やか。緩徐楽章などは最弱音を駆使して緊張感を高め、一瞬、宗教音楽ではないかと錯覚するほどだった。これは異様な佇まいの「四季」といえるのではないか。後々まで記憶に残りそうな演奏である。ミンツのヴァイオリンはボウイングがコンパクトで無駄な動きが一切ない。美音に聴き惚れた。
「ブエノスアイレスの四季」の実演は初めて。ピアソラの原曲は五重奏曲、ソロヴァイオリンと弦楽オーケストラのために編曲されたものはロシアの作曲家デシャトニコフの版が有名で、YouTubeにアップされているのは大部分がこの版である。今回はアルゼンチンタンゴ界の才人といわれるファビアン・ベルテロによる編曲版という。
ライブで聴く「ブエノスアイレスの四季」は、けだるさと哀愁の漂う魅力的な作品。編曲の妙もあるのか、楽器の胴体を手で叩き打楽器のような音を出したり、グリッサンド、フラジオレット、ピチカートなどの奏法もめまぐるしく、自然に身体が揺れ動くようなリズムに魔力がある。ミンツと都響メンバーはことさら民俗性を強く押し出すことなく、力みのない愉悦に満ちた演奏で楽しませてくれた。
「ブエノスアイレスの四季」の演奏順はさまざまで、作曲順に夏秋冬春としたり、北半球の春夏秋冬や、南半球における四季、つまり秋冬春夏としたりする。ベルテロの編曲は南半球における秋冬春夏の四季だった。YouTubeで聴くと先鋭的な音楽である「春」と、終盤パッヘルベルの「カノン」のような旋律が出現する「冬」が印象的だが、ライブでは季節のそれぞれが面白く演奏順など気にならない。それより、原曲のキンテートはもちろんピアノトリオや同じ弦楽合奏でもデシャトニコフ版など、この曲のあらゆるバージョンの実演を聴きたくなる。
アンコールはピアソラの「オブリビオン」と、もう一度「春」を演奏してくれた。