2026/8/1 松井慶太×PPT ラフマニノフ「交響的舞曲」 ― 2026年08月01日 21:34
パシフィックフィルハーモニア東京
第182回 定期演奏会
日時:2026年8月1日(水) 14:00開演
会場:東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:松井 慶太
演目:ヒナステラ/バレエ音楽「エスタンシア」組曲
コープランド/静かな都会
バーンスタイン/シンフォニック・ダンス
ラフマニノフ/交響的舞曲
松井慶太が首都圏のプロオケ定期を振ることは珍しい。加えて、プログラムが凝っている。バーンスタインとラフマニノフ2人のシンフォニック・ダンスはもちろん楽しみだが、ヒナステラとコープランドの2曲はレア、実演で聴けることはめったにない。「エスタンシア」と「静かな都会」については予習をした。
Wikiによるとヒナステラはアルゼンチン出身。「エスタンシア」とはラテンアメリカでみられる大規模農園のこと。1,農園で働く人々、2.小麦の踊り、3.大牧場の牛追い人、4.終幕の踊り(マランボ)の4曲で構成される。YouTubeにはドゥダメルの演奏などがアップされている。
変拍子やオスティナートを多用し、民俗的要素が濃厚で、ストラヴィンスキーの影響もありそうなこの曲を、松井×PPTはのっけから迫力をもって描いた。やはり終曲の「マランボ」が打楽器を打ち鳴らし興奮させてくれる。が、この手の作曲家としては好みながらメキシコのレブエルタスのほうが面白い。
コープランドの「静かな都会」は、もとは舞台劇のための楽曲を演奏会用に編曲したもの。楽器編成が変わっていて弦楽合奏をバックにトランペットとイングリッシュホルンのソロが協演する。ソロ楽器は劇中の人物――トランペットはユダヤ人の少年、コーラングレはホームレス――が割り当てられているらしい。イングリッシュホルンの堀口憲一は舞台下手の最前列に位置し、トランペットの依田泰幸は舞台上手のコントラバス後ろの一段高いところで吹いた。
冷たい触感の弦楽器とイングリッシュホルンのやり取りからはじまり、それを基調としてトランペットが旋律を吹き続ける。全体に静けさを感じさせるちょっと感傷的な音楽で、都会の夜を表現しているとのこと。イングリッシュホルンと弦楽器のからみは耳に優しく、トランペットはしっとりとした美しい響きで、早朝の街のようでもあった。
バーンスタインの「シンフォニック・ダンス」は、ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」の中のダンスナンバーを中心に管弦楽のための演奏会用組曲としたもの。切れ目なく演奏され、1.プロローグ、2.サムウエア、3.スケルツォ、4.マンボ、5.チャ・チャ、6.出会いの場面、7.クール~フーガ、8.決闘、9.フィナーレで構成される。
松井×PPTはいずれのシーンも見事な演奏を繰り広げた。「プロローグ」のスイングジャズによって一気に映画が思い出され、「サムウエア」の切ない祈り、「スケルツォ」の変拍子の軽快さ、「マンボ」の熱狂、「チャ・チャ」の静かなステップ、「出会いの場面」のマリアの旋律、「クール~フーガ」の怒りを押し殺した緊迫感から、「決闘」の打楽器や金管楽器による暴力と悲劇の描写、「フィナーレ」の喪失と悲しみまで、「ウエスト・サイド・ストーリー」の雰囲気を一通り味うことができた。松井の師匠は汐澤と広上だからリズム感は抜群、もっとも彼らの弟子たちはみな例外なくリズム感は一級品だけど。
休憩のあと、もう一つの「シンフォニック・ダンス」であるラフマニノフの「交響的舞曲」。ラフマニノフの最晩年、作曲家人生の集大成と言える作品。どちらかというとラフマニノフは苦手な作家だが、この「交響的舞曲」と「パガ狂」だけは特別で、コンサート案内で演目をみつけると聴きたくなる。「交響的舞曲」はラフマニノフの“白鳥の歌”。過去作を引用したり、大胆な和声進行があったりして、自らの作曲活動を振り返りながら、渾身の力をふり絞って書いた作品だと思う。
第1楽章は舞曲といっても行進曲風、中間部のアルト・サックスのメランコニックな旋律は有名で、松井はオーボエ、フルート、クラリネットなどの木管が次々とアルト・サックスと絡む際に、抒情に濃淡をつけるよう注意深く極めて繊細に音を紡いだ。オーボエは東響にいた最上峰行が、フルートはシテイフィルの多久和怜子が客演していた。やがて「怒りの日」の楽句が現れ、冒頭の行進曲風の舞曲に戻ると、その先は過去の作品たちが引用され楽章が閉じられた。
第2楽章はミュート付トランペットやトロンボーンによる不吉なファンファーレが鳴るなか、弦楽器たちがおずおずと妖しくも切ないワルツを奏でる。松井のテンポは相当遅く、音の軌跡は大きくうねるようで、最後まで不気味で頽廃的な雰囲気を漂わせていた。
最終楽章は死者のための旋律「怒りの日」がそこらじゅうに出現する。仄めかしもあれば極めて明瞭に現れることもあり、ラフマニノフの執着のほどが知れる。もちろんそればかりではなく聖歌らしい音型や活発な舞踏の音楽が入り交じって怒涛の展開となる。終盤、松井は冒頭部を再現したあと金管群による最後の「怒りの日」を強奏したが、「アレルヤ」の旋律をそれ以上に強調し、「怒りの日」を打ち消すように力強く全曲を締めくくった。
演奏が終わるや否や、指揮者の棒が下りるのを待ちきれないのか、客席の四方八方からフライング拍手が巻き起こった。これはあまり宜しくないが、松井×PPTの熱演のせいだとすれば、まぁ、気持ちは分からないでもない。
前回PPTを聴いたのは数年前の汐澤のときで、客の入りは随分寂しかった。今日は1階、2階ともほどよく席が埋まっていた。もちろん3階は空きが多く都響公演のように満杯とはいかないけど、それでも師匠のときより集客は数倍上回っていた、めでたい。
PPTのコンサートプログラム ― 2026年08月02日 13:55
昨日のパシフィックフィルハーモニア東京の定期演奏会で配られたコンサートプログラムについて一言。
判型が大きく、ボリュームは全16頁とたいしたことないが、全面カラー印刷で写真も豊富、非常にセンスのよい冊子だった。
この手のパンフレットはA5サイズが多いけど、PPTの冊子は200×200の正方形。エスタンシアやニューヨークの夜景、ラフマニノフの記念銘板などのカラー写真が配置され目に楽しい。
プログラムノートはYouTubeにおいて「厳選クラシックちゃんねる」を提供するnacoさんが執筆している。nacoさんは今年度からPPT定期の楽曲解説を担当しているようだ。平易な文章で過不足なく説明されている。
もちろん、N響の「Philharmony」や、都響の「月刊 都響」のような詳細で本格的な案内ではないが、コンサート直前の読み物としては分かりやすく親しみやすい。
「厳選クラシックちゃんねる」の登録者は30万人を越えている。アーカイブをみると飯森範親や松井慶太のインタビューなどもあり、そこではPPT定期の広報を積極的に行っている。YouTubeでの情報発信は集客に影響を与えているかも知れない。
苦境にあるPPTだが、こういった斬新なコラボを含め、新しい試みに注目したい。
2026/8/6 FSM:梅田俊明×昭和音大 ベートーヴェンと「春の祭典」 ― 2026年08月07日 15:46
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
昭和音楽大学管弦楽団
テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
日時:2026年8月6日(水) 18:30開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:梅田 俊明
演目:ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第3番 ハ長調
ベートーヴェン/交響曲第4番 変ロ長調
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」
ミューザのお祭りには川崎市にある音楽大学、洗足学園と昭和音大が毎年参加する。
昭和音大は卒業生に対するキャリア支援の一環として、自前劇場であるテアトロ・ジーリオ・ショウワ専属のオーケストラを組織している。東京音大のTCMオーケストラ・アカデミーや桐朋学園のオーケストラ・アカデミーと同様、プロのオーケストラ奏者の養成を兼ねているのだろう。そのオケが大学オケと合同で公演する。
まずは「レオノーレ 第3番」。ベートーヴェンの唯一の歌劇「フィデリオ」には4つの序曲が残されている。「フィデリオ」は難産で成功を収めるまで何度も推敲したから序曲もその都度書き直された。「レオノーレ 第3番」は、その4つ序曲のなかの、いやベートーヴェンの全序曲のなかの最高傑作といってよい。
アダージョで序奏が始まり、主部は構造物のように堅牢。展開部ではトランペットのファンファーレが舞台裏から聴こえる。再現部に入るとフルートの難所があり、弦楽器の快速のパッセージがコーダを導き、最後は熱狂的に盛り上がって終わる。
梅田俊明×昭和音大は広いダイナミックレンジと納得の緩急でもって大きなベートーヴェンをつくった。序曲というよりは交響詩のよう。トランペットやフルートのソロも美しい。梅田は華奢で温厚な紳士だが、見かけとは大違い、逞しい音楽だった。
「交響曲第4番」は先月、松井慶太で聴いたばかり。好きな曲だから毎週でも構わない。
謎めいた序奏、予測不能な和音と転調。主部では木管が掛け合い、弦が縦横無尽に走り回る。昭和音大はさすが若人たちの集団らしく元気いっぱい。音階が上昇し音量が高まっていく。いっとき、夏の暑さを忘れる。これはベートヴェンという清涼剤だ。
幸福感に包まれた緩徐楽章は「第4番」の核心。昭和音大の弦や木管は優雅、金管やティンパニは力強い。終盤のホルンの響きは万感こもごも到る。スケルツォは迫力満点、トリオは鄙びた感じでその対照が面白い。梅田はかなりスピードアップしてフィナーレに突入した。一瞬危ういと思ったけど、昭和音大は大きく乱れることなくご機嫌に飛ばす。難関のファゴットのソロもこの速度をものともせず見事に決め爽やかに終えた。
後半は「春の祭典」、難曲である。梅田は派手さをきらい穏やかな演奏をするというイメージがあるが、強弱の幅は大きく、木管も金管も思い切って吹かせる。管楽器は破裂音を魅力的に響かせ、歌いまわしも丁寧。弦は分厚く表現はかなり濃厚だった。
「春の祭典」はその時々で主役の楽器が変化し続けるのだけど、主役をしっかりと強調し、それでいて全体のバランスを崩さない。メリハリを効かせながら楽曲の流れはスムーズだ。音楽には広がりと奥行きがあり、激しさもずっしりとした重さもあり感心した。
「春の祭典」は演奏者によって第1部の「大地礼賛」か、第2部の「生贄の踊り」のどちらかが印象に残るものだが、梅田×昭和音大は全曲にわたって隙がない。奇をてらった解釈をするわけではない。次々と変わる各楽器のソロを活かしながら、安定したアンサンブルをもって熱量の高い音楽を繰り広げ、激しい不協和音と変拍子のリズムで衝撃を与えてくれた。暑さを吹き飛ばす好演だった。
2026/8/9 FSM:コンツ×日フィル ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」「交響曲第1番」 ― 2026年08月09日 20:53
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
日本フィルハーモニー交響楽団
日時:2026年8月9日(日) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:クリストフ・コンツ
共演:ヴァイオリン/周防 亮介
演目:J.シュトラウス2世/喜歌劇「こうもり」序曲
ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
ブラームス/交響曲第1番 ハ短調
指揮のクリストフ・コンツはウィーン・フィルの第2ヴァイオリン首席奏者から指揮者に転向した。来年からはリンツ・ブルックナー管および州立劇場の音楽監督になる。指揮者としてはまだ若手の40歳手前である。
ウィンナ・オペレッタの代表作「こうもり」序曲でスタート。喜歌劇のなかからワルツやポルカ、アリアがふんだんに引用されている。劇音楽のエッセンスがぎゅっと詰まっており、流麗な旋律、生き生きしたリズムなどシュトラウスの愉悦が一杯。コンツはウィーン・フィルで数えきれないほどこの曲を弾いてきたのだろう。ワルツの盛り上げ方など大袈裟なくらいで微笑ましい。満員のお客さんの面前で上々の滑り出しである。
周防亮介が登場しブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」。ソリストにとっては管弦楽と一体となってシンフォニックな音楽を作り上げるとともに、管弦楽の厚い響きと渡り合うことになる。技巧的にも体力的にも大変な曲。一方で、ブラームスのハンガリー好きもあって、生真面目だけな演奏では面白くない。ジプシー音楽のような奔放さも必要で、ヴァイオリニストにはなかなかの難物である。
周防はあいかわらずの確かな技巧と艶やかな音色で、難曲を完全にコントロールした。ブラームス特有の重厚なオーケストラに対しても力負けすることなく、エネルギッシュな推進力と緩急の効いた強靭な表現によってブラームスを楽しませてくれた。
最後はブラームス「交響曲第1番」。休憩中にパート譜を覗いてみたら茶褐色に変色した年季の入ったもの。交響楽団にとっては最も重要なレパートリーの一つだから当然だろう。冒頭、ティンパニが雄渾に打ち込まれる。弦楽器の上行音型と管楽器の下行音型が歩みを進める。緩徐楽章は抒情的なメロディがオーボエ、クラリネットと受け継がれ、コンマス扇谷泰朋のヴァイオリンとホルンとが絡み合う。スケルツォ風の楽章は複雑なリズムとクラリネットの主題が印象的。フィナーレのアルペンホルンもどきの調べは、ブラームスがクララの誕生祝に書き送ったメロディである。最後は息の長い旋律からコラールを経てベートーヴェンのような堂々たる終結となった。
コンツは丁寧にオーケストラを管理し、日フィルの柔らかな弦とまろやかな木管、輝かしい金管を調合しながらクライマックスに向けてしなやかな音楽を聴かせてくれた。ただ、このブラームスの最初の交響曲は大見得を切って終わる曲だけど、その箇所だけコンツの間合いがいささか自然さを損なってしまったのが残念だった。
今年のフェスタ サマーミューザへの参加はこの日フィルで終了。日曜日のせいか厳しい暑さにもかかわらず完売公演だった。
新日フィルの来期プログラム ― 2026年08月16日 14:05
新日本フィルハーモニー交響楽団の来シーズン(2027年4月~2028年3月)のプログラム速報が発表になった。
例年通りトリフォニーホールとサントリーホール(改修のため上期はオペラシティH)の同一プログラムによる「定期演奏会」が各7回、金曜と土曜両日にトリフォニーホールにて開催される「すみだクラシックの扉」が各8回である。
https://www.njp.or.jp/wp-content/uploads/2026/08/2027-2028%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%B3%E9%80%9F%E5%A0%B12027-28.pdf
音楽監督就任5シーズン目を迎える佐渡裕は、「定期演奏会」において就任以来取り組んできた「ウィーン・ライン」を継続する。「すみだクラシックの扉」ではイタリアとフランス音楽を取り上げる。
「定期演奏会」にはマリン・オルソップ、アンドレイ・ボレイコ、ジョナサン・ノットなどが客演するが演目としてはあまり興味がわかない。
唯一、名曲を中心に“音楽で世界の旅へ”をテーマに開催される「すみだクラシックの扉」において、大友直人がブルックナーの「交響曲第4番」と、宮田大をソロに迎えてエルガーの「チェロ協奏曲」を披露する。大友のブルックナーは珍しいし、得意のエルガーを宮田と協演するのも注目である。