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    <title>おとといの記</title>
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    <language>ja</language>
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    <pubDate>Mon, 13 Jul 2026 16:36:40 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>フェスタサマーミューザのチケット販売状況</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/07/13/9865357</link>
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      <pubDate>Mon, 13 Jul 2026 16:29:00 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-13T16:36:40+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-13T16:34:05+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　7月25日から8月11日にかけて開催されるフェスタサマーミューザのチケットは、すでに4月から販売されているが、セット券販売終了に伴い、昨日よりセット券の残席を1回券に切り替えて販売している。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　予定枚数が終了となっていた東響のオープニングとフィナーレ・コンサート、および新日フィル、日フィル、東フィルについて若干追加で購入できる。最後のチャンスらしい。&#13;&lt;br&gt;
　もっとも、都響、N響、読響の御三家を含めほかの公演はチケットに余裕がありそうだから慌てる必要はないけれど。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　今年のお祭りは3公演を確保した。ブリテン目当ての都響と、周防亮介がブラームスの協奏曲を弾く日フィル、そして、ベートーヴェン「レオノーレ第3番」「交響曲第4番」と「春の祭典」を演奏する昭和音大＋テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ。酷暑にならないことを祈りたい。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>季節</dc:subject>
      <dc:subject>イベント</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/7/11 沼尻竜典×神奈川フィル ブルックナー「交響曲第7番」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/07/11/9865010</link>
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      <pubDate>Sat, 11 Jul 2026 19:12:44 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-11T19:25:11+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-11T19:13:37+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
神奈川フィルハーモニー管弦楽団&#13;&lt;br&gt;
　みなとみらいシリーズ定期演奏会 第415回&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年7月11日（土）　14：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：横浜みなとみらいホール&#13;&lt;br&gt;
指揮：沼尻 竜典&#13;&lt;br&gt;
演目：ブルックナー／交響曲第7番ホ長調 WAB107&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　沼尻竜典はハイドン、モーツァルトから武満、三善まで幅広いレパートリーを誇り、室内合奏からオペラまでのあらゆる編成をたやすく統御するが、どちらかというと音符の多い複雑な楽曲を鮮やかに描き分けることが得意で、交響曲ではマーラーやショスタコーヴィチ、管弦楽ではR.シュトラウスやラヴェルなどを面白く聴かせてくれる。多分、本人も輻輳した声部や管弦楽法を解き明かしながら指揮するのが好きなのだろう。&#13;&lt;br&gt;
　だから、と言えるのかどうか分からないけど、今まではあまりブルックナーを手がけることなく、本格的に取り組み始めたのは神奈川フィルの監督になってからだと思う。ブルックナーの交響曲は基本4楽章で、楽器編成はシンプル、音符も少ない。2桁ある交響曲も楽想やリズムが同じようで「一生かけて一つの交響曲を書いた」などと悪口を言われる。&#13;&lt;br&gt;
　沼尻のブルックナーは「第5番」を聴いたのみで、昨年の「第8番」は東響と重なったため別公演に振替えてしまった。この「第7番」は沼尻が指揮する2曲目のブルックナーとなった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　金管が珍しい配置だった。16型の弦（コンマス：松浦奈々）は舞台に向かって左から第1、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、チェロの後方にコントラバスと普通に位置していたが、金管は左からワグナーチューバが4本、ホルンが5本、その隣にチューバ、中央にトロンボーン、右手にトランペットという順。&#13;&lt;br&gt;
　ワグナーチューバのトップは豊田実加、ホルンは久しぶりの坂東裕香、チューバは宮西純。トロンボーン奏者の並びは通常とは反対となり首席の府川雪野とトランペットの林辰則が隣り合わせに座った。&#13;&lt;br&gt;
　ホルンの横にチューバという配置はノット×東響のときも見られた。これはブルックナーの楽譜にヒントがあるのかも知れないが、よくは分からない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　坂東裕香のホルンソロとチェロ、ヴィオラによる息の長い荘厳な主題で幕を開ける。3つの主題が発展しブルックナー特有の音量と密度を徐々に高めながら、コーダでは圧倒的なカタルシスを導く。&#13;&lt;br&gt;
　アダージョはワグナーチューバで始まる葬送音楽。敬愛するワーグナーの死と関連しているという。後半、シンバルとトライアングルが一度だけ打ち鳴らされる。終結ではワグナーチューバが再び痛切に鳴り響く。&#13;&lt;br&gt;
　スケルツォはトランペットのオクターヴ跳躍、特徴的な動機が野性的で快活に躍動する。トランペットの難所であるが林辰則の安定度は抜群。トリオはのどかで牧歌的、田園風景のよう。&#13;&lt;br&gt;
　フィナーレは開始楽章を由来とした軽やかな主題から始まり、コラールのような祈りの第2主題、力強いユニゾンの第3主題が提示される、フルートによって提示部が終わると短めの展開部があり、再現部では逆順で第3主題から第2主題を経て第1主題が現れ、最後は開始楽章の冒頭主題が全楽器によって回帰され、壮大なクライマックスを築いて終わる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　沼尻×神奈川フィルのブルックナーは、弦の肌触りが艶やかで管楽器の質感も豊か、旋律は際立ち流麗さを失わない。細やかな風合いがあって各声部は明晰で解像度が高い。あまりに明快だから曲に没入し陶酔する感覚より、曲の構造のほうについつい関心がいく。&#13;&lt;br&gt;
　とくに「第7番」の最終楽章は今までもうひとつ理解できなかったのだけど、結局、3つの主題が提示され、短い展開部のあと、順序を逆にして再現するという構造になっている。再現部が提示部とはさかさまに第3主題からスタートするので、展開部と再現部の境界がはっきりしないまま終結に向かってしまうのが理解しがたい原因だったようだ。&#13;&lt;br&gt;
　沼尻×神奈川フィルのおかげでようやくすっきりした。ともあれ「交響曲第7番」はブルックナーが還暦にして初の成功作である。厳格な対位法と柔らかな旋律とが融合し自然界と天上とが混淆したような崇高な音楽だが、同時に人間界の哀感と明朗さもある。&#13;&lt;br&gt;
　沼尻のブルックナーは神々しさより親しみやすさを感じさせるものだけど、楽曲の構造を自ずと意識させるくれる演奏は貴重な体験だった。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>神奈川フィル</dc:subject>
      <dc:subject>ブルックナー</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/7/3 藤岡幸夫×新日フィル 日本のオーケストラ作品</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/07/03/9863451</link>
      <guid>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/07/03/9863451</guid>
      <pubDate>Fri, 03 Jul 2026 22:07:13 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-07-03T22:33:15+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-07-03T22:08:45+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
新日本フィルハーモニー交響楽団&#13;&lt;br&gt;
　　　すみだクラシックへの扉 #41&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年7月3日（金）　14：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：すみだトリフォニーホール&#13;&lt;br&gt;
指揮：藤岡 幸夫&#13;&lt;br&gt;
共演：ヴァイオリン／木嶋 真優&#13;&lt;br&gt;
演目：芥川 也寸志／交響管絃楽のための前奏曲&#13;&lt;br&gt;
　　　伊福部 昭／ヴァイオリンと管絃楽のための&#13;&lt;br&gt;
　　　　　　協奏風狂詩曲（ヴァイオリン協奏曲第1番）&#13;&lt;br&gt;
　　　吉松 隆／交響曲第3番 op.75 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　邦人の現代音楽を3曲並べた演奏会。ゲンダイ音楽といっても調性や旋律の復興を掲げた伊福部、芥川、吉松の作品。当時のアカデミズムは時流の音楽創作に異を唱えた彼らに冷淡だった。ひとつの例として70年の歴史を誇る作曲賞の尾高賞に3人の名前はきれいさっぱり、ない。&#13;&lt;br&gt;
　今日のプログラムを眺めると、藤岡幸夫が首席客演指揮者を務めるシティフィルの定期公演でもよさそうなものだが、どういうわけか新日フィルを相手にして、定期でなくちょっと軽めの「すみだクラシックへの扉」としてのコンサートとなった。いきさつはともあれ、ソロの木嶋真優を含め聴き逃すわけにはいかない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　開演の30分ほど前に弦楽四重奏のプレコンサートと、そのあと藤岡幸夫のプレトークがあった。弦楽四重奏は「アトム・ハーツ・クラブ・カルテット」の第1楽章などを演奏し、プレトークでは今回の3曲にまつわる話を手際よく。それと、同一プログラムの今日と明日の演奏会、チケットは両日とも9割以上が捌けたという。邦人作品でこの売れ行きは、事件である。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　最初は芥川也寸志の「交響管絃楽のための前奏曲」。芥川は伊福部の弟子で、この曲は東京音楽学校の卒業作品として書かれたもの。彼の管弦楽曲の第1作といっていいだろう。同じような題名の出世作である「交響管絃楽のための音楽」より数年前の作品だが、初演は芥川の死後、作曲されてから40年以上も経っていた。初演の指揮者は山田一雄となっている、懐かしい。藤岡幸夫によればプロオケが演奏するのは本日がはじめてのことらしい。&#13;&lt;br&gt;
　全体は緩―急―緩―急が一応の構成。初めは静かに悠然と、フルート、クラリネットなどの木管群が音量を増し、弦楽が重なりピアノが加わる。突然、曲調が変わり低音の強調、金管の強奏、打楽器の強打と派手派手になる。上品で高貴な舞から、激しく民俗的な舞踏に切り替わるよう。緩急ともに伊福部の影響が見られなくもない。緩―急を繰返したあとコーダとなるが、コーダらしくない断ち切るような終結。藤岡×新日フィルは若き芥川の意欲を感じさせる熱量と、細部まで神経が行き届いたこなれた演奏で、さすがの完成度だった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　次は、木嶋真優を迎えて伊福部昭の「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」（ヴァイオリン協奏曲第1番）。木嶋真優は周防亮介とともに今もっとも注目すべきヴァイオリニスト。&#13;&lt;br&gt;
　「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」は「ピアノと管絃楽のための協奏風交響曲」に続く伊福部の2作目の協奏曲。幾度か改訂され緩徐楽章はまるっと削除し、現行版では2楽章構成となっている。伊福部は幼少のころからヴァイオリンに親しんでおり、大学ではコンマスを務めたほどだから腕前はかなりのものだった。何度も改訂を重ねたということは本作に相当愛着があったのだろう。&#13;&lt;br&gt;
　伊福部の言葉が残されている。曰く「長い歴史をもつヴァイオリン音楽には、それぞれ勝れた様式や流派が確立されていますが、この作品ではそれ等から少し離れたいわばジプシィ・ヴァイオリンに近い様式がとられています。それは、余りにも洗練され、ヨーロッパ化した様式と、又、近代の虚脱から逃れてみたいと考えたからに他なりません。――この楽器の祖先は本来アジアなのですから。第一楽章では主として旋律的な要素に、又、第二楽章では律動的な面に主眼がおかれています。」とある。&#13;&lt;br&gt;
　第1楽章はのっけからカデンツァ風のヴァイオリンソロで開始される。木嶋はこの曲を何と暗譜。ヴァイオリンの音には艶と潤いがあり、音の立ち上がり、減衰はスムーズ。音色に得も言われぬ色気があって非の打ちようがない。伊福部が言うように西欧の流儀とは全く別の奏法を用いているようでもある。しかも演奏するにはかなり難易度が高そうだ。長大なソロが一段落すると管弦楽は次第に力強いオスティナートとなり、「シンフォニア・タプカーラ」のような土俗的な曲想も現れる。そのうち『ゴジラ』のテーマがそのまま出現する。作曲の時期からいえばはこちらがオリジナルかも知れない。いや、『ゴジラ』のテーマの淵源を辿ることは難しい、ひょっとするとラヴェルあたりに行きつくやもしれない。藤岡は「シンフォニア・タプカーラ」や『ゴジラ』のテーマであっても冷静にオケをコントロールする。とまれ、伊福部のこれらの律動と旋律たちは独自の個性をもち、やはり日本人の根源的な感情や感性を大いに刺激する。&#13;&lt;br&gt;
　第2楽章はリズムに主眼が置かれ、エネルギーが充満し、ヴァイオリンの超絶技巧と管弦楽の変拍子が混然一体となって圧倒的なクライマックスを築く。ここでも洗練され華やかな西欧のヴァイオリン協奏曲に対して、アジア的で民俗性が濃厚なヴァイオリン協奏曲といった雰囲気、木嶋のカデンツァはやはり抜群で、鬼神が乗り移ったような迫力。藤岡は木嶋の情念を受け止めながら、それでもオケを悠々と制御していた。&#13;&lt;br&gt;
　この「ヴァイオリン協奏曲第1番」は、狂詩曲という題名からしても通常のヴァイオリン協奏曲とは異なる音楽空間という感じがするが、今年、ここまで演奏会を聴いて来たなかで、楽曲の魅力、演奏ともにベストワンといえそう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　休憩後、吉松隆の「交響曲第3番」、吉松の“英雄”交響曲とよく言われる。&#13;&lt;br&gt;
　４楽章構成という、もはや死に絶えた古典形式のなかに、ありとあらゆるものを詰め込んだ交響曲。マーラー的といえばそうかも知れないが、あまりに何でも有りなため、音楽は拡散し、形式は交響曲であっても内容は幻想曲のようになっている。まさしくゲンダイ音楽であって面白味は尽きない。作者のHPには自身による各楽章の解説がある。&#13;&lt;br&gt;
　“第1楽章：アレグロ。「陰」と「陽」、「希望」と「怨念」、「慈悲あるもの」と「凶暴なるもの」と言った相反する二面の性格が交錯しぶつかり合うドラマとしてのアレグロ楽章。（吉松）”&#13;&lt;br&gt;
　冒頭は不協和音の爆発。管楽器が音ではなく空気を吐き出す。風が通り抜け、悲しげなオーボエの独白が主題として登場する。ティンパニが激しく叩きつけられ、すさまじいオスティナートが吹き荒れる。やがて鳥の声のあとアダージョとなり、東洋的な静寂が訪れる。再びアレグロが戻ってきて疾走感を快復し、最後は徐々にテンポが落ち、幾つかの主題の断片が回想され交差する。&#13;&lt;br&gt;
　“第2楽章：スケルツォ。ジャズやロックからアフリカやアジアの民族音楽に至る様々なリズムの断片がパズルのように錯綜し変化してゆく、リズムの万華鏡としてのスケルツォ楽章。（吉松）”&#13;&lt;br&gt;
　舞踏音楽だが多種の打楽器が民族音楽を模倣し、ガムラン音楽のようなところもある。どちらかというとアジアンテイスト。トリオではジャズやロック風のノリとなる。全体的にマリンバの活躍が印象的。&#13;&lt;br&gt;
　“第3楽章：アダージョ。アジア風の暗い情念によるアダージョ楽章。2本のチェロが核となって語られる悲歌でもあり、真夜中の走馬灯の中に映る遠い昔の記憶のような仮面劇でもある。（吉松）”&#13;&lt;br&gt;
　不協和音が再現しチェロのレチタティーヴォが絡む。甘美な旋律が心地よいがトーン・クラスターが出現し一筋縄ではいかない。ティンパニの強烈な打ち込みのあとは感傷的な旋律が続き、コーダはショスタコーヴィチのように独奏ヴァイオリン（コンマス：崔文洙）とチェレスタの音が消えゆくように終わる。&#13;&lt;br&gt;
　“第4楽章：フィナーレ。前3楽章の素材が合流し堆積してゆく大団円としてのフィナーレ。雲の切れ目から射すかすかな日の光が巨大な日の出へと拡大してゆき、太陽の祝祭を迎える。(吉松)”&#13;&lt;br&gt;
　各楽章の主題が回帰し、再構築されながら輝かしく高揚していく。とにかく恥ずかしいくらいアップテンポとなって盛り上がる。これだけあっけらかんとした空騒ぎはマーラー「第7番」の終楽章に匹敵するだろう。映画のクライマックスにおける背景音楽としても通用するくらい。&#13;&lt;br&gt;
　藤岡幸夫はこの「交響曲第3番」を献呈され初演している。プレトークによれば数年前にシティフィルの定期演奏会で「第3番」を公演する予定が急性肺炎に罹って降板となり、改めて今日の機会を得たということらしい。藤岡×新日フィルはものすごい集中力だった。各楽器はしっかり分離し、オケ全体にはほどよい疾走感と躍動感があり、大音量を意図した交響曲でもうるさくならない。藤岡と新日フィルは相性も良さそうだ。もっとも藤岡は東響への客演でも感動的な演奏を聴かせてくれる。渡邉暁雄の弟子ということを別にしても音楽に品がある。彼の情熱と実力は侮れない。&#13;&lt;br&gt;
　吉松の“英雄”交響曲は、外観は疑似古典形式で、中身はマーラーのように森羅万象を詰め込み、管弦楽法はショスタコーヴィチを参照したようなところはあるけれど、本質は吉松流の音楽による真剣な遊びであろう。小難しいことに頭を巡らすより、その響き、旋律、律動、和声のたわむれを単純に楽しめればいいのではないかと思う。もともと音楽を聴く快楽とはそういうことだ。その意味でもこの演奏会、十二分に満足した。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>新日フィル</dc:subject>
      <dc:subject>日本・他</dc:subject>
    </item>
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      <title>2026/6/30 伊東裕+秋元孝介 メンデルスゾーン「チェロ・ソナタ第2番」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/30/9862927</link>
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      <pubDate>Tue, 30 Jun 2026 18:00:49 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-30T18:10:43+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-30T18:02:53+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
フィリアホール ランチタイム・コンサート・シリーズ&#13;&lt;br&gt;
　　　第88回　伊東裕 チェロ・リサイタル&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年6月30日（火）　11：30開演&#13;&lt;br&gt;
会場：フィリアホール&#13;&lt;br&gt;
出演：チェロ／伊東 裕&#13;&lt;br&gt;
　　　ピアノ／秋元 孝介 &#13;&lt;br&gt;
演目：メンデルスゾーン／無言歌 Op.109&#13;&lt;br&gt;
　　　ブロッホ／ユダヤ人の生活から&#13;&lt;br&gt;
　　　　　「祈り」「嘆願」「ユダヤの歌」&#13;&lt;br&gt;
　　　マーラー／アダージェット（交響曲第5番より）&#13;&lt;br&gt;
　　　メンデルスゾーン／チェロ・ソナタ第2番 &#13;&lt;br&gt;
　　　　　　　　　　　　ニ長調Op.58&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　チェロの伊東裕が同じ葵トリオのメンバーである秋元孝介のピアノと共にリサイタルを行うというので田園都市線の青葉台駅まで出かけることにした。&#13;&lt;br&gt;
　室内楽のプログラムは馴染みがないから少し予習をした。とくにメインのメンデルスゾーンの「チェロソナタ第2番」はYouTubeでも聴いてみた。爽やかな曲である。書かれたのは1843年の30代半ば。前後には「夏の夜の夢」や交響曲第3番「スコットランド」、ヴァイオリン協奏曲ホ短調、オラトリオ「エリア」などの傑作が生れている。メンデルスゾーン絶頂期の楽曲といっていいだろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　第1楽章はどこかで聴いたような旋律、伊東裕のチェロは深々とした響きで力強く歌う。それを支える秋元孝介のピアノの和音連打が心地よい。メロディーメーカーであるメンデルスゾーンの面目躍如。伊東、秋元とも旋律は活発に動き回り、有り余るほどの勢いがあった。&#13;&lt;br&gt;
　第2楽章はスケルツォ、伊東の飛び跳ねるようなピチカートと秋元のスタッカートの絡みが印象的だった。幻想的でお茶目な表情をみせ、「夏の夜の夢」の音楽といってもおかしくない。魅惑的で優しい旋律がいかにもメンデルスゾーンらしい。&#13;&lt;br&gt;
　第3楽章はアダージョ、ピアノのコラール風の分散和音からはじまる。ここは秋元の最大の見せ場だった。そして伊東の朗々と鳴るチェロが重なって行く。情緒豊かで夢見るよう、肌が粟立つほどの感動した。&#13;&lt;br&gt;
　第4楽章はヴィヴァーチェ、2人の音楽は激しいが流麗さを失わない。チェロとピアノとで駆けっこしているみたい。緩急も目まぐるしく気がつくと興奮のコーダへと雪崩れ込んでいた。&#13;&lt;br&gt;
　全４楽章の演奏時間は30分弱、これはお勧めの一曲だ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　コンサートの開始は、同じメンデルスゾーン「無言歌」から。ピアノ独奏のための「無言歌」ではなく、晩年に１曲だけ書いたチェロとピアノのための作品。ときどきチェロのアンコール・ピースとしても演奏される。伊東の弾く「無言歌」は楽想が滔々と流れつつ繊細で美しい。&#13;&lt;br&gt;
　挨拶代わりの「無言歌」のあと、伊東と秋元がマイクを持った。秋元は葵トリオとフィリアホールとの因縁をちょっとお喋りし、AOIのうちのOはいないけどAIでやります、といって笑わせた。伊東は簡単に演目の紹介をした。そう、今日はユダヤ人作曲家が隠されたテーマだった。&#13;&lt;br&gt;
　話を終えてブロッホの「ユダヤ人の生活」。ブロッホはチェロと管弦楽のためのヘブライ狂詩曲「シェロモ」が一番有名だけど、「ユダヤ人の生活」はユダヤの伝統や文化を反映したチェロとピアノのための組曲。伊東と秋元は哀愁漂う泣き節を聴かせてくれた。&#13;&lt;br&gt;
　「交響曲第5番」のアダージェットは、マーラーが作曲中に出会った妻アルマへの愛を音楽にしたもの。管弦楽ではハープと弦5部で演奏されるが、今回はもちろんチェロとピアノのみ。2人だけの演奏で重量感よりは清潔感が上回るがコクは失われない。伊東の歌心と秋元の多彩な音色が寄り添い悲しくも美しい。音は下降しながら沈み込み、途中の闇や憂いを乗り越え、徐々に明るさと希望が現れてくる。ゆったりとした陶酔のなかで曲が終わった。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　マーラーの演奏後、2人は一度舞台裏に下がったが、休憩というわけではなく、すぐ舞台に戻り「チェロ・ソナタ第2番」を弾いた。&#13;&lt;br&gt;
　完売公演で満席の鳴りやまぬ拍手に応じ、アンコールは「歌の翼に」だった。メンデルスゾーンの「無言歌」ではじめて「歌の翼に」で終える、完璧なコンサートであった。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>室内楽</dc:subject>
      <dc:subject>独墺</dc:subject>
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    <item>
      <title>モーツァルトの自筆譜をパリで発見！</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/24/9861723</link>
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      <pubDate>Wed, 24 Jun 2026 16:33:35 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-24T16:34:41+09:00</dcterms:modified>
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      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　昨年だったか一昨年だったか、モーツァルトの新曲がライプツィヒで見つかったというニュースがあった。10歳ころに書いた「弦楽三重奏のための小品」だった。今度はパリである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　20歳を過ぎたモーツァルトは就職活動でパリまで来ている。就職口がなかなか見つからないなか、フランスの外交官であったド・ギーヌ公爵の娘に作曲を教えていた。ギーヌ公は自身がフルートを吹き、娘はハープを演奏していたので、モーツァルトに「フルートとハープのための協奏曲」の作曲を依頼した。出来上がった作品は比類のない名曲となったが、ケチな公爵が協奏曲の代金をちゃんと支払ったかどうかは分からない。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　今回発見された自筆譜は作曲のレッスン帳のなかにあった。和声など作曲技法の練習やフルートとハープのための７曲などが収められていた。レッスン帳はフランス革命時にギーヌ公爵の邸宅から没収された楽譜束と一緒にあり、最終的にフランス国立図書館に収蔵された。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　発見したのはフランス国立図書館の音楽部門で学芸員を務めるフランソワ・ピエール・ゴワ氏で、彼は定年退職前に図書館に保管されている17世紀と18世紀の作者不明とされている資料を研究していて自筆譜を見つけた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　レッスン帳はモーツァルトの他の自筆作品との比較や、使用されていたフランス製の紙、そしてギーヌ公爵が依頼した「フルートとハープのための協奏曲」に押されていたものと同一のスタンプなどからモーツァルトが使ったものだと特定した。その後、モーツァルト専門家のローランス・デコベール氏によってその仮説が裏付けられ、さらには、ザルツブルクのモーツァルテウムの鑑定によって、1778年にモーツァルトがパリに滞在していた際に書かれたモーツァルトの自筆譜であると認定された。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　新発見の「フルートとハープのための7つの小品」（仮称）は、この6月21日フランス国立図書館のホールにて、フランス国立管弦楽団の首席フルート奏者マティルド・カルデリーニとハープ奏者ニコラ・テュリエの二人の音楽家によって世界初演され、翌日には放送された。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&lt;a href="https://moto-perpetuo.com/mozart-manuscript-discovery-bnf-paris/"&gt;https://moto-perpetuo.com/mozart-manuscript-discovery-bnf-paris/&lt;/a&gt;&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　この放送録音は公開されており聴いてみた。もともとハープとフルートが協演する曲は数少ないから、ハープ奏者やフルート奏者は大喜びだろう。今後は「フルートとハープのための協奏曲」のあとのアンコールなどで演奏されるかも知れない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&lt;a href="https://www.radiofrance.fr/francemusique/podcasts/relax/premiere-mondiale-ecoutez-un-inedit-de-mozart-decouvert-par-la-bnf-5404035"&gt;https://www.radiofrance.fr/francemusique/podcasts/relax/premiere-mondiale-ecoutez-un-inedit-de-mozart-decouvert-par-la-bnf-5404035&lt;/a&gt;&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>モーツァルト</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/6/20 沼尻竜典×神奈川フィル 歌劇「トスカ」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/21/9861192</link>
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      <pubDate>Sun, 21 Jun 2026 15:33:17 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-21T16:01:58+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-21T15:34:40+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
神奈川フィルハーモニー管弦楽団&#13;&lt;br&gt;
　　　Dramatic Series 歌劇「トスカ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年6月20日（土）　17：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：横浜みなとみらいホール&#13;&lt;br&gt;
指揮：沼尻 竜典&#13;&lt;br&gt;
共演：トスカ／佐藤 康子（ソプラノ）&#13;&lt;br&gt;
　　　カヴァラドッシ／シュテファン・ポップ&#13;&lt;br&gt;
　　　　　　　　　（テノール）&#13;&lt;br&gt;
　　　スカルピア／上江 隼人（バリトン）&#13;&lt;br&gt;
　　　アンジェロッティ／妻屋 秀和（バス）&#13;&lt;br&gt;
　　　スポレッタ／澤武 紀行（テノール）&#13;&lt;br&gt;
　　　シャルローネ／市川 敏雅（バリトン）&#13;&lt;br&gt;
　　　堂守／晴 雅彦（バリトン）&#13;&lt;br&gt;
　　　看守／宮下 嘉彦（バリトン）&#13;&lt;br&gt;
　　　羊飼い／芝野 遥香（ソプラノ）&#13;&lt;br&gt;
　　　児童合唱／横浜市立田奈中学校合唱部&#13;&lt;br&gt;
　　　合唱／神奈川ハーモニック・クワイア&#13;&lt;br&gt;
演目：プッチーニ／歌劇「トスカ」全3幕 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　沼尻竜典が神奈川フィルの音楽監督に就任以来、毎年企画しているドラマティックシリーズ。昨年の「ラインの黄金」に続いて今年は「トスカ」である。なお、この「トスカ」は同一キャストによって名フィルと群響でも上演された。&#13;&lt;br&gt;
　名フィルでは創立60周年の記念公演として、22年ぶりの定期演奏会におけるオペラとなった。前回の定期演奏会でのオペラ上演は同じ沼尻による「蝶々夫人」だったという。この20数年前の「蝶々夫人」は運よく聴いており、いまだに鮮明に記憶に残っている。群響は高崎芸術劇場との共同主催で行われ、オペラ演出家の粟國淳が舞台構成に加わった。今回の「トスカ」はそれぞれ3つのオーケストラと1団体の協力公演で実施されたわけだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　西暦1800年のローマ、王党派が共和派を苛烈に弾圧し、ローマは恐怖政治の渦中にあった。共和国の元領事アンジェロッティは脱獄して教会に逃げてくる。妻屋秀和は普段長髪を後ろで束ねることが多いけど、逃亡犯だから白髪混じりのザンバラ髪。あいかわらず声は柔らかで演技は達者。アンジェロッティの出番は少なく第1幕のみ、贅沢な配役であった。&#13;&lt;br&gt;
　教会で絵を描いている共和派の画家カヴァラドッシは、トスカを想い「妙なる調和」を歌う。そのあと同志アンジェロッティをみつけ自分の隠れ家に行くよう指示する。テノールのシュテファン・ポップは驚くべき声量、明るく輝かしい高音がホールを突き抜ける。世界中の歌劇場から引く手あまたらしい。なるほど、その歌声には度肝を抜かれるほど、演技も頗る上手い。会場は初っ端のアリアでやんやの歓声となった。&#13;&lt;br&gt;
　教会にカヴァラドッシを訪ねた歌姫トスカは絵のモデルに嫉妬しつつ、カヴァラドッシと長大な二重唱を歌う。佐藤康子は立ち居振る舞いが麗しい。「蝶々夫人」が当たり役というが然もありなん。強さと弱さが同居したヒロインの美しい歌唱を聴かせてくれた。シュテファン・ポップとのやりとりも滑らかでドラマの世界に引き込まれた。&#13;&lt;br&gt;
　アンジェロッティを追って王党派の警視総監スカルピアが現れる。スカルピアは画家が怪しいとにらみ、嫉妬深い歌姫トスカを利用して逃亡犯を逮捕しようとする。それはスカルピアのトスカへの破廉恥な欲望もあってのことだった。上江隼人は大声を出すことなく恐怖をにじみ出す。逞しさや凄みを感じさせる。日本の歌手のなかでは数少ない悪役のできるバリトンだろう。いずれにせよ、適役の4人が一堂に会したのは僥倖というほかない。&#13;&lt;br&gt;
　「テ・デウム」は圧巻のフィナーレである。聖堂における「御身を、神よ、我々は讃える、御身を賛美たてまつる」との神を讃える合唱を背景に、スカルピアが「トスカ、お前は私に神をも忘れさせる」と加虐的な欲望を吐露する。ホールのパイプオルガンが加わり、合唱はP席に位置する。いつもの神奈川ハーモニック・クワイアは神奈川フィル共演のプロ合唱団で、実質新国立の合唱団だから、その声量、実力はもちろんのことオペラの知見、技量も申し分ない。この「テ・デウム」には心底背筋が凍りついた。&#13;&lt;br&gt;
　児童合唱は中学生の女性合唱が30人ほど制服で参加していた。多感な年頃なのに脱獄、嫉妬、陰謀、拷問、情欲、強姦、殺人、処刑、自殺といった究極の血なまぐさいドラマのなかで歌った。教育上大丈夫かと一瞬疑念が沸いたけど、美しすぎる音楽に身を委ねているうちに、これは許されるべき時間と空間だと確信し納得した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　第2幕はファルネーゼ宮殿内のスカルピアの執務室。スカルピアはトスカをおとりに使って突き止めた隠れ家からカヴァラドッシを連行し、逃走したアンジェロッティの居場所を追及している。舞台裏のハープやフルート、打楽器などによってガヴォットが流れ、トスカが歌うカンタータが聴こえてくる。過酷な尋問と敬虔な歌声の対比が立体的に展開する。&#13;&lt;br&gt;
　トスカは恋人カヴァラドッシの助命を懇願する。スカルピアはトスカに恋人の処刑をちらつかせることで、アンジェロッティの隠れ場所を聞き出す。さらに、スカルピアはトスカを手に入れるために威し、トスカは身体と引き換えに安全の確保を求める。スカルピアはトスカを襲い、トスカはとっさに迫り來るスカルピアを刺し殺す。&#13;&lt;br&gt;
　舞台は第1幕と同様、大道具はなくテーブルや椅子さえ置いていないが、ペンとか紙などの小道具を使って普通のオペラのように演技をする。しかし、殺人の場面ではかなり抽象化され、両者は向き合うことなくナイフも用いず、舞台中央に少し離れて立ち、トスカは客席を向き凶器を振り上げる所作をし、スカルピアはその場で倒れる。同時に舞台は真赤な照明で覆われた。&#13;&lt;br&gt;
　遠くで不気味な小太鼓が鳴り、トスカは非道なスカルピアの圧力の極限でイタリアオペラ屈指のアリア「歌に生き、愛に生き」を歌う。「正しく生きているのにどうしてこんな目に会わなくてはいけないのか」と。追いつめられたトスカはこの悲歌によって暴力と対峙する。佐藤康子の嘆きの歌はその後のトスカの殺人、自殺という罪悪を正当化してしまうほどの真実性と迫力とがこめられていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　第3幕ではカヴァラドッシの告別の歌「星は光りぬ」が最大の聴きものである。豊田実加をトップとした4本のホルンがユニゾンで夜明けを描く。Ｐ席上段のオルガンの左右に鐘が1台ずつ配置され、羊飼いの少年、ここではソプラノの芝野遥香の清楚な歌が聴こえてくる。&#13;&lt;br&gt;
　教会の鐘が一斉に鳴る。カヴァラドッシは夜が明ければ処刑される。カヴァラドッシは陰謀や拷問、処刑への恨みではなくトスカへの愛を歌う。この非情なドラマにあっても愛のみを歌う。プッチーニの真骨頂だろう。「星は光りぬ」の旋律にのってコンマス松浦奈々をはじめとするヴァイオリンの震え、上森祥平を首席とするチェロの分奏、クラリネット斎藤雄介の独奏が鮮やかな音画をつくり、シュテファン・ポップの声はクライマックスの最高音に向かって高まっていく。「誰も寝てはならぬ」と並ぶテノールの名アリアがみなとみらいホールを満たした。&#13;&lt;br&gt;
　カヴァラドッシのもとに駆けつけたトスカは銃殺刑はみせかけで、銃は空砲だから死んだふりをすれば自由だと告げる。しかし、それは死んだスカルピアが仕組んだ詐略で実弾がこめられていた。サンタンジェロ城の屋上、恋人の死を知ったトスカは警吏たちに追われ、城壁から身を投げる。&#13;&lt;br&gt;
　銃殺刑の場面でトスカはオーケストラ後部のひな壇の最上部にいた。カヴァラドッシは舞台前方、指揮者の横で銃殺され、トスカはカヴァラドッシに駆け寄り彼が亡くなったと知り泣き崩れる。そのあと上手から追手が現れるとトスカは再びひな壇まで走り、そのままP席に入って上段まで駆け上がり、オルガン横の下手から舞台裏へ身を投げた。良く考えられた手に汗握る演出だった。&#13;&lt;br&gt;
　陰惨な物語が「星は光りぬ」の旋律で幕を閉じると、会場の熱狂、大歓声は猛烈なものとなった。何度もカーテンコールが繰りかえされ公演の成功を祝福する。やはりシュテファン・ポップがカーテンコールの中心となり、皆をリードしてはしゃいでいた。彼はまだ40歳手前、微笑ましくも刮目すべきテノールである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「トスカ」は流血のオペラ、わずか1日のあいだに主な登場人物であるアンジェロッティ、スカルピア、カヴァラドッシ、トスカの全員が亡くなってしまう。それをプッチーニは卓抜したオーケストレーションとともに甘美な音楽でもって描いた。残酷な物語と美しき絶唱とが見事なコントラストとなって名作オペラが誕生した。イタリアオペラの終焉「トゥーランドット」が未完に終わる25年前のことである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　沼尻竜典指揮のオペラ上演には期待を裏切られたことがない。オペラ指揮者として国内、海外を通じて豊富な経験をもち、自らもオペラを作曲する。だからオペラの楽しみを上手く伝えてくれる。&#13;&lt;br&gt;
　まず歌手の表現や声を活かすことを第一に絶妙なバランス感覚でもってオーケストラを調整することができる。響きは透明でアンサンブルは美しく、オーケストラの各パートは適切に浮きあがり、クライマックスへの仕掛けも抜かりがない。ドラマの構築力は卓越しており、感情の起伏や緊張感、不安感を処理する手腕にも長けている。長時間の作品でも全く飽きることがない。&#13;&lt;br&gt;
　国内ではびわ湖ホールでの実績もある。新国立における芸術監督の後任は決まったようなものだ。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>神奈川フィル</dc:subject>
      <dc:subject>歌劇声楽</dc:subject>
      <dc:subject>伊仏・南欧</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/6/13 佐渡裕×新日フィル マーラー「交響曲第3番」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/13/9859873</link>
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      <pubDate>Sat, 13 Jun 2026 21:42:11 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-13T22:02:40+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-13T21:43:18+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
新日本フィルハーモニー交響楽団&#13;&lt;br&gt;
　　#671〈トリフォニーホール・シリーズ〉&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年6月13日（土）　14：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：すみだトリフォニーホール&#13;&lt;br&gt;
指揮：佐渡 裕&#13;&lt;br&gt;
共演：メゾ・ソプラノ／藤村 実穂子&#13;&lt;br&gt;
　　　女性合唱／晋友会合唱団&#13;&lt;br&gt;
　　　児童合唱／東京少年少女合唱隊&#13;&lt;br&gt;
演目：マーラー／交響曲第3番 ニ短調&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　マーラーの「交響曲第3番」は長大な曲だけど、音の旅路の終盤には美しいアダージョに出会うことができる。昨年のルイージ×N響は感心しなかった。来年には沼尻×神奈川フィルの公演があり期待は大きいが、その前に佐渡×新日フィルが同曲を披露する、ということでチケットをとった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　マーラーの「第3番」は自然への賛美やお伽噺のような世界が展開され、マーラーの交響曲の中では幸福感に満ちている。自然の威容や草花、鳥や動物などが描かれ、音楽とは言えない実世界の喧騒なども挿入される。&#13;&lt;br&gt;
　全曲は2部構成、第1部は序奏と第1楽章、「牧神が目覚める」「夏が行進してくる」と副題がつけられていた。ホルンの斉奏による冒頭の主題が高らかに歌われる。8本のホルンのトップは元札響の山田圭祐、新日の首席として聴くのはこれが最初。しばらくすると曲調は激しく転換し、トロンボーンのソロが入る。櫻井俊のトロンボーンは大胆で伸び伸びとした野性味のある吹奏だった。そこから行進曲へと変化して行く。&#13;&lt;br&gt;
　第2楽章「野原の花々が私に語ること」から第2部となる。メルヘンの世界がメヌエットとして現れる。第3楽章はスケルツォ、「森の動物たちが私に語ること」とあって、クラリネットやホルン、トランペットが鳥たちのさえずりや動物たちの鳴き声を奏でる。クラリネットは東響の吉野亜希菜が客演していた。途中、トランペット首席の山川永太郎が舞台裏に移動し、鮮やかで安定したポストホルンを吹いた。第3楽章が終わって児童合唱と女声合唱、そして、藤村実穂子が入場した。&#13;&lt;br&gt;
　第4楽章は瞑想的な「夜が私に語ること」。ここまで朝―昼―夕―夜と経過してきた。石川亮子の書いたプログラムノートには「鉱物、植物、動物、人間、天使という階梯をたどり、最後に愛、すなわち神へと至る構成を備えている」とある。なるほど。独唱がニーチェの『ツァラトストラはかく語りき』を引用し、夜の世界へと沈潜する。藤村の声は深く奥行きがあり、改めてその声に魅了された。&#13;&lt;br&gt;
　第5楽章「天使たちが私に語ること」から場面転換となる。天使である子供たちが夜明けの鐘を模した「ビム・バム」を繰返し、独唱と女性合唱がキリストを裏切ったペテロに対して許しを請う。児童合唱団は30人ほどがオルガンの横に位置し、女性合唱団はオケの後方ステージ奥に50人ほどが並んでいた。独唱の藤村は指揮者の横で歌った。&#13;&lt;br&gt;
　第6楽章がアダージョ、「愛が私に語ること」という副題がついていた。最弱音の弦の嘆きではじまる。今日のコンマスは崔文洙、隣には西江辰郎のツートップ、弦5部は16-14-12-10-8の編成だった。ペテロの嘆きは平安と救済へと浄化され、音楽は光に満たされて終わりを迎える。たしかに、マーラーは神の音楽を書いたのかも知れない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　佐渡はあたたかみのある穏やかなマーラーを聴かせてくれた。音量の増減は滑らかで、強弱をことさら際立たせることなく、緩急もさりげない。唯一、最終楽章のコーダだけは大きくリタルダンドして締めくくった、それだけに、その効果は大きかったけど、全体的には小細工のない落ち着いたゆったりとした演奏だった。&#13;&lt;br&gt;
　各楽章のテンポは多少緩慢に感じたが、演奏時間は100分ほどだったから、特段に遅いと言うわけではない。起伏が少なく平坦な道は長く感じるというから、そのせいだろう。と言って、凡庸でつまらぬ演奏と言うわけではない。丁寧に細部まで磨きあげた自然体にしてオーソドックスなマーラーだった。エキセントリック過ぎず感情を突然爆発させることもない。すると、佐渡にとってのバーンスタインは反面教師でもあったのだろう。&#13;&lt;br&gt;
　佐渡×新日フィルのマーラー「交響曲第3番」はオーケストラに無理を強いたようなルイージ×N響よりはずっと好ましい。たまには大らかな佐渡を聴くのも悪くはない。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>新日フィル</dc:subject>
      <dc:subject>マーラー</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/6/7 小泉和裕×神奈川フィル ベートーヴェンの交響曲「第2番」「第8番」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/07/9858854</link>
      <guid>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/07/9858854</guid>
      <pubDate>Sun, 07 Jun 2026 21:58:32 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-07T21:59:25+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-07T21:59:25+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
神奈川フィルハーモニー管弦楽団&#13;&lt;br&gt;
　　ミューザ川崎シリーズ 第4回&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年6月7日（日）　14：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：ミューザ川崎シンフォニーホール&#13;&lt;br&gt;
指揮：小泉 和裕 &#13;&lt;br&gt;
演目：ベートーヴェン／「エグモント」序曲&#13;&lt;br&gt;
　　　ベートーヴェン／交響曲第8番ヘ長調Op.93&#13;&lt;br&gt;
　　　ベートーヴェン／交響曲第2番ニ長調Op.36&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　2025年からはじまった神奈川フィルのミューザ川崎シリーズ。年度内3回開催で「ベートーヴェン・リンク」と銘打って2シーズン目を迎える。昨年は旗揚げ公演である「田園」とブラームスの「ピアノ協奏曲第2番」（指揮：沼尻竜典、ソロ：清水和音）を聴いた。なかなか座り心地の良い演奏会だったので、今年度は連続券を購入した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　今年度の初っ端の指揮は80歳ちょっと手前の小泉和裕。高齢の邦人指揮者が次々と鬼籍に入り、第一線で活動している80歳以上となると小林研一郎あたりしかいない。小泉の世代でいえば井上道義が引退したから、ほかには尾高忠明くらいだ。そのあと70歳前後には高関健、大植英次、本名徹次、広上淳一、大友直人がいて、さらにもう少し年齢が下の60代には大野和士、佐渡裕、山下一史、飯森範親、藤岡幸夫、沼尻竜典といった音楽監督や常任指揮者で活躍している一群となる。&#13;&lt;br&gt;
　大御所の小林研一郎にはほとんど関心がないので別として、小泉和裕と尾高忠明はすでに邦人指揮者の最高齢域に近づきつつある。それにしては小泉は若い。細身ながら矍鑠としており、身体的に不安なところは見当たらない。元気な小泉による得意のベートーヴェンである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ベートーヴェンの交響曲はどれも傑作揃いだけど、「第2番」「第8番」はやや地味で影が薄い。珍しい組み合わせである。演奏会の最初には「エグモント」序曲をおいた。&#13;&lt;br&gt;
　「エグモント」序曲は低音を十分に効かせ極端にテンポを落として開始された。響きは充実し巨大で劇的、アッチェレランドやリタルダンド、音量の増減に無理がなく納得の演奏だった。重心が低く重量の載った、今考えられる最高級の「エグモント」だった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　序曲終了後、小泉は会場から盛大な拍手を受けたものの、舞台袖に引っ込むことなく指揮台に留まり、そのまま「交響曲第8番」の指揮となった。&#13;&lt;br&gt;
　「第8番」の開始楽章は一転して快速、以前聴いたときには音色の変化が乏しく多少の不満があったが、今日はホールも味方したのか、弦5部のそれぞれが役割を果たし、管楽器の抜けはよく色彩も豊かで感心した。第2楽章は歌謡的な旋律が愛らしく、こんなチャーミングなスケルツァンドは滅多に聴けない。第3楽章は鄙びた田舎風の舞曲、トリオはホルンとクラリネットの掛け合いが上手に決まった。二つの中間楽章は開始楽章に対比させるようにぐっとテンポを落とし、ここに焦点をあてたかに思えたが、快速に戻した最終楽章にクライマックスが待っていた。楽章の半分を占めるコーダは意表をつく転調の嵐であり、楽器が次々と繰り出される。オケのそこらじゅうが沸騰し異常な興奮状態となって終わった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　休憩後に「交響曲第2番」。前半の「エグモント」序曲と「交響曲第８番」は、以前、同じ神奈川フィルの小泉を聴いているが、小泉の「第2番」は初めてだと思う。&#13;&lt;br&gt;
　転調が目立つ序奏部を経て力強い主題と穏やかな主題が交錯する第1楽章から、美しい緩徐楽章、小さなスケルツォ、楽器同士が問いかけ応えながら、やはり長大なコーダで締めくくる最終楽章まで間然するところのない見事な演奏だった。&#13;&lt;br&gt;
　低域弦楽器のコントラバス、チェロを最大限に働かせ、ヴィオラや第2ヴァイオリンが内声部をきっちり支え、第1ヴァイオリンによって思いっきり旋律を歌わせる。結果的に第1ヴァイオリンが鮮明に記憶に刻印される仕掛けである。それらの安定した弦楽器に木管が美しく絡み、金管が華やかに彩を加え、ティンパニが推進力を高めて行く。&#13;&lt;br&gt;
　コンマスは先月の音楽堂シリーズに引き続いて松浦奈々が担当した。その腕前はバッハでも証明済みだが、今日のべ―トーヴェンにおける集団を一歩先んじる表現とオケ全体を引率する能力は目を見張るほどで、神奈川フィルは良いコンマスを手に入れた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　小泉のべ―トーヴェンは新奇な嗜好で耳目を集めようという魂胆は全くなく、“古き良き時代”の重厚なベートヴェンを愚直に開陳した。我々の世代からすれば安心して身を任せられる。今どきこういったベートーヴェンは稀かもしれない。&#13;&lt;br&gt;
　もっとも昨今、小泉より若い広上や沼尻がアプローチはそれぞれとしても“古き良き時代”のベートーヴェンを再現したいと公言することもあり、頼もしくも嬉しい限りではあるけれど。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>神奈川フィル</dc:subject>
      <dc:subject>ベートーヴェン</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>プラダを着た悪魔2</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/04/9858243</link>
      <guid>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/06/04/9858243</guid>
      <pubDate>Thu, 04 Jun 2026 17:17:23 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-06-04T17:22:26+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-06-04T17:18:18+09:00</dcterms:created>
      <description>　&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
『プラダを着た悪魔2』&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
原題：The Devil Wears Prada 2 &#13;&lt;br&gt;
製作：2026年　アメリカ&#13;&lt;br&gt;
監督：デビッド・フランケル&#13;&lt;br&gt;
脚本：アライン・ブロッシュ・マッケンナ&#13;&lt;br&gt;
音楽：セオドア・シャピロ&#13;&lt;br&gt;
出演：メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、&#13;&lt;br&gt;
　　　エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチ&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　実世界もドラマのなかも20年が経過した。失礼ながら現在の3女優の年齢を調べてみた。メリル・ストリープ76歳、アン・ハサウェイとエミリー・ブラントは、ともに43歳。ついでに、黒一点スタンリー・トゥッチは、というと65歳である。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　今から20年前、アン・ハサウェイ（アンドレア）は学校出たてのジャーナリスト志望の女の子だった。田舎からニューヨークへ出てきて一流ファッション誌「ランウェイ」に採用された。悪魔のような編集長メリル・ストリープ（ミランダ）にしごかれ、仕事とプライベートとの板挟みに悩みながらも成長し、最後は「ランウェイ」から巣立って行った。&#13;&lt;br&gt;
　それから20年後、アン・ハサウェイは報道記者として活躍している。メリル・ストリープはまだ「ランウェイ」の編集長であるが、出版社は存続の危機に直面し、アン・ハサウェイは「ランウェイ」の編集部に舞い戻る。前作で同僚だったエミリー・ブラント（エミリー）は有名ファッションブランドの幹部になっており、古巣「ランウェイ」の命運を左右するキーパーソンとなっている。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　3女優の美しさは驚くほど変わらない。この20年間、生き馬の目を抜くハリウッドで格別の露出度を誇ってきた3女優の存在がドラマに厚みを与えている。彼女らを彩るファッションも相変わらず華やかで、目の保養のためだけでも一見の価値がある。「ランウェイ」を愛するファンの期待を裏切ることはない。&#13;&lt;br&gt;
　しかし、ラグジュアリー雑誌「ランウェイ」は20年という時代を経て、出版の電子化、IT化の進行などによってその存立がおびやかされている。時代の変わり目という雰囲気が濃厚なのだ。権威や格式が数字や効率化に浸食されている。ひとつの時代の終焉を苦々しく思いながらも新しい時代に立ち向かおうとする人々の物語が出来上がった。&#13;&lt;br&gt;
　そう、スタンリー・トゥッチ（ナイジェル）は、ドラマのなかで20年変わらず彼女たちを支えてきた。きっと、実世界でもこうした裏方が主人公たちを護り続けてきた。そこにもきっちりとスポットを当てた。好感度は爆上がりである。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　監督は前作に引き続きデビッド・フランケル、脚本も同様アライン・ブロッシュ・マッケンナとなっている。音楽はセオドア・シャピロが担当していて、レディー・ガガやマドンナなどの挿入曲が、「ランウェイ」を舞台とした華麗なドラマの気分をいっそう高めてくれる。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>映画</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/5/30 濱田芳通×神奈川フィル ヘンデル「水上の音楽」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/30/9857416</link>
      <guid>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/30/9857416</guid>
      <pubDate>Sat, 30 May 2026 22:08:28 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-05-30T22:29:06+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-05-30T22:10:00+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
神奈川フィルハーモニー管弦楽団&#13;&lt;br&gt;
　　　　音楽堂シリーズ 第36回&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年5月30日（土）　15：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：神奈川県立音楽堂&#13;&lt;br&gt;
指揮：濱田 芳通（リコーダー）&#13;&lt;br&gt;
共演：リコーダー／織田 優子&#13;&lt;br&gt;
　　　チェンバロ／上羽 剛史&#13;&lt;br&gt;
　　　リュート／高本 一郎&#13;&lt;br&gt;
　　　ソプラノ／中山 美紀&#13;&lt;br&gt;
　　　ピアノ／居福 健太郎&#13;&lt;br&gt;
演目：J.S.バッハ／管弦楽組曲第3番ニ長調&#13;&lt;br&gt;
　　　ヘンデル／歌劇「リナルド」より&#13;&lt;br&gt;
　　　　　　「恐るべき鬼女たちよ」&#13;&lt;br&gt;
　　　ヘンデル／歌劇「ジュリオ・チェーザレ」より&#13;&lt;br&gt;
　　　　　　「難破した船が嵐から」&#13;&lt;br&gt;
　　　野見祐二／くもりのちはれ　&#13;&lt;br&gt;
　　　J.S.バッハ／ブランデンブルク協奏曲第4番ト長調&#13;&lt;br&gt;
　　　ヘンデル／組曲「水上の音楽」より8曲&#13;&lt;br&gt;
　　　　　　　＋歌劇「リナルド」より&#13;&lt;br&gt;
　　　　　　「さえずる小鳥たちよ」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　濱田芳通は古楽アンサンブル「アントネッロ」を主宰し、指揮者兼リコーダー、コルネット奏者である。オペラ創成期からバロック期のオペラ、ルネッサンス音楽や南蛮音楽などの普及に務めている。バロック以前の音楽に関心が強いようだが、バッハ、ヘンデルには幼いころから親しんでいたという。&#13;&lt;br&gt;
　今日はそのバッハの2作品、ヘンデルの歌劇から3曲と「水上の音楽」組曲、そして、野見祐二による委嘱作品「くもりのちはれ」というプログラムだった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　最初のバッハ「管弦楽組曲第3番」は、そのなかのエアを編曲した「G線上のアリア」が有名で、バッハでは最も知られている作品のひとつだろう。第1曲はフランス風の序曲、トランペットとティンパニなどが大活躍し祝祭的で華やか、中間部は協奏曲風のフーガとなる。第2曲が件のエア（アリア）、管・打楽器はお休みで通奏低音と弦による息の長い美しいメロディが流れる。第3曲がガヴォット、宮廷舞踏会という雰囲気。分かりやすいリズムに乗ってトランペットが跳ね回る。第4曲はブレー、活気に満ちた舞曲。終曲の第5曲はジーク、速いテンポと複雑なリズム、軽やかなメロディーによって締めくくられる。打楽器はティンパニだけでなく太鼓やタンバリンなども加わっていつになく賑やか。濱田のつくりだす神奈川フィルの音色はモダン楽器とは思えないほど素朴なザラッとした色合いで独特の味わいがあった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「管弦楽組曲第3番」が終わるとすぐにソプラノの中山美紀が登場し、そのままヘンデルの歌劇からアリアを2曲歌った。「恐るべき鬼女たちよ」は魔女アルミーダが地獄の鬼女たちを呼び出し、十字軍の騎士リナルドに復讐を果たそうとする強烈な歌。劇的で情熱的なコロラトゥーラが聴きものだった。「難破した船が嵐から」はクレオパトラが愛するジュリオ・チェーザレ（シーザー）生還の喜びと凱旋を歌う華麗で希望に満ちた曲。これもコロラトゥーラのきらびやかで力強い歌唱が耳に残った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　前半の最後は「くもりのちはれ」、リコーダー、ピアノと弦楽合奏のための新作でもちろん世界初演。管・打楽器奏者が退場し、弦楽器は6-4-3-2-1の編成。ピアノは中央に配置された。野見祐二は「耳をすませば」「風、薫る」などのアニメ音楽やTVドラマ音楽、映画音楽の作曲家。突然、現代音楽の響きに変わったが、旋律は馴染みやすくリズムも大人しい。何の抵抗もなく優しくさらさらと流れて行く。日本の典型的な劇伴音楽で、ついウトウトとなってしまった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　後半は「ブランデンブルク協奏曲第4番」から。「第4番」は昨年、竹山愛、濱崎麻里子のフルートと佐藤俊介のヴァイオリンで聴いた。今日は濱田芳通、織田優子のリコーダーとコンマス松浦奈々とが協演した。まず2本のリコーダーが鳥のように囀る。牧歌的な旋律のなかをヴァイオリンが彩を加えながら鮮やかに駆け巡る。独奏の松浦は日本センチュリー響のコンマスで、この4月から神奈川フィルの客演コンマスに就任した。中間楽章は憂いをおびたもの悲しい歌が繰り返される。独奏群と合奏群との対話がエコーのよう。最終楽章はフーガ。リコーダー、ヴァイオリン、そして合奏のそれぞれが圧倒的なエネルギーを発散させながら複雑かつ華麗に絡み合いクライマックスへと駆け上がった。佐藤俊介×東響の「第4番」はいかにも洗練された都会的な音楽だったけど、濱田芳通×神奈川フィルは野太く古風な趣、といって鈍いところは一切なく野趣あふれた勢いのある演奏だった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　最後はヘンデルの「水上の音楽」。ヘンデルはバッハと同い年。バッハとは対照的にドイツに留まることなく，イタリアヘ、イギりスへと旅をし，最終的にはイギリスの市民権を獲得した。オペラとオラトリオを書きまくり、作曲ばかりでなく劇場の経営や劇音楽の興行にも携わった。&#13;&lt;br&gt;
　管弦楽曲としては何といってもこの「水上の音楽」が代表作。王様の舟遊びのために作られた20曲前後の大組曲、今回はそのなかから8曲を選曲した。なお、途中で中山美紀が再登場し、歌劇「リナルド」より「さえずる小鳥たちよ」を「水上の音楽」のなかに挿み込んだ。中山はリナルドの恋人アルミレーナによる小鳥のさえずりを模したアリアを美しく爽やかに歌った。&#13;&lt;br&gt;
　「水上の音楽」ではホルンが加わり、トランペットと一緒にファンファーレなどで主役を務めた。リコーダーは鄙びた響きで旋律を歌い、オーボエは哀愁を漂わせながらも力強く吹奏された。ここでも打楽器はティンパニだけでなく数種類の太鼓やタンバリンなどが参加し、メリハリの効いた豊穣な音楽が鳴り響いた。濱田はアゴーギクを柔軟に施しつつ劇的で元気溌剌としたヘンデルの音楽をつくりあげた。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>神奈川フィル</dc:subject>
      <dc:subject>歌劇声楽</dc:subject>
      <dc:subject>独墺</dc:subject>
      <dc:subject>日本・他</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/5/23 ヴィオッティ×東響 「4つの最後の歌」と「ダフニスとクロエ」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/23/9856169</link>
      <guid>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/23/9856169</guid>
      <pubDate>Sat, 23 May 2026 21:48:27 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-05-23T22:09:17+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-05-23T21:49:50+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
東京交響楽団　川崎定期演奏会 第105回&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年5月23日（土）　14：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：ミューザ川崎シンフォニーホール&#13;&lt;br&gt;
指揮：ロレンツォ・ヴィオッティ&#13;&lt;br&gt;
共演：ソプラノ／マリーナ・レベカ&#13;&lt;br&gt;
　　　合唱／東響コーラス&#13;&lt;br&gt;
　　　合唱指揮／河原 哲也 &#13;&lt;br&gt;
演目：R.シュトラウス／4つの最後の歌&#13;&lt;br&gt;
　　　ラヴェル／バレエ音楽「ダフニスとクロエ」 &#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「4つの最後の歌」は、はじめから4曲をまとめる構想があったのかどうか分からない。アイヒェンドルフの「夕映えの中で」という詩に特別の心情をいだき、ヘッセの3つの詩、「春」「九月」「眠りにつくとき」が加わった。&#13;&lt;br&gt;
　マリーナ・レベカは芯のある強靭な声、音圧は高く各音域とも充実した声量で輝かしい。リート歌手というよりは典型的なオペラ歌手だろう。身振り手振りも大きく立ち居振る舞いからして歌劇場の華という雰囲気がある。ヴィオレッタ役で有名なソプラノらしいがワーグナーも楽々とこなせそう。&#13;&lt;br&gt;
　1曲目、ヴィオッティは弱音に拘り、暗から明、明から暗へ転調を繰返しながら揺れ動く「春」を描く。「春」は楽器より声が勝ったような印象だったが、2曲目以降は互いがしっとりと馴染んで聴こえた。「九月」の終盤、ホルンの上間さんのソロに陶然とする。「眠りにつくとき」は小林壱成のソロと、さらにホルンとの掛け合いなどもあり、それらの楽器を掻き分けて聴こえてくるレベカの歌に涙した。「夕映えの中で」になるとフルートとピッコロの鳥が鳴き、管弦楽と歌とが重なった景色の美しさに正気を失った。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　とうの昔にクラシック音楽は終わってしまっているのだけれど、その終焉を象徴する楽曲は何か、と問われたら、それはR.シュトラウスの「4つの最後の歌」と答えるだろう、純然たる器楽曲であれば「メタモルフォーゼン」と。&#13;&lt;br&gt;
　もちろん、そのあと、ロシアにはショスタコーヴィチ、フランスにメシアン、イギリスにブリテンがいて、「交響曲第15番」、「彼方の閃光」、「戦争レクイエム」などが生み出された。でも、これらはみな独墺音楽の残影ともいうべき作品だ。&#13;&lt;br&gt;
　クラシック音楽は第1次世界大戦によって破壊された。R.シュトラウスが第2次世界大戦後まで生き延びたため命を長らえたに過ぎない。そして、R.シュトラウスは挽歌と呼ぶに相応しい2つの作品を残した。独墺音楽の美は遂にここまで到達していた。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　「ダフニスとクロエ」の実演は、不案内なバレエ公演を別として、コンサートの演目としてはほとんどが「第2組曲」で、全曲にはなかなか出会えない。演奏するに1時間近くかかるし、ありとあらゆる楽器を揃えなければならない、合唱も必要だから無理もない。直近では2年ほど前にカンブルラン×音大FOで聴いた。&#13;&lt;br&gt;
　ヴィオッティ×東響の「ダフニスとクロエ」は、音の解像度が高くリズムは卓越し、豊かな色彩をもち柔らかな音色だった。ヴィオッティはノットのような即興の面白味はないが、綿密な設計による構成力が尋常ではない。多分、練習では強弱や緩急、音色やバランスを緻密に計算し、オケに高い要求水準を課すのだろうけど、本番では力の限り締め付けるわけではない。今日も奏者任せで指揮棒を振らないことが何度かあったけど、設計図はもちろん手放さない。場面ごとの雰囲気や各楽器の持ち味を大切にして正統派の音楽を繰り出す。指揮ぶりは老練と言っていいほどだ。&#13;&lt;br&gt;
　「序奏」から「宗教的な踊り」にかけての神秘性、「ドルコンの踊り」の不気味さ、「夜想曲」の色気、「戦いの踊り」の野趣あふれる響き。そして3場に入ってからは「夜明け」における細やかな表現、「パントマイム」の精妙さ、「全員の踊り」の鮮烈なリズムと加速感などなど、大興奮の演奏だった&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ヴィオッティは軽快でしゃれた楽曲であっても、いい意味で時間がゆっくりと過ぎて行く。品があり繊細だけど音楽がみっちり詰まっているから演奏後の疲労度は大きい。&#13;&lt;br&gt;
　とにかく、この先ヴィオッティの指揮を楽しみに期待はしつつ、聴き続けるだけの体力を維持できるかどうかが心配の種である。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>東響</dc:subject>
      <dc:subject>R.シュトラウス</dc:subject>
      <dc:subject>伊仏・南欧</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>2026/5/17 ヴィオッティ×東響 ベートーヴェンとマーラーの「交響曲第1番」</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/17/9855095</link>
      <guid>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/17/9855095</guid>
      <pubDate>Sun, 17 May 2026 21:47:29 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-05-18T09:15:30+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-05-17T21:48:55+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
東京交響楽団　名曲全集 第217回&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年5月17日（日）　14：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：ミューザ川崎シンフォニーホール&#13;&lt;br&gt;
指揮：ロレンツォ・ヴィオッティ &#13;&lt;br&gt;
演目：ベートーヴェン／交響曲第1番 ハ長調op.21&#13;&lt;br&gt;
　　　マーラー／交響曲第1番 ニ長調「巨人」&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　昨日の定期公演（サントリーホール）が新監督ヴィオッティとして初の演奏会であり、今日、同一プログラムを名曲全集でも取り上げた。ヴィオッティはこのあと川崎定期と特別演奏会でR.シュトラウスとラヴェルを披露する。これらが就任公演ということになろうか。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　数年前、ノットの監督退任がそれとなく話題になっていたころ、後任の本命はヴィオッティかウルバンスキだろうと予想していたが、丁度その時期にヴィオッティに関するニュースがあった。首席指揮者を務めていたオランダ国立歌劇場（及びオランダ・フィルハーモニー管弦楽団）との契約を更新しない、その理由が「私生活と発展を優先させる」というものだった。&#13;&lt;br&gt;
　「私生活を優先させる」…となればスイス―オランダよりスイス―日本のほうが遥かに遠い。これでヴィオッティの東響監督就任は難しくなった。ウルバンスキが俄然有力となり、ダークホースとしてマリオッティかオラモもありうるのではないかと思った。&#13;&lt;br&gt;
　そうこうするうちに2024年の夏、突然、ロレンツォ・ヴィオッティが東響の次期音楽監督に就任するとの発表があった。就任のいきさつは徐々に明らかになるだろうが、オランダを退任する理由のなかの「発展を優先させる」との言葉を見落としていたようだ。もし“発展”のひとつの具体化が東響であるとするならこんな嬉しいことはない。&#13;&lt;br&gt;
　ヴィオッティの東響デビューは10数年前のウルバンスキの代役で、これが彼のプロ指揮者としてのデビューでもあった。2014年のこの演奏会は知らないが2019年のヴェルディ「レクイエム」は聴いた。腰が抜けるほどの衝撃だった。その後のドヴォルザークとブラームス、二つの英雄など、これはいよいよ只者ではないと確信した。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　さて、その新音楽監督の第一声はベートーヴェンの「交響曲第1番」である。ベートーヴェンもブラームスほどではないにせよ最初の交響曲には苦労した。30歳くらいになってようやく交響曲は完成した。&#13;&lt;br&gt;
　ヴィオッティのベートーヴェンは解像度が高くキレのある素晴らしい演奏だった。開始楽章はひねりの効いた序奏からはじまり、主題の登場まで時間をかけ焦らしに焦らす。その後は溌剌として明快、全体的に弦よりも管を目立たせ木管楽器同士の対話を強調する。福井さんのファゴットの小刻みな動きもユーモラスだ。第2楽章はワルツ風の優美で可憐なカンタービレ、終盤のオーボエ荒さんとホルン上間さんのデュエットが美しい。メヌエットはもうスケルツォと呼んでいいほど、軽快にして大胆に音を散らす。柔らかな印象はなくユーモラス、大袈裟に鳴らされるバロックティンパニも楽しい。アタッカで最終楽章へ。スローテンポから徐々にスピードを上げスリル満点。東響のパワーが全開となりワクワクする。山響から東響に移籍した知久翔のフルートも美しい。終結はベートーヴェン節が炸裂し豊かな響きで大団円となった。&#13;&lt;br&gt;
　コンマスは景山昌太郎、弦の並びはノットの時と違い第1ヴァイオリンの隣に第2、中央にヴィオラ、舞台上手にチェロを置き、その後ろがコントラバスだった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　「交響曲第1番」に関してはマーラーとしても難産となった。調べてみると、20代の半ばから4年ほどかけて作曲され、初演は1889年ブタペストで行われた。その時は「2部からなる交響詩」と呼ばれ全5楽章で標題はなかった。その後、大小の改訂がたびたび行われ、最終稿まで10年ほどかかっている。まずはハンブルク稿で「交響曲形式の交響詩 巨人」と標題が付され楽章には副題をつけた。次いでがワイマール稿、楽曲構成は変わらないが副題が拡充され、楽器編成がハンブルク稿の3管から4管へと拡大された。続いてベルリン初演において初めて交響曲として改訂する。第2楽章の「花の章」が削除され全4楽章となり、標題も各楽章の副題も取り払われた。そして、最終稿はベルリン初演のあと1906年から1907年にかけ改訂され、ティンパニを2セットとするなど楽器編成の見直しも行われ、これが現在の演奏の標準形となっているようだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ヴィオッティは弦楽器のフラジオレットを極度の弱音で開始した。だから、否応なしに木管群の鳥の声が耳に残る。ちょっと極端すぎるのではないかと訝ったが、これが終楽章への伏線だった。レントラーは前楽章とは反対に弦楽器を思う存分鳴らした。コントラバスによる葬送行進曲は最初のテンポを与えたあと民謡風の旋律が現れるまで指揮棒を振ることはなかった。そのせいもあって聴き手はえらく緊張した、これは反則技だ。終楽章の激情は開始楽章の再現との対比で凄まじいクライマックスとなった。見事な演奏を聴いたというより得体の知れないとてつもないものに出会ったという感想だった。ヴェルディの「レクイエム」を聴いた時と同様の感触が蘇ってきた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　ヴィオッティはたんに才能のある優秀な指揮者というより、ある種の狂気を孕んだような感性と天賦の才とを合わせ持った若者である。彼の音楽を聴いていると、通り慣れた道であっても知らないところへ連れて行かれるような恐れと不安を感じるときがあった。音楽の密度は濃く個性的、戸惑う人もいるはずで賛否両論が喧しくなるだろう。&#13;&lt;br&gt;
　この先、老人が追いかけるべき指揮者かどうか自信がない。よほど体力を温存しておかないと耐えられない気がする。ショスタコーヴィチの交響曲などはどうなってしまうのだろう。とりあえずは怖いものみたさで期待をしておこう。&#13;&lt;br&gt;
　ヴィオッティは2028年からノセダの後任としてチューリッヒ歌劇場の音楽総監督に就任する。東響の音楽監督は秋山、スダーン、ノット、ヴィオッティと受け継がれてきた。東響事務局と楽団員の驚くべき慧眼にただただ敬服するばかりである。&lt;br&gt;
</description>
      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>東響</dc:subject>
      <dc:subject>ベートーヴェン</dc:subject>
      <dc:subject>マーラー</dc:subject>
    </item>
    <item>
      <title>N響の2026/27シーズン・プログラムの詳細</title>
      <link>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/14/9854422</link>
      <guid>https://ottotto.asablo.jp/blog/2026/05/14/9854422</guid>
      <pubDate>Thu, 14 May 2026 13:38:38 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2026-05-14T13:55:15+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2026-05-14T13:39:30+09:00</dcterms:created>
      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　N響のシーズン開始は9月であり、昨年秋に2026～27年のプログラムが速報されたが、詳細が先月公表になっていた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
&lt;a href="https://www.nhkso.or.jp/news/NHKSO2026-27season.pdf"&gt;https://www.nhkso.or.jp/news/NHKSO2026-27season.pdf&lt;/a&gt;&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　2026年はN響創立100年という節目にあたる。&#13;&lt;br&gt;
　改めてプログラムをみると、Aプログラムでは9月にルイージが指揮するシュミットの「7つの封印の書」からスタートし、10月にブロムシュテットがブルックナーの「交響曲第5番」を振り、11月はソヒエフがショスタコーヴィチの「交響曲第8番」を披露する。&#13;&lt;br&gt;
　9月の「7つの封印の書」はヴィオッティ×東響との競演となり、10月は100歳近いブロムシュテットの来日が不安で、いずれもN響はパスしようと考えていた。&#13;&lt;br&gt;
　しかし、ヴィオッティ×東響は希望の席が取れない。ブロムシュテットが来日不能の場合はカバーコンダクターとしてマティアス・バーメルトが控えている。そして、ソヒエフはもちろんどうしても聴きたい。となると、N響の秋のシーズン会員券を手配するという選択肢もある。&#13;&lt;br&gt;
　冬以降のAプログラムは12月のデュトワとアルゲリッチ、来年6月のソヒエフによるブルックナーの「交響曲第3番」なども面白そうだ。&#13;&lt;br&gt;
　Bプログラムはサントリーホールの改修工事のため3回のみの公演、Cプログラムはベートーヴェンの交響曲とピアノ協奏曲の全曲演奏会となっている。ほかには芸術劇場やNHKホールで行われる特別公演があり、そのなかではコープマンが指揮する「マタイ受難曲」が注目である。&#13;&lt;br&gt;
　2026/27シーズンのN響へは、どうやら5・6回ほど足を運ぶことになりそうだ。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>N響</dc:subject>
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      <title>季節の花</title>
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      <pubDate>Tue, 12 May 2026 11:26:42 +0900</pubDate>
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      <description>&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　昨年、はじめて山法師の花が咲いたのだけど数えるほどしかなかった。今年は数えきれないほどの花をつけた。4枚の真っ白な花弁が空に向かって開いている。この花弁、もともとは花の付け根の葉（総苞片）が変化したものらしい。確かに観察してみると、最初は葉と見分けがつかないほどの色合いが、だんだんと白くなって花弁のように装飾されて行く。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　山法師は近縁種のハナミズキのように新しい葉が出る前に花が咲くのではなく、葉が出揃ったあと枝先に花をつける。花弁の先端は鋭く尖っており開花時期も遅い。山法師はハナミズキのような華やかさはなく控え目だが、これはこれで野性味があって見応えがある。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
　そういえば、今年はどういうわけか、どの草木もたくさん花をつけた。沈丁花からはじまって姫空木、紫蘭、薔薇、満天星、匂蕃茉莉、芍薬など春の花が一巡した。ここから初夏にかけては、この山法師と梔子がともに白い花でもって競うことになる。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>季節</dc:subject>
      <dc:subject>園芸</dc:subject>
      <dc:subject>花</dc:subject>
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      <title>2026/5/4 高橋勇太×MM21響 マーラー「交響曲第5番」</title>
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      <pubDate>Mon, 04 May 2026 21:13:18 +0900</pubDate>
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      <description>&#13;&lt;br&gt;
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みなとみらい21交響楽団　第30回定期演奏会&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日時：2026年5月4日（月・祝）　14：00開演&#13;&lt;br&gt;
会場：ミューザ川崎シンフォニーホール &#13;&lt;br&gt;
指揮：高橋 勇太 &#13;&lt;br&gt;
演目：R.シュトラウス／交響詩「ドン・ファン」&#13;&lt;br&gt;
　　　マーラー／交響曲第5番　&#13;&lt;br&gt;
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　R.シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」。冒頭、弦と金管が一斉に力強く上昇し、精力的で活気に満ちた主題を提示し、ソロヴァイオリンがロマンチックな旋律を歌う。オーボエを中心とした木管たちが多様な彩りを加えると、それらをホルンの強奏が遮り、対抗するように英雄的なテーマが奏でられる。こういった楽器のやりとりが続き、そのうち音楽は暗く沈み込み事切れるように終わる。20代半ばで書いた出世作は、物語の展開や管弦楽の取り扱いなど、10年後の最後の交響詩「英雄の生涯」を予告している。&#13;&lt;br&gt;
　官能的で鮮やかな色彩とスピード感を合わせ持ち、音階をとてつもない速度で駆け上がったり、急ブレーキをかけたりして、弦管打楽器とも高度な演奏技術が必要なR.シュトラウス。この作家に挑戦するアマオケは、余程技量に自信があるのか、無謀な試みを趣味にしているのか、そのどちらかだろう。MM21響は以前も「家庭交響曲」などを取り上げており、“技量”も“無謀”も両方併せ持ったオケである。指揮の高橋勇太は難曲「ドン・ファン」をバランス良く鳴らし、アマオケ相手に破綻なく見事な仕上がりをみせてくれた。&#13;&lt;br&gt;
　&#13;&lt;br&gt;
　マーラーの「交響曲第5番」は第3楽章のスケルツォを真ん中にして1・2楽章と4・5楽章が対称的に配置される。葬送行進曲からはじまり、憤怒が爆発し、舞曲が曲の中心におかれる。アダージェットはヴィスコンティの『ヴェニスに死す』で一躍有名になった。フィナーレは開放的にどこまでも明るく高揚する。&#13;&lt;br&gt;
　葬送行進曲はトランペット1本ではじまるから、奏者にとっては緊張するところだけど、まずまずの滑り出し。葬送の歩みは足を引きずるよう。途中の悲壮で激しく情熱的な部分を経て葬列が彼方に去って行く。次楽章の嵐のように荒ぶるところも悪くはなかったが、中間部のゆったりとした鄙びた旋律が美しかった。スケルツォではホルンのトップが舞台下手のハープの後方に移動して立奏、オブリガート・ホルンとして大活躍した。ここでも中間部の静かで幻想的なトリオが魅力的だった。アダージェットはハープと弦のみ、アマオケによるこれほど陶酔的な演奏は賞賛に価しよう。フィナーレはここまでのモチーフを変形しながら回想する。高橋勇太はどちらかというとオケを冷静にコントロールするほうだが、さすが徐々に熱量を増しつつコーダに向かって周到にクライマックスをつくった。&#13;&lt;br&gt;
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　高橋勇太はテンポやダイナミクスに無理がなく息遣いが自然で好ましい。MM21響は金山隆夫や田部井剛なども指揮を執るが、高橋との相性が一番いいのではないかと思う。今日も期待を裏切らないMM21響の立派な演奏会だった。&lt;br&gt;
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      <dc:subject>音楽</dc:subject>
      <dc:subject>演奏会</dc:subject>
      <dc:subject>映画</dc:subject>
      <dc:subject>アマオケ</dc:subject>
      <dc:subject>マーラー</dc:subject>
      <dc:subject>R.シュトラウス</dc:subject>
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