2026/4/12 大井駿×春オケ ベルリオーズ「幻想交響曲」 ― 2026年04月12日 21:48
Orchestra of Spring flat PROJECT vol.7
日時:2026年4月12日(日) 13:30開演
会場:ミューザ川崎 シンフォニーホール
指揮:大井 駿
演目:サン=サーンス/交響詩「死の舞踏」
ロイド=ウェバー/交響組曲「オペラ座の怪人」
ベルリオーズ/幻想交響曲
大井駿は気になる音楽家の一人である。ピアニスト、古楽器奏者であり、広島の次世代指揮者コンクールにて優勝し、そのあとハチャトゥリアン国際コンクールで第2位となった。文筆活動にも積極的である。
大井は今シーズン、といっても来年の1月、東響の名曲全集に登場するけど、その前にアマチュアのOrchestra of Spring(春オケ)を振るというのでチケットを取った。東響の名曲全集といえば2月には喜古恵理香がラーンキと共演するから、この両公演は今から待ち遠しい。
そう、喜古についても数年前に春オケを相手にしたコンサートを聴いた。春オケは設立して10年ほどの新しいアマオケだが、有望な若手指揮者を招聘して演奏会を開いてくれる。
今日は「定期演奏会」ではなく「flat PROJECT」というシリーズ。春オケのHPによると、「flat PROJECT」とはクラシックに馴染みのない人も気軽に立ち寄れる演奏会のことらしい。今回のテーマは「ゴシック・ロマンス」、“怪しくも楽しく、哀しくも美しい…そんな、音楽が描く魅惑の舞台へ”と謳っている。だから「幻想交響曲」に併せて「オペラ座の怪人」などが演目に入っている。各曲の開始前には堀井秀子さんのナレーションがついた。
まずはサン=サーンスの交響詩「死の舞踏」。ヴァイオリンとピアノ曲にアレンジされたりピアノ独奏曲にもなっており、管弦楽のヴァイオリンソロは変則調弦された楽器で弾く。コンマスの役割は大きい。
コンマスは黒いガウンを頭から被り仮面をつけて指揮者と一緒に登場した。楽曲の不協和音は死神を表現しているというからそれに仮託した衣装かも。曲は「怒りの日」の主題が現れたり、シロフォンによる骸骨のぶつかり合う音や明け方の鶏の鳴き声などの描写があって分かりやすい。
大井は小泉和裕と同じように下半身ほぼ不動で上半身のみをゆったりと動かし、音楽は先を急ぐことなく悠然と進む。若いのに老成した練達の指揮ぶりにみえる。
「オペラ座の怪人」は舞台ではなく映画で観た。ジェラルド・バトラーがファントム役で、今思うとバトラーが歌ったなんてちょっと信じられない。
音楽の始まりは上昇音型から下降音型へとミューザのパイプオルガンとオケが派手に鳴る。オルガンの奏者は澤菜摘。この4月、大木麻理の任期満了に伴いホールオルガニストに就任した。
ミュージカル界の巨星・ロイド=ウェバー作曲の「オペラ座の怪人」組曲は何種類かあるが詳細は不明、演奏時間30分程度の抜粋版だった。大井は序曲と終曲を迫力十分に響かせ、途中は対比させるように切ないメロディーラインを美しく際立たせた。
「幻想交響曲」はフルネ以前はほとんど記憶に残っていないが、フルネ以降はエッティンガー、スダーン、デュトワ、R.アバドや川瀬、下野などをよく覚えている。トルトゥリエなど期待外れもあったけど。
「幻想交響曲」となると、大井はさすが下半身不動というわけにはいかず、各パートにしっかり身体を向け上半身の身振りも激しくなった。音楽の骨格は太くがっしりしており、音の増量も減量もスムーズで作為を感じない。各楽器の輪郭は明確で歩みは悠々としてテンポを神経質に動かさない。それでいて起伏の作り方が上手いからドラマチックに盛り上がっていく。
大井はオケに無理をさせているようにはみえないけど各楽器が非常によく鳴った。例えば第3楽章のクラリネットの超高音域、イングリッシュホルンと舞台外のオーボエとの掛け合い。第4楽章の行進曲におけるティンパニ2組、バスドラム2個を並べた打楽器のめざましい働き、最終楽章となると「怒りの日」のファゴットやクライマックスへ向けてのホルン、トロンボーン、チューバなどの金管群の咆哮など。アンサンブルや技術に多少の難があっても音楽として崩れることがないのには感心した。春オケの各奏者も大健闘であった。
大井駿は傑出した若手指揮者の一人であると確信した。東響との演奏会はまだまだ先ながらモーツァルトの「交響曲第39番」とR.シュトラウスの「ばらの騎士」組曲などが予定されている。とても楽しみである。
2026/3/17 松井慶太×OEK+野村萬斎 「恋は魔術師」 ― 2026年03月18日 13:23
オーケストラ・アンサンブル金沢 第42回東京定期公演
野村萬斎with OEK「恋は魔術師」ファリャ生誕150年記念
日時:2026年3月17日(火) 18:30開演
会場:サントリーホール
指揮:松井 慶太
共演:演出・出演/野村 萬斎
振付・舞踊/中村 壱太郎
振付/花柳 源九郎
舞踊/花柳 ツル ほか
フラメンコ/工藤 朋子
メゾソプラノ/秋本 悠希
演目:徳山美奈子/交響的素描「石川」
加賀と能登の歌による「海の男」
シューマン/蝶々
ファリャ/バレエ音楽「恋は魔術師」
メインプログラムは野村萬斎とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とのコラボによるファリャの「恋は魔術師」。2024年に初演された「萬斎のおもちゃ箱Vol.2」の再演で、東京公演のみならず全国各地を巡業している。
「恋は魔術師」は能・狂言、日本舞踊、フラメンコ、クラシック音楽など様々なジャンルを混淆した舞台で、これはこれで興味あるが、松井慶太が指揮をするというのでチケットを取った。松井はOEKのパーマネント・コンダクター。昨年、アマオケと音大オケ相手の演奏を聴いてとても感心した。
サントリーホールの舞台は大きく設え直してあり、前方には方形の本舞台がつくられ、橋がかりのような路ができていて上手、下手から舞台に出入りできる。また、本舞台前方の左右には階があって客席に降りられるようになっていた。オーケストラは舞台後方に位置し、オペラと同様譜面灯が用意されている。舞台がはじまると照明が落とされるのだろう。
最初はオーケストラの演奏のみで交響的素描「石川」から。プログラムノートによると「石川」はOEKの創設者岩城宏之の委嘱によって作曲された。「加賀と能登の歌による」という副題がつけられており、そのフィナーレ「第3楽章 海の男(七尾まだら)」という部分らしい。10分足らずの曲で最初から最後まで太鼓をはじめとする打楽器の音が途切れることがない。どこかの民謡をオーケストレーションしたような勇ましくも親しみのある楽曲だった。会場には作者である徳山美奈子の姿もあった。
交響的素描「石川」が終わると舞台には野村萬斎が登場し、「萬斎のおもちゃ箱」を企画した経緯や出演者などの紹介があり、途中からは松井慶太と一緒に「蝶々」と「恋は魔術師」の簡単な解説をしてくれた。大方、20分くらい喋っていただろうか。さすが能・狂言で鍛えた声は魅力的で良く通る。
シューマンの「蝶々」はもともとはピアノ曲。1分前後の小品12曲から構成されている。これもプログラムノートによるとジャン・パウルの小説『生意気ざかり』に描かれる仮面舞踏会の情景を音楽化しており、蝶々とはその仮面の形を示しているという。物語は夢想家のヴァルトと、情熱家のヴルトという双子の兄弟が、同じ女性に恋をする。そして仮面舞踏会の一夜、彼女がどちらを選ぶのかを見極めようと…
管弦楽への編曲は青島広志が担当し、花柳ツルなど6、7人が舞踊で表現した。もともと小説からインスピレーションをうけた音楽ゆえか、イメージを膨らませた華やかな舞となり、黒子が扱う小道具の蝶々は舞台から客席へとゆらゆらと飛翔して行った。青島広志の編曲はウェーバーとベルリオーズに倣ったということだが、さまざまな楽器が活躍してなかなか手際よい。青島広志も客席で賞賛を浴びていた。
休憩後にファリャの「恋は魔術師」。スペインのアンダルシア地方が舞台で、浮気者の夫を亡くしたカンデーラは新たな恋人カルメーロと結ばれたいと望み、嫉妬で邪魔する夫の亡霊を女友だちのルシーアに誘惑してもらう、という筋書きのバレエ音楽。亡霊役が萬斎、カンデーラは花柳ツル、カルメーロは藤間礼多、ルシーアはフラメンコの工藤朋子という布陣。
楽しい舞台だった。萬斎の動きや台詞は笑わせるし、花柳ツルや工藤朋子らの舞踊はジャンルが異なるのに違和感はなく見応えがあった。音楽は激しい舞踏の場面と静寂な情景描写とが繰り返し、不気味な調べと爽やかな響きとが対比されるなど変化に富み、松井慶太は変拍子を振り分けながら明暗の交錯する音楽を色彩感豊かに表現した。残念だったのはカンデーラの想いを歌うメゾの秋本悠希の声量がちょっと不足気味、それと毎度のことだけどOEK(コンマス=アビゲイル・ヤング)の各奏者が大人しい。もっと一人一人が目立ったほうがいいと思う。アンサンブルは大事だけど全体のなかに各奏者が埋没しまいがちなのは良くない。アンコールは予想通り「火祭りの踊り」だった。舞台では手拍子、足拍子も高らかに振付を変えて再度踊ってくれた。
2026/3/14 藤岡幸夫×東響 THE協奏曲 ― 2026年03月14日 21:54
東京交響楽団 川崎定期演奏会 第104回
日時:2026年3月14日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:藤岡 幸夫
共演:ヴァイオリン/若尾 圭良
チェロ/佐藤 晴真
ピアノ/福間 洸太朗
演目:プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調
ドヴォルザーク/チェロ協奏曲 ロ短調
サン=サーンス/ピアノ協奏曲第5番 ヘ長調
「エジプト風」
オーケストラの定期演奏会で協奏曲だけを並べるのは珍しい。
最初は若尾圭良のソロでプロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲第2番」。若尾はボストン生まれの20歳、父親がボストン交響楽団のオーボエ奏者だという。
プロコフィエフは長い亡命生活のあと祖国に戻ると決めた頃に「第2番」を書いた。ロシアから亡命する直前の「第1番」より演奏機会は多く、過去にはベルキンのさりげない自然体の素敵な演奏があった。
曲は急―緩―急の古典的な3楽章構成。第1楽章は哀愁を帯びた歌謡風というか民謡風の旋律。若尾は音程に揺るぎがなくシャープで瑞々しい。第2楽章は弦楽器のピツィカートの上を、独奏ヴァイオリンが抒情的なメロディを奏でる。若尾の高音域は魅力的で素直な節回しが好ましい。第3楽章はカスタネットが加わり、打楽器がリズムを刻み、独奏ヴァイオリンが華やかに盛り上げる。藤岡幸夫のサポートはそつがなく若尾は伸び伸びと弾いていた。ソリストが指揮者に寄り添い過ぎかとも思ったけど、かえってそれが初々しくて好感度が爆上がりとなった。
2曲目は「ドボコン」、ドヴォルザークのアメリカ時代における置き土産とも言うべき名曲。ソロはミュンヘン国際音楽コンクールの覇者である佐藤晴真。「チェロ協奏曲」において最も著名なこの作品はいつ聴いても楽しませてくれるけど、今日はそのなかでも最高級の出来ばえ。佐藤のソロは鷹揚でありながら繊細、東響の木管首席たちと絡む幾多の場面は至福のひと時だった。
第1楽章、佐藤は大きな起伏と切ないチェロの響を交錯させ堂々たる音楽をつくった。第2楽章はクラリネットのヌヴーとの掛け合いが聴かせる。中間部はオーケストラの強奏で突然表情が変わり、佐藤はほの暗い主題を纏綿と歌う。コーダを前にしたカデンツァは完璧な変奏で泣かせる。第3楽章は行進曲風な歩みの中で、民謡風の美しい主題も登場する。フルートの相澤政宏、オーボエの荒絵理子、コンマスの小林壱成とのやりとりに手に汗握り、長めの終結部の激情に感極まる。ちなみにドヴォルザークはアメリカから帰国後、妻アンナの姉であるヨゼファの訃報をきいて終結部に手を入れたというのは有名な話。
藤岡の「ドボコン」は、以前ソッリマのソロで聴いているが、各楽器の点描を強調し情熱的かつ劇的に作り上げる。それに応えた若き佐藤晴真は小柄な身体ながら貫禄十分、王者の風格で心底感服した。
最後はサン=サーンスの「ピアノ協奏曲第5番」、“エジプト風”と愛称されている。ソロの福間洸太朗はすでに40歳を越えた。ピアニストとしての活動も20年以上、メディア出演やYouTubeでの活動も目立っている。
「ピアノ協奏曲第5番」はサン=サーンス最後のピアノ協奏曲、自身のピアニストデビュー50周年の記念演奏会のための作品で、避寒地のエジプトに滞在していた時の体験に基づくという。特に第2楽章にはエキゾチックな旋律やリズムが用いられ異国情緒的な雰囲気がある。
冒頭からオーケストラの和音を背景に福間のピアノが歌うよう。爽やかなパッセージが清々しい。第2楽章はエジプトの香りというよりは何処とも知れない東洋風の音楽。銅鑼や打楽器の響きが印象的。虫の音や動物の鳴き声を模倣したようなところもある。福間の硬質な音色が千変万化して心地よい。終楽章、福間は強烈なタッチや溌剌としたアクセントなど野性的ともいえるエネルギーを投入し圧巻の演奏。技巧はもちろんだが体力や気力を消耗しそうなくらい大変そう、こうなると合わせるオケも完全燃焼せざるを得ない。コーダに向かって圧倒的に高揚し駆け抜けた。
定期演奏会はオケの真価を問う場だから協奏曲はあってもメインの演目ではなく前半のプログラムとなることがほとんど。今日のようなプログラミングは異例というべきだけど、改めてソリストの引き立て役だけでは終わらない東響の実力を確認させてもらった。
2026/2/21 沼尻竜典×神奈川フィル レスピーギ「ローマ3部作」 ― 2026年02月21日 22:01
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
みなとみらいシリーズ定期演奏会 第411回
日時:2026年2月21日(土) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:沼尻 竜典
演目:ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」
レスピーギ/交響詩「ローマの松」
レスピーギ/交響詩「ローマの噴水」
レスピーギ/交響詩「ローマの祭り」
今回の神奈川フィル定期は「ローマ4部作」公演だという。レスピーギの「ローマ3部作」をまとめて演奏することはよくあるが、はて、4部作とは?
ベルリオーズの「ローマの謝肉祭」序曲を加えると4作品になる。なるほど!
「ローマの謝肉祭」は演奏会用の序曲だけど、オペラ「ベンヴェヌート・チェッリーニ」の素材を用いている。華やかな序奏からはじまり、前半はゆったりとロマンチック、オペラで歌われる愛の二重唱がモチーフだという。ここでの旋律はイングリッシュホルンが先導する。いつもながら鈴木純子の音色は魅力的で耳をそばだたせる。後半はお祭り気分で快速、メンデルスゾーンの「イタリア」第4楽章と同様、舞曲「サルタレッロ」をもとにしていてスリリング、目まぐるしく旋律が飛び跳ね、熱狂的にコーダへと雪崩れ込む。沼尻のメリハリの効いた手際のよいオケ捌きに感心しきり。
レスピーギの「ローマ3部作」は古きローマ帝国への郷愁を音楽で綴ったようなもの。
まずは「ローマの松」。圧倒的な人気を誇り、バンダの派手な「アッピア街道の松」で幕を下ろすから、大体は演奏会のトリを飾ることが多い。今回は前半の休憩前の演奏となった。過去にはデュトワ、バッティストーニ、藤岡幸夫など記憶に鮮明な演奏がたくさんある。
公園の松並木で遊ぶ子どもたちの情景を活き活きと描く「ボルゲーゼ荘の松」。ミュート付トランペットのタンギングと木管群の旋律ではじまる。高音部中心のオーケストレーションで低音楽器はほとんど使われない。ピアノの下降グリッサンドで「カタコンブ付近の松」へと切れ目なく続く。
カタコンブは古代ローマ時代の地下墓所のこと。ムソルグスキーの「展覧会の絵」にも登場する。低弦が厳かに響きホルンがグレゴリオ聖歌を奏でる。コントラバスのトップには都響の池松宏が、ホルンの一番には東フィルの佐藤俊輝が入っていた。舞台裏からトランペット・ソロの賛美歌が聴こえてくる。ソロは首席の林辰則。ヴァイオリンの呟きがまるで天上の音楽のよう。
ピアノのアルペジオで始まる「ジャニコロの松」。齋藤雄介のクラリネットによる鳥の囀り、ハープ、チェレスタなどが絡み幻想的で美しい。チェロ・上森祥平のソロが官能的。曲の終わり近くにはナイチンゲールの鳴き声が聴こえる。ナイチンゲールは録音ではなく贅沢にも4人がかりの生音だったようだ。ハープの旋律によって「ジャニコロの松」が消え去るように終わる。
さて「アッピア街道の松」である。アッピア街道は古代ローマ軍によって建設された。ティンパニ、ピアノ、コントラバス、銅鑼などが行進曲のリズムを刻み、徐々にクレッシェンドしていく。ラヴェルの「ボレロ」の手法と同じである。軍の隊列が近づいてくるかのよう。コーダの全オーケストラの強奏にバンダとオルガンを加えたクライマックスは、オーケストラが発する最大級の音響といってよい。音の洪水に身をまかせる快感を存分に味わった。バンダはP席左右の上段にトランペット、オルガン席の隣にトロンボーンが各2、計6人だったが、その破裂音は強烈。沼尻は大編成のオケを一分の隙もなく制御して完璧な音の伽藍を築き上げた。直後、客席は大歓声、沼尻は4度、5度と舞台へ呼び戻され、前半の終わりながら一般参賀になりそうな雰囲気だった。
20分間の休憩後、後半は「ローマの噴水」でスタート。夜明けから夕暮れまでの時刻を切り取って4つの噴水を描いた。「夜明けのジュリア谷の噴水」「朝のトリトンの噴水」「昼のトレヴィの噴水」「黄昏のメディチ荘の噴水」である。光と影、噴水の迸りや水の流れを巧みに音で表現している。沼尻の各楽器の音色を活かした情景描写は繊細でカラフル、音楽を聴きながらモネの絵画が浮かぶようだった。3部作のなかでは編成が小さく地味だけど光きらめく佳品だと教えてくれた。
演目の最後は「ローマの祭り」。3管編成、打楽器奏者が10人、ピアノは連弾、ピアノを打楽器とみるなら計12人。それにオルガン、マンドリン、バンダのトランペットなどが加わる大編成。ローマ時代から近代までの祭りを年代順に配置している。
1曲目は「チルチェンセス」。古代ローマ時代の円形競技場での猛獣とキリスト教徒たちの死闘、祭りというより見世物。パンダのトランペットのファンファーレとオケの叫びから始まり、低弦による猛獣の足音と木管による教徒の歌が一体となり緊迫感を高めていく。群衆の熱狂や教徒の祈りが描写される。
2曲目の時代は中世、ローマに巡礼することで罪が赦される「五十年祭」。重い足取りをあらわしたようなゆっくりした木管の音形の上を静かな賛美歌が流れる。木管の動機は徐々に明るくなり、ローマを見渡す丘の上にたどり着いたのだろう、高らかに聖歌が歌われる。
3曲目はルネッサンス時代の「十月祭」。葡萄の収穫祭の様子だという。ミュートを付けたホルンは狩の角笛、ホルンのトップは休憩のあと豊田実加に代わっていた。トランペットのファンファーレ、クラリネットが伸びやかに歌い、木管による軽やかなメロディのなかマンドリンがセレナーデを奏でる。幾つもの楽器が絡み合ううちに静寂が訪れる。
4曲目はレスピーギが生きた20世紀の時代の「主顕祭」。まさにお祭り騒ぎ、喧騒の音楽が繰り広げられる。小クラリネットの勢いのあるモチーフから始まる。小クラを吹く亀居優斗は4曲中ここだけに登壇した。楽しげなメロディにトランペットやトロンボーンがざわめくように割って入る。酩酊したような府川雪野のトロンボーンが楽しい。曲調はさまざまに変化し、ここでも舞曲「サルタレッロ」が現れる。クライマックスでは多数の打楽器群が打ち鳴らされ、熱狂的な盛り上がりのなか大団円で曲が閉じられた。
沼尻の精密無比なコントロールの賜物ではあるものの神奈川フィルは抜群の安定度を示した。ゲッツェルが客演していたころの昔はドキッとするような場面もあったけど、最近は安心して聴くことができる。個々の技量も合奏能力も着実に向上している。神奈川フィルの音色はもともと明るいから、華やかな曲が似合っている。「ローマの祭り」でこんなに興奮させてもらえるとは思いもよらなかった。
「ローマの祭り」は3部作の中で最も演奏頻度が低い。多くの打楽器奏者を集めなければならないことや、音楽表現が皮相的で劇半音楽のようだといって貶められているのだろう。いや、劇半音楽だとは「ローマ3部作」そのものがそう思われているのかも知れない。
しかし、レスピーギの管弦楽法はマーラーやR.シュトラウスなどの独墺作家についてはひとまず置くとして、師匠のリムスキー・コルサコフはもちろん、ラヴェルやホルストに並ぶ腕前と言ってよい。大規模なオケを用いて色彩豊かに描くばかりでなく、教会旋法や近代和声を駆使して華麗で特異な音色を生み出す。その楽器法による情感への作用は、間違いなくオーケストラを聴く楽しみのひとつだ。
それに、今回はプログラムの配置のせいで――「ローマの松」を休憩前に置いたことで、2回分の演奏会を聴いたというお得な気分にもなった。
2026/1/31 ルラン×神奈川フィル ビゼー「交響曲ハ長調」 ― 2026年01月31日 21:00
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
音楽堂シリーズ 第34回
日時:2026年1月31日(土) 15:00開演
会場:神奈川県立音楽堂
指揮:セバスチャン・ルラン
共演:クラリネット/亀居 優斗
演目:フォーレ/パヴァーヌ Op.50
フランセ/クラリネット協奏曲
ビゼー/交響曲ハ長調
フォーレの「パヴァーヌ」は清楚で優雅な佳品。オケのアンコールピースとしても時々演奏されるが、今日は演奏会の幕開けとして選曲された。
弦のピチカートのうえをフルートが鳴る。劇的な中間部が鮮やかに浮かび上がり、その後、冒頭の主題を再現しつつ再びピチカートによって幕が降ろされる。中間部の下降音型は「レクイエム」のアニュス・デイを連想させる。そういえば「パヴァーヌ」は合唱曲にも編曲されている。
セバスチャン・ルランはフランス出身、現在はドイツのザールラント州立劇場の音楽総監督である。もともとはチェロ奏者で指揮はミンコフスキなどに師事したという。フランス人とは思えないほど舞台への出入りや仕草がぎこちなく洗練されていないけど、はったりのない実直な指揮ぶり。
続いてフランセの「クラリネット協奏曲」。ソロは2年間のパリ留学から帰国した神奈川フィル首席の亀居優斗である。つい先日も広響首席の三界達義による超絶技巧のニールセン「クラリネット協奏曲」を聴いたばかり。どうして若手のクラリネット奏者は難曲ばかり選ぶのだろう。
フランセの協奏曲は軽妙で洒落た現代音楽。素早いパッセージは曲芸的でメロディは壊れ物のように繊細、テンポの揺らぎは大胆で強弱も大きい。全体としてお道化たところがあってユーモアやデリケートな色合いを感じさせる。
亀居は機知に富み率直で明快な表現力を持っている。甲高い声から深々とした声、色気のある声からしゃがれた声まで、何通りもの声色を使ってずっとお喋りをしているよう。といって決して耳障りではない。あっけにとられるほど語り口が上手。ニールセン同様、とんでもなく技巧的な楽曲だが、好みとしては断然フランセのほう。
ソロアンコールはがらっと雰囲気を変えしっとりと。劇半音楽を得意とする葛西竜之介の「滲む藍」を伴奏付きで演奏してくれた。
若書きの作曲家といえばモーツァルト、シューベルト、メンデルスゾーンなどが思い浮かぶが、ビゼーも唯一の「交響曲」を17歳のときに――日本でいえば高校2年生――書いた。そして、やはりビゼーは37歳の短い生命しかなかった。青春の歌である。
第1楽章はオーボエの哀愁やホルンの奥行きのある響きが点描されるが、総じて楽天的で勢いのある楽章。第2楽章はヴィオラをはじめとする弦楽器の優美な旋律を背景に、愁いをふくんだオーボエがオペラのアリアのように歌う。中間部ではフーガが出現し一筋縄ではいかない。第3楽章は小気味よい舞曲。明朗快活ながら途中繊細な美しい歌が聴こえてくる。第4楽章は無窮動的に走り回り、リズムは躍動し、弦楽器の優雅なメロディが絶妙に絡まる。明るくカラフルで心地よい。これは紛れもない天才の作品だ。
ルラン×神奈川フィルはこの若書きの曲をゆっくりと丁寧に、それでいて切れ味鋭く描いた。弦5部はそれぞれが推進力を保ち、木管は歌い続ける。金管はホルンのエコー効果やトランペットのファンファーレ効果をきちっと決める。これはモーツァルトではないかと所々錯覚したほど。ルランは楽章のバランスに狂いなく、簡明な構造と魅惑的な旋律を浮かび上がらせ、色彩感にあふれた演奏を展開した。
オケアンコールもあった。シベリウスの「悲しきワルツ」。ルランのレパートリーはバロックから現代音楽まで幅広いというが、なるほど、どれもこれも手堅い。
今日のコンマスはこの4月より神奈川フィルの客演コンサートマスターに就任する松浦奈々。松浦は日本センチュリー響との兼務となる。