2026/4/25 カサド×東響 ブルックナー「交響曲第6番」2026年04月25日 21:03



東京交響楽団 名曲全集 第216回

日時:2026年4月25日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:パブロ・エラス=カサド
演目:シューベルト/交響曲第7番 ロ短調D759
        「未完成」
   ブルックナー/交響曲第6番 イ長調WAB106


 名曲全集のシーズン開始である。前・後期各5公演のうちそれぞれ2公演ほどを聴く予定。前期はこのカサドと来月のヴィオッティを予定している。なお、今日のプログラムは明日のサントリーホールにおける定期演奏会と同じ演目である。
 パブロ・エラス=カサドはスペイン出身、古楽から現代音楽まで幅広いレパートリーを誇る。最近ではバイロイト音楽祭へのデビューが話題になった。ピリオド楽器によるシューベルトやブルックナーの録音も好評のようである。日本ではもっぱらN響を指揮しているが今まで聴いたことはない。
 
 前半は「未完成」、シューベルト25歳のときの作品、なぜ2楽章までしか書かなかったのか諸説あって分からない。25歳といえばまだ若いがシューベルトの命はこのあと6年しか残っていない。
 開始楽章はチェロとコントラバスによる動機で始まり、ヴァイオリンのさざ波に乗ったオーボエとクラリネットが物悲しい主題を提示する。束の間の高揚を経て気分を持ち直すようにチェロが朗々と歌う。カサド×東響はチェロとコントラバスとでしっかりと土台を固めたが弦楽器群は疾走感が目立ち、トロンボーンをはじめとする金管群は猛々しい。この音楽の底知れない感情を捉えるには少々エキセントリックだった。第2楽章はコントラバスのピチカートではじまり、まるで天上を仰ぎ見るようなヴァイオリンの旋律が奏でられる。転調の妙味、明るさのなかに憂いを垣間みせる。東響の木管の美しさが際立つ。カサドと奏者たちは魅力的な音色を聴かせたものの、音楽にこめられた相反する感情が思いのほか伝わって来なかった。

 後半はブルックナーの「交響曲第6番」。前作の「第5番」は交響曲としての集大成ともいうべき大曲であり、「第7番」以降は後期の傑作群で、その間に挟まれたこの「第6番」は昔からブルックナーらしくない、などと散々の言われようだった。しかし、ブルックナーにしては全休止が少なく音楽はスムーズに流れる。リズムは軽快で繰返しも多いから現代のミニマル・ミュージックと似てなくもない。 
 ブルックナーといえば壮大なトゥッティの迫力が魅力であることは間違いないが、実は柔らかな音色と微妙なニュアンスの弱音を生み出す達人でもあった。カサドは終始テンションが高く個性的な彩りはあったけど、ブルックナーの繊細さや清々しいほどの優雅さ、情景のかすかな操作など演奏の奥行きを深めるための味付けが十分とはいえなかった。

 モダン楽器でも「歴史的知識に基づく演奏法(HIP)」を念頭において指揮をするというカサドが、シューベルトとブルックナーをどう料理するのか興味があったけど期待外れ。表現の振幅が大きくアグレッシブで強度だけが目立ってしまった。極端なコントラストに隠され複雑な諧調が読み取れない。シューベルトもブルックナーもそれぞれの音楽の機微が損なわれてしまったように思う。残念な演奏会だった。

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