2022/11/13 井上道義×N響 伊福部とショスタコーヴィチ2022年11月13日 21:54



NHK交響楽団 第1968回 定期公演Aプログラム

日時:2022年11月13日(日) 14:00 開演
会場:NHKホール
指揮:井上 道義
演目:伊福部 昭/シンフォニア・タプカーラ
   ショスタコーヴィチ/交響曲第10番 ホ短調 作品93


 改修後のNHKホールへ出かけた。渋谷駅からだらだら坂を約20分、上りの坂道がこたえる年齢となった。足が遠のくのは無理ない。
 伊福部とショスタコーヴィチの組み合わせは相性がいいと思うが、なかなか有りそうで無いプログラム。そのうえ、両作家への思い入れが強い井上が振るとなれば、興味を掻き立てられる。
 ショスタコの「交響曲第10番」は恐怖のラザレフ体験以来、躊躇する気持ちがある。でも、洒脱な井上がどう料理するか、怖いもの見たさである。

 久しぶりのNHKホールにおけるN響である。ホールは、どこが新しくなったのか、とんと分からない。客はよく入っていた。土日同一プログラムの2日目だというのに3000席の8、9割は埋まっていた。定期会員らしき老人たちは相変わらず健在だけど、思いがけず若い男女を多く見かけた。井上人気なのかプログラムのせいなのか、頼もしいかぎりだ。
 
 「シンフォニア・タプカーラ」。
 こんなに危なげのない「タブカーラ」は初めて。この曲、演奏するには危険な箇所がそこら中にあって、アマオケなどではハラハラドキドキする場面が頻発する。プロでも必死の形相になるときがある。しかし、N響は余裕綽々で調子抜け。当たり前とはいえ一級のオケゆえである。その分、スリルを味合うには物足りない。
 井上はいつものように踊っていたが、踊りでオケをリードするというよりは、湧き出る音楽にあわせてダンスをしているよう。おまけに演奏の終了と同時に、オケ全員を起立させた。ひと汗かいたものの余力十分といったポーズにみえた。
 ところで、年度末の来年3月には、井上が音楽大学フェスティバル・オーケストラを振って、同じ「シンフォニア・タプカーラ」を公演する。スリルはそこで味合うことにしよう。

 休憩の間に、井上は正装に着替えて、ショスタコーヴィチの「交響曲第10番」。
 第1楽章、暗く陰々滅々とした楽章。暗澹たる雰囲気が長く続く。聴くにも忍耐が必要で、じわりじわりと恐怖が押し寄せるところ。井上の解釈は諦念とはいわないが、どこか客観的に見つめているようなところがあって救われる。
 第2楽章は、典型的なショスタコのアレグロ。叫ぶピッコロ、機関銃のようなスネア、トランペット、テインパニが入り乱れ、このスケルツォは駆け抜けてあっという間に終わる。井上の指揮の真骨頂。
 第3楽章に入ると、意味深な音名象徴、皮肉と諧謔が混じった狂った舞曲となる。井上の指揮台のダンスと音楽とがぴったし合っていた。
 第4楽章の導入のアンダンテは、第1楽章に呼応する。ラザレフのときには最大限の恐怖に襲われたが、今日はここで一息ついた。アレグロに変わってからは音名象徴が混乱を極め、ここから結尾に向けてのハチャメチャぶりは井上の独壇場だった。
 井上のショスタコーヴィチは、メッセージ性や暗号解読よりは、楽想や音響をそのまま楽しめ、と言っているよう。「ショスタコーヴィチは自分だ」と豪語する井上にとって、ショスタコは自家薬籠中の音楽でもある。作者への敬意をこめて「交響曲第10番」を裸のままで示してくれたのであろう。