2021/5/9 井上喜惟×マーラー祝祭オーケストラ マーラー交響曲3番 ― 2021年05月09日 18:58
マーラー祝祭オーケストラ第18回定期演奏会
日時:2021年5月9日(日)14:00
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:井上 喜惟
共演:アルト独唱/蔵野 蘭子
児童合唱/横浜少年少女合唱団、カントルムみたか
女声合唱/東京オラトリオ研究会
ゲスト・コンサートマスター/岩切雅彦
演目:マーラー/交響曲3番 ニ短調
マーラーの音楽を一聴すると、民謡や軍楽、乱痴気騒ぎや詠嘆などの様々を、強弱も緩急も音量の大小も脈略なく詰め込んで、矛盾の塊を抛り出したように思える。
聖と俗とが一緒くたになり、曲の統一とか統合とかにはほど遠い。それが20世紀の半ばを過ぎた60年代に入ってから、その当時の空気に奇妙にマッチしていたためか、急速に人気を得てきた。
LP初期のモノラルにはワルターとかメンゲルベルクとか評判の音盤もあったが、全曲は揃わなかった。ステレオの出現といった録音技術の進歩に与る部分も大きかったのだろう。ショルティやバーンスタインの全曲盤の果たした役割も見逃せない。
御多分に漏れずマーラーの交響曲は、音盤でも実演でも「1番」からはじまって「2番」「4番」に馴染み、次いで「5番」「6番」「8番」を聴き、最後に「3番」「7番」「9番」へと進んだ。後回しとなった「3番」はとにかく長い、「7番」はヘンテコ、「9番」は難しい曲だった。
「3番」は、6楽章構成で演奏時間は100分を越える長大な交響曲。最初の構想ではもう1楽章あった。今ではそれは「4番」の最終楽章へ収まっていることは有名な話。第1楽章は行進曲、ここだけで30分以上を要す。主題が4つもあり、展開部と再現部ではトロンボーンの独奏がある。第2楽章はメヌエット、第3楽章はスケルツォ。ひとつの交響曲のなかにメヌエットとスケルツォが一緒に入っているのは珍しい。第3楽章の中間部ではポストホルンが難しいソロを吹く。第4楽章は神秘的なアルトの独唱、歌詞はニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』より。第5楽章は児童合唱が鐘の音を模した「ビム・バム」を繰り返し、アルトと女性合唱が「3人の天使が美しい歌を…」、と歌い出す。最終楽章は美しいアダージョ、嘆きと救済の音楽を奏でる。
「3番」をはじめて面白く聴いたのは、インバルのN響海外公演、そのTV放映だったと思う。ひどく感心した。実演でもやはりインバルが都響と演奏した「3番」に惚れ込んだ。
マーラーの音楽はその構造ゆえに、各断片をちゃんと聴かせようとすると、部分部分は確かに感じ入るが、全体として、はて?何か残ったのだろうか、ということになる。そして、やはりというか、実演ではそういった演奏がほとんど。それでも演奏会に足を運んで、その外見に驚くのだが、何かマーラーの思いが完全には掬い上げられていないのではないかという不満をずっと引きずっていた。
インバルは違う。あんなに部分の奇天烈な音楽が、曲の進行とともに収斂され、マーラーが描こうとした世界が全体のなかで浮かび上がってくる。喧噪や不協和音、大げさな嘆きや甘さの背後に、優しく穏やかで平和な世界が見えてくる。波だった海面でありながら海底ではゆったりと流れている音楽。凄いことだ、これはマーラー演奏のひとつの到達点、マーラーをこう聴かせるのは特別のことではないかと思った。
それ以来、マーラーの「3番」はプロ、アマ問わず、機会があれば聴くようにしてきた。
今回はマーラー祝祭オーケストラ。指揮者の井上喜惟の提案により2001年に発足したアマチュアオケ。すでにマーラー全曲のサイクルを終え、2巡目に入っているようだ。
アマオケを聴くのは、3年ほど前に坂入健司郎指揮の東京ユヴェントスフィルのマーラーの「8番」以来。「3番」といい「8番」といい、アマオケが取り組むには、無謀としかいいようがない。
たしかに響の薄さ、音色の平板さ、演奏の瑕瑾など言挙げしたらキリない。しかし、100人以上の人たちが、1年以上もかけて巨大な曲に立ち向かい、その成果を披露する。そういった試みをアマオケが挑戦している。そのことにただただ感銘を覚える。
今日のプログラムノートのなかに、楽団員の方が調べた「アマチュア・オーケストラによるマーラー交響曲3番演奏履歴(2006-2020年)」が掲載されていた。これによると15年間に少なくとも19回「3番」が開催されているという。「3番」だけで毎年1回か2回アマオケが演奏しているわけだ。何という無鉄砲な。
わが国にはこういった集まりが幾つあるのだろう。ネット上には「オケ専」とか「i-Amabile」とか「Concert square」などアマチュアの演奏団体を扱った情報サイトもある。クラシック音楽の危機が叫ばれて久しいが、西洋音楽に本格的に触れてから百数十年、その間には欧米との仲違いがありながら、今ではそのすそ野は広大なものとなっている。
日本人の受容能力の素晴らしさに改めて感嘆した一時だった。