2024/8/8 FSM:園田隆一郎×神奈川フィル 團伊玖磨&プッチーニ100周年オペラ・ガラ2024年08月08日 19:55



フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2024
     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

日時:2024年8月8日(木) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:園田 隆一郎
共演:ソプラノ/木下 美穂子
   テノール/笛田 博昭
演目:<團伊玖磨生誕100年>
   新・祝典行進曲(管弦楽版)
   歌劇「夕鶴」から
    「与ひょう、あたしの大事な与ひょう」
   管弦楽組曲「シルクロード」
   <プッチーニ没後100年>
   歌劇「ラ・ボエーム」から「冷たい手を」
    「私の名はミミ」「おお、優しい少女よ」
   歌劇「トスカ」から「歌に生き、愛に生き」
    「星は光りぬ」
   歌劇「蝶々夫人」から第2幕2場への間奏曲
    「ある晴れた日に」「さらば愛しの家」
   歌劇「トゥーランドット」から皇帝入場の音楽
    「氷に包まれたあなたも」「誰も寝てはならぬ」


 フェスタ サマーミューザ(FSM)の神奈川フィル公演。今年はブルックナーとスメタナの生誕200周年で有名だけど、團伊玖磨の生誕100年、プッチーニの没後100年でもあり、アニバーサリーであるこの二人のオペラを中心にしたプログラム。プッチーニをまとめて聴けるのは嬉しい。
 本番前に園田隆一郎のプレトークがあった。30分ほどかけて一曲ずつ丁寧に解説をした。まるでレクチャーコンサートのよう。若い学生さんたちも詰めかけていたからこれは有難い。

 前半は團伊玖磨の作品。「新・祝典行進曲」は今上天皇の結婚パレードのための作品。團は上皇の結婚時にも「祝典行進曲」を書いているので“新”となった。中間部のトランペットのファンファーレは「アイーダ」の凱旋行進曲を意識したものだろう。華やかで颯爽とした音楽。
 2曲目は木下美穂子のソロで「与ひょう、あたしの大事な与ひょう」。日本の創作オペラのなかでは間違いなく「夕鶴」が一番のヒット作。初演以来半世紀以上も歌い継がれている。木下さんのソロが美しい。
 「シルクロード」は綺想、牧歌、舞曲、行進の4楽章構成。團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎による「3人の会」の作品発表会で初演されたという。当時はかのゲンダイ音楽全盛期で、3人の音楽がどれほど評価されたのかよく分からない。造形を重視し抒情を尊ぶ音楽が前衛の時代にどう受け止められたのか、いささか興味が湧く。保守的、時代遅れ、陳腐などとくさされたのだろうか。今では3人の音楽は演奏会の重要なレパートリーとなっているけど。この組曲は異国風の旋律も聴こえ全体がひとつの行進曲のようにも思えた。

 後半のプッチーニは「ラ・ボエーム」第1幕のミミとロドルフォとの出会いから3曲。「トスカ」からソプラノとテノールの代表曲「歌に生き、愛に生き」と「星は光りぬ」。「蝶々夫人」では打楽器を増強し、第2幕の間奏曲のあと「ある晴れた日に」とピンカートンが歌う「さらば愛しの家」。「トゥーランドット」からは第2幕の皇帝アルトゥムが登場する際の音楽とリュウの「氷に包まれたあなたも」、そして、もちろんカラフの「誰も寝てはならぬ」。
 木下美穂子も笛田博昭も抜群の安定度で、木下さんは当たり役の蝶々さんがやはり見事、笛田さんは明るめの声で英雄的な「誰も寝てはならぬ」が圧巻だった。
 それにしてもプッチーニは声に寄り添い、高ぶる気持ちを支え、嘆き悲しむ感情を十全に表現する天才だとつくづく思う。甘い旋律、多様なリズム、斬新な管弦楽法と和声、意表を突く楽器の使い方や響きなど、後世はこれ以上のオペラ作家を持つことはできていない。

 没後100年と生誕100年を同時に祝うということは、プッチーニが亡くなった年に團伊玖磨が生れたということ。音楽だけで判断しようとすれば團伊玖磨よりプッチーニのほうが新しい時代の人のように思える。奇妙ながら面白い。

2024/5/19 大井剛史×プロースト響 マーラー「復活」2024年05月19日 17:52



プロースト交響楽団 第39回 定期演奏会

日時:2024年5月19日(日) 13:30開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:大井 剛史
共演:ソプラノ/盛田 麻央
   メゾソプラノ/加納 悦子
   合唱/日本フィルハーモニー協会合唱団
演目:山田 耕筰/交響詩「曼荼羅の華」
   マーラー/交響曲第2番 ハ短調「復活」


 アマオケの完売公演に初めて遭遇した。プロースト響は設立して20年、130名の団員を抱えるという。特定の母体はないようだが、この集客力は凄い。数多くの招待客を含んでいるとしても2000席の会場をほぼ埋め尽くすとは大したものだ。プログラム、指揮者、ソリストの魅力が与っているのだろうか。

 前半は山田耕筰の「曼荼羅の華」。留学先のベルリンで書いた単一楽章10分ほどの交響詩。大規模な管弦楽曲でリヒャルト・シュトラウスを範としているのだろう。ほの暗いロマンチシズムが濃厚にただよい「死と変容」の影響を感じる楽曲。日本人による大正時代の作品というには斬新で立派な音楽に吃驚した。

 後半はマーラーの「復活」。アンサンブルの精度にちょっと難があり、大井剛史の指揮もときに弛緩が感じられ、余り演奏に集中できなかったが、間奏曲風の第2楽章と第3楽章はまずまず楽しめた。加納悦子の「原光」は大昔に何度か聴いている。貫禄の歌声だけどかなりお年を召された。盛田麻央のマーラーはN響との「交響曲4番」(室内楽版)を覚えている。
 楽器編成は巨大で、弦5部にピッコロ持ち替えのフルート4、イングリッシュホルン持ち替えのオーボエ4、Esクラリネットを含めたクラリネット5(さらに一部バスクラリネット持ち替え)、コントラファゴット持ち替えのファゴット4、ホルンが舞台上6+舞台外4、トランペットが舞台上6+舞台外4(終盤、別動隊の8人は舞台に登場。ホルンとトランペット各10人が並ぶ)、トロンボーン4、テューバ、ティンパニ2組(奏者は3人必要)、大太鼓、シンバル、大小のタムタム、トライアングル、小太鼓、グロッケンシュピール、鐘、むち、ハープ2、オルガン、加えて舞台外にティンパニ1組、大太鼓、シンバル、トライアングル、以上が管弦楽。そして、ソプラノ、アルト独唱と混声合唱。
 ふぅ~、新しい交響曲の誕生である。

2024/5/11 ノット×東響 マーラー「大地の歌」2024年05月11日 18:41



東京交響楽団 川崎定期演奏会 第96回

日時:2024年5月11日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョナサン・ノット
共演:ソプラノ/髙橋 絵理
   メゾソプラノ/ドロティア・ラング
   テノール/ベンヤミン・ブルンス
演目:武満 徹/鳥は星形の庭に降りる
   ベルク/演奏会用アリア「ぶどう酒」
   マーラー/大地の歌


 2024/25シーズン最初のノット監督のプログラムである。
 「大地の歌」は6つの楽章をテノールが1,3,5楽章、アルトが2,4,6楽章と交互に歌う。連作歌曲の性格を持つ交響曲といわれる。古典的な交響曲と比べる異形だけど、その堅牢な構成感と作家のこめた強い思いから交響曲とされているのだろう。歌詞は李白、孟浩然、王維などの詩の翻案を使っている。現在では原詩がほぼ特定されている。
 この「大地の歌」はノットのマーラー演奏における最良のひとつとなった。彫が深く表情が豊かで濃い。各楽章の描き分けが見事で、長編ドラマを堪能した感じだ。
 メゾのドロティア・ラング、テノールのベンヤミン・ブルンスはパーフェクトな歌唱。オケの弦、木管、金管、打楽器も完全無欠な演奏だった。
 天地と人の世、「Dunkel ist das Leben, ist der Tod」、孤独と諦念、厭世と悲観、青春と美と酒、そして、「ewig」で別れを告げる。途中、何度が落涙した。
 交響曲が世界観、死生観を表現するものであるならば、「大地の歌」はたしかに交響曲であると、ノットが教えてくれた。

 前半は「鳥は星形の庭に降りる」と「ぶどう酒」の2曲、マーラーからベルク、武満への繋がりを意識したプログラムなのだろう。「ぶどう酒」はボードレールの歌詞に曲をつけた演奏会用アリアで、ソプラノの髙橋絵理が独唱をつとめた。

 ノットは夏に向かうせいなのか髪を極端に短くして登場した。東響のコンマスはニキティン、隣に小林壱成のダブルトップ、いや、ニキティンの後ろにはこの4月にコンマスとなった田尻順が座っていたから、コンマス3人の揃い組だった。

 なお、2014/15シーズンより監督に就任したノットは、12年を経て2025/26シーズンを最後に退任する、と先日発表があった。残りあと2年である。

2024/2/23 高橋勇太×MM21響 「タプカーラ」と「オケコン」2024年02月23日 18:56



みなとみらい21交響楽団 第26回定期演奏会

日時:2024年2月23日(金祝) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:高橋 勇太
演目:エネスク/ルーマニア狂詩曲第1番
   伊福部昭/シンフォニア・タプカーラ
   バルトーク/管弦楽のための協奏曲
   

 年2回の定期演奏会を開催しているMM21響は、アマオケとしては意欲的なプログラムで演奏も水準以上。で、ここ数年、毎回お邪魔している。欲を言えば指揮者にデビューして間もない若い人たちを望みたいところだが、これは今後に期待しよう。
 今日は先回、R.シュトラウスとサン=サーンスで快演を聴かせてくれた高橋勇太が振る。舞台に登場したオケの男性メンバーの衣装はいつもの通り黒の上下だけど、女性陣は色とりどりのフォーマルドレスを召して華やか。こういった色彩豊かな舞台もいいものだ。

 プログラムは3曲。演奏時間はいずれも短いが、オケにとってはハードな曲ばかり。
 最初はエネスクの作品。昔はエネスコと呼ぶのが一般的だったのではないか。エネスクはウィーン音楽院に進学の後、パリ音楽院に学んだ。同門にウィーンではツェムリンスキーが、パリではラヴェルがいた。演目は20世紀初頭に書かれた「ルーマニア狂詩曲」2曲のうちの有名な「第1番」。
 出だしのクラリネットとオーボエの掛け合いは、まるで即興曲のよう。ハープのトレモロの伴奏のなか多くの楽器が加わり厚みを増す。ジプシーの旋律が奏でられ、東洋や中近東風の曲調が織り交ぜられ、情熱的な舞曲が展開する。クライマックスに達すると突然音楽が止み、すぐに最強音が戻ってきて終わる。指揮者もオケも気合十分、たっぷり歌って熱狂を届けてくれた。

 2曲目は「シンフォニア・タプカーラ」。安定したホルン、ミュートを装着したトランペットの突き抜ける音色、トロンボーンのグリッサンドなど金管楽器が頑張る。木管も難しいパッセージよくこなしていた。もちろんオケの団長がいる打楽器は元気いっぱい。高橋勇太は絶妙のテンポ設定で、とくに第2楽章のアダージョをゆったりと流し、抑揚の加減に細心の注意を払い、楽章の美点をうまく引き出していた。
 最近、「シンフォニア・タプカーラ」が以前にも増して身近に感じるようになってきた。血沸き肉躍るリズム、どこか懐かしい郷愁を誘う旋律、感情が大きく揺さぶられる。アマオケでここまで演奏してくれれば言うことない。

 最後はバルトークの「管弦楽のための協奏曲」、通称「オケコン」。この曲はよく知られているように、米国に亡命したバルトークの困窮を救うべく、ボストン響のクーセヴィツキーが委嘱したもの。作曲から遠ざかっていたバルトークが久しぶりに書いた管弦楽作品。
 全5楽章。第1楽章「序奏」、変拍子で進んでいく。後半は教会音楽のような神秘的な響き。第2楽章「対の遊び」、小太鼓のリズムの上をファゴットが歌う。複数の管楽器が加わり、ペアになってそれぞれが独立した旋律を演奏する。第3楽章「悲歌」、不協和音に満ちた「夜の歌」、第1楽章の再現のようにも聴こえるが、深刻度は増加し悲劇的。第4楽章「中断された間奏曲」、ちょっと滑稽で皮肉たっぷりに始まる。通俗的な民謡風の音楽の途中にショスタコーヴィッチ「レニングラード」のテーマが騒々しく乱入してくる。第5楽章「終曲」、ホルンが強奏した後、ヴァイオリンの無窮動が続く。ティンパニのグリッサンド、弦によるフーガの大伽藍、全楽器がはせ参じ勝利宣言で終わる。
 最後まで面白く聴かせてもらったが、これは難曲。個々のプレーヤーおよびオケ総体の技量はもちろん、音色、音量、速度、バランス等々、全曲にわたって微妙なコントロールが必要だ。指揮者、オケともどもお疲れ様、大健闘でした。

2024/1/20 佐渡裕×新日フィル 武満とマーラー2024年01月20日 20:39



新日本フィルハーモニー交響楽団
#653〈トリフォニーホール・シリーズ〉

日時:2024年1月20日(土) 14:00開演
会場:すみだトリフォニーホール
指揮:佐渡 裕
共演:朗読/白鳥 玉季
   アコーディオン/御喜 美江
   ソプラノ/石橋 栄実
演目:武満徹/系図―若い人たちのための音楽詩―
   マーラー/交響曲第4番 ト長調


 武満徹の代表作といえば「弦楽のためのレクイエム」と「ノヴェンバー・ステップス」、そしてこの「系図―若い人たちのための音楽詩―」だろう。
 「系図」は、谷川俊太郎の詩集『はだか』の23篇の中から「むかしむかし」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「おとうさん」「おかあさん」「とおく」の6つの詩に曲をつけたもので、少女の語り手とオーケストラのための作品。ニューヨーク・フィルハーモニックの創立150周年記念として委嘱された。
 老いた祖父、祖母の死、孤独な父、母の喪失など、少女の不安な思いが綴られる。温かい家族の系図とはいいがたい詩ではある。武満は10代半ばの少女による朗読を想定して書いたという。子供と大人の狭間の、無垢で幼いだけでなく思春期の複雑な感情が自ずから滲み出ることを意図していたのだろう。
 初演当時の語り手は遠野凪子が有名だった。遠野は岩城、小澤、デュトアなどと共演し、YouTubeにも映像が残っている。余談ながら、そして、これは偶然だろうけど、遠野凪子の実半生も相当に苛烈である。
 今回朗読の白鳥玉季は、たまたま今日が14歳の誕生日。語りは作為がなく素直で真っ直ぐな印象。アコーディオンを弾いた御喜美江は30年前の初演にも参加している。終曲「とおく」のアコーディオンの響きはとても親密で、ちょっと泣ける。音楽は武満にしては旋律がはっきりしていて分かりやすい。
 プレトークで佐渡裕は、武満や谷川との交流や思い出を語ってくれたが、今日の「系図」は詩の不穏な空気をことさら強調するのではなく、少女の日常的な目線を通して、穢れなさや爽やかさを浮き彫りにした演奏のように思えた。初演当時、ゲンダイ音楽界から武満は堕落したとか、老いたなどと言われたが時代は変わる。今「系図」は、武満のなかで最も愛される作品のひとつとなっている。

 佐渡のマーラー「4番」は、力まかせではなくバランスを重視した落ち着いた演奏だった。第1楽章は軽快に鈴が鳴り清々しい音楽が会場を満たした。「5番」冒頭のトランペットによるファンファーレ動機も明快に鳴った。第2楽章はグロテスクな主題に挟まれた牧歌的なトリオが秀逸。第2楽章が終わって調弦、その間にソリストが登場する。第3楽章はきわめてゆっくりしたテンポではじまり、幸福感に満たされた弦の響きが美しい。第4楽章のソプラノ石橋栄実は完璧、ビブラート少な目の透明で伸びのある高音が耳を奪う。天上と現世の世界が対比され、最後は静穏のうちに終わった。

 佐渡は2年前にも兵庫芸術文化センター管弦楽団の定期で全く同じプログラムを取り上げている。朗読、ソリストも同じメンバー。新日フィルの音楽監督に就任した初年度、盤石の演目と布陣で臨んだわけだ。なかなか充実した演奏会だった。