「新版画の沁みる風景――川瀬巴水から笠松紫浪まで」展2024年01月27日 15:04



 川崎駅直結の「川崎浮世絵ギャラリー」(タワー・リバーク3階)において、大正から昭和にかけての版画展が開かれている。版元・渡邊正三郎と新進気鋭の画家、彫師、摺師の協業で制作された「新版画」である。

 江戸時代に隆盛を誇った浮世絵は、明治の文明開化によって衰退の一途を辿っていた。欧米から銅版画や石版画の手法が入ってきたこと、写真や印刷の普及などが主な原因だろう。渡邊正三郎は我が国の高度な木版技術が失われるのを愁い「新版画運動」を提唱し、つぎつぎと新しい木版画を世に出していく。

 本展では渡邊正三郎が最初に声をかけた高橋松亭をはじめ、「新版画」を牽引した川瀬巴水から「新版画」最後の作家といわれる笠松紫浪まで、90点を超える作品が展示されている。画家としては20名弱、館内に掲示してある各画家の来歴を読むと鏑木清方の門下生が多いようだ。なかには訪日外国人であるチャールズ・ウイリアム・バーレット、エリザベス・キース、ノエル・ヌエットの3名も含まれている。

 絵の題材は全国各地の風景が中心で、風景のなかには人物が点描され、当時の風俗や暮らしを垣間見ることができる。東京や横浜の身近な土地も多く写され、今と昔を比べることになる。「新版画」というだけあって実験的で斬新な彫摺が試されており、遠近法や配色など西洋画の影響も濃厚だ。
 小原古邨の花鳥風月は色彩の階調が肉筆画と見紛うほど。洋画家の吉田博の淡い色合いは静寂な何ともいえない雰囲気を醸し出している。石渡江逸の生麦や子安、鶴見、横浜の所見は馴染みのある懐かしい場所だ。伊東深水は「箱根見晴台からの富士山」の1点のみだが、構図といい色調といい、これまた見事な作品だった。

 人出はかなり多く、ギャラリーは混みあっていた。月曜日が休館で、開館時間は11時から18時30分まで。本企画の開催は残り1週間、2月4日で終了する。

11月の旧作映画ベスト32023年11月30日 08:23



『暗殺のオペラ』 1970年
 公開時、映画館で観た。なんて気取った映画だろう、というのが第一印象。さっぱり良さが分からなかった。一画面一画面が絵のようで、それはそれで美しいと思ったけど、建物の構図や小道具のひとつひとつ、人物の所作などが計算されつくしていて、いかにもわざとらしい。そう感じたせいか物語もアリダ・ヴァリ以外の俳優もほとんど記憶に残っていない。何十年ぶりかで改めて視聴してみた。ムッソリーニ暗殺未遂事件にからむ父の死の真相をさぐる若者が、意外な事実を知るまでを描く。タルコフスキーに通じる映像美、クライマックスで演じられるオペラ「リゴレット」の音楽、謎にめいた町の人々、こんなに見所が多かったとは。20代だった脚本・監督ベルナルド・ベルトルッチの傑作。

『グランド・ブタペスト・ホテル』 2014年
 脚本・監督ウエス・アンダーソンの美学が横溢している。東ヨーロッパの仮想国家ズブロフカ共和国にある名門ホテルが舞台。幾つかの時代が入れ子構造で展開し、その時代ごとにスクリーンサイズが変わる。物語の中心は大戦前夜の1930年代、ホテルの上客だった老マダムが急死し、愛人だったホテルのコンシェルジュに容疑がかかる。働きはじめたばかりのベルボーイを巻き込んで二人の冒険が繰り広げられる。コメディ&ミステリー。ピンクのホテル、真っ赤なエレベーター、黄色い壁紙を背景に、短いカット、急なズーム、正面や真横のショットなど、劇画的な映像とテンポの良い早口のセリフが飛び交う。まるで大人の絵本、遊び心満載のおしゃれな映画。
※先週から渋谷Bunkamuraヒカリエホールで「ウェス・アンダーソンすぎる風景展」が開催されている。12月28日まで。
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/23_AWAwinter/

『秘密の森の、その向こう』 2022年
 時空をやすやすと飛び越えてしまうのが映画であるが、これはなんとまぁ大した仕掛けもなく容易に時間と空間を行き来する。尺は1時間13分の小品。しかし、観終わったあとの感触はゆうに2時間を超える。『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマが脚本・監督を手がけ、娘・母・祖母の3世代をつなぐ絆と癒しの物語を綴る。8歳のネリーは、亡くなった祖母にお別れが言えなかった。母マリオンも喪失感を抱えたままネリーとともに森に囲まれた実家の後片付けに来ている。その森でネリーは母と同じ名前の8歳のマリオンに出会う。その娘は母の過去の姿だった。双子のジョセフィーヌとガブリエル・サンスがネリーとマリオンを演じた。儚い夢をみたような不思議な浮遊感をもたらす。

郷さくら美術館2023年07月27日 13:11



 東急東横線の中目黒駅、地下鉄日比谷線の起点でもあるこの駅の近くに「郷さくら美術館」という小さなミュージアムがある。
 福島県郡山市にある同名の美術館の東京館である。現代日本画というのか、昭和以降に生誕した日本画家の作品を中心にコレクションしている。

 いまここで「水 -巡る- 現代日本画展」を開催中。水の流れに着目し、雨・滝・湖・川・海など、巡る水をテーマにした作品が集められている。
 いっとき酷暑を和らげるにちょうどいいか、と訪れてみた。

 そんなに広くはない1~3階のスペースに、100号をこえる迫力ある作品が並び、屏風絵もあって壮観である。1階と3階が「巡る水展」、2階は同時開催の「桜百景展」となっていた。
 平松礼二、千住博といった有名どころから若手作家まで、各階において大型作品を間近に観賞することができる。

 日本画特有の色彩が淡く、構図も静謐で落ち着いた雰囲気の作品が多いが、2人の女流画家、野地美樹子の『Uneri』と平子真理の『寂光の滝』は、ダイナミックな水の動きが一段と鮮やかで、涼を感じさせてくれる。

https://www.satosakura.jp/

 会期は8月27日まで。7月29日と8月19日の土曜日には、14時からギャラリー・トークが予定されている。
 また、この展覧会との関連で8月1日から4日限定で、会館時間を延長し「サマーナイトミュージアム」というイベントを開催する。展覧会のオリジナルラベル付きミネラルウォーターのプレゼントもあるという。

 因みに、8月1日は水資源の有限性、水の貴重さ、水資源開発の重要性について、国民の関心を高め理解を深めるための「水の日」であり、8月1日から7日の期間は「水の週間」に制定されている。

シャクヤク2023年05月10日 16:38



 三年目にしてようやく芍薬(シャクヤク)の花が咲いた。直径十センチほどの花が一輪,あと開花しそうな蕾がふたつ。硬い蕾はすべて摘み取った。去年は咲かないまま枯れてしまったが、今年は上手くいった。

 品種は「サラベルナール」、略して「サラベル」。ボリュームのある淡いピンクの八重咲で、甘い華やかな香りを放っている。19世紀末から20世紀初頭に活躍したフランスの大女優サラ・ベルナールにちなんで名づけられたという。

 そうそう、女優サラ・ベルナールは、作家エドモンド・ロスタンとも親しかった。俳優コクランの依頼で書いた『シラノ・ド・ベルジュラック』は、サラ・ベルナールがロスタンにコクランを紹介したことがきっかけだった。この辺りの事情は映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』にもきっちり描かれている。

 エドモン・ロスタンはサラ・ベルナールのために幾つか戯曲を書いた。『遠国の姫君』などは彼女の当り役。また、この芝居はアール・ヌーヴォーを代表する画家のアルフォンス・ミュシャが舞台美術、衣装をデザインしている。調べてみるとなかなか興味深い。

 芍薬の「サラベル」は、専門家の手にかかるとニ十センチ以上の大輪になるそうだが、素人でここまで育てるのは難しい。今はまだ茎が頼りないほど細くて花を支えきれない。もう数年かけて株を大きくする必要がありそうだ。それでもこの花を愛でていると、美人を形容する「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」といった言葉に納得すること頻りである。

ゴヤの名画と優しい泥棒2022年03月12日 15:06



『ゴヤの名画と優しい泥棒』
原題:THE DUKE
製作:2020年 イギリス
監督:ロジャー・ミッシェル
脚本:リチャード・ビーン、クライブ・コールマン
出演:ジム・ブロードベント、ヘレン・ミレン、
   マシュー・グード


 もうすぐ春ですねえ……「春一番」を口ずさみたくなるような。いやいや、もう春ですねえ。ここ数日の暖かさで、耳の「しもやけ」は、あっという間に完治した。
 で、映画。ダ・ヴィンチ(http://ottotto.asablo.jp/blog/2022/02/25/9467306)に続いてゴヤを観てきた。
 『ゴヤの名画と優しい泥棒』という邦題は、ちょっと説明的で野暮ったいけど、原題の『THE DUKE』のままでは集客が難しかろう。

 またもや、ロンドンのナショナル・ギャラリーが舞台。1961年、実際に起きたフランシスコ・デ・ゴヤの「ウェリントン公爵」盗難事件が元ネタの、嘘のような本当の話。200年の歴史を誇るナショナル・ギャラリーで絵画が盗まれたのはこの一度だけだという。
 監督は『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェル。ミシェルは昨年惜しまれつつ逝去したから本作が遺作となった。

 あらすじは、妻と息子と小さなアパートで年金暮らしをするケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)が、テレビで孤独を紛らしている高齢者たちの生活を楽にしようと、盗んだ名画を身代金に公共放送(BBC)の受信料無料化を企てる。しかし、事件にはもうひとつの別の真相が隠されていたというもの。日本も英国と同じで、BBCをNHKに置き換えると身につまされる。

 最初は独りよがりの夢想家で偏屈な迷惑老人の話かとドン引き。ところが、最後、どんでん返しというほどではないものの、夫婦愛、親子愛がじわりと盛り上がってきて心温まる。長年連れ添った妻ドロシー(ヘレン・ミレン)とのやりとりなど会話劇としても楽しめる。オスカー俳優同士の丁々発止が爽快。
 後半の裁判シーンでは、ケンプトン・バントンの雄弁とユーモアに笑い、控え目な弁護士(マシュー・グード)の最終弁論に泣く。マシュー・グードは『ガーンジー島の読書会の秘密』(http://ottotto.asablo.jp/blog/2021/09/11/9422203)でもヒロインの担当編集者として好演していた。

 映画の背景で流れるジョージ・フェントンの音楽は、全体にジャズっぽく乗りがいい。と同時に、突然モーツァルトの「初心者のためのピアノ・ソナタ」を挿入したりして意表をつく。映画も音楽もなかなか味が深い。