2026/8/9 FSM:コンツ×日フィル ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」「交響曲第1番」 ― 2026年08月09日 20:53
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
日本フィルハーモニー交響楽団
日時:2026年8月9日(日) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:クリストフ・コンツ
共演:ヴァイオリン/周防 亮介
演目:J.シュトラウス2世/喜歌劇「こうもり」序曲
ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
ブラームス/交響曲第1番 ハ短調
指揮のクリストフ・コンツはウィーン・フィルの第2ヴァイオリン首席奏者から指揮者に転向した。来年からはリンツ・ブルックナー管および州立劇場の音楽監督になる。指揮者としてはまだ若手の40歳手前である。
ウィンナ・オペレッタの代表作「こうもり」序曲でスタート。喜歌劇のなかからワルツやポルカ、アリアがふんだんに引用されている。劇音楽のエッセンスがぎゅっと詰まっており、流麗な旋律、生き生きしたリズムなどシュトラウスの愉悦が一杯。コンツはウィーン・フィルで数えきれないほどこの曲を弾いてきたのだろう。ワルツの盛り上げ方など大袈裟なくらいで微笑ましい。満員のお客さんの面前で上々の滑り出しである。
周防亮介が登場しブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」。ソリストにとっては管弦楽と一体となってシンフォニックな音楽を作り上げるとともに、管弦楽の厚い響きと渡り合うことになる。技巧的にも体力的にも大変な曲。一方で、ブラームスのハンガリー好きもあって、生真面目だけな演奏では面白くない。ジプシー音楽のような奔放さも必要で、ヴァイオリニストにはなかなかの難物である。
周防はあいかわらずの確かな技巧と艶やかな音色で、難曲を完全にコントロールした。ブラームス特有の重厚なオーケストラに対しても力負けすることなく、エネルギッシュな推進力と緩急の効いた強靭な表現によってブラームスを楽しませてくれた。
最後はブラームス「交響曲第1番」。休憩中にパート譜を覗いてみたら茶褐色に変色した年季の入ったもの。交響楽団にとっては最も重要なレパートリーの一つだから当然だろう。冒頭、ティンパニが雄渾に打ち込まれる。弦楽器の上行音型と管楽器の下行音型が歩みを進める。緩徐楽章は抒情的なメロディがオーボエ、クラリネットと受け継がれ、コンマス扇谷泰朋のヴァイオリンとホルンとが絡み合う。スケルツォ風の楽章は複雑なリズムとクラリネットの主題が印象的。フィナーレのアルペンホルンもどきの調べは、ブラームスがクララの誕生祝に書き送ったメロディである。最後は息の長い旋律からコラールを経てベートーヴェンのような堂々たる終結となった。
コンツは丁寧にオーケストラを管理し、日フィルの柔らかな弦とまろやかな木管、輝かしい金管を調合しながらクライマックスに向けてしなやかな音楽を聴かせてくれた。ただ、このブラームスの最初の交響曲は大見得を切って終わる曲だけど、その箇所だけコンツの間合いがいささか自然さを損なってしまったのが残念だった。
今年のフェスタ サマーミューザへの参加はこの日フィルで終了。日曜日のせいか厳しい暑さにもかかわらず完売公演だった。
2026/8/6 FSM:梅田俊明×昭和音大 ベートーヴェンと「春の祭典」 ― 2026年08月07日 15:46
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
昭和音楽大学管弦楽団
テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
日時:2026年8月6日(水) 18:30開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:梅田 俊明
演目:ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第3番 ハ長調
ベートーヴェン/交響曲第4番 変ロ長調
ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」
ミューザのお祭りには川崎市にある音楽大学、洗足学園と昭和音大が毎年参加する。
昭和音大は卒業生に対するキャリア支援の一環として、自前劇場であるテアトロ・ジーリオ・ショウワ専属のオーケストラを組織している。東京音大のTCMオーケストラ・アカデミーや桐朋学園のオーケストラ・アカデミーと同様、プロのオーケストラ奏者の養成を兼ねているのだろう。そのオケが大学オケと合同で公演する。
まずは「レオノーレ 第3番」。ベートーヴェンの唯一の歌劇「フィデリオ」には4つの序曲が残されている。「フィデリオ」は難産で成功を収めるまで何度も推敲したから序曲もその都度書き直された。「レオノーレ 第3番」は、その4つ序曲のなかの、いやベートーヴェンの全序曲のなかの最高傑作といってよい。
アダージョで序奏が始まり、主部は構造物のように堅牢。展開部ではトランペットのファンファーレが舞台裏から聴こえる。再現部に入るとフルートの難所があり、弦楽器の快速のパッセージがコーダを導き、最後は熱狂的に盛り上がって終わる。
梅田俊明×昭和音大は広いダイナミックレンジと納得の緩急でもって大きなベートーヴェンをつくった。序曲というよりは交響詩のよう。トランペットやフルートのソロも美しい。梅田は華奢で温厚な紳士だが、見かけとは大違い、逞しい音楽だった。
「交響曲第4番」は先月、松井慶太で聴いたばかり。好きな曲だから毎週でも構わない。
謎めいた序奏、予測不能な和音と転調。主部では木管が掛け合い、弦が縦横無尽に走り回る。昭和音大はさすが若人たちの集団らしく元気いっぱい。音階が上昇し音量が高まっていく。いっとき、夏の暑さを忘れる。これはベートヴェンという清涼剤だ。
幸福感に包まれた緩徐楽章は「第4番」の核心。昭和音大の弦や木管は優雅、金管やティンパニは力強い。終盤のホルンの響きは万感こもごも到る。スケルツォは迫力満点、トリオは鄙びた感じでその対照が面白い。梅田はかなりスピードアップしてフィナーレに突入した。一瞬危ういと思ったけど、昭和音大は大きく乱れることなくご機嫌に飛ばす。難関のファゴットのソロもこの速度をものともせず見事に決め爽やかに終えた。
後半は「春の祭典」、難曲である。梅田は派手さをきらい穏やかな演奏をするというイメージがあるが、強弱の幅は大きく、木管も金管も思い切って吹かせる。管楽器は破裂音を魅力的に響かせ、歌いまわしも丁寧。弦は分厚く表現はかなり濃厚だった。
「春の祭典」はその時々で主役の楽器が変化し続けるのだけど、主役をしっかりと強調し、それでいて全体のバランスを崩さない。メリハリを効かせながら楽曲の流れはスムーズだ。音楽には広がりと奥行きがあり、激しさもずっしりとした重さもあり感心した。
「春の祭典」は演奏者によって第1部の「大地礼賛」か、第2部の「生贄の踊り」のどちらかが印象に残るものだが、梅田×昭和音大は全曲にわたって隙がない。奇をてらった解釈をするわけではない。次々と変わる各楽器のソロを活かしながら、安定したアンサンブルをもって熱量の高い音楽を繰り広げ、激しい不協和音と変拍子のリズムで衝撃を与えてくれた。暑さを吹き飛ばす好演だった。
2026/7/29 FSM:大野和士×都響 ブリテンとシューマン ― 2026年07月29日 21:34
フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2026
東京都交響楽団
日時:2026年7月29日(水) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:大野 和士
共演:ヴァイオリン/竹澤 恭子
演目:ブリテン/青少年のための管弦楽入門
ブリテン/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
シューマン/交響曲第4番 ニ短調
今年のFSMはブリテンでスタート。猛暑のなか客の入りは6、7割程度、1階と2階の正面はほぼ埋まっていたが、3、4階はガラガラ、P席や2階の舞台横も空席のほうが目立っていた。たしかにコンサートを楽しむような季節じゃない。
ベンジャミン・ブリテンは声楽を含んだ「戦争レクイエム」や歌劇「ピーター・グライムズ」などの大曲で有名だけど、「青少年のための管弦楽入門」や「シンプル・シンフォニー」「4つの海の間奏曲」などの管弦楽曲も人気があってよく演奏される。
「青少年のための管弦楽入門」はヘンリー・パーセルの主題を使って“変奏曲とフーガ”の形式で書いた楽曲。音楽教育を兼ねた解説付きの公演が一般的だが今日は音楽のみ。主題は総奏→木管→金管→弦→打楽器→総奏と演奏され、その後、楽器ごとに各楽器の特性を活かした旋律を披露する。終盤はピッコロを合図にフーガの追っかけっこがはじまり、そのフーガにパーセルの主題が重なるコーダが興奮させてくれる。楽器紹介音楽なれど普通の管弦楽曲としても非常よく出来ている。
ソロの竹澤恭子が登場してブリテンの「ヴァイオリン協奏曲」。失礼ながら竹澤は御幾つになられたのだろう。前橋汀子よりはかなり若いが還暦くらいか? 昔はときどきお二人の協奏曲を聴かせてもらった。
第二次世界大戦前夜、ブリテンが20代半ばで書いた「ヴァイオリン協奏曲」は、古典的な3楽章形式で切れ目なく演奏される。冒頭はティンパニとシンバルによるためらいがちな行進曲風の音型で始まるが、独奏ヴァイオリンが哀愁を帯びた美しい旋律を弾く。竹澤は伸び伸びとした表現の一方で豊かな叙情性をもつ。親しみがありながら気品のある哀歌を奏でてくれた。第2楽章はスケルツォ風で、激しさのなかでヴァイオリンの超絶技巧が全開となる。終盤には長大で劇的なカデンツァが用意されている。竹澤のヴァイオリンは力強く緊迫感をはらみ、ヴァイオリンから最大限のエネルギーを引き出した。終楽章はパッサカリア。トロンボーンが提示した重厚な主題が様々に変奏されていく。コーダは大野×都響が細心の注意を払った弦のピチカートとミュートをつけた金管の弱音、ハープの爪弾きを背景に、竹澤のヴァイオリンが昇天するかのごとく上り詰め静かに曲が閉じられた。20世紀音楽として最良の美しさであった。
シューマンの「交響曲第4番」は「第1番」と同じ年に書かれたが10年後に改訂され、出版年次から「第4番」となった。もとはクララの誕生祝としてプレゼントされたものらしい。全曲休みなしで続けて演奏される。
暗く幻想的な序奏ではじまり、その後、速度を増して主部に突入する。繰り返される転調や楽想の転換が印象的で、不安と情熱とが入り交じりながらエネルギッシュに進行する。アンダンテは弦楽器のピチカートを伴奏にしてオーボエとチェロのソロが重なる。中間部ではヴァイオリンの繊細な独奏があり、穏やかでロマンティックな気分が充満する。スケルツォは力強くリズミカルだけど浮き浮きした雰囲気にはほど遠い。トリオでは前楽章のヴァイオリンの旋律が回帰して懐かしさが戻ってくる。最終楽章は霧に包まれたような序奏から輝かしいトランペットのファンファーレとともに明るく劇的な主部となり、開始楽章の主題も織り交ぜながら熱狂的に全曲を締めくくる。ここはベートーヴェンの「運命」を下敷きにしたのだろう。
シューマンの交響曲は管楽器の重ね合わせが多く、オーケストレーションは重厚だけど濁りが目立つことがある。大野はこれを逆手にとり複雑に絡み合う声部をバランスよくまとめ、分厚く推進力のある堂々とした音楽を明快に鳴らした。ファンタジーや夢想的な世界を大切にしつつも、クライマックスでは劇的でエネルギッシュな響きを都響から引き出した。翳りや葛藤を緻密なアンサンブルで表現すると同時に、情熱を迸らせ感情の爆発を率直に描いた。
それにしても、交響曲が誕生プレゼントとはなんとも豪奢だが、クララを描いたにしてはイメージがそぐわない。一応、「第4番」は暗から明へ、苦悩から歓喜へという構造といえるから、シューマンはクララとの結婚までの苦難と勝利を音にしたものなのかも知れない。
クララはこの交響曲を贈られてどう思ったのだろう。後年、ブラームスが初稿版を出版しようとしたときクララは賛成をしなかったようだから、誕生祝の初稿より現在演奏される10年後の改訂版のほうに愛着があったかに思える。
イメージがしっくりこないのはシューマンの管弦楽法にも原因がある。弦楽器は刻みが目立ってて音が整理しづらいし、木管楽器は一斉に吹奏させるから重苦しい。はっきり聴かせるためには金管楽器でアクセントを付けるとか、打楽器をうまく打ち込めば分かりやすくなるはずで、マーラーなどはオーケストレーションを改変して演奏していた。
さて、クララ自身も芸術家ではあったけど、シューマンもブラームスも実生活の相手として相応しかったのかどうか。シューマンは精神を病み、ブラームスはマザコンで、普通の生活者としては微妙なところだ。芸術と生活という領域を一人の女性がどう折り合いをつけて生き抜いたのか、この辺りのクララの気持ちを知りたいと思う。大野×都響のシューマンの「交響曲第4番」を聴きながら、こんな他愛もないことをぼんやりと考えていた。
フェスタサマーミューザのチケット販売状況 ― 2026年07月13日 16:29
7月25日から8月11日にかけて開催されるフェスタサマーミューザのチケットは、すでに4月から販売されているが、セット券販売終了に伴い、昨日よりセット券の残席を1回券に切り替えて販売している。
予定枚数が終了となっていた東響のオープニングとフィナーレ・コンサート、および新日フィル、日フィル、東フィルについて若干追加で購入できる。最後のチャンスらしい。
もっとも、都響、N響、読響の御三家を含めほかの公演はチケットに余裕がありそうだから慌てる必要はないけれど。
今年のお祭りは3公演を確保した。ブリテン目当ての都響と、周防亮介がブラームスの協奏曲を弾く日フィル、そして、ベートーヴェン「レオノーレ第3番」「交響曲第4番」と「春の祭典」を演奏する昭和音大+テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ。酷暑にならないことを祈りたい。
2026/3/29 アクセルロッド×音大FO ガーシュウィン「パリのアメリカ人」 ― 2026年03月29日 21:28
第15回 音楽大学フェスティバル・オーケストラ
(首都圏8音楽大学+関西の音楽大学 選抜)
日時:2026年3月29日(日) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョン・アクセルロッド
演目:バーンスタイン/「キャンディード」序曲
コープランド/バレエ組曲「アパラチアの春」
ドアティ/ルート66
ガーシュウィン/パリのアメリカ人
年度末恒例の特別編成による音大オケコンサート。今年度は首都圏の8大学に加え関西から京都市立芸大と相愛大が参加し、計10大学の選抜メンバーによるフェスティバル・オケをアクセルロッドが指揮をした。
アクセルロッドといえばコロナ禍のとき来日不能となった海外指揮者の代役を務め各地のオーケストラを振った。彼は入国制限の直前に来日をしていたので、そのまま帰国せず随分長く日本に留まり指揮をした。各楽団の事務局としては幾多の演奏会を守ってくれた救世主に思えたに違いない。
今回はオールアメリカンプログラム。アクセルロッドはテキサス州ヒューストンの生まれでバーンスタインやエッシェンバッハに学んだ。まさしくお国もの、身体に馴染んだ曲ばかりだろう。
バーンスタイン「キャンディード」の組曲版は昨年大植×神奈川フィルで聴いた。楽天家キャンディードが世界各地で波乱万丈の冒険劇を繰り広げるミュージカル。世界中を舞台とするから音楽は様々なジャンルのごった煮のようだった。序曲は物語の期待を高めるように華々しくはじまり、快速で最後まで駆け抜ける。組曲は壮大にして感動的な人間賛歌で終結したけど、序曲は軽快かつ陽気なコーダだった。アクセルロッドと音大選抜は元気の良いダイナミックな演奏でフェスティバルの幕を開けた。
コープランドの「アパラチアの春」組曲、もともとは13人編成の小管弦楽によるバレエのための曲、これをオーケストラ用に編曲したもの。組曲版は特に打楽器が注目でバスドラム、スネアドラム、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、シロフォン、ウッドブロックなどを揃え、クラベス、テイバーという珍しい楽器も加わる。クラベスは木片の拍子木のようなもの、テイバーは1本バチの長太鼓である。これだけの打楽器を今日は4人の奏者でまかなった。スネアドラム、トライアングル、ウッドブロック、クラベス、テイバーはまとめて1人が担当した。とっかえひっかえ叩いて途中でクラベスを床に落とすというアクシデントもあったけどドンマイ、敢闘賞ものだ。
「アパラチアの春」は開拓民の素朴な世界を音にしたものといわれ、曲後半の変奏曲ではキリスト教シェーカー派の讃美歌「シンプル・ギフト」の主題を使っている。アクセルロッドは抑制のきいたコントロールで学生オケをまとめ上げ、詩情あふれるコープランドを奏でてくれた。
休憩後、日本初演のドアティ「ルート66」でスタート。「ルート66」とはシカゴからカリフォルニアを結んでいた国道。TVドラマや映画、小説や音楽などの題材にもなっている。冒頭の4本のトランペットが格好いい。リズミカルな音楽が連続し、車のエンジンやブレーキの擬音が挿入されるなど親しみやすい曲。ここでも打楽器が大活躍、若い力が結集した派手で楽しい演奏だった。
「パリのアメリカ人」はガーシュウィンが旅行中に体験したパリの街並みを活力一杯に描いた作品。タクシーホーンがけたたましく鳴り、通りの喧騒や街中のざわめきが切り取られる。アメリカ人がパリを散策する。アルト、テナー、バスの3本のサクソフォンはアメリカへの郷愁か、そのままミュージックホールから洩れる音色か。アクセルロッドは各楽器を際立たせ強くメリハリをつける。音大選抜は色彩豊かに躍動感あふれる熱演で応えていた。
「パリのアメリカ人」は劇伴音楽として書かれた作品ではないが、ガーシュウィンの亡くなったあと同じ題名の映画が作られた。ガーシュウィンはニューヨークのブルックリンで東欧系ユダヤ人の移民の子として生まれ1937年に永眠、わずか38歳の生涯だった。