2月の旧作映画ベスト32024年02月28日 08:19



『マスク』 1994年
 キャメロン・ディアスのデビュー作。可愛くてセクシーで魅力的なヒロインを演じ、誰しもメロメロ、スター誕生の瞬間である。主演はジム・キャリー、演技が過剰すぎて最初はドン引きするけど、マスクを得て変身するとそのわざとらしい濃厚な芸風に納得してしまう。いずれにせよ二人の出世作。内気で冴えない銀行員が不思議なマスクを拾い、その力でスーパーヒーローに変身して大暴れ、恋も成就しメデタシメデタシ、というアクション・コメディ。アニメと実写が融合した破天荒な映像とともに、音楽とダンスが加わり、頭が空っぽになるほど痛快。そうそう、主人公と暮らすペットの小型犬がとてつもない名演で思わず吹き出す。賢いというか、これは天才でしょう。犬好きにもおすすめ。

『ホドロフスキーのDUNE』 2013年
 フランク・ハーバートの『デューン 砂の惑星』を原作として、1975年にホドロフスキーが映画化に挑んだけれど撮影を前にして頓挫。製作中止に追い込まれていった過程を、ホドロフスキーやプロデューサーへのインタビューなどによって明らかにしていく。その原因は映画界のホドロフスキーに対する強烈な拒否反応だ。サルバドール・ダリやオーソン・ウェルズ、ミック・ジャガー、ピンク・フロイドらが出演予定だったとは驚き。残されたデザイン画や絵コンテはスター・ウォーズ、エイリアン、ブレード・ランナー、マトリックスなどあらゆるSF映画に影響を与えた。ともあれ来月にはドゥニ・ビルヌーブ監督の『デューン 砂の惑星 PART2』が公開される。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 2019年
 監督クエンティン・タランティーノ、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演作品。落ち目の俳優(レオ)とそのスタントマン(ブラピ)の友情と絆に胸を熱くし微笑がこぼれる。タランティーノは1970年頃のハリウッドの黄金時代、いや翳りがみえはじめたハリウッドそのものを再現することで鎮魂歌を捧げたのだろう。懐かしの俳優たちが何人も実名で登場するが、何といっても中心人物はシャロン・テート(マーゴット・ロビー)。かの事件の悲惨な結末は、本来はこうあるべきなのだ、この映画のようであってほしかった、というタランティーノの怒りと無念が溢れ、タランティーノらしい壮絶な暴力を前にして涙する。彼の最高傑作。

ONTOMO MOOK『レコード芸術2023年総集編』2024年02月06日 13:55



 2月下旬に『レコード芸術』の「2023年総集編」が発売される。音楽之友社の月刊誌『レコード芸術』は昨年7月号で休刊となっていた。
 毎年恒例の「レコード・アカデミー賞」は、形を変えて「ONTOMO MOOKレコード・アカデミー賞」として行なうという。ただし、これまでのような投票によって大賞や部門賞を選出するのではなく、各評論家別のランキングとするらしい。
 そのほか、2023年後半の音盤について、対談形式で「おすすめディスク」が紹介される。さらに、別冊付録として「レコード・イヤーブック」がつく。
 発売は2月28日、判型及び頁数はB5・192頁+別冊付録、価格は1,980円とのこと。

 ここのところずっとCDは聴くことなく、必要に迫られればYouTubeか配信サイトで済ませているから、今回のMOOK本を買うつもりはないけど、CDを愛聴し新譜情報を知りたい人、あるいは、毎年「レコード・アカデミー賞」を楽しみにしている人にとっては、この『レコード芸術2023年総集編』の発刊は朗報かもしれない。

2024/1/20 佐渡裕×新日フィル 武満とマーラー2024年01月20日 20:39



新日本フィルハーモニー交響楽団
#653〈トリフォニーホール・シリーズ〉

日時:2024年1月20日(土) 14:00開演
場所:すみだトリフォニーホール
指揮:佐渡 裕
共演:朗読/白鳥 玉季
   アコーディオン/御喜 美江
   ソプラノ/石橋 栄実
演目:武満徹/系図―若い人たちのための音楽詩―
   マーラー/交響曲第4番 ト長調


 武満徹の代表作といえば「弦楽のためのレクイエム」と「ノヴェンバー・ステップス」、そしてこの「系図―若い人たちのための音楽詩―」だろう。
 「系図」は、谷川俊太郎の詩集『はだか』の23篇の中から「むかしむかし」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「おとうさん」「おかあさん」「とおく」の6つの詩に曲をつけたもので、少女の語り手とオーケストラのための作品。ニューヨーク・フィルハーモニックの創立150周年記念として委嘱された。
 老いた祖父、祖母の死、孤独な父、母の喪失など、少女の不安な思いが綴られる。温かい家族の系図とはいいがたい詩ではある。武満は10代半ばの少女による朗読を想定して書いたという。子供と大人の狭間の、無垢で幼いだけでなく思春期の複雑な感情が自ずから滲み出ることを意図していたのだろう。
 初演当時の語り手は遠野凪子が有名だった。遠野は岩城、小澤、デュトアなどと共演し、YouTubeにも映像が残っている。余談ながら、そして、これは偶然だろうけど、遠野凪子の実半生も相当に苛烈である。
 今回朗読の白鳥玉季は、たまたま今日が14歳の誕生日。語りは作為がなく素直で真っ直ぐな印象。アコーディオンを弾いた御喜美江は30年前の初演にも参加している。終曲「とおく」のアコーディオンの響きはとても親密で、ちょっと泣ける。音楽は武満にしては旋律がはっきりしていて分かりやすい。
 プレトークで佐渡裕は、武満や谷川との交流や思い出を語ってくれたが、今日の「系図」は詩の不穏な空気をことさら強調するのではなく、少女の日常的な目線を通して、穢れなさや爽やかさを浮き彫りにした演奏のように思えた。初演当時、ゲンダイ音楽界から武満は堕落したとか、老いたなどと言われたが時代は変わる。今「系図」は、武満のなかで最も愛される作品のひとつとなっている。

 佐渡のマーラー「4番」は、力まかせではなくバランスを重視した落ち着いた演奏だった。第1楽章は軽快に鈴が鳴り清々しい音楽が会場を満たした。「5番」冒頭のトランペットによるファンファーレ動機も明快に鳴った。第2楽章はグロテスクな主題に挟まれた牧歌的なトリオが秀逸。第2楽章が終わって調弦、その間にソリストが登場する。第3楽章はきわめてゆっくりしたテンポではじまり、幸福感に満たされた弦の響きが美しい。第4楽章のソプラノ石橋栄実は完璧、ビブラート少な目の透明で伸びのある高音が耳を奪う。天上と現世の世界が対比され、最後は静穏のうちに終わった。

 佐渡は2年前にも兵庫芸術文化センター管弦楽団の定期で全く同じプログラムを取り上げている。朗読、ソリストも同じメンバー。新日フィルの音楽監督に就任した初年度、盤石の演目と布陣で臨んだわけだ。なかなか充実した演奏会だった。

12月の旧作映画ベスト32023年12月30日 09:23



『F.L.E.D./フレッド』 1996年
 シドニー・ポアチエとトニー・カーティスが主演した『手錠のままの脱獄』(1958年)のリメイクというが、ストーリーは別物。『マトリクス』のローレンス・フィッシュバーンとアレック・ボールドウィンの弟スティーヴン・ボールドウィンが共演している。まるで往年の海外TVドラマを観ているみたい。日本では劇場未公開でVHS販売が最初だったようだ。バスが爆発し、銃弾が飛び交い、お決まりのカーチェイス、ロープウエイでの死闘などがてんこ盛り。そして、女優たちは魅力的。ほろ苦いハーピーエンド。バイオレンス・アクションにしては、拳銃を打ちまくるわりに当たらないし、それほどエグいわけでもない。アートの欠片もなく、これぞB級映画、娯楽映画のお手本のような作品。

『かもめ食堂』 2006年
 劇場はもちろん配信においても邦画をあまり観ないのだけど、この映画は観賞の都度楽しめそう。脚本・監督は荻上直子、原作は群ようこの同名小説。群さんの作品は読んでいないから、本との比較や違いはよく分からない。映画だけでいえば個性派3女優のほんわかとした雰囲気に何ともいえず癒される。フィィンランドの首都ヘルシンキの街角にある「かもめ食堂」、食堂を営む小林聡美とひょんなことから食堂を手伝うことになった片桐はいり、もたいまさこの3人の女性が主人公。海外を舞台にのんびりとした時間が流れていく。特別な事件は起きない。フィィンランドの人々との心温まる交流が淡々と描かれる。劇中のコーヒーとおにぎりと焼き鮭がおいしそうだった。

『チケット・トゥ・パラダイス』 2022年
 ジョージ・クルーニーはタキシードがよく似合う。ジュリア・ロバーツのフォーマルドレスも完璧。2人は元夫婦という設定。夫婦生活は早くに破綻し、その後は愛娘リリーのためにだけの関係を続けてきた。そのリリーが卒業旅行にバリ島へ行く。数日を経て、娘からバリ島の現地青年と結婚式を挙げる、という連絡が入る。弁護士になる夢を捨て、一時の情熱に浮かされスピード婚なんてとんでもない。自分たちと同じ過ちを繰り返してほしくない。愛娘の結婚を阻止するため2人はバリへ飛ぶ…脚本・監督は『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』のオル・パーカーだから、ロマンチック・コメディはお手のもの。バリ島の美しい風景を眺めながら頬が緩みっぱなし。

2023/9/3 金山隆夫×MM21響 「タラス・ブーリバ」とマーラー「交響曲第4番」2023年09月03日 19:30



みなとみらい21交響楽団 第25回定期演奏会

日時:2023年9月3日(日) 14:00開演
場所:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:金山 隆夫
共演:ソプラノ/柴田 美紀
演目:芥川也寸志/交響管弦楽のための音楽
   ヤナーチェク/狂詩曲「タラス・ブーリバ」
   マーラー/交響曲第4番


 ここ2・3年、定期演奏会にお邪魔しているアマチュアのMM21響。毎回、プログラムが意欲的なため足を運びたくなる。
 今日は「タラス・ブーリバ」とマーラー「交響曲第4番」という組み合わせ。そして、芥川也寸志の「交響管弦楽のための音楽」を幕開きに演奏した。

 「交響管弦楽のための音楽」は芥川が20歳半ばに書いた出世作。NHK放送25周年記念事業の懸賞募集で特賞となった作品。2楽章構成で10分程度の曲。
 2楽章の最初の一撃のあとのトランペットがカッコいい。そのあとの進行は何となく師匠の伊福部に似ている。

 狂詩曲「タラス・ブーリバ」は、ゴーゴリの小説『隊長ブーリバ』(原久一郎訳、潮出版社・2000年)に基づく標題音楽。3つの楽章「アンドレイの死」「オスタップの死」「タラス・ブーリバの予言と死」からなる。ウクライナの歴史を題材とし、民族解放のための闘いと自己犠牲を描写したもの。コサックの連隊長タラス・ブーリバと2人の息子たちの悲劇。
 ヤナーチェクの音楽は感動的に書かれているけど、曲想もリズムも次々と変転し、まとまりのある物語として聴かせるのが難しい。下手すると断片の寄せ集めのようになってしまう。各楽器の奏法も多彩で、高低音もギリギリ限界まで要求される。とにかく難易度が高い。
 今回の演奏でも部分部分が全体に寄与せず分断されたようになってしまったのは止むを得ない。プロでも取り上げにくいこの曲、アマチュアが挑戦したというだけで立派なものである。

 マーラーの「交響曲第4番」は、彼の交響曲のなかでも愛すべき作品のひとつ。マーラーの交響曲に関しては、誰しも「1番」か「4番」をとっかかりにして遍歴したあと、最後は「7番」「9番」あたりに落ち着くことが多いと思うが、長年、聴いていると再び「4番」とか「1番」に魅かれてくる。「2番」「3番」を含め前期の世界を改めて楽しみたいという思いである。前期4曲は、個人的にはハンス・ロットと切り離せない作品群と考えているから、その観点からも興味が増している。
 この「4番」、いつ聴いても良い曲である。天上の生活を描いた音楽としては上出来だと思う。

 MM21響は見たところ男女比半々、年齢構成は20代から60歳過ぎまで、各世代バランスよく揃えていて演奏水準も高い。新響などもそうだけどアマチュアでこれだけ達者だと技術的な未熟さを熱意でカバーするわけにはいかない。技術がしっかりしている分、リスナーはどうしても音楽の中身のほうに注意が行く。そうなると指揮者とオケとの相互関係が焦点となってくる。
 金山隆夫は決して凡庸な指揮者ではなく、その証拠にMM21響とは何度も共演している。お互い知り尽くして居心地がいいのかも知れない。が、オケにとってはあえて伸び盛りの若手指揮者を呼ぶことも新たな刺激が得られるのではないか、などと演奏を聴きながら不埒なことを考えていた。