2026/7/11 沼尻竜典×神奈川フィル ブルックナー「交響曲第7番」 ― 2026年07月11日 19:12
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
みなとみらいシリーズ定期演奏会 第415回
日時:2026年7月11日(土) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:沼尻 竜典
演目:ブルックナー/交響曲第7番ホ長調 WAB107
沼尻竜典はハイドン、モーツァルトから武満、三善まで幅広いレパートリーを誇り、室内合奏からオペラまでのあらゆる編成をたやすく統御するが、どちらかというと音符の多い複雑な楽曲を鮮やかに描き分けることが得意で、交響曲ではマーラーやショスタコーヴィチ、管弦楽ではR.シュトラウスやラヴェルなどを面白く聴かせてくれる。多分、本人も輻輳した声部や管弦楽法を解き明かしながら指揮するのが好きなのだろう。
だから、と言えるのかどうか分からないけど、今まではあまりブルックナーを手がけることなく、本格的に取り組み始めたのは神奈川フィルの監督になってからだと思う。ブルックナーの交響曲は基本4楽章で、楽器編成はシンプル、音符も少ない。2桁ある交響曲も楽想やリズムが同じようで「一生かけて一つの交響曲を書いた」などと悪口を言われる。
沼尻のブルックナーは「第5番」を聴いたのみで、昨年の「第8番」は東響と重なったため別公演に振替えてしまった。この「第7番」は沼尻が指揮する2曲目のブルックナーとなった。
金管が珍しい配置だった。16型の弦(コンマス:松浦奈々)は舞台に向かって左から第1、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、チェロの後方にコントラバスと普通に位置していたが、金管は左からワグナーチューバが4本、ホルンが5本、その隣にチューバ、中央にトロンボーン、右手にトランペットという順。
ワグナーチューバのトップは豊田実加、ホルンは久しぶりの坂東裕香、チューバは宮西純。トロンボーン奏者の並びは通常とは反対となり首席の府川雪野とトランペットの林辰則が隣り合わせに座った。
ホルンの横にチューバという配置はノット×東響のときも見られた。これはブルックナーの楽譜にヒントがあるのかも知れないが、よくは分からない。
坂東裕香のホルンソロとチェロ、ヴィオラによる息の長い荘厳な主題で幕を開ける。3つの主題が発展しブルックナー特有の音量と密度を徐々に高めながら、コーダでは圧倒的なカタルシスを導く。
アダージョはワグナーチューバで始まる葬送音楽。敬愛するワーグナーの死と関連しているという。後半、シンバルとトライアングルが一度だけ打ち鳴らされる。終結ではワグナーチューバが再び痛切に鳴り響く。
スケルツォはトランペットのオクターヴ跳躍、特徴的な動機が野性的で快活に躍動する。トランペットの難所であるが林辰則の安定度は抜群。トリオはのどかで牧歌的、田園風景のよう。
フィナーレは開始楽章を由来とした軽やかな主題から始まり、コラールのような祈りの第2主題、力強いユニゾンの第3主題が提示される、フルートによって提示部が終わると短めの展開部があり、再現部では逆順で第3主題から第2主題を経て第1主題が現れ、最後は開始楽章の冒頭主題が全楽器によって回帰され、壮大なクライマックスを築いて終わる。
沼尻×神奈川フィルのブルックナーは、弦の肌触りが艶やかで管楽器の質感も豊か、旋律は際立ち流麗さを失わない。細やかな風合いがあって各声部は明晰で解像度が高い。あまりに明快だから曲に没入し陶酔する感覚より、曲の構造のほうについつい関心がいく。
とくに「第7番」の最終楽章は今までもうひとつ理解できなかったのだけど、結局、3つの主題が提示され、短い展開部のあと、順序を逆にして再現するという構造になっている。再現部が提示部とはさかさまに第3主題からスタートするので、展開部と再現部の境界がはっきりしないまま終結に向かってしまうのが理解しがたい原因だったようだ。
沼尻×神奈川フィルのおかげでようやくすっきりした。ともあれ「交響曲第7番」はブルックナーが還暦にして初の成功作である。厳格な対位法と柔らかな旋律とが融合し自然界と天上とが混淆したような崇高な音楽だが、同時に人間界の哀感と明朗さもある。
沼尻のブルックナーは神々しさより親しみやすさを感じさせるものだけど、楽曲の構造を自ずと意識させるくれる演奏は貴重な体験だった。
2026/4/25 カサド×東響 ブルックナー「交響曲第6番」 ― 2026年04月25日 21:03
東京交響楽団 名曲全集 第216回
日時:2026年4月25日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:パブロ・エラス=カサド
演目:シューベルト/交響曲第7番 ロ短調D759
「未完成」
ブルックナー/交響曲第6番 イ長調WAB106
名曲全集のシーズン開始である。前・後期各5公演のうちそれぞれ2公演ほどを聴く予定。前期はこのカサドと来月のヴィオッティを予定している。なお、今日のプログラムは明日のサントリーホールにおける定期演奏会と同じ演目である。
パブロ・エラス=カサドはスペイン出身、古楽から現代音楽まで幅広いレパートリーを誇る。最近ではバイロイト音楽祭へのデビューが話題になった。ピリオド楽器によるシューベルトやブルックナーの録音も好評のようである。日本ではもっぱらN響を指揮しているが今まで聴いたことはない。
前半は「未完成」、シューベルト25歳のときの作品、なぜ2楽章までしか書かなかったのか諸説あって分からない。25歳といえばまだ若いがシューベルトの命はこのあと6年しか残っていない。
開始楽章はチェロとコントラバスによる動機で始まり、ヴァイオリンのさざ波に乗ったオーボエとクラリネットが物悲しい主題を提示する。束の間の高揚を経て気分を持ち直すようにチェロが朗々と歌う。カサド×東響はチェロとコントラバスとでしっかりと土台を固めたが弦楽器群は疾走感が目立ち、トロンボーンをはじめとする金管群は猛々しい。この音楽の底知れない感情を捉えるには少々エキセントリックだった。第2楽章はコントラバスのピチカートではじまり、まるで天上を仰ぎ見るようなヴァイオリンの旋律が奏でられる。転調の妙味、明るさのなかに憂いを垣間みせる。東響の木管の美しさが際立つ。カサドと奏者たちは魅力的な音色を聴かせたものの、音楽にこめられた相反する感情が思いのほか伝わって来なかった。
後半はブルックナーの「交響曲第6番」。前作の「第5番」は交響曲としての集大成ともいうべき大曲であり、「第7番」以降は後期の傑作群で、その間に挟まれたこの「第6番」は昔からブルックナーらしくない、などと散々の言われようだった。しかし、ブルックナーにしては全休止が少なく音楽はスムーズに流れる。リズムは軽快で繰返しも多いから現代のミニマル・ミュージックと似てなくもない。
ブルックナーといえば壮大なトゥッティの迫力が魅力であることは間違いないが、実は柔らかな音色と微妙なニュアンスの弱音を生み出す達人でもあった。カサドは終始テンションが高く個性的な彩りはあったけど、ブルックナーの繊細さや清々しいほどの優雅さ、情景のかすかな操作など演奏の奥行きを深めるための味付けが十分とはいえなかった。
モダン楽器でも「歴史的知識に基づく演奏法(HIP)」を念頭において指揮をするというカサドが、シューベルトとブルックナーをどう料理するのか興味があったけど期待外れ。表現の振幅が大きくアグレッシブで強度だけが目立ってしまった。極端なコントラストに隠され複雑な諧調が読み取れない。シューベルトもブルックナーもそれぞれの音楽の機微が損なわれてしまったように思う。残念な演奏会だった。
2025/10/26 太田弦×ユニコーンSO ブルックナー「交響曲第9番」 ― 2025年10月26日 18:57
ユニコーン・シンフォニー・オーケストラ
第19回 定期演奏会
日時:2025年10月26日(日) 13:30 開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:太田 弦
演目:尾高 尚忠/交響曲第1番
ブルックナー/交響曲第9番
前半は尾高尚忠の「交響曲第1番」。
尾高尚忠は指揮者・忠明の父。「交響曲第1番」は和洋折衷の堂々とした交響曲。ブルックナーの「第9番」と同様未完である。第1楽章は序奏つきの長大なアレグロ、第2楽章はアダージョで、この2楽章しか残されていない。
第1楽章は強烈な音響の一撃から始まり、中間部では嫋やかで和風の情緒を感じさせる部分もある。第2楽章は儚く優しげな音楽、全体的にスケールが大きくてR.シュトラウスを彷彿とさせるところもある。
太田弦は尾高忠明に師事したせいか指揮姿も先生によく似ている。感嘆すべきは統率力で、アマオケ相手に一糸乱れぬ演奏を展開した。各声部の音量バランスは絶妙で、最初から最後まで多層的でしっかりとした音楽を披露した。
後半はブルックナーの「交響曲第9番」。
太田弦のブルックナーは昨年、同じユニコーンSOを指揮した「第8番」を聴いた。太田はもう一人の師匠である高関健のように真面目で堅牢な音楽を構築する。アマオケの「第8番」としては豪快な征矢健之介×EMQも面白かったけど、太田×ユニコーンSOにも大層感心した。因みにEMQは早稲田を、ユニコーンSOは慶應を母体としているから、オケの特性が幾許か影響しているかも知れない。
このブルックナー「第9番」はアマオケにしては驚異的な精度に仕上げた演奏だった。各声部が明瞭かつ魅力的に響き、ブルックナーらしい神々しい瞬間が確かにあった。第1楽章の冒頭から神秘的な雰囲気が充満する。激烈なユニゾン、幾つかの主題が組み合わさり、ひやりとしたコラールを経て、天上に向かうようなコーダが來る。スケルツォは息をのむような空白をおいて全楽器が叩きつける。トランペットの鳴りが素晴らしい。トリオは速度を早め舞曲のよう。アダージョに入ると弦楽器が主導して音が跳躍する。無調のようにも聴こえる。峻厳な音楽が続くなかで木管が美しく歌う。コーダにおける救いを象徴するワグナーチューバもよく頑張った。
太田弦は、いま九州交響楽団の首席、仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務める若手指揮者の筆頭格。もっと聴かなければならない。ユニコーンSOは太田弦をはじめ吉﨑理乃、そして、先日ブザンソンで優勝した米田覚士などを指揮者に招いている。ユニコーンSOにも注目していきたい。
2025/8/23 山上紘生×SAVEUR ブルックナー「交響曲第7番」 ― 2025年08月23日 19:49
Orchestre de SAVEUR 第4回演奏会
日時:2025年8月23日(土) 13:30開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:山上 紘生
演目:ベートーヴェン/交響曲第2番
ブルックナー/交響曲第7番
山上紘生は20代の若手指揮者。最近までシティフィルの指揮者研究員を務め、今はアマオケでの活動が中心のようだ。シティフィルの研究員のとき、急病の藤岡幸夫の代役を務め評判になったことがあり、一度聴いてみたいと思っていた。今回、プログラムと会場の利便性に魅かれチケットをとった。
Orchestre de SAVEURは、木管アンサンブル団体を母体に結成された比較的新しい管弦楽団。コンサートマスターの柴田恵奈は桐朋出身のヴァイオリニスト。2022年の旗揚げ公演以降、すべて山上が指揮をしている。設立して4回目の演奏会で大胆にもブルックナーに挑戦する。
アマオケでありながらそれを忘れさせるようなブルックナーを、連続して聴かせてもらった。古希の征矢は豪放な、若き山上は緻密な、という違いはあっても、どちらも記憶に刻まれるであろう演奏だった。
山上は師匠の高関や藝大先輩の太田に似て、堅実できっちりとした音楽をつくる。堂々たる歩みでテンポを大きく揺らさない。第1楽章の低弦のうねりと抑揚、3楽章スケルツォのゆったりとして揺るぎのない進行は、過去に例がないほど独特だったけど、これみよがしなところはない。音はふっくらとしているものの重くなりすぎることがない。全体の感触は冷たさにはほど遠く温かいくらいだが、ときどきひんやりとした風景もみせてくれる。なるほど、この温度感が「7番」には相応しい。
オケの弦楽器はほぼ12型と小ぶり。ただし低弦のチェロとコントラバスを増強していた。柴田恵奈がコンマスを務めた弦5部のアンサンブルは美しく、ホルン、ワグナーチューバ、トランペット、トロンボーンなどの金管かみな達者。特にホルンとトランペットのトップは技術、音色とも一級だった。
団員はざっと見渡すと20代、30代の若い人が中心のようで、男女比は4対6といったところか。結成4年目とは思えないほどの優秀なオケである。
前半はベートーヴェンの「第2番」。新しい発見とか気付きとかはあまりなく、がっしりと構築されたオーソドックスな演奏だった。音楽以外のことが頭に去来して往生したが、それだけ安心して聴くことができる音楽だったのだろう。
とまれ、山上紘生は若手指揮者の有望株であることは間違いない。これからも注目していきたい。
2025/8/17 征矢健之介×EMQ ブルックナー「交響曲第8番」 ― 2025年08月17日 21:49
EMQ(Ensemble Musikquellchen)
第30回記念演奏会
日時:2025年8月17日(日) 14:00開演
会場:杉並公会堂
指揮:征矢 健之介
演目:ブルックナー/交響曲第8番
征矢健之介は長くシティフィルの第一ヴァイオリン奏者を務め、アマオケの指導にも積極的に取り組んできた。音楽評論家でもある。
EMQは早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団のOBが中心となり、設立当時は室内アンサンブルとしてスタートし、3年目から征矢さんの指導を仰いで現在に至っている。
このEMQが第30回記念演奏会の演目に選んだのはブルックナーの「交響曲第8番」、畢竟の大作である。四半世紀にわたってシティフィルに在籍した征矢さんのブルックナーなら飯守泰次郎直伝と言っていいだろう。
定刻の14時にオケのメンバーが舞台に勢ぞろいし指揮者が登場すると、プレトークが始まった。各楽章の聴かせどころをオケが演奏するというおまけつきで。
征矢さんは古希を迎えたばかりだが、左の手足が少し不自由。歩くときには杖の力を借りなければならないし、指揮するときの左手はほとんど折りたたんだまま。右手は大きく動かすことができるが、スコアも捲らなくてはならないから指揮棒は持たない。指揮台には椅子が置かれていた。
15分くらいの演奏付きのプレトークが終わると、指揮者、オケとも一旦舞台から降り、20分ほどの休憩のあと本番となった。演奏がスタートしたのは14時半をまわっていた。
征矢×EMQによる「交響曲第8番」はブルックナーを聴く喜びや楽しみを与えてくれる充実した演奏だった。実に豪快で真っ直ぐで、ひと昔前のブルックナー演奏を思い出させる懐かしさに満ちたものだった。ハース版ということもある。
征矢さんの歩みは堂々としたもので、呼吸には僅かな隙もない。各楽章のテンポ感が申し分のないほど決まっている。ブルックナー休止は自然で音楽が滔々と流れていく。曲想に応じて強調すべき楽器に齟齬はなく、どの場面でも楽器のバランスが整っている。
指揮者の要求に応えるEMQの熱量も高い。破裂音を活かした金管の咆哮、侘し気な木管、管楽器に埋もれることのない力強い弦など、少々荒々しさはあるが、失敗を恐れることなく思い切った演奏を繰り広げる。オケから立ち上がる覇気は清々しいほどだった。
アマオケで聴くブルックナーの「第8番」は、古くは朝比奈×名大響や飯守×新響、最近では太田×ユニコーンSOなどが記憶に残っているけど、今日の征矢×EMQもそれらに並ぶ。忘れられない演奏になりそうだ。