季節の花 ― 2026年05月12日 11:26
昨年、はじめて山法師の花が咲いたのだけど数えるほどしかなかった。今年は数えきれないほどの花をつけた。4枚の真っ白な花弁が空に向かって開いている。この花弁、もともとは花の付け根の葉(総苞片)が変化したものらしい。確かに観察してみると、最初は葉と見分けがつかないほどの色合いが、だんだんと白くなって花弁のように装飾されて行く。
山法師は近縁種のハナミズキのように新しい葉が出る前に花が咲くのではなく、葉が出揃ったあと枝先に花をつける。花弁の先端は鋭く尖っており開花時期も遅い。山法師はハナミズキのような華やかさはなく控え目だが、これはこれで野性味があって見応えがある。
そういえば、今年はどういうわけか、どの草木もたくさん花をつけた。沈丁花からはじまって姫空木、紫蘭、薔薇、満天星、匂蕃茉莉、芍薬など春の花が一巡した。ここから初夏にかけては、この山法師と梔子がともに白い花でもって競うことになる。
スノードロップ ― 2026年04月02日 17:33
待雪草という和名をもつスノードロップ。2月から3月にかけて可憐な白い花を咲かせる。秋植えの球根として販売されることが多いが、開花前の冬場に芽出し球根として店頭に並ぶこともある。
時期外れの4月に芽出し球根が出回るのは珍しいかも知れない。ぶらっと立ち寄った花屋でそのポット苗を見つけ、つい衝動買いをしてしまった。
スノードロップは寒さにとても強いけど暑さと乾燥に弱い。だから、冬は日当たりが良く夏は日陰で涼しい場所を好むという。となると、地植えでは落葉樹の下などが理想的である。庭の落葉樹…といえば山法師と海棠、満天星しかない。
海棠と満天星はいま花が真っ盛りで新芽が吹いてきた。山法師の新緑が見られるのはあと2、3週間くらい先だろう。山法師の葉は大きく夏の陽ざしを遮ってくれるはず。スノードロップの定住にはこの下がいい。
ということで、山法師の足元に幾つかの芽出し球根を植えた。球根から伸びた芽は地面に隠れるほど小さいけど生長を楽しみにしよう。一面スノードロップで埋めつくされる光景が夢に出てきそうだ。
沈丁花と初雪葛 ― 2026年03月09日 17:47
昨年、挿し木した沈丁花に花がついた。寿命が短くとつぜん枯れることがある沈丁花はスペアを用意しておいたほうがいい、とのことで挿し木をしたのだった。
しばらくは地植えしない想定で大き目の鉢に枝を10cmほど切り取って挿した。半年は北側の日陰で管理し秋の終わりには南の日向に移した。
用土は鹿沼だから養分は全く含まない。日陰では水のみ、日向に移動したあとは月に一度程度液肥を与えた。この季節になって枝葉の発育はそれほどでもないが3輪の花が咲いた。逞しい生命力に驚きだ。親木のほうも背丈・差し渡しとも1m以上に生長し、たくさんの花を咲かせている。
挿し木といえば一昨年初雪葛の芽を切り取って4つのポットに移植した。こちらは1年半を過ぎても頼りないままほとんど変化がない。そこでこれらを思い切って地植えすることにした。
植え替えとしてはもう少し遅いほうがいいと思うが、寒肥を施すこの時期にあわせてフェンス際に植えつけた。うまくいくかどうか分からないが何年か経って通りからの目隠しになってくれることを期待している。
再び寒川神社へ ― 2026年01月21日 15:26
昨年、正月2日に寒川神社へ初詣に出かけた。今年は同じ2日にボケ封じとポックリ祈願を兼ねて長津田の福泉寺と王子神社に参拝した。
しかし、この一年の八方塞も除いておいたほうが安心できるのではないかということで、再度、寒川神社にお参りすることにした。寒川神社は相模国の一之宮、八方除の守護神である。
昨年は三が日ということもあり、鉄道は満員、参道は立ち入り規制という混雑ぶりだったが、今年は松の内をとうに過ぎ平日の寒空もあって余裕綽々、円滑に参拝を終えた。
年明けから世界は米国のベネズエラへの襲撃、グリーンランドの領有問題、米欧摩擦、イランの騒乱激化など、日本では解散総選挙、長期金利の高騰、財政懸念など波乱含みの様相である。
この世代としては現役の邪魔をせず、世界が八方塞にならないように、ただただ神仏に祈るのみである。
今年の初詣 ― 2026年01月02日 18:31
昨年は寒川神社だった。今年は何処にするか?
東京にいる子供たちは日を改めて川崎大師に参拝するだろうから、われわれは深大寺にするか、と最初考えていた。祈祷を重んじる密教系の寺院は初詣で賑わう。
しかし、調布までは結構遠い。駅から歩くにも30分はかかりそう。それに老人たちとしてはそろそろボケ封じとポックリ祈願が必要ではないか、ということで家人が探しだしたのは、長津田の高野山真言宗・福泉寺である。
東急田園都市線、JR横浜線が乗り入れる長津田までも距離があるが、駅からは徒歩15分ほどらしいので、初詣はその福泉寺に決めた。
福泉寺は縁起によると村の鎮守として勧請した王子権現の別当寺で、明治には伽藍が焼失し衰退したものの、昭和には本堂が再建され、観音や大師像が建立されたという。
境内はこじんまりとしたなかに仏足石、ぽっくり大師、ぼけ封じ観音、握手薬師尊、イボ取り地蔵尊、一か所七福神などが祀ってあってたくさんの功徳が授けられそう。本堂に参拝したあと、一通りお参りをしての接待所のまえでは鼈甲飴と煎餅を頂いた。
駅から福泉寺までの道中、福泉寺のすぐ近くに王子神社があり初詣客で混雑していた。寺の縁起に書いてあった王子権現であり、帰り道にその神社にも参拝することにした。
王子神社は熊野三山のうちの新宮(速玉大社)より若一王子権現を勧請して創建、その後、明治維新の神仏分離令によって権現をとり王子神社と改めた、と御由緒書にあった。
石段の下まで初詣の人たちが並んでいたが、本殿までそれほど時間はかからなかった。二礼二拍手一礼し、おみくじを引いてから帰路についた。
今年は寺院と神社への初詣となった。全くもっての神仏頼みの年となりそうである。