2024/4/21 サカリ・オラモ×東響 北欧の音楽とドヴォルザーク「交響曲第8番」2024年04月21日 22:10



東京交響楽団 川崎定期演奏会 第95回

日時:2024年4月21日(日) 14:00開
場所:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:サカリ・オラモ
共演:ソプラノ/アヌ・コムシ
演目:ラウタヴァーラ/カントゥス・アルクティクス
   (鳥とオーケストラのための協奏曲)op.61
   サーリアホ/サーリコスキ歌曲集(管弦楽版)
   シベリウス/交響詩「ルオンノタル」op.70
   ドヴォルザーク/交響曲第8番 ト長調op.88


 東京交響楽団の川崎定期2024/25シーズンが始まった。
 東響とは初共演のサカリ・オラモが北欧のレアな曲を聴かせてくれた。ラウタヴァーラもサーリアホもフィンランドの作曲家。もちろんシベリウスは有名だけど交響詩「ルオンノタル」はなかなか演奏会では取り上げられることがない。3曲とも“鳥”がテーマだという。すべて初聴き。

 「カントゥス・アルクティクス」は作曲家ラウタヴァーラが録音した鳥の鳴き声をソリストと見立てた3楽章形式の協奏曲。鳥の声とオーケストラが響き合う。大自然のなかで佇んでいるように癒し効果満点、ヒーリング音楽にかぎりなく近い。

 「サーリコスキ歌曲集」は、フィンランドの詩人サーリコスキの詩に基づく歌曲。ソプラノが鳥の声を模倣したりする。アヌ・コムシの透明感のある声がまるで楽器のように聴こえる。オケの打楽器などは特殊奏法の連続で、ティンパニのヘッドのうえにシンバルをおいて叩いたり、銅鑼の上端部を弦楽器の弓で擦ったりする。見ているだけで面白い。終始不穏な空気が漂う作品だが、苦手のサーリアホにしては聴きやすい。昨年亡くなったサーリアホの晩年の作。曲が終わってみると不思議な余韻が残る。

 休憩後の「ルオンノタル」はソプラノ独唱とオーケストラのための作品。創世記的な内容をもち、フィンランドの英雄叙事詩「カレワラ」の一部が歌詞になり、やはり鳥が重要な役割を果たしているという。アヌ・コムシは衣装を着替えて登場。言葉の意味は全く分からないけど、超高音のクリスタルのような彼女の声に聴き惚れる。10分程度の曲なのにオケからは北の大地の響きが聴こえてくるようだった。次は是非ともオラモが振るシベリウスの交響曲を聴いてみたい。

 ここまでのオラモは身体の動きも小さく、指示も必要最小限の物静かな指揮ぶりだったが、演目最後のドヴォルザークでは豹変。前後左右に身体を激しく動かし、変幻自在の態。譜面は開かれて置いてあったが、1頁たりとも捲られることはなかった。テンポのゆれは激しく、強弱の変化は大きい。まれにみる情熱的かつ濃厚なドヴォルザークの「8番」だった。好き嫌いが分かれる演奏かも知れないが、まさに一回性の生ならではのパフォーマンスをみせてくれた。
 東響の弦は14型、コンマスは小林壱成。フルートの竹山愛、トランペットの新しい首席であるローリー・ディランが大活躍。ホルンの3番は新人の白井有琳か、なかなか頼もしい働きをみせた。

 サカリ・オラモは名立たる指揮者を輩出しているフィンランド出身、名伯楽ヨルマ・パヌラの弟子の一人。サイモン・ラトルの後継としてバーミンガム市響の音楽監督となり、その後、フィンランド放送交響楽団、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を歴任し、現在はBBC交響楽団の首席指揮者を務めている。往年の巨匠的な音楽にびっくりして年齢を確かめてみたらまだ60歳になっていない。初共演の東響が溌剌としていた。相性も良さそう。私的覚書にはノット監督の後任候補の一人として追加しておこう。
 今シーズン、東響も幸先の良いスタートをきった。

2024/4/20 沼尻竜典×神奈川フィル ブルックナー「交響曲第5番」2024年04月20日 20:58



神奈川フィルハーモニー管弦楽団
 みなとみらいシリーズ定期演奏会 第394回

日時:2024年4月20日(土) 14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:沼尻 竜典
演目:ブルックナー/交響曲第5番 変ロ長調


 神奈川フィルの2024/25シーズン開始は、沼尻監督によるブルックナーの「交響曲第5番」、一本勝負である。沼尻さんのブルックナーは――記憶力に自信がないから確かなことは言えないけど――珍しいのではないか。マーラーやショスタコーヴィチでは忘れられない演奏が幾つかあるが、果たしてブルックナーをどう料理するのか。

 「交響曲第5番」は巨大な構造物だ。主題を厳格に彫琢し、対位法を駆使し、宗教的なコラールが頻出する。その重層的な構造によって異形の交響曲作品が生み出された。そればかりでなくレントラー風のリズムが用いられたり、ファンタスティックな世界が即興的に出現したりもする。聖俗が同居しながら高嶺を目指していく。いい演奏に出会うと、時代は遠く、ジャンルは異なり、楽曲構造はまったく別物だけど、何故かバッハの「マタイ受難曲」を連想するときがある。

 第1楽章、沼尻さんはアダージョの荘重な導入部を極めて遅いテンポで始めた。テーマが何度となく転調し続ける主部では確固たる歩み。パウゼから突然鳴り響く最強音の立ち上がりは俊敏で、オケが鋭く果敢に反応する。神奈川フィルの金管が踏ん張り、石田泰尚が率いる16型の弦が必死の形相で刻む。ブルックナーを聴く醍醐味がここにあった。
 第2楽章はさらにゆったりと。弦のピチカートの上を古山真里江の憂いをおびたオーボエが歌う。弦はピチカートに続いて階段を一段一段踏みしめて行くように上行旋律を奏でる。弦5部はそれぞれが交代で主役を担いながら、トロンボーンの美しいコラールとともに深々と祈るがごとき頂点を築く。感動的な楽章である。
 第3楽章は活動的で力強いエネルギーをもったスケルツォ。ここからは沼尻さんのテンポが揺れ動き緩急にも独自の工夫を感じた。豪快な迫力はそのままに野趣あふれるというよりはスタイリッシュにまとめあげ、トリオもチャーミングだった。
 第4楽章のフィナーレ。ここでも沼尻さんは緩急に細心の注意を払う。序奏のあと第1楽章や第2楽章の主題が回想され、切迫したフーガが音の大伽藍をつくる。巨大な構造物が立ち上がってくる。コーダ手前では沼尻さんはいつしかタクトを置いてオケと一体化したかのよう。最後は畳みかけるような重量感のある雄大なコーダが待っていた。

 解像度が高く各楽器がクリアに浮かび上がる現代風のブルックナーといえようか。沼尻さんは終演後、最初に林辰則をトップとするトランペットを称え、府川雪野首席のトロンボーン、宮西純のチューバ、豊田実加を1番奏者とするホルンの順で賛辞をおくった。確かに貢献度はこの順番だろう。金管は明るめの音で音圧は高くよく健闘した。それと篠崎史門のティンパニが要所を締めた。弦は厚い響きが完全にコントロールされ、コンマス・石田泰尚の統率力にも改めて感心した。
 2004/25シーズンは、沼尻監督の渾身のブルックナーによって最良のスタートとなった。

2024/4/14 大井剛史×水響 レブエルタスとストラヴィンスキー2024年04月14日 19:25



水星交響楽団 第67回 定期演奏会

日時:2024年4月14日(日) 13:30 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:大井 剛史
演目:レブエルタス/センセマヤ
   レブエルタス/組曲「マヤ族の夜」
   ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」


 レブエルタスを「春の祭典」とともに大井剛史が振る。演奏会のポスターによれば今回のテーマは「供犠」とのこと、なるほど。大井剛史はこの4月から東京佼成ウインドオーケストラ常任指揮者に就任した。オペラ、バレエなどの舞台音楽から通常の管弦楽、吹奏楽、映画やゲーム音楽まで守備範囲が広い。過去に何度が聴いているがいずれも好印象。その彼がおどろおどろしい作品を披露するという、聴かずばなるまい。

 レブエルタスはメキシコの作曲家。「センセマヤ」とは「蛇殺しの歌」という意、吹奏楽版もある。以前、原田慶太楼の指揮で聴いたことがある。呪術的なオスティナート、単純なリズムが執拗に反復され、管楽器の響きは「春の祭典」を彷彿とさせる。
 組曲「マヤ族の夜」は映画音楽を演奏会用に編曲したもの。第1曲「マヤ族の夜」では、しょっぱな銅鑼と大太鼓が鳴り、壮大で悲痛な主題が登場する。その後、旋律は郷愁をさそう物悲しいカンタービレに移行し、終わりには冒頭のテーマが回帰する。この映画については不案内だが、いかにもドラマが展開していくような雰囲気がある。第2曲「どんちゃん騒ぎの夜」は、軽快なリズムと明るい曲想のダンス音楽。打楽器のスピード感と金管楽器の合いの手が楽しい。第3曲「ユカタンの夜」は緩徐楽章、一転してロマンチックな夜の風景を描く。この3曲までは、まぁ普通の楽曲スタイルだが、第4曲「呪術の夜」で大きく様変わりする。主に打楽器の強烈なリズムと管楽器による衝撃音からなり、野性的な躍動と迫力が半端じゃない。途中、なんと打楽器だけのカデンツァが出現する。弦・管が沈黙し打楽器奏者が即興を繰り広げる。コーダでは熱狂のさなか、第1曲の主題が高らかに再現される。
 民族音楽は数あれど、ここまで原始的で土俗的な音楽は珍しい。教会や宮廷で生まれたクラシック音楽が辺境に到達し、珍奇な魅力をもつ作品が生まれた。レブエルタスの作品は、「自らの民族の特殊性を踏まえずして、普遍的な芸術に到達することはできない」と主張した伊福部に通じるところがある。
 大井剛史はこういった荒々しい音楽にあっても音が混濁することはなく、必要な時に必要な楽器をしっかりと鳴らす。煽れば天井知らずの曲でも節度を保つ。それでいて音楽が無味乾燥にならない。水響は凄演、13人の打楽器奏者の競演は見ものだった。
 
 後半、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。レブエルタスに比べると、なんと洗練された近代的な曲かと思う。今回の3曲はいずれも20世紀前半に書かれた作品で、「春の祭典」がもっとも早くに完成している。「春の祭典」は複雑に変化するリズムや不協和音を駆使し、西洋音楽の歴史を変えた曲だけど、今は、それだけ聴き手の耳に馴染んでいるということかも知れない。
 ここでも大井剛史は、性能限度一杯を要求される各楽器を的確に鳴らし、大きなスケールで「春の祭典」描いた。グロテスクでセンセーショナルな曲というよりは優れた作品を聴いたという印象。水響は前回も感じたが、アマオケとしては一等、ほんとうに皆うまい。「春の祭典」を取り上げるのは結成以来3度目だという。今回のようにちょっと癖のあるプログラミングが特徴でもあるらしい。また聴いてみたい。

DUNE/デューン 砂の惑星 PART22024年04月09日 16:27



『デューン 砂の惑星 PART2』
原題:Dune: Part Two
製作:2024年 アメリカ
監督:ドゥニ・ビルヌーヴ
脚本:ドゥニ・ビルヌーヴ、ジョン・スペイツ
音楽:ハンス・ジマー
出演:ティモシー・シャラメ、ゼンデイヤ、
   レベッカ・ファーガソン


 待望の『DUNE:PART2』が公開されてほぼ1カ月になる。全米での興行成績はいまだ順調のようだけど、日本ではもうひとつ客足が伸びない。すでに打ち切りとなってしまった1番館もある。はて…

 前作ではアトレイデス家が滅亡し、跡継ぎポール・アトレイデス(ティモシー・シャラメ)は、母レディ・ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)とともに砂漠の先住民フレメンたちのもとで生き延びる。PART2では先住民フレメンたちと惑星支配を目論むハルコンネン家との戦闘のなかでポールが救世主として覚醒して行く。
 ポールの母や皇帝の娘イルーラン(フローレンス・ピュー)が所属する女性のみの神秘主義教団ベネ・ゲセリット―――教母役はPART1同様シャーロット・ランプリング、マーゴット・フェンリング役でレア・セドゥも―――の暗躍、アトレイデス家の仇敵ハルコンネン家の次期統領フェイド=ラウサ(オースティン・バトラー)の異常性、フレメンの女戦士チャニ(ゼンデイヤ)の恋情と動揺、などが物語に厚みを加える。
 2時間を経過してのクライマックスは、ポールとフェイド=ラウサとの決闘。だけど、最大の見どころは前作以上に救世主になるべくしてなるポールの変貌だろう。ティモシー・シャラメの演技が一段と冴えわたる。

 現実世界を反映したような資源を巡る抗争、先住民と略奪者との闘い、神話・宗教・政治、それに自然・機械・生態を壮大なスケールで画面に定着させたドゥニ・ビルヌーヴの手腕に脱帽する。それを補強するハンス・ジマーの音楽。重低音の響きをバックに、懐かしさと愛しさ、そして慈しみに満ちた調べが聴こえてくる。

 『DUNE』は『スター・ウォーズ』シリーズのような大衆性や派手さはないが、長編小説や叙事詩を読むに匹敵する質量がある。小説は短編、詩は短歌・俳句の世界の住民には、この類の映画は地味で難解で複雑だから苦労する。相応の疲れは覚悟しなければならない。

 ともあれPART1、PART2の成功をうけて第3部完結編の製作が決定した。今回チラリと姿をみせたアニヤ・テイラー=ジョイ(『マッドマックス』の若きフュリオサ)がポールの妹として出演するようだ。完結編では救世主ポールが予言する「緑の惑星」と彼の最期を見届けたい。

2024/4/4 周防亮介の協奏曲 パガニーニ、ブルッフ、シベリウス2024年04月05日 10:27



周防亮介+渡邊一正×日フィルによるVn協奏曲集

日時:2024年4月4日(木) 19:00開演
会場:サントリーホール
出演:ヴァイオリン/周防 亮介
   指揮/渡邊 一正
   管弦楽/日本フィルハーモニー交響楽団
演目:パガニーニ/ヴァイオリン協奏曲第1番 ニ長調Op.6
   ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調Op.26
   シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調Op.47


 1年ほど前に周防亮介のパガニーニ「ヴァイオリン協奏曲第1番」をみなとみらいの小ホールで聴いた。伴奏はオケではなく弦楽五重奏で、メンバーは田野倉雅秋をはじめとする日フィルの楽員。ソロの技巧と美音に感心し、機会があれば周防を改めて聴きたいと思っていた。
 協奏曲3曲を一晩で弾ききるのは無謀な挑戦だが、周防はすでに昨年、ブラームス、メンデルスゾーン、チャイコフスキーの3曲をまとめて披露している。このときはスケジュールが合わなかったので、今回は待っていましたとばかりチケットを確保した。

 サントリーの大ホールにあっても周防の魅力的な音色と豊かな音量は変わらない。繊細さと大胆さ、柔らかさと強靭さが同居して、叙情と劇性をものの見事に表現する。歌い回しが上手で、オケに埋もれてしまう音が1音たりともない。パガニーニは軽やかに楽々と、ブルッフでは甘美な熱狂をまとい、シベリウスは堅忍不抜の情念を弾き分けた。

 パガニーニは室内版よりもさらにオペラ的で、超絶技巧のソロのアリアをオケが支えるといった趣。緩徐楽章のファゴット・鈴木一志さんとの絡みなどは室内版では味わえない楽しみだった。パガニーニを汗一つかかず易々と弾いたあと20分の休憩。
 ブルッフでは一転身体を大きく前後に振り、分厚い響きでもって情熱的に演奏する。第2楽章では泣かせどころが何か所あるが、そこをきっちりと泣かせてくれる。ブラームスに先行する第3楽章も胸躍る。もっと評価されてしかるべきヴァイオリン協奏曲の名曲。熱量のこもったブルッフを終え、休憩なしでシベリウスへ。
 シベリウスの協奏曲は厄介な曲だ。民俗音楽を背景にしながらも実験音楽を試みているような難解なところがあって、実演では聴き手の集中力が切れることママある。ところが周防のテクニックと音作りは、聴き手を最後まで飽きさせない。これがパガニーニ、ブルッフを弾いたあとのシベリウスだとはとても信じることができない。

 終演後大きなブラボーが飛び交い、多くの人がスタンディングオベーションで讃えた。熱狂的なファンも押しかけていたようだ。アンコールはオケ伴奏による「ツィゴイネルワイゼン」。
 周防亮介はたしか30歳になるかならないかのはず、末恐ろしい逸材。日フィルは弦12型、コンマスは木野雅之。渡邊一正の指揮は粘り強く周防の挑戦をよくサポートした。