2025/7/19 ノット×東響 ブリテン「戦争レクイエム」2025年07月19日 22:36



東京交響楽団 川崎定期演奏会 第101回

日時:2025年7月19日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョナサン・ノット
共演:ソプラノ/ガリーナ・チェプラコワ
   テノール/ロバート・ルイス
   バリトン/マティアス・ウィンクラー
   合唱/東響コーラス(指揮:冨平恭平)
   児童合唱/東京少年少女合唱隊
       (指揮:長谷川久恵)
演目:ブリテン/戦争レクイエム op.66


 ブリテンの「戦争レクイエム」は過去に一度だけ聴いている。プロの公演ではなくアマチュアのオケと合唱団の演奏だった。合唱団に参加している知人からチケットを頂いた。父親が亡くなって間もないころだった。戦中派のど真ん中の世代で戦前は丁稚奉公、楽しいはずの青春時代は支那での戦争、戦後は闇市で商売をしながら苦労し続けた人である。鎮魂そして反戦の曲を聴きながら、音楽はこの世で鳴るだけでなく、別の世界へも響き伝わるものではないか、と強く感じていたことを思い出す。

 「戦争レクイエム」は空爆で破壊された英国のコヴェントリー大聖堂(聖マイケル大聖堂)の再建に際して委嘱された作品、第二次大戦後15年ほど経っていた。ヴェルディのレクイエムと同様「レクイエム・エテルナ」「ディエス・イレ」「セクエンツィア」「オッフェルトリウム」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」「リベラ・メ」といった典礼文で構成されているが、あいだにウィルフレッド・オーウェンの詩が挟み込まれ、ラテン語の典礼文と英語の詩がほぼ交互に歌われる。オーウェンは英国の詩人で第一次大戦に従軍し亡くなっている。
 演奏するにはソリストが3人、混成合唱と児童合唱、そしてフルオーケストラと小さな室内オケという編成が必要となる。これらを幾つかに分ける。一つはソプラノ、混声合唱とオーケストラで典礼文を担当する。二つめは少し離れた場所に位置する児童合唱、天上の声を担う。三つめはテノール、バリトンと室内オーケストラでオーウェンの詩を歌う。
 混声合唱はP席とRA、LB席の一部を使用し、ソプラノはP席最上部の下手に控えた。児童合唱は3階席、まさに天上からの歌声となった。舞台上手には室内オケ。コンマスは小林壱成、フルートの竹山、オーボエの荒木の顔も見える。ハープや打楽器も含めて十数人である。室内オケの前方にはテノールとバリトンが並んだ。フルオーケストラをリードするのはニキティンである。フルオケにおけるフルートは久しぶりに見る相澤さんだった。

 「レクイエム・エテルナ」が始まる、低音の不安定な響きと鐘の音の中から合唱が「永遠の安息」を歌う。ほとんど呪文か読経のように聴こえる。東響コーラスの安定度は今日も驚異的。音楽が激しさを増し児童合唱の歌声が天から降ってくる。東京少年少女合唱隊の清楚な歌声に身震いする。次いでテノールが「家畜の如く死にゆく兵士らにどんな弔鐘があるというのか?」で始まるオーウェンの詩を独唱する。ロバート・ルイスは張りのある明晰な声。伴奏の室内オケは雄弁で豊かな響きにびっくりする。最後は合唱が戻ってきて「キリエ」によって曲が閉じられる。
 次の「ディエス・イレ」は、長大で30分近くを占める。「怒りの日」「レコルダーレ(思い出したまえ)」「ラクリモーサ(涙の日)」などが歌い継がれる。バリトンとテノールが戦場でのありさまを歌う。マティアス・ウィンクラーは儚く甘い声だからよけい悲しみや苦悩が浮かび上がる。戦いのラッパが鳴り響く。神の怒りというよりは進軍ラッパ。戦場を思わせる金管や打楽器の鋭利な響きと室内オーケストラとの対比も聴きどころ。レクイエム中間部の頂点となる「ラクリモーサ」は、ソプラノが合唱を従えて切々と歌うなか、テノールがオーウェンの詩を切れ切れにして挟み込んでいく。ガリーナ・チェプラコワは美しく強靭な声で、涙の日…よみがえる日…と繰返す。聴き手の目頭が熱くなる。
 第3曲の「オッフェルトリウム」は、神秘的なオルガンと児童合唱により主イエスへの祈りではじまる。合唱が復活の約束を叫ぶと、その勢いのままテノールとバリトンによるアブラハムの物語に基づくオーウェンの詩が歌われる。
 「サンクトゥス」は、グロッケンシュピール、シンバル、ヴィヴラフォーンの乱打とソプラノが先導する合唱が不気味な雰囲気をかもしだす。金管が輝かしく響き行進曲がはじまる。どの「レクイエム」でも「聖なるかな」は勇壮。バリトンのソロが「神は死と涙をすべて取り消して下さるのだろうか?」と自問自答して、最後は消え入るように終わる。
 「アニュス・デイ」では、オーウェンの詩を中心に展開し、その合間に典礼文の歌詞「神の小羊よ、彼らに安息をお与えください」が割って入る。全ての人々に「安息をお与えください」と何度も祈りが捧げられ、永遠の休息を懇願するのだが、休息は来るのだろうか。
 最後の「リベラ・メ」は、半音階的なメロディーが打楽器に彩られながら音量を増し、ソプラノが加わると怒りの日のラッパも現れる。不意に静かになると、オーウェンの詩「奇妙な出会い」をテノールとバリトンが対話の形で歌う。死後の世界で兵士が自分が殺した敵方の兵士と遭遇し、二人は和解を果たし眠りにつく、という感動的な内容。そして合唱およびソプラノ独唱が「イン・パラディスム(楽園へ)」で締めくくる。涙なしに聴くことはできない。ここはバッハの「マタイ受難曲」の終曲から真っ直ぐにつながった子守歌ではないか、とふと思った。
 
 ノットは大袈裟にわめきたてるのではなく、抑制しつつ大規模なオーケストラと小さな室内オケを使い分け、ソロ、混声合唱、児童合唱のバランスを計量しながら、一瞬たりとも緊張感を絶やすことがなかった。管弦楽と声楽を知り尽くした統率力には感嘆するほかない。言葉では言い表すことのできないこの作品のメッセージを見事に伝えた。
 ブリテンは「戦争レクイエム」の初演でテノールに英国人のピアーズ、バリトンにドイツ人のフィッシャー=ディスカウ、ソプラノにヴィシネフスカヤ(ロストロポーヴィチの夫人)を起用しようとした。大戦で敵対した当事国から歌手を呼ぶことで和解の象徴としたかったのだろう。ところが、ヴィシネフスカヤはソビエト政府の許可が降りず参加することができなかった。この3カ国のソリストが揃うのはその後のカルショーによってなされたレコーディングの時である。カルショーはショルティ指揮の「ニーベルングの指環」全曲録音で有名なデッカの名プロデューサーで、この「戦争レクイエム」も大いに売れた。
 ノットはブリテンと同じイギリス出身であり、ブリテンが初演で企画したようにロシア、イギリス、ドイツの3か国からソリストを迎えた。ブリテンは演奏のあり方にもメッセージを込めた。それを再現したノットの意図は明確といえよう。

 今年は終戦80周年である。いまだに世界はきな臭い。この「戦争レクイエム」は明後日(21日)サントリーホールで再演される。来月には佐渡裕の指揮で兵庫芸術文化センター管弦楽団の公演がある。9月にはギャビン・カーの指揮で広島交響楽団が「被爆80周年特別公演」として演奏する。平和の難しさを改めて思う時代の「戦争レクイエム」である。

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