2025/7/5 スダーン×東響 ビゼー「アルルの女」 ― 2025年07月05日 21:54
東京交響楽団 名曲全集 第209回
日時:2025年7月5日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ユベール・スダーン
共演:ピアノ/上原 彩子
演目:ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」
ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調
ビゼー/「アルルの女」第1、2組曲
東響の監督を引退してから10年以上になるが、スダーンはあいかわらず毎年のように来日してくれる。有難いことだ。マーラーやブルックナーような重量級の作品は少なくなったけど、フランスものやモーツァルト、ベートーヴェンの偶数番交響曲などを聴くことができる。今日はフレンチプログラムである。
「ローマの謝肉祭」から。同名の歌劇はないので序曲と言っても演奏会用の作品。元ネタは「ベンヴェヌート・チェッリーニ」というオペラで、このモチーフを使って作曲された。ベルリオーズの序曲の中では比較的よく演奏される。
力強い導入に続いて優しい主題が登場し、最上さんのイングリッシュホルンが雰囲気を一変させる。謝肉祭の場面からは打楽器が大活躍、そのまま終幕へと雪崩れ込む。あたりまえながらスダーンと東響の息はピッタシ、良い意味で力の抜けた一体感のある演奏。今日のスダーンは指揮台を使わずタクトを持たない。ときどきこういったスタイルで指揮をする。
続いてオケの編成を縮小しラヴェルの素敵な「ピアノ協奏曲」。この曲も人気があって毎年のように其処彼処で演奏される。昨日と今日の都響でもアリス=沙良・オットのソロで同曲がプログラムされていた。
上原彩子は久しぶり、チャイコフスキー国際コンクールで優勝したすぐ後に聴いている。四半世紀も昔のこと。上原さんは芯のある輪郭のはっきりした音でスウィングし、ときにアンニュイも漂わせながらオケと対話して行く。ピアノと管楽器との掛け合いは音の絡みだけでなく、奏者同士の目くばせや呼吸を合わせるための仕草など見ていて楽しい。第2楽章の長大なピアノソロや第3楽章の打楽器としてのピアノも聴きごたえがあった。ソリストアンコールはドビュッシーの前奏曲集より「パックの踊り」と紹介されていた。
「アルルの女」は戯曲の付随音楽、劇伴音楽である。そこから2つの組曲が編まれる。第1組曲はビゼー本人が編曲したもの。第2組曲はビゼーの死後、友人のエルネスト・ギローにより演奏会用に改編された作品。
「アルルの女」というと思い出すことがある。大昔、広上淳一が名フィルのアシスタント・コンダクターを務めていたことがある。キリル・コンドラシン指揮者コンクールに優勝する前。優勝したことで副指揮者は1年ほどで終わってしまった。その副指揮者時代に聴いた「アルルの女」のことである。途轍もない演奏だった。両組曲を一気に通して演奏したのか、両組曲からの抜粋だったのかは今はもう覚えていないが、前奏曲、カリヨン、メヌエット、ファランドールなど、そのリズムのキレ、フルートの音、弦のざわめきなどがちゃんと聴こえてくる。
余談だけど当時の名フィルの副指揮者の選考では広上と佐渡裕の両者の争いだった。佐渡は落選してアメリカに逃れ別の道が拓けた。人の運命は分からない。ただ、たしかなことは名フィルの事務局には若き広上と佐渡、2人の才能に注目した目利き(耳利き)がいたということだ。
さて、スダーンと東響の「アルルの女」は如何に。「前奏曲」の有名な冒頭の行進曲風の主題はプロヴァンス民謡といわれている。スダーンは弦の響きに拘りながらテンポよくスタートした。サクソフォーンが主題を歌う。ヴァイオリンが哀愁に満ちた旋律を弾く、あれ!行進曲風の主題は変奏曲となっているではないか。迂闊にも今まで気づかなかった。「メヌエット」は哀愁を帯びた調べと優艶なトリオのワルツが印象的だ。「アダージェット」は弱音器付の弦楽合奏が優しく旋律を奏でる。「カリヨン」はホルンが鐘の音を模倣して進む。第1組曲が終わった途端、会場からはパラパラと拍手が起こった。
第2組曲は「パストラール」からスタート、牧歌的旋律で始まり、途中からは綱川さんが叩くプロヴァンス太鼓が加わり、舞踏風リズムへと曲が展開していく。見慣れない太鼓だったけど本物のプロヴァンス太鼓であったかどうかは分からない。「間奏曲」は冒頭の荘厳で力強いユニゾン、サクソフォーンの奏でる優雅な旋律が耳に残る。有名な「メヌエット」は歌劇「美しきパースの娘」から借用した音楽。「アルルの女」にはなかったものだが、フルートのソロ曲としても広く知られ「アルルの女」のメヌエットといえば普通こちらを指す。ハープの爪弾きをうえを竹山愛のフルートが流れる。スダーンは他の楽器が入ってくるまでは腕組みをしたまま。竹山さんのフルートは繊細で美しい。ハープは多分研究員として入団した渡辺沙羅だと思う。ハーピストは誰しも手が綺麗だけど、彼女の手は一段と指が長くて細い。ハープの音だけではなくその手にも見とれていた。最後は「ファランドール」、華やかな舞曲と第1組曲の行進曲の主題が交互に現れ、曲はスピードを増し熱狂的に盛り上がって終わった。
「アルルの女」はポピュラーな誰でも知っている曲だが、不思議と実演にめぐり合えない。広上×名フィルのあとはアラン・ギルバート×都響の抜粋版くらいしか思い出せない。今日、改めてスダーン×東響でしっかりと聴かせてもらった。
珍しくオーケストラアンコールがあった。ソリストアンコールに合わせてなのか同じドビュッシーの「月の光」だった。舞台にはマイクが何本も立っていた。カメラは入っていなかったので、この演奏はいずれCD販売されるのかも知れない。