2026/9/20 大井駿×TCMオーケストラ モーツァルトとベートーヴェン2026年09月20日 19:56



東京音楽大学 TCMオーケストラ・アカデミー 
  第21回定期演奏会

日時:2026年9月20日(日) 14:00開演
会場:東京音大 TCMホール
指揮:大井 駿 (ピアノ)
演目:モーツァルト/歌劇「魔笛」序曲
   ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第1番 ハ長調作品15
   モーツァルト/交響曲第41番 ハ長調K.551
       「ジュピター」


 この春に大井駿の指揮を見聞したが、指揮とともにピアノと古楽奏法を専攻した彼のモーツァルトとベートーヴェンということで再びチケットをとった。ベートーヴェンは弾き振りである。共演するTCMオーケストラ・アカデミーは東京音大のオーケストラ奏者養成機関であり、一部学生や院生などがエキストラとして混じる。会場は中目黒・代官山キャンパスにあるTCMホール。収容数400名強、音の立ち上がりや減衰に癖がなく響きが素晴らしい。

 最初は「魔笛」序曲。これから歌劇がはじまるというワクワク感はあまり感じなかったが、ひたすら勢いがあって元気一杯。大井駿とオーケストラ・アカデミー、お互いの若さが衝突し爆発したかのようで微笑ましい。

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲の曲番号は出版順で、「第1番」は「第2番」よりも後に書かれた作品。若きベートーヴェンがウィーンでの公式デビューを飾った楽曲。大井×オーケストラ・アカデミーの演奏はそのときの気迫を伝えるかのよう。ベートーヴェンにとってこの曲はウィーンにおける音楽家としての独立宣言だった。
 祝祭的な堂々とした始まり。同じハ長調のモーツァルトの「ピアノ協奏曲25番」を連想させる。楽想はきわめて豊富で圧倒されるほど。カデンツァは大井の腕の見せどころ。当時のベートーヴェンの技巧と即興がどれほどのものかを想像することができる。
 緩徐楽章の主題は気品があり穏やかで安らぎに満ちている。ウィーンのサロンをピアノで魅了したベートーヴェンに納得である。オケのオーボエとフルートは沈黙するがクラリネットの活躍が目覚ましく、後年の交響曲におけるベートーヴェン特有の管楽器の点描を先取りしている。
 終楽章はスケルツァンド、冒頭トルコ行進曲風の雰囲気もあるが、全体的には明るく激しい舞曲調。気まぐれにどんどん表情を変えながら疾走する。大井は快速でもってピアノを小気味よく鳴らし、オケの伴奏にはキレと力強さがあった。エンディングに向かってはひたすら疾駆し、とてつもない興奮を巻き起こしてくれた。
 
 後半は「ジュピター」。序奏はなくいきなり主和音が3度打ち鳴らされ、それに呼応するように優雅な旋律が流れる。フォルテとピアノ、全奏と弦合奏、オペラでいうセリアとブッファ、これらの絶妙の対比と破綻なき均衡が揺るぎなくがっちりと組み上がっていく。大井×オーケストラ・アカデミーは音でもって絢爛たる構造物をつくるようだった。
 カンタービレは弱音器をつけたヴァイオリンと管楽器がからみあいしっとりと美しい。優美な旋律の陰で憂愁やもの悲しさが見え隠れするのはいかにもモーツァルトらしい。
 メヌエットはなだらかな下降音型ながら壮大で浮き浮きとした高揚感がある。トリオの後半では「ド・レ・ファ・ミ」のジュピター音型がはっきりと聴きとれた。
 フィナーレはソナタ形式にフーガの技法が結びつき空間が拡大していくようなスケール感となった。交響曲技法における頂点というべき、まさに神がかった楽章である。次々と主題が登場しそれぞれが個性を持ち、コーダではそれらの主題が組み合わされ幾つもの旋律が同時に進行する。
 複雑極まりない音楽だけど響きは輝かしく壮麗だ。高度な技法にもかかわらず自然な美しさが広がるという奇跡の作品、と改めて大井×TCMオーケストラ・アカデミーの演奏によって知った。

 シルバーウィークの2日目、雨の日曜日、完売公演だった。

日フィルの来期プログラム2026年09月13日 09:05



 日本フィルハーモニー交響楽団の来期(2027/4~2028/3)プログラムが数日前に発表されていた。

https://japanphil.or.jp/japanphil_wp/wp-content/uploads/2026/09/2027teiki.pdf

 東京定期が金曜と土曜の両日開催で10プログラム20公演。横浜定期が土曜あるいは日曜開催の10プログラム10公演である。東京定期の上期はサントリーホール改修のため芸術劇場ないしはオペラシティホールに振り替えとなる。横浜定期は従来通りみなとみらいホールを会場とする。

 首席指揮者のカーチュン・ウォンは得意のマーラーの交響曲2作品をはじめブルックナー、ショスタコーヴィチ、そして「戦争レクイエム」など東京と横浜にて6プログラムを振る。邦人指揮者では広上淳一、大植英次、沼尻竜典、小林研一郎、山田和樹、下野竜也、尾高忠明など一線級がずらりと並び、海外からはクリストフ・コンツとフランソワ・ルルーをゲストとして招く。コンツは今夏FSMで初顔合わせをし東京定期に登場となる。ルルーは今年度に続いての日フィル共演である。

 桂冠指揮者兼芸術顧問のアレクサンドル・ラザレフは来期も登壇しない。

2026/9/12 ヴィオッティ×東響 モーツァルト「プラハ」2026年09月12日 17:12



東京交響楽団 モーツァルト・マチネ第66回

日時:2026年9月12日(土) 11:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
演目:モーツァルト/交響曲第38番 ニ長調K.504
        「プラハ」
   シューベルト/交響曲第2番 変ロ長調D125


 音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティがモーツァルト・マチネに初登場し「プラハ」を振った。
 「プラハ」は「フィガロの結婚」やピアノ協奏曲「第23番」「第25番」と同じモーツァルト30歳のとき。モーツァルトらしい軽快な浮遊感とバッハのような厳格な対位法が同時に存在する。メヌエットが欠けた全3楽章。
 緊張感に満ちた序奏は複雑な転調を繰り返す。ドラマチックで威厳のある音楽はのちの「ドン・ジョバンニ」を予告する。ヴィオッティ×東響はゆったりとして深々とした音色でもってスタートする、弦楽器の弱音は美しく管楽器は優美に歌う。主部に入ると一転して軽快に駆けだすが、抑制された弦楽合奏に耳を奪われる。各楽器のそれぞれは独自に動き回り、それでいて一体感が崩れない驚くべき音楽が展開した。
 緩徐楽章は抒情をたたえた穏やかな旋律だが、ときどきモーツァルトらしい半音階的な動きが影をさす。ここでも対位法が随所に用いられているけど、ヴィオッティ×東響の雰囲気はふんわりと柔らかく室内楽的な繊細さを失わない。
 フィナーレは「フィガロ」の世界で、スザンナとケルビーノが逃げ惑う。焦りまくる二重唱のテーマと計算された各楽器な掛け合いがスピード感一杯で手に汗握る。ヴィオッティは東響の精緻なアンサンブルを土台に、表情を微細に切り替えて行く。その時々の表情の変化が全体の推進力へと結集する。最後は弦が細かく刻み、そのうえに管楽器が持続音を乗せ、オペラ的な興奮を伴いながらエネルギッシュに締め括った。
 プログラムノートの表記では「プラハ」の予定演奏時間は26分となっていた。ところがヴィオッティの運びはたっぷりとふくやかで、そのうえ全楽章すべてのリピートを行ったことから、演奏時間はなんと40分。古楽器を経験したこの時代には珍しい耽美的ともいえる演奏だった。弱音の精妙さ、アタックの柔らかさ、急がないテンポ等々、この絶美のもとで「リンツ」を聴いてみたい。そして、ブルックナーを。

 弦楽器奏者を増員しクラリネットが加わってシューベルトの「交響曲第2番」。
 シューベルトが17歳か18歳のときの作品。やはり序奏がついており、その序奏はモーツァルトの「第39番」の開始にちょっと似ている。主部に入ると今度はベートーヴェンのごとく邁進して「エロイカ」の断片をふりまく。溌剌とした音楽ながら構造は複雑にして充実している。ヴィオッティ×東響は一転して早めのテンポで若さを爆発させる。けれど、弱音の繊細さを失うことなくシューベルトらしい転調を際立たせて前進する。リズムのキレがよく、生命力が横溢しているようだった。
 アンダンテは変奏曲。金管と打楽器が沈黙し、弦と木管による室内楽的な沈静の音楽となる。ヴィオッティは変奏をきわめて丁寧に、うっとりとあるいは力強くそれぞれの表情を描いて行く。
 メヌエットは重いリズムでスケルツォ風、トリオは木管たちが可憐なセレナードを奏でる。まるでソロ歌手たちがアンサンブルを楽しんでいるよう。ここでのヴィオッティは指揮をすることなく奏者任せ、両腕を組んで身体を揺らせていた。
 フィナーレのヴィオッティは軽快で華やか、スピード感もたっぷり。木管はチャーミングでこの幸福感はビゼーの交響曲を先取りしている。コーダはベートーヴェンよりさっぱりしているけど、なかなか躍動的でアグレッシブな結末だった。
 ヴィオッティはシューベルトについてもリピートを励行したが、演奏時間はプログラムノートでも実演でもほぼ30分。楽器編成の追加や、楽曲終了後の拍手喝采もあって普段1時間のモーツァルト・マチネが今日は大方1時間半、12時30分の終演だった。

 ヴィオッティは2曲とも暗譜、指揮棒は持たず長い両手を使った。今の時代の奇をてらったちょっとバタバタとした演奏ではなく、どっしりと構えながら細部に目くばせをし、部分部分が全体に寄与するように微細な表情の変化を丁寧に重ねていく。必然的に弦楽器の美しさを引出し管楽器の上品な音色を求める。老練ともいえる指揮で、若いのにウィーン・フィルに愛されているというのも納得である。
 東響はコンビを組んでまだ間もないヴィオッティとの契約を延長した。お互い魅かれ合うものがあるのだろう。今後の両者の演奏会が楽しみである。

東響の音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティが任期を延長2026年09月11日 09:32



 今年度から3年契約で東京交響楽団の音楽監督に就任したロレンツォ・ヴィオッティが、早くも任期を2034年3月まで延長し、少なくとも8年のあいだ東響の音楽監督を務めることになった。

 もともと東響の音楽監督は、歴代の秋山和義、ユベール・スダーン、ジョナサン・ノットのそれぞれが10年ないし10年以上の長期政権であり、これがいわば東響の伝統だから驚くにはあたらないけど、正直なところヴィオッティの音楽監督は短期で終わるのではないかと危惧していた。

 ヴィオッティは2028年8月よりチューリッヒ歌劇場の音楽総監督に就任することが決まっている。一級のオーケストラや歌劇場からも引く手あまた。一方で、前任のオランダ国立歌劇場は家庭を大切にしたいという理由で任期延長の要請を断っている。年齢的にいえば音楽家のキャリアを築くに重要な時期であって、極東の地で長く監督を引き受けるのは難しいのではないかと思っていた。

 しかし、東響の音楽監督については任期延長を果敢に決断してくれた。本人が言うように東響との相性には手応えを感じているのだろう。また、聴衆の熱狂も後押しをしたに違いない。この先、両者の音楽をどれほど聴けるか分からないが、監督延長の決定を率直に悦びたい。

https://tokyosymphony.jp/news/61878/

神奈川フィルの来期プログラム2026年09月10日 11:31



 神奈川フィルハーモニー管弦楽団から定期会員継続の案内が届いた。
 今期は「みなとみらい」と「ミューザ川崎」両シリーズの年会員となっているが、来期(2027/4~2028/3)のプログラムにはあまり魅力を感じない。毎年、東響との日程調整にも苦労するので、来期は年会員を中止しセレクト会員(3公演以上の選択)に変更したいと考えている。

 定期演奏会は「みなとみらい」が9公演、「音楽堂」が4公演、「ミューザ川崎」が3公演であり、具体的なプログラムは以下の通りとなっている。

https://www.kanaphil.or.jp/news/783/

 「みなとみらい」シリーズは音楽監督の沼尻竜典、特別客演指揮者の小泉和裕以外では、広上淳一が「グレイト」を、大植英次が「交響的舞曲」を振る。この2公演は聴きたい。海外からはお馴染みのダニエル・ライスキンとゲオルク・フリッチュ、それに若手指揮者のオスカー・ヨッケルが登場する。
 「音楽堂」シリーズは<古典から現代へ>をテーマに意外な楽曲を組み合わせて構成される。指揮は鈴木優人、阪田知樹、ヤン・ヴィレム・デ・フリーントと沼尻竜典である。
 「ミューザ川崎」シリーズでは<Beethoven Ring>を一旦終え、ベートーヴェンの「その後」にスポットをあてる。来期の沼尻監督は今までのように「みなとみらい」においてマーラー、ブルックナー、ショスタコーヴィチを全く振らないが、「ミューザ川崎」ではブルックナーの「交響曲第6番」を取り上げる。プログラムの前半は清水和音の「皇帝」である。ソワレはできるだけ避けたいけどこれは聴くことになりそう。
 ほかに、セミステージ形式のオペラであるDramatic Seriesがあり、来期はプッチーニの「ラ・ボエーム」を上演する。これにも期待したい。