2024/3/20 鈴木秀美×東響 モーツァルト「交響曲第29番」 ― 2024年03月20日 17:30
東京交響楽団 モーツァルト・マチネ第56回
日時:2024年3月20日(水祝) 11:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:鈴木 秀美
共演:ヴァイオリン/グレブ・ニキティン
演目:交響曲第34番 ハ長調 K.338
ヴァイオリンとオーケストラのためのアダージォ
ホ長調 K.261
交響曲第29番 イ長調 K.201(186a)
今年度最終のモーツァルト・マチネ。昼前の1時間、交響曲ふたつと小品の組み合わせ。指揮は古楽器奏者でもある鈴木秀美。
「交響曲第34番」はモーツァルト24歳。モーツァルトの交響曲といえば「第35番」(ハフナー)以降の6曲が圧倒的に有名だけど、このザルツブルク時代最後のシンフォニーも魅力的。当然、ピリオド奏法でバロックティンパニとナチュラルトランペットを用いた。
第1楽章は行進曲風で壮麗かつ輝かしい、ここはいつもピアノ協奏曲の「第22番」や「第25番」を連想してしまう。第2楽章のアンダンテは弦楽器群だけで演奏される。優美で優雅な歌。フィナーレはプレスト、清水さんのティンパニの活躍が目覚ましい。憂愁を含みつつ機智に富む楽章。疾風のように通り過ぎた。この交響曲は何故なのかメヌエットを欠くが、祝祭的で気分が高揚する。
「アダージォ ホ長調」はモーツァルト20歳。「ヴァイオリン協奏曲第5番」の第2楽章の代替として書かれたというのが定説だけど、実際はよく分からない。ソロはニキティン、コンマスの席には田尻さん。弦5部にフルートとホルンが加わる。歌うように始まり、すぐに半音階的な旋律が耳に入って来る。お馴染みのモーツァルトの翳りである。「ヴァイオリン協奏曲第5番」の第2楽章のほうが悲哀の度合は強いが、この「アダージョ」も素敵な曲である。
「交響曲第29番」はモーツァルト18歳。編成は弦5部とオーボエ、ホルンが各2本というつつましいものながら、現在でも「交響曲第25番」と並んでメジャー・オーケストラの重要なレパートリーであり続けている。
第1楽章は、揺れ動く和音にのってひっそりとヴァイオリンが歌いだす。次第に各声部が絡んできて立体感を増していく。管楽器は持続音が中心だけど、管楽器が加わったあとはカノン風に緻密な展開をみせる。第2楽章では弱音器をつけたヴァイオリンによる密やかな主題ではじまる。符点リズムが特徴的なしっとりとした肌ざわり。ここは今回の演奏会の白眉、絶品の仕上がりだった。第3楽章も符点のリズムが全体を支配してリズミカル。メヌエットではあるけど舞曲というよりはスケルツォ的な表情をみせる。終楽章は快活で緊密、指揮の鈴木秀美はここを急がずじっくりと彫琢した。ホルンの響きもあり狩りの音楽の雰囲気だが、第1楽章と同様のオクターブ下降、駆け上がるスケールなどが、生命力を漲らせる。
小ト短調「第25番」が情念の迸りとすれば、イ長調「第29番」の方は静謐の境地。印象は全く違うものの、両曲が揃うことでモーツァルトの表現力が十全に完成しているともいえる。名曲である。
2024/3/20 ファミリー・クラシック ピアノ四重奏版「エロイカ」 ― 2024年03月20日 20:38
ヴィアマーレ・ファミリー・クラシックVol.23
ピアノ四重奏で聴くベートーヴェンの「英雄」
日時:2024年3月20日(水祝) 14:00開演
会場:はまぎんホール ヴィアマーレ
出演:ヴァイオリン/戸原 直、直江 智沙子
ヴィオラ/大島 亮
チェロ/上森 祥平
ピアノ/嘉屋 翔太
演目:ピアノソナタ第23番ヘ短調Op.57
「熱情」より第1楽章
ヴァイオリンソナタ第5番ヘ長調Op.24
「春」より第1楽章
弦楽四重奏曲第13番変ロ長調Op.130
「カヴァティーナ」より第5楽章
交響曲第3番変ホ長調Op.55「英雄」
(リース編曲ピアノ四重奏版)
久しぶりに演奏会をハシゴした。モーツァルト・マチネからファミリー・クラシックへ。両公演とも昼開催で、会場も比較的近い。JRの川崎から桜木町まで約20分、桜木町の駅前で昼食をして、余裕でヴィアマーレへ。ヴィアマーレは横浜銀行本店にある客席数約500人のホールで、以前利用したことがある。音響もなかなか優れている。
演奏会の全体は二部構成で、第一部は神奈川フィルの企画担当である鎌形昌平さんのレクチャー付きコンサート。鎌形さんは若いけど達者なお喋り。ベートーヴェンの生涯と作品をさらりと語り、その間に演奏を挟み込む。
最初は「熱情」の第1楽章から。ピアノソロはゲストの嘉屋翔太、弱冠23歳、フランツ・リスト国際ピアノコンクールで最高位を獲得している。重心の低い力強いピアノ。次いで、これもゲストの戸原直が登場し、嘉屋とともに「春」の第1楽章を。戸原は今年1月に読響のコンマスに就任した。しなやかで甘い響きが「春」にお似合い。最後に、神奈川フィルの首席たち(Vn.直江、Va.大島、Vc.上森)が戸原とともに弦楽四重奏を組んで「カヴァティーナ」(「第13番」の第5楽章)、臨時編成とは思えないほど息の合った演奏。ピアノソナタ、ヴァイオリンソナタ、弦楽四重奏曲の良いとこ取りの前半だった。
第二部が神奈川フィルの3人と嘉屋翔太によるピアノ四重奏版の「エロイカ」。
室内楽版に編曲したのはフェルディナント・リース。リースは、ベートーヴェンの弟子であり友人でもあったピアニスト。シンフォニーの演奏機会が少なかったコンサート・ビジネスの黎明期には、サロン・コンサート用に多くの管弦楽作品が編曲された。楽譜出版社の売上にも貢献したのだろう。室内楽版は作曲者自らが編曲する例もあるが、「エロイカ」の場合はベートーヴェンの弟子のリースとフンメルがそれぞれのヴァージョンで編曲しているという。
室内楽版はやはりピアノが骨格をつくっていく。ゲストの若い嘉屋翔太が驚異的な働きをみせた。重厚な響き、余裕のあるダイナミクス、スムーズな緩急、的確なパウゼ、弦楽器奏者との呼吸や手際よさにとても感心した。
各楽章ともそれぞれ興味深く聴いたが、圧巻は最終楽章、ベートーヴェンの途方もない着想と技法が詰まった変奏曲たちの場面は、奏者がたった4人であることを忘れるほどの迫力。とくにコーダに向けての第9変奏と第10変奏は、まさに肌が粟立つような演奏だった。