2026/10/31 太田弦×東響 モーツァルト「ピアノ協奏曲第20番」「ハフナー」 ― 2026年10月31日 21:23
東京交響楽団 モーツァルト・マチネ第67回
日時:2026年10月31日(土) 11:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:太田 弦
共演:ピアノ/奥井 紫麻
演目:モーツァルト/
交響曲第23番 ニ長調K.181(162b)
ピアノ協奏曲第20番 ニ短調K.466
交響曲第35番 ニ長調K.385「ハフナー」
太田弦は三十路を越えたばかり。数年前に九州交響楽団の首席指揮者に就任しているから、国内オケの首席・常任・監督クラスのなかでは最も若いと思う。手堅い指揮で奇をてらわない正攻法の解釈ながら瑞々しい音楽をつくる。
まずは「交響曲第23番」。交響曲といっても3楽章が切れ目なく演奏される10分足らずの曲。イタリア風序曲のようだがシンフォニーはもともとが序曲から発展してきた。開始楽章は勢いのあるトランペットとティンパニが華やか。旋律よりは和声の変化が面白い。中間楽章ではオーボエの舞曲が優美。フィナーレは行進曲風で軽やかな弦と力強い管楽器が爽やかな高揚感をもたらした。プロオケだから当たり前とはいえ東響のアンサンブルは本当に美しい。それぞれの楽器が雄弁だからこんな小さな楽曲であっても楽しませてくれる。「交響曲第23番」はモーツァルトが17歳のとき。ここから「小ト短調交響曲」(第25番)が生み出されるまでわずか数カ月である。
2曲目はコンチェルト、ピアノは奥井紫麻。プログラムノートの経歴によるとロシア、スイスで学び、舞台は幼少のころから経験しているらしい。舞台への登場が颯爽としている。歩幅大きく早足。幼い顔立ちで少女のようにみえるが、ピアノの音には芯があり粒立ちが良い、音量も十分でソリストの要件を完全に備えている。
「ピアノ協奏曲第20番」はモーツァルト29歳、調性のニ短調は「ドン・ジョヴァンニ」や「レクイエム」と同じ。管弦楽の不気味なシンコペーションで開始され、弦がためらいがちに呟くと一転してメランコリックなピアノが入ってくる。ロマン派を先取りしたような劇的な音楽。ピアノの独白で始まる「ロマンツェ」はやさしく天国的な世界。中間部では突如として嵐となり、強烈なコントラストに唖然とする。フィナーレは攻撃的で恐ろしいくらい。もっとも最終的にはモーツァルトらしくちょっとおどけたように作品を閉じるけど。
奥井紫麻は激情に走ることなく、音色を幾重にも変化させながら繊細に表現していく。感情表現も大袈裟な素振りをみせないが、さりげなく、それでいてしっかりと伝えてくれる。なかなか魅力的なピアニストを発見した。
最後が「ハフナー」。もとはハフナー家のために書いた祝祭用セレナードだという。それをシンフォニーに仕立て直した。モーツァルトの時代はシンフォニーといっても全曲を通して演奏するのではなく、演奏会の開幕と閉幕の合図として分割して演奏された。交響曲は必ずしも最初から最後まで通して聴くものではなく、セレナードに近しい機会音楽であったのかも知れない。ところが、いまの我々からすると、演奏会を縁取るようにバラバラに演奏されたこの交響曲は、斬新なアイデアに満ちた画期的な作品に聴こえる。
オクターブの跳躍と行進曲調のリズムが祝祭の開始を告げ、木管と金管が明るいスポットライトのごとく点滅する。まるで短距離走者の全力疾走をみているような緊張感がある。緩徐楽章はきめ細やかで、木管楽器などは室内楽的なバランスを保ちながら密やかな会話を続ける。メヌエットは典雅で魅惑的、トリオはオーボエ,ファゴット、ホルンによる牧歌的な歌となる。フィナーレは歌劇「後宮からの誘拐」のオスミンのアリアに基づく。生命力にあふれた弦のユニゾンが何度か登場する。オペラのエキスが凝縮されているようでワクワクする。終幕はティンパニが轟き全管弦楽が鳴り響き大きな興奮が訪れた。
太田弦は明快で的確な指揮によって管弦楽のバランスを調整し、総奏のときでさえ全ての楽器の音が聴きとれるほどだった。低弦の響きはもちろん弦5部を完全にコントロールして強固な土台をつくり、テンポの変化もギクシャクすることなく、能う限りスムーズに歩ませる。音楽全体を設計する力に長けているのだと思う。音楽の骨格をきっちり組み立て、そのうえで生気や活力をうみだす。その清冽な響きがいかにも気持ちよかった。
今日のプログラムノートに来シーズンのモーツァルト・マチネの案内が挿み込まれていた。北村朋幹、ヴィオッティ、出口大地、濱田芳通の全4回であり、プログラムもバラエティに富んでいる。毎回、質の高いモーツァルトを聴かせてくれるこのシリーズ、継続して来期もセット券を買い求める予定である。