2026/2/16 インバル×都響 マーラー「千人の交響曲」 ― 2026年02月17日 14:36
東京都交響楽団 都響スペシャル
インバル90歳記念
日時:2026年2月16日(月) 19:00開演
会場:サントリーホール
指揮:エリアフ・インバル
共演:ソプラノⅠ/ファン・スミ
ソプラノⅡ/エレノア・ライオンズ
ソプラノⅢ/隠岐 彩夏
メゾソプラノⅠ/藤村 実穂子
メゾソプラノⅡ/山下 裕賀
テノール/マグヌス・ヴィギリウス
バリトン/ビルガー・ラッデ
バス/妻屋 秀和
合唱/新国立劇場合唱団
児童合唱/東京少年少女合唱隊
演目:マーラー/交響曲第8番 変ホ長調「千人の交響曲」
インバルが90歳にして都響とは三度目となるマーラー・ツィクルスに挑戦している。10年ほど前の二度目のツィクルスのときは番号順に3年くらいかけて完成した。あのときは東京と横浜で公演し、「第1番」と「第2番」は聴き逃したものの「第3番」以降「第9番」までをみなとみらいホールで聴いた。クック版の「第10番」や「嘆きの歌」も演奏されたがこれらはパス、「大地の歌」はツィクルスに含まれていなかったと思う。
今回は一昨年の「第10番」からスタート、昨年は中断し今年のこの「第8番」で再開となった。芸術主幹の国塩哲紀さんは2024年2月の都響HPで【インバル/都響 第3次マーラー・シリーズ】のプランについて、
「第10番から開始し、原則として番号を遡り、マエストロの選択により第2番《復活》か第9番のいずれかを最後にする計画です。
2024年度は、かねて計画していたブルックナー第9番フィナーレ付きと、コロナ禍でキャンセルとなったショスタコーヴィチ第13番《バービイ・ヤール》のリスケジュールのため、インバル氏のマーラー・シリーズはスキップし、2025年度から再開します。
インバル氏は基本的に年1回来日予定ですので、今回のマーラー・シリーズは数シーズンかけてのゆるやかな歩みとなります。いったいどのような旅となるか…。どうぞ気長におつきあいくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。」と記していた。
どうやら降順で演奏するようで来期は「第7番」が予定されている。けれど、年1回の来日では毎年1、2曲しか取り上げることができない。下手すれば完遂するに10年近くかかる。インバルはたしかにマーラーの権威であるにしても終わるころは100歳、こうなると化け物か妖怪である。もっとも同世代のメータやデュトワ、100歳近いブロムシュテットなどもまだ現役なのだから、インバルならきっと三度目のツィクルスを実現してしまうのだろう。
児童合唱はオケの後方、舞台奥に2列となって弧を描くように並ぶ。ソリストはスミ、ライオンズ、藤村、山下、ヴィギリウス、ラッデ、妻屋の順にP席最前列の中央に位置し、新国立劇場合唱団はソリストたちを取り囲むようにP席の前4列ほどを埋めつくす。オケは舞台からあふれるばかり、壮観である。「栄光の聖母」の隠岐彩夏は第2部の後半にLBの最上部で歌った。バンダはLCとLD、RCとRDの間の通路に、それぞれ金管奏者6、7人が出入りして吹奏した。
インバルはあいかわらずエネルギッシュで緩いところが全くない。強烈な推進力である。といって空回りしたり力余る様子はない。千人とはいかないが数百人の音楽家たちを完全にコントロールする。無理強いでも強制でもなく音楽そのものに語らせることによって人々を結集させる。音楽は自然に伸縮し息づき広々としている。インバルが振ると都響の音は見違えるほど精彩を放つ。歌手の一人一人が表現力豊かに変貌する。これはもうマジックである。1時間半にわたって祝典かつ神秘的な世界が繰り広げられた。
「千人の交響曲」というと、「宇宙が震え鳴り響くさまを想像してほしい。我々が耳にするのは、もはや人間の声ではなく、惑星や太陽の運行なのです。」とマーラーがメンゲルベルクへ送った書簡が有名である。前代未聞の大編成による音響と視覚的な仰々しさ(初演時の演奏者は1030人)、上演するに難易度が高いこともあって催事の音楽として扱われやすい。実際、オケの創立記念公演とか定期演奏会の節目とかに演奏されることが多く、今回も“創立60周年記念”とか“インバル90歳記念”とか銘打たれてある。
しかし、この曲の第1部は交響曲様式である厳格なソナタ形式で書かれ様々な主題が提示される。第2部ではその主題たちが発展しながら再登場する。プログラムノートで岡田暁生が「第1部は一種の序曲として機能している」と書いているが、第1部の讃歌「来たれ、創造主」によるラテン語も第2部の『ファウスト』からのドイツ語も詳しくは知り得ないものの、対訳を見ながら音楽を聴くと1部と2部とのテキストの間には意味内容の対応関係があるように思う。当然、音楽の主題と言葉には関連性があり、そのことによって聴き手のエモーションが高められて行く。けっして虚仮威しだけの催事用音楽ではない。
なかでも「神秘の合唱」で大団円を迎えるコーダの部分は、第1部の冒頭主題が回帰し、永遠の女性的なるものが「われらを高みへと引き上げる」と何度も上行音形として繰り返され、「永遠に!永遠に!」と歌われる。このまま音楽によって天上に魂が引き上げられるのではないかと身震いするほど。今までのインバルであればクライマックスだからといってことさら力を込めたり見得を切ったりはしないのだけど、今回はかなりテンポを落とし楽譜の隅々にまで光をあてるような演奏だった。やはり90歳の誕生日におけるマーラー「交響曲第8番」は特別な感慨を齎すものだったのだろう。
終演後、インバルが何回か舞台へ呼び戻されたあと、コンマス・矢部達哉のリードによるオケと歌手全員から「Happy Birthday to You」をインバルにプレゼント。そして、幾つもの花束贈呈があり、あろうことかバースデーケーキまでが登場し、観客も加わり大騒ぎのなか「インバル90歳記念」公演が終了した。