2021/3/6 小菅優&東響 モーツァルトとベートーヴェンのピアノ協奏曲2021年03月06日 17:24



東京交響楽団 モーツァルト・マチネ 第44回

日時:2021年3月6日(土) 11:00
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:ピアノ:小菅 優(弾き振り)
演目:ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第0番 変ホ長調 WoO4
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K. 488

 2017年の「9番 ジュノム」「12番」、2019年の「8番 リュッツォウ」「21番」に続いて、モーツァルト・マチネにおける3度目の小菅の弾き振り。今回はベートーヴェンの「0番」と一緒に「23番」を。隔年の登場で、この先、シリーズ化する可能性があるのかも。

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲「0番」は、13歳か14歳のときの作品、故郷ボンで書いている。独奏パートは完全に作曲されているが、管弦楽パートは失われている。演奏には管弦楽補筆が必要。今回は弦が6-6-4-3-2の編成、木管はフルート、金管はホルンだけ。プログラムノートには誰が補筆したのか記されていない。
 予備知識なく聴いて、ベートーヴェンの作品だと分かるかしら。モーツァルトと並べても違和感がない。軽快で可愛らしいといっていいほど。厳めしいところはほとんどない。唯一、第一楽章のカデンツァのみベートーヴェンらしさを感じたけど、本人が書いたものかどうかは承知しない。この作品、“ロンドンのバッハ”ことクリスティアン・バッハの影響がある、ともいわれている。クリスチャン・バッハは、少年モーツァルトと年齢差を越えて親交し、音楽の先生でもあった。

 ベートーヴェンが「0番」を書いていた当時、モーツァルトは30歳手前、ウィーン時代のピアノ協奏曲の楽譜はまだ出版されていなかったようだ。モーツァルトの「23番」とベートーヴェンの「0番」は、ほぼほぼ同時代の作品といっていいだろう。

 「23番」は「フィガロの結婚」を完成させる直前の、モーツァルトが30歳のとき、全く性格の異なる「24番」とセットにして書いた。モーツァルトは、しばしば性格の違う曲を同時期に書く。ピアノ協奏曲でいえば「20番」と「21番」、交響曲の「39番」「40番」「41番」なども。
 「23番」は「12番」と並んで、モーツァルトのピアノ協奏曲のなかで最もよく聴く。ともにイ長調の曲。イ長調のピアノ協奏曲はこの2曲だけ。「トルコ行進曲付のピアノソナタ11番」「クラリネット協奏曲」「クラリネット五重奏曲」もイ長調。
 そういえば「23番」はオーボエを使用せずクラリネットが活躍をする。緩徐楽章はモーツァルトにしては珍しいアダージョの指定。ピアノからクラリネット、ファゴット、フルートへと音が渡されていくときも透明で重さを全く感じない。何度聴いても思う、絶美といっていい。

 小菅&東響、前回、前々回とも伸び伸びとした演奏で楽しませて貰ったが、今回はテンポの設定やその伸縮が、こちらの呼吸と嚙み合わなくて、ちょっともどかしく感じた。彼らのスピードに取り残され、緩急に身体がついて行けなかったのかも知れない。才気溢れた素晴らしい演奏ではあったけど。

 ついでに、モーツァルト・マチネで小菅&東響が取り上げた作品について、思いつくまま備忘録的に書いておこう。 
 「8番」「9番」は、パリ大旅行前のザルツブルグで、鬱々としていた20歳頃の作品。「8番」はレオポルトの弟子だったリュッツォウ伯爵夫人のために、「9番」はフランスの舞踏家の娘で、ウィーンの商人ジュナミと結婚した女性のために作曲された曲。以前はフランスから来たピアニストのジュノム嬢のための作品とされていたが、ジュノム嬢は実在の人物ではないことが分かっている。もっとも「9番」の「ジュノム」という愛称は定着していて、「ジュナミ」と変更される気配はない。
 「12番」は結婚直後の、ウィーンでの予約演奏会用の協奏曲。はじめての予約演奏会だったと思う。「11番」と「13番」を合わせて「ウィーン協奏曲」と呼ぶこともある。緩徐楽章の主題は、同じ年のはじめに亡くなったクリスチャン・バッハの序曲を借用し、その死を悼んでいる。クリスチャン・バッハはJ・Sバッハの末の息子、ロンドンを訪れた少年モーツァルトに大きな影響を与え、モーツァルトは生涯にわたり師として敬愛をしていた。
 11~14番のピアノ協奏曲は、作曲家本人が編曲した弦楽四重奏伴奏による室内楽版が残されている。小菅&東響の「12番」のあと、モーツァルト協会が主催したクリッヒェルと長原幸太たちとの室内楽版を聴く機会があった。自ずと聴き比べのようになったが、オケ版の華やかで生き生きとした演奏も、室内楽版の親密でありながら加速力溢れる演奏も、どちらも素敵で、やはり「12番」は名曲だと再認識した。
 「21番」は、モーツァルトのピアノ協奏曲のなかで人気ナンバーワンだろう。特に、2楽章のアンダンテ。メシアンが“モーツァルトの音楽の、全音楽の最も美しいページの一つ”と称えたが、“この旋律は1967年のスウェーデン映画『みじかくも美しく燃え』で使われた”といった有名な話もある。多分、ほとんどの人は映画も観ないまま、単なる修飾語として知っている。まぁ、この映画も随分遠くなった。それに映画を引き合いに出す必要もないくらいこのアンダンテは美しく、作品のまとまりも素晴らしい。
 ただ、無性に聴きたくなるのは、いつも「23番」と「12番」の方ではあるけれど。

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