2023/1/26 大山大輔 シューベルトの歌曲 ― 2023年01月26日 15:08
ランチタイムコンサート「音楽史の旅」
⑤シューベルトの歌曲
日時:2023年1月26日(木) 11:00開演
会場:かなっくホール
出演:バリトン/大山 大輔
ピアノ/宇根 美沙惠
解説/飯田 有抄
演目:白鳥の歌 D.957より「セレナーデ」
冬の旅 D.911より「おやすみ」「菩提樹」
野ばら D.257
楽に寄す D.547
4つの即興曲集 D.935より第2番変イ長調
魔王 D.328
シューベルトの初期、中期、後期における代表的なリートを集めたコンサート。といってもシューベルトは30歳そこそこまでしか生きられなかったから、この区分けに意味があるのかどうか分からないけど。
大山大輔は、一昨年、同じかなっくホールに登場し、中江早希と一緒にモーツァルトで楽しませてくれた。それより前には、野田秀樹の演出、井上道義が指揮した「フィガロの結婚」のフィガ郎(フィガロ)役が、なかなか素敵だった。
今日最初は、遺作の歌曲集「白鳥の歌」より「セレナーデ」。「白鳥の歌」はシューベルトが亡くなったあと、遺された14の歌曲を兄たちがまとめて出版したもの。「セレナーデ」はその4曲目、レルシュタープの詩に基づく。恋する人への切々たる想いを大山さんが表現力豊かに歌った。
恋に敗れ冬の夜に独り彷徨い歩く若者の荒涼たる心の景色を描いたのが、ミュラーの詩に基づいた「冬の旅」。作曲の年には、敬愛するベートーヴェンが没し、作詞のミュラーも33歳の若さで夭折、翌年には作曲者自身が31歳の生涯を終える。シューベルトは死の床にあってまでこの連作歌曲集を校正していたという。
第1曲目の「おやすみ」。失恋した若者が雪に閉ざされた冬の真夜中に旅立つ。よそ者として町にやって来て、またよそ者として去って行く。第5曲が「菩提樹」。枝が風にざわめき“ここがお前のやすらぎの場所だ”と囁く。死への誘惑を振り切り、菩提樹をあとにする。けれど、あのざわめきが聞こえる、誘惑の声がなおも耳の底で鳴っている。
宇根さんのピアノが風景描写をするのだけれど、それは大山さんが歌う主人公の心象を映した景色、絶望の目でみた風景。シューベルトが書いた細かいピアノの動きとモノローグのような歌とが相乗され、いっそう涙をさそう。
「野ばら」はゲーテの詩につけた曲。シューベルト18歳の作品、多分もっとも親しまれている歌曲。“童はみたり 野なかの薔薇…”で知られている。詩全体をよくよく見渡すと意味深ではあるが。大山さんは、ここで突然少年になったような軽やかさ。中学校の唱歌の時間が蘇ってきた。
「楽に寄す」は堀内敬三の訳詞で有名。最近は「音楽に寄せて」とも。親友であるショーバーの詩に作曲したもの。“荒々しい人生において、音楽が私の心に温かな愛の光を灯し、素晴らしい世界へと連れて行ってくれた”と歌う。小ホールでのプロ歌手の声量は余裕十分。その分、音色を繊細に変化させることができるし、感情の投入も容易になる。大山さんのゆったりした余力を残した声が響きわたる。
以上で歌は一旦小休止。飯田さんと出演者との間でお話を少々。そのあと、宇根さんのピアノ独奏でD.935の即興曲集より第2番。4分の3拍子の舞踏風な曲で場面転換。
最後は「魔王」。「野ばら」と並ぶ初期の傑作で、テキストも同じくゲーテ。原詩についてはゲーテのことだから「野ばら」も「魔王」も多様な解釈がなされ喧しい。
それはさておき、曲自体は疾駆する馬、子供を狙う魔王、恐れおののく子供、無力な父親を並置して極めてドラマチック。仮に魔王を自然の脅威と捉えれば、所詮、抗うことはできず、理解することもできない、人智を超えたものへの恐怖が曲を通して忍び寄る。
大山さんの歌はまさに対話劇のよう。一幕物の歌芝居が終わって、予定の時間となった。