2022/11/19 小泉和裕×神奈川フィル オネゲル「典礼風」とベートーヴェン「英雄」2022年11月19日 19:37



神奈川フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会第381回

日時:2022年11月19日(土) 14:00
場所:横浜みなとみらいホール
指揮:小泉 和裕
演目:オネゲル/交響曲第3番「典礼風」
   ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調Op.55
          「英雄」


 みなとみらいホールの改修が終わった。10月下旬にリニューアル記念事業として沼尻×神奈川フィルの演奏会(アルプス交響曲)が開催されたが、行くことができなかった。今日が初御目見得である。
 ホールのリニューアルオープンにあたっては、スプリンクラー事故や、落下防止網棚の対応など新聞沙汰が相次ぎ、幸先のいい出足ではない。とくに、新たな落下防止策は不評で、批判を受けて張り出した網棚を慌てて撤去したものの、手摺やワイヤーは設置されたままで視界の妨げとなっている。もともとこのホールのバルコニー席はオペラシティホールと同様、舞台の視認性はよくない。それをさらに悪化させたのだから非難囂囂の騒ぎとなってしまった。

 このホールに小泉和裕とともに神奈川フィル定期演奏会が帰ってきた。シンフォニー2曲を携えて。

 1曲目は「典礼風」。
 小泉は、指揮台に上がって、両足の位置を決めたら、曲が終わるまで半歩も動かない。楽章間に足を踏み替えることもしない。上半身のみでの指揮である。目を閉じることはないけど恩師カラヤンの指揮姿にますます似てきた。譜面台は置かない。協奏曲でさえ暗譜で振る人だから、当たり前か。そんな指揮のスタイルでもって、オネゲルを堅牢な構築物として作り上げた。
 「典礼風」とは不思議な標題だが、キリスト教の儀礼のことを指しているらしい。各楽章のタイトルも「怒りの日」「深き淵より」「我らに平和を」とミサや詩編から採られている。第1楽章は、低音楽器とピアノが絶叫する威圧的で狂暴な音楽。こういったピアノの使用法は、ショスタコーヴィチにもみられる。そういえば、ショスタコはこの「典礼風」を2台のピアノのために編曲している。音楽は激しい嵐のあと、減衰して終わる。第2楽章は深く沈潜した祈りの音楽、フルートによって吹奏される結尾の主題は、第1楽章の最後でも登場した「鳩のテーマ」、第3楽章は行進曲、機械的に前進を続け、制御不能なまでに拡大し、破壊し尽くされる。そのあと訪れる静寂、ピッコロがやはり「鳩のテーマ」を復唱し、静けさの中へ消えていく。
 この曲、前の大戦のあと、すぐに書かれている。機械文明が戦争の厄災を大きくし、その進行は止めようがない、とオネゲルは音楽で語っているよう。見方によれば「パシフィック231」もそうだった。人は、いずれ『ターミネーター』の世界と対峙することになるのだろうか。

 2曲目が「エロイカ」。
 小細工は一切なし、基本インテンポで押し通す。しかし、各楽章を並べてみると、急緩急緩。第2楽章は葬送行進曲だから当然だが、第4楽章をじっくり聴かせた。スケルツォの勢いにまかせて、終楽章を畳みかけるように息せき切って演奏する場合もある。小泉はコーダの追い上げは凄まじいが、一つ一つの変奏を丁寧に描き分けるように演奏した。その第2楽章と第4楽章がとりわけ名演だった。聴き終わって、やはりこの曲はとてつもなく革新的で巨大な曲だ、と再認識させるような演奏だった。

 小泉は音楽を建造物のように構築する。そして、音楽がどれほど激情してもその形が崩れない。だからこそ交響曲が交響曲として現前に屹立する。それぞれの交響曲の価値がしっかりと伝わってくる。シンフォニーを振らせて、シンフォニーそれ自体を再認識させる指揮者は、それほど多くいるわけではない。