2023/8/1 ヴァイグレ×読響 ベートーヴェン「交響曲第8番」と「リング」2023年08月02日 12:57



フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2023
 読売日本交響楽団

日時:2023年8月1日(火) 19:00開演
場所:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
演目:ベートーヴェン/交響曲第8番 ヘ長調Op. 93
   ワーグナー/楽劇「ニーベルングの指環」
        (デ・フリーヘル編曲)


 コンマスは日下紗矢子、アシストは林悠介。日下さんは髪を短く束ねイメチェン。東響から移籍したオーボエの荒木奏美も久しぶりにミューザで拝見した。客席は少し空席が目立っていた。サントリーホールのダウスゴー×PMF公演と被った所為かもしれない。たしかにこの2公演のどちらかを選択するのは悩ましい。

 ベートーヴェンは弦12型、重量級の読響にしては軽やかに。先だっての小泉×神奈川フィルの「8番」に比べると、軽快で滑稽味もあり、お茶目な印象だった。ヴァイグレは終始笑顔で楽しそうに指揮をしていた。身動きも大きく表情も変化に富んでいた。就任公演のブルックナー「第9番」の手探り状態からコロナ禍の同「第6番」などを経て、読響との信頼関係は確固としたものになっているのだろう。
 「8番」はベートーヴェンの交響曲のなかでは余り演奏されない作品のひとつ。ヴァイグレはプレトークで、読響が「8番」を取り上げるのは珍しいと語っていた。まさしく演奏頻度も低いが、小粋に面白く聴かせるのもなかなか難しい曲ではある。

 後半は、デ・フリーヘル編曲の楽劇「ニーベルングの指環」。
 「オーケストラル・アドヴェンチャー」と題され声楽を含まない。1991年にオランダ放送フィルの打楽器奏者ヘンク・デ・フリーヘルが「リング」全15時間を約1時間強のオーケストラ曲にまとめたもの。1992年にエド・デ・ワールトによって初演された。
 序夜から順を追って第3日までの重要な音楽やライトモティーフが以下のように並べられている。

序夜 「ラインの黄金」
 1. 前奏曲
 2. ラインの黄金
 3. ニーベルハイム
 4. ヴァルハラ
第1日 「ワルキューレ」
 5. ワルキューレたち
 6. 魔の炎
第2日 「ジークフリート」
 7. 森のささやき
 8. ジークフリートの英雄的行為
 9. ブリュンヒルデの目覚め
第3日 「神々の黄昏」
 10. ジークフリートとブリュンヒルデ
 11. ジークフリートのラインへの旅
 12. ジークフリートの死
 13. 葬送行進曲
 14. ブリュンヒルデの自己犠牲

 オランダ放送フィルのデ・フリーヘル編曲「リング」は、マルクス・シュテンツの指揮で聴くことが出来る。

 https://www.youtube.com/watch?v=1PBhlPeTJ_g

 読響は弦16型に増強し、松坂隼をトップにしたホルン9(うち4はワグナーチューバ持ち替え)、ハープ4、テンパニ2、打楽器さまざま、といった編成。松坂さんは前半のベートーヴェンでもトップを務めていたから獅子奮迅の働き、でも、ちょっと酷使しすぎ。
 「ラインの黄金」とくに<前奏曲>は、ホルンが最弱音から分散和音を繰返し、つぎつぎと管楽器が加わって、原始霧のなかから世界が立ち上がってくる。緊張感をはらみ演奏の難易度が高い。この出だしがやや不安定だったのが残念。しかし、<ニーベルハイム>の金床の音で持ち直し、「ワルキューレ」では立派な音楽となっていた。そして、「ジークフリート」を経て「神々の黄昏」の後半、<葬送行進曲>から<ブリュンヒルデの自己犠牲>にかけては熱量も極まり、壮大な音響に包まれた。全体にもう少し精度が高ければ申し分なかった。

 先月の25日から本場バイロイトでも音楽祭がはじまっている。今年はチケットが売れ残って話題となっている。もっともチケットが有ろうが無かろうがバイロイトなどには行けるはずない。
 ヴァイグレの指揮によるワーグナーによって―――祝祭劇場の深いピットの底から鳴り響くオケの音は、解像度の高いミューザとは随分違うとしても―――バイロイトの気分だけでも味わった夏の夜だった。

2023/8/5 プッチーニの「トスカ」2023年08月05日 17:51



あこがれ inかなっく
 プッチーニ「トスカ」(ハイライト)

日時:2023年8月5日(土) 14:00 開演
会場:かなっくホール
指揮:高橋 健介
出演:ソプラノ/嘉目 真木子(トスカ)
   テノール/澤原 行正(カヴァラドッシ)
   バリトン/大川 博(スカルピア)
   バリトン/高倉 群(アンジェロッティ&従者)
   ピアノ/寺本 佐和子


 かなっくホールにおける「あこがれプロジェクト」(もとは呉市ではじまったオペラ公演)の2回目、昨年の「ドン・パスクアーレ」に次いで今年は「トスカ」。
 このプロジェクトの中心人物であるテノールの澤原行正、ソプラノの嘉目真木子、バリトンの大川博が前回に引き続いて出演、指揮とピアノも変わらない。バリトンの高倉群が新たに参加している。
 プッチーニの「トスカ」は人気のオペラ。満席ではなかったけど、珍しく若い女性たちが詰めかけ、観客の半数以上が女性客だった。

 ナポレオン軍が欧州を席巻し、イタリアではローマ共和国が廃止され教皇国家が復活した頃。歌姫トスカと画家のカヴァラドッシは恋人同士。反体制派のカヴァラドッシは、前ローマ共和国統領アンジェロッティの逃亡を手助けする。警視総監のスカルピアは、逃亡幇助によりカヴァラドッシを捕らえる。アンジェロッティは捕り手に囲まれ自殺。悪漢スカルピアは、カヴァラドッシの助命を交換条件にしてトスカに言い寄る。追い詰められたトスカはスカルピアを刺し殺す。偽の銃殺刑のはずのカヴァラドッシは本当に処刑されてしまい、トスカは恋人を失い最後にはサン・タンジェロ城の屋上から身を投げる。主要な登場人物の全てが命を落としてしまうという大悲劇。

 「トスカ」の筋書きは凄惨だが、アリアの美しさには抗えない。
 第1幕の澤原行正が扮するカヴァラドッシのアリア「妙なる調和」は少し硬さが感じられたけど、悪漢スカルピアの「行け、トスカよ~テ・デウム」は盛り上がった。大川博の堂に入った歌で第1幕が終わる。第2幕のトスカのアリア「歌に生き、愛に生き」は嘉目真木子の絶唱、スカルピアとの二重唱も真に迫る。悪漢・大川博のアリアも圧倒的な迫力。第3幕の澤原行正の「星は光りぬ」は文句なし。若手の高倉群は一人で何役もこなした。落ち着いた所作とたしかな歌で応え将来が楽しみ。

 ハイライト上演のため、一部カットがあり、複数の登場人物が省略されたり統合されたりしているものの、大筋はしっかり確保されていた。舞台装置、衣装などは簡便ながら演技はそのままオペラハウスで振舞っていいほどのもの。
 あらためて「トスカ」のストーリーの緻密さに驚く。地のセリフはなくすべて音楽によって表現されるが、アリア、二重唱などの突き抜けた美しさもあって、自然と物語のなかへ引き込まれていく。やはり名作オペラである。

2023/8/8 秋山和慶×センチュリー響 ドヴォルザーク「交響曲第8番」2023年08月09日 13:03



フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2023
 日本センチュリー交響楽団

日時:2023年8月8日(火) 19:00開演
場所:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:秋山 和慶
共演:ヴァイオリン/HIMARI
演目:シューベルト/交響曲第5番 変ロ長調D.485
   ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調Op.26
   ドヴォルザーク/交響曲第8番 ト長調Op.88


 日本センチュリー交響楽団の前身は大阪センチュリー交響楽団。Wikiによると大阪府出資の吹奏楽団(大阪府音楽団)が1989年に交響楽団に改組されて設立された。その後、2011年橋下知事の時代に補助金がカットされ民営化、現在の名称に変更された。
 指揮者陣は首席が飯森範親、首席客演が久石譲、ミュージックアドバイザーが秋山和慶。楽団員は約50名、弦10型2管程度の編成が基本だろう。今回は3曲とも12型で演奏された。コンマスは都響の山本友重がゲストで座った。

 はじめてセンチュリー響を聴いたが見事な音楽集団。個々の演奏技術が高く、驚異的な合奏能力を誇る。首都圏オケでもなかなか太刀打ちできないほどの水準。低音から高音、弱音から強音まで、パートそれぞれが緻密でバランスがいい。
 弦はとくにチェロが雄弁、コントラバスと共に底力のある低音をつくり出していた。ヴァイオリンも一体感のある美しさ。木管は歌心に満ち、気づくと必要な場面できっちりと鳴っている。金管は伸びやかで瑕瑾なく安定している。オケの音は柔らかく包み込まれるようで、手触りの良い織物のような風合いだ。
 オーケストラは各パートの主張と全体の均衡とのせめぎ合いだと思うが、それが理想的な形で実現している。もちろん秋山さんの手腕は大きいといえ、オケ自体がつくりあげてきた歴史の成果だろう。

 センチュリー響は、10年前に“潰れてもかまわぬ”と言わんばかりの横暴で、補助金がストップされ、民間の寄付に頼りながら苦難の道を歩んできた。日本のオケは大なり小なり同じような状況下にある。酷い話だがこれが現実。
 大阪では当時、文楽に対しても厳しい姿勢がマスコミ沙汰になっていた。先日は国立科学博物館のクラウドファンディングが話題だった。これも目標額の達成を喜ぶより、国は恥ずべき事だとは思わないのか。
 科学や文化活動は一度壊れてしまえばそれを取り戻すに何十年、何百年とかかる。破壊することは誰にでもできる、守るべきものを守るのが大事で難しい。国や自治体は困難を避けることしか考えていないように思える。

 さて、1曲目はシューベルト19歳の時の「交響曲第5番」。秋山さんらしくしっかりした構成感、ゆったりとしているが鈍重なところは微塵もない。クラリネットを欠いたフルート、オーボエ、ファゴットたちの陰影が素晴らしい。丁寧に彫琢したシューベルトからモーツァルトが垣間見える。モーツアルトへのオマージュと再確認した
 2曲目はHIMARI(吉村妃鞠)をソリストにしてブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」。HIMARIは12歳、昨年アメリカのカーティス音楽院に最年少で合格している。秋山さんは現在82歳だから祖父と孫というよりは曾祖父と曾孫といったほうがいい。
 秋山さんの劇的で強固なサポートをバックに、HIMARIの技巧と音が際立つ、すでに立派なソリスト。2楽章の濃厚な歌いまわしなど情感もたっぷり。この先どこまで成長するのか末恐ろしい。アンコールはナタン・ミルシテインの「パガニーニアーナ」、超絶技巧満載の曲を軽々と弾きこなした。
 休憩後、ドヴォルザーク「交響曲第8番」。秋山さんは年齢を重ねてますます若々しく俊敏に。第1楽章はキレキレのテンポ設定、中間のふたつの楽章は旋律をたっぷり歌わせ、小技も駆使する。しかし、決して過度にならない練達の技。終楽章の加減速とクライマックスの築き方はまさに名人芸。終演後はブラボーの嵐。

今年のサマーフェスティバルへの参加は3公演だけだったけど気持ちよく終了。なお。ミューザの夏祭りそのものは11日に最終日を迎える。

『ミッション:インポッシブル』最新作2023年08月16日 19:07



『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』
原題:Mission: Impossible - Dead Reckoning Part One
製作:2023年 アメリカ
監督:クリストファー・マッカリー
脚本:クリストファー・マッカリー、
   エリック・ジェンドレセン
音楽:ローン・バルフ
出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、
   レベッカ・ファーガソン、ビング・レイムス


 遅ればせながら『ミッション:インポッシブル』の最新作を観てきた。シリーズの第7作目、2部作の前編、ゆえにパートワン。
 最初から最後まで一瞬たりとも目が離せない。緊張とユーモア、闘いと友情。敵と味方が入り乱れる。誰が敵で誰が味方なのか。IMF(インポッシブル・ミッション・フォース)の親分でさえどちら側であるか分からない。登場人物はみな敵にみえる。一番巨大で手強いのは人工知能のようだけど。
 信頼できるのはイーサン・ハント(トム・クルーズ)のチームだけ。

 冒頭から一気に引き込まれる。ベーリング海の潜水艦、砂漠での銃撃戦、そこにはイルサ(レベッカ・ファーガソン)との再会が用意されている。空港でのAIの不気味な挙動と敵味方の追跡シーン、ローマの街中でのカーチェイス。
 カーチェイスは『007』シリーズや『フレンチ・コネクション』『マッドマックス』など語り継がれる名場面が多いが、その基本形をつくったのは1960年代のスティーブ・マックイーンの『ブリット』。坂道の多いサンフランシスコを舞台に臨場感あふれる追っかけっこ。マックイーンもマスタングを高速で飛ばしているものの、さらにフィルムの早送りなどでスピード感を高めていた。
 今ではそんな痕跡さえもない。バイクと車、車と車。イーサンとグレース(本作よりシリーズに参加したヘイリー・アトウェル)が、迫りくる敵から逃れるため手錠で繋がれたまま爆走する。このシーンは映画史上におけるカーチェイスの集大成といえそう。
 ヴェニスではドゥカーレ宮殿での心理戦と橋の上や小路での死闘、イーサンが駆ける駆ける。しかし、その甲斐もなくイルサを失うという衝撃が待っている。そして、メーキング映像でも話題となったバイクもろとも断崖絶壁からの跳躍しパラシュート飛行、列車の中と列車の屋根での壮絶な闘い、2時間45分ゆっくり息をつく場面がひとつとしてない。
 これぞハリウッドのアクション映画といわんばかりのてんこ盛り。ストーリーなどほとんど意味をなさない。ただ次から次へと繰り出されるアクションの凄まじさに唖然とするばかりだ。

 これが還暦を迎えた爺さまトム・クルーズのやること。アップになるとさすが歳を感じさせるところはあるけど、スクリーンのなかの出来事とはいえ、あのスタント、戦闘の身のこなし、疾走する姿はとても60歳の肉体とは思えない。想像を絶する日頃の鍛錬の賜物だろう。
 断崖からの跳躍も本編では数分の出来事、なれど、メーキング映像を見ると準備、訓練、試演に1年以上もかけている。撮影用の列車の製作だって数か月も費やしたという。ただただ観客を喜ばせたいというエンターテイメントの極地だ。
 脚本・監督は5作目からトム・クルーズとコンビを組んでいるクリストファー・マッカリー、二人の呼吸はぴったし。映像のキレ、テンポ、カメラワーク、光と影の調和、もう何もいうことはない。ひたすら感心した。
 音楽はローン・バルフ、ラロ・シフリンが作った「スパイ大作戦」のテーマをアレンジして用いるのはもちろん、ロック、ラテン、バラードなどの調べを取り揃え、活劇の面白さと喪失の悲しみ、光と闇の世界を音楽で支えている。

 夏休み、お盆休みせいもある。平日の昼上映にもかかわらず館内はほぼ満席。
 この『ミッション:インポッシブル』はまだしばらく公開されるようだ。アクション映画好きが見逃すはずはない。すでに国内興行成績は40億円を突破、今年公開の洋画実写の売上第1位を記録している。
 後編は前編と同時撮影されており、大部分が完成されていて、来年6月の上映予定。ただし、今夏の全米映画俳優組合の労働争議の影響で公開が遅れる可能性が高いようだ。
 『ミッション:インポッシブル』シリーズは第1作から数えて約30年、その前の1960年から70年代にかけてのTVの『スパイ大作戦』からみれば半世紀以上が経つ。「おはよう、フェルプス君」ではじまる『スパイ大作戦』の視聴は困難だが、『ミッション:インポッシブル』シリーズはPrime Videoで観れる。もう一度これらを見直しながら、後編を辛抱強く待ちたい。

飯守泰次郎2023年08月18日 12:57



 朝比奈隆と山田一雄は、活躍の中心がそれぞれ大阪と東京であったため、両御大に心酔していた地方の好事家は、二人の数少ない機会をみつけて演奏会に通っていた。
 同じころ飯守泰次郎が名フィルの指揮者に就任し、その後常任となった。名前も顔もほとんど知らなかったが、ときどき定期公演を聴くことになる。
 ベートーヴェン、ブラームスの作品など、情熱的で重量があって腹に落ちる音楽だった。この人は特別な音楽家かも知れないと思った。ある日、演奏会形式のワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を聴いて、その思いは確信へと変わった。

 ワーグナーといえば、シティフィルの常任になってからの「ニーベルングの指環」。「オーケストラル・オペラ」と銘打ち上野の文化会館にて2000年から4年がかりで公演した。「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」は東京勤務のときだ。「神々の黄昏」は転勤をしていたから新幹線で駆け付けた。その演奏をいまだに細部まで思い出すことができる。
 ブルックナーも名演ばかりだった。アマチュアの新響を振った「交響曲第8番」。手兵シティフィルとの「交響曲第5番」。金管の大事故があったけど、それ以上の感銘を与えてくれた。
 そして、最後の舞台となった4月のサントリーホールにおける「交響曲第4番」、意表をつかれるほど若々しい音楽だったのに。このときのコンマス荒井英治をはじめとするシティフィル楽団員の献身ぶりも忘れられない。

 飯守泰次郎、享年82歳、2023年8月15日急性心不全のため逝去。ヤマカズや朝比奈を喪ったときのように悲しい。