2024/9/23 井上道義×読響 プッチーニ「ラ・ボエーム」 ― 2024年09月23日 21:58
全国共同制作オペラ プッチーニ「ラ・ボエーム」
東京芸術劇場シアターオペラvol.18
日時:2024年9月23日(月祝) 14:00 開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール
指揮:井上 道義
演出:森山 開次
管弦楽:読売日本交響楽団
出演:ミミ/ザン・マンタシャン
ロドルフォ/工藤 和真
ムゼッタ/イローナ・レヴォルスカヤ
マルチェッロ/池内 響
コッリーネ/スタニスラフ・ヴォロビョフ
ショナール/高橋 洋介
ベノア/晴 雅彦
アルチンドロ/仲田 尋一
パルピニョール/谷口 耕平
ダンサー/梶田 留以、水島 晃太郎、
南帆 乃佳、小川 莉伯
合唱/ザ・オペラ・クワイア
世田谷ジュニア合唱団
バンダ/バンダ・ペル・ラ・ボエーム
演目:ジャコモプッチーニ/歌劇「ラ・ボエーム」全4幕
フェスタサマーミューザを病気で降板した井上道義が復帰した。井上が自身最後のオペラに選んだのは、青春の歌「ラ・ボエーム」、森山開次演出による新制作である。一昨日の21日が初日で、このあと全国共同制作オペラとして宮城、京都、熊本など各地を巡回する。
森山は台本にない4人のダンサーを加え、その振付と美術、衣装も担当した。舞台背景は決して奇抜なものでなく、正統的ながら様々な工夫を凝らし斬新でもあった。森山自身の言葉を借りれば「芸術の息吹」としてのダンサーもそのひとつだが、画家のマルチェッロを藤田嗣治に見立てたのも、緞帳がないこともあって1幕と2幕の幕間に小劇を挟み場面転換としたのもそう。総体として違和感のない「ラ・ボエーム」の世界をつくりあげた。
歌手は粒ぞろい。ミミのマンタシャンは声、姿形とも可憐で清楚、ロドルフォの工藤和真は悩みを抱えながらも若々しい声で、二人はベストコンビ。もう一組のムゼッタのレヴォルスカヤとマルチェッロの池内響も釣り合いがとれていた。マルチェッロの外形は藤田嗣治の投影だから、おかっぱ頭に丸眼鏡。コッリーネのヴォロビョフ、ショナールの高橋洋介にも不足はない。歌手たちがこれだけ高水準だと安心して聴くことができる。
第1幕では「冷たい手」から「私はミミ」で早くも目頭が熱くなる。二重唱を終えるまで涙を隠すのに苦労した。第2幕は混声合唱、児童合唱、バンダが入って賑やかに雑踏を描く。街の賑わいからレストラン内部への移動も円滑。華やかな音楽が鳴り響いた。休憩後、第3幕では雪の朝、ミミがロドルフォに別れを告げる。切ない二重唱で涙腺崩壊、そのままマルチェッロとムゼッタの諍いがからんだ四重唱まで涙は途切れない。第4幕のミミが登場した以降はもう嗚咽をこらえるのに難儀した。「ラ・ボエーム」では何が起こるかは分かっているのだけど、分かっているからこそ尚更ということもある。いや筋書きではない、プッチーニの書いた音楽の所為である。各楽器の音色のきらめき、高揚と沈潜の歌声が描く心理と情感、何という音楽!
まさしく井上道義入魂の「ラ・ボエーム」だった。とくに、ミミのアリアはテンポを落とし、間合いをはかり、弱音を際立たせ、非常に繊細に細やかに表現した。ふだん豪壮な読響がこんなにも甘く儚い音楽を奏でるとは信じられないほど。井上の気迫と呼吸がオケに乗り移ったのだろう。
開演前、ホールと同じフロアの別室で開催されていた「井上道義音楽生活写真展」を観た。幼児期から近影まで多数の写真が展示されていた。
そういえば井上が長髪のときから聴いて来た。今年末で引退、どうやら今日が最後の演奏会である。