2023年の演奏会のまとめ2023年12月25日 16:00



 今年通ったコンサートは56公演、ほとんどはオーケストラ作品で、室内楽は6公演、オペラは3公演のみだった。昨年に比べると少し減ったが、平均するとほぼ週1のペース。目標である月2程度をまた上回ってしまった。案の定、4公演ほどは体調を崩して聴くことができずチケットを無駄にした。来年は本腰を入れて演奏会を減らさなければならない。

 このうち、ベトナム国立交響楽団の歌劇「アニオー姫」が強く印象に残った。日越外交関係樹立50周年記念に向け、音楽監督の本名徹次が中心となって立ち上げたプロジェクトで、熱い演奏と親しみやすい歌唱で綴った気持ちのいい舞台だった。
 400年前の実際にあった史実をモチーフにして制作された。御朱印船の時代、貿易商荒木宗太郎が今のベトナム中部の王女アニオー姫と結ばれ、地元長崎へ戻る。その後、日本では鎖国政策が始まって、姫は帰郷できないまま異国の地で亡くなる。「オペラには殺し、嫉妬、愛が必要だ」と言われているけど、「アニオー姫」には殺しも嫉妬も欠けている。悪人が一人も登場しない愛にあふれた物語だった。長崎ではアニオー姫が国から持ってきた鏡を大切に保管しており、いまでも祭事「長崎くんち」において7年に一度「御朱印船」の演目が奉納されているという。
 同じ歌劇でもノット×東響の「エレクトラ」(演奏会形式)の音楽は強烈だった。昨年の「サロメ」に続いてのR.シュトラウスのコンサートオペラシリーズ第2弾。管楽器は4管、ヴァイオリンとヴィオラが各3パート、チェロ2パートにコントラバス、総勢120人というとんでもない編成。タイトルロールのクリスティーン・ガーキーの声は強靭で最初から最後まで歌い続けるスタミナに圧倒された。音楽的には「サロメ」のほうに魅かれるが、「エレクトラ」は音楽を聴いたというより何か途轍もないものを体験した、という感じが今でもする。

 演奏規模においてオペラと対極にある室内楽では、ヴァイオリンの周防亮介が日フィルメンバーによる弦楽五重奏をバックに弾いたパガニーニの「ヴァイオリン協奏曲第1番」に感心した。周防亮介は輝かしい音色で音量も豊か、まさしくソリストの音。フラジオレットは繊細で安定している。スピッカートも活き活きとし、ダブル・ハーモニクスも軽々とこなしていく。ヴァイオリンが魔性の楽器だと再認識したくらい。甘美な音に酔い、出来のいいオペラに出会ったようなひと時だった。
 大山大輔が歌うシューベルトの歌曲集。「魔王」「菩提樹」「野ばら」「セレナーデ」などの名曲を、平日の昼、小さなホールで聴いた。恰幅ある声量、繊細に変化する音色によって、移り行く感情を余力をもって表現した。そういえば、大山は「アニオー姫」において演出と日本語作詞を担当して多彩な才能をみせていた。

 オーケストラ作品の最大の収穫は、プロオケではなく井上道義が指揮をした首都圏9音楽大学選抜オケの「シンフォニア・タプカーラ」。井上は書いている。“学生たちはコロナ規制のせいで、オーケストラ活動がいや、毎日の学業さえもが制限を受けていたためか、初めの練習は恐ろしく引っ込み思案で、モゴモゴした音を鳴らすか、逆に常軌を逸した馬鹿叩き、若者にもかかわらず変拍子は全く取れず「幼稚園からやり直せ!」と俺に言わせてしまう始末だった”と。ところが、本番はどうだ。弦楽器からは松脂が飛び散り、管楽器は咆哮し、打楽器は切れ味鋭く、凄まじい燃焼度をみせつけた。過去最高の「シンフォニア・タプカーラ」となった。
 前年に井上はN響で同じ曲を振っている。オケは余裕綽々、全く危なげのない演奏でN響の実力を思い知ったけど、オケ総体の生々しさでは音大合同オケのほうが遥かに上。どちらに感動したかといえば明らかに学生たち。ここが音楽の面白いところ。演奏の良し悪し、感銘の深浅は、技術の巧拙だけでは測れない。
 あいかわらず神奈川フィルと東響が演奏会通いの中心だったが、今年10回ほど聴いた神奈川フィルは可もなく不可もなく、とりたてて落胆することもなければ肺腑をえぐるような演奏もなかった。むしろTVドラマ『リバーサルオーケストラ』における児玉交響楽団としての活躍のほうが印象的。楽団のローカリティというか庶民性がよくあらわれていて、ドラマとともに神奈川フィルを改めて見直した。
 東響の演奏会は年間15回と最多。先の「エレクトラ」以外のノット指揮では、ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」とブルックナーの「交響曲第1番」が、ノットと東響の集中力と即興性を顕わにした熱演だった。前監督スダーンの緻密かつ力強い演奏も健在、来年が楽しみだ。ウルバンスキ、マリオッティ、ヴィオッティの中堅指揮者3人の音楽は、「新世界より」「グレイト」「英雄の生涯」のどれもが刺激的で、将来に期待をつなぐことができる仕上がり。
 今期は新日フィルの定期会員に復帰した。佐渡裕は「アルプス交響曲」、デュトワは「火の鳥」「幻想交響曲」、久石譲はマーラー「交響曲第5番」など、満足すべき演奏会に恵まれた。ただ、会場のすみだトリフォニーホールがあまりに遠い。来期の会員継続は諦めることにした。
 シティフィルは飯守泰次郎を失った。4月に聴いた特別演奏会、ブルックナーの交響曲「第8番」と「第4番」が最後の公演となってしまった。そのときのプログラムノートに飯守は“音楽というのは、生きているもの―――どこかに決定版というものがあるのではなく、演奏者も聴き手もそれぞれが成長して変化する”と書いていた。80歳を越えてなお飯守の音楽は進化していた。さらに、その先を確かめることはもうできない。痛恨の極みである。
 N響、都響、読響はそれぞれ1、2度しか聴いていない。いずれも運営基盤は盤石で財政的にも恵まれ、団員を多く抱え技量的にも優れているはず。過去には幾つもの名演奏に遭遇しているけど、今年は指揮者のせいか、聴き手の体調のためか、総じて不満の残る演奏だった。
 地方オケではオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)、山形交響楽団、日本センチュリー交響楽団を聴いた。各楽団は個性的かつ独自の魅力を備えている。OEKは広上淳一が指揮をした。ベートーヴェンを緩急、強弱によって煽ることをせず、音色の微妙な変化で曲を組み立てて行く円熟の手法に感心した。山響はナチュラル楽器によるくすんだ音ながら、鈴木秀美が熱気あふれるシューベルトを演奏し興奮させてくれた。センチュリー響は驚くべき合奏能力を披露、ドヴォルザークを振る秋山和慶の練達の技にも舌を巻いた。

 さて、来年こそは演奏会通いを半減させるつもり。定期会員や連続券が回数増の原因だからその見直しを行う。東響の川崎定期は年5回と少ないのでそのまま継続、年間10回の連続券を検討していた名曲全集は5,6公演に絞る。モーツァルトマチネの連続券購入は取りやめる。神奈川フィル定期は連続会員からセレクト会員に変更した。新日フィルのトリフォニー定期会員は継続しない。都響はサントリー開催のプログラムが魅力的ながら夜公演のため負担が大きい。定期会員の復帰は見送り、全公演のなかから昼公演を幾つか選ぶ。そして、他のプロオケは積極的にアプローチしない。そうすれば、フェスタサマーミューザや音大オケ、アマチュアオケなどを何公演か聴くことになっても、年間30公演前後に圧縮できると思う。無理をせず身体と相談しながら楽しみたい。