2021/5/22 沼尻竜典×神奈川フィル 武満・三善・マーラー「交響曲第4番」2021年05月23日 13:35

 

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 第368回

日時:2021年5月22日(土)14:00
場所:神奈川県民ホール
指揮:沼尻 竜典
共演:ヴァイオリン/石田 泰尚(武満)
   ピアノ/石井 楓子(三善)
   ソプラノ/中村 恵理(マーラー)
演目:武満徹/ノスタルジア
   三善晃/ピアノ協奏曲
   マーラー/交響曲第4番ト長調

 先週の「鳥は星形の庭に降りる」に引き続いての武満、“アンドレイ・タルコフスキーの追憶に--ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための”という副題のある「ノスタルジア」。
 今回は幸い迷子にはならなかった。弦のみの小編成ということもあるが、何より指揮者沼尻の的確なタクトの賜物だろう。弦の各パートから次々と美しい音を引き出してくる。
 ソロは神奈川フィルの首席ソロ・コンサートマスターの石田泰尚。三上亮がゲストコンマスを務めた。石田泰尚は組長(弦楽合奏団石田組を率いている)と言われるように、まさにそれらしき風貌だが、音は繊細で柔らかい。その面構えと紡ぎだす音との落差も魅力のひとつ。
 タケミツが欧米でもてはやされるのは、淡いフォルムとミステリアスな音響のせいか、と何となく理解するが、やはり、自分にとって“どうしても”という作品にはなりそうもない。

 三善晃の「ピアノ協奏曲」は、単一楽章ながら3部構成、弦と管及び打楽器が総動員。
 舞台転換中に石田組長は着替えてコンマス席に、三上さんはサブに回る。それにしても短いとはいえソロのあと、次曲でコンマスに変身するとは思わなかった。
 三善の作品、中間部以外は激しく破壊的なエネルギーに溢れている。ここでも沼尻のコントロールは見事。ただ、音響的には特別驚くほどでなく、物語が目に浮かぶ風でもない。どこかで聴いたような…あの時代の日本のゲンダイ音楽という感じ。ソリストの石井さんはこの難曲を暗譜で弾き切った。余談ながら三善は沼尻の桐朋学園時代の恩師。

 ここまでが前半で2曲合わせて30分程度。休憩を挟んで後半はマーラーの「交響曲4番」。

 マーラーの「4番」は、たまたまノット×東響と重なった。当初ノットはチャイコフスキーの「悲愴」に初挑戦の予定であったが、来日の遅れもあってプログラムをマーラーに変更した。首都圏で同一日時の「4番」対決に。Twitterなどではノット×東響への囁きが圧倒的に多いが、沼尻×神奈川フィルも素敵な演奏だった。
 沼尻は早めのテンポ、と言っても柔軟に緩急をつけ、歌うところは十分に歌わせる。それぞれの楽想における楽器の役割をくっきりさせ、どの場面でも各声部がはっきり聴こえてくる。神奈川フィルのメンバーもヴァイオリンの直江さん、ヴィオラの大島さん、ファゴットの鈴木さんなど、春音祭オケから戻ってきており本来の体制で臨む。
 先月のブルックナーに続いて坂東さんを中心としたホルン隊が絶好調。オーボエをはじめとする木管も反応が鋭い。コンマスのソロが頻発するから石田組長は八面六臂の働き。ソプラノの中村恵理の声は強靭、ここでの声はもっと軽く柔らかいほうが好みだとしても、これほどの演奏においては贅沢というもの。
 たしかに「4番」は、マーラーの交響曲としては小ぶり、1時間足らずの演奏時間、声楽は入るもののきちっとした4楽章構成。「3番」で活躍したトロンボーンも使っていない、チューバもない。肥大化した「2番」「3番」から純器楽曲の「5番」「6番」に繋ぐような位置取り。地獄、天国の相克はあるにせよ、また「天上の生活」も皮肉がこめられてはいるものの、マーラーの交響曲のなかでは、やはり一番優しく穏やかで平和な世界がひらけてくる。その音楽を通した景色に思わず涙する。

 沼尻は次年度から神奈川フィルの音楽監督に就任予定。管弦楽はモーツァルトからマーラー、ショスタコーヴィチを経て現代音楽まで。オペラもモーツァルトはもちろんワーグナー、ヴェルディは当然としてベルクや自作品まで。レパートリーは膨大。間違いなく将来は新国の芸術監督になる。
 神奈川フィルは川瀬とのコンビで新鮮な発見を数々みせてくれたが、沼尻との相性も良さそう。これからどんな化学反応が起きるのか、大いに期待したい。


<付記>
 同日のノット×東響の演奏は、5月30日まで下記のニコニコ動画で視聴できる。

 https://live.nicovideo.jp/watch/lv331831125

 ノットらしくアクセントがきつく、伸縮自在、強弱の振幅が大きい。全体としてはかなりゆったりとした進行。録音だとバランスの悪いところや演奏上のキズも幾つかあるが、生であれば素晴らしい体験だったろう。
 27日のマーラーを楽しみにしよう。

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