2022/6/10 広上淳一×日フィル プロコフィエフとショスタコーヴィチ2022年06月11日 12:05



日本フィルハーモニー交響楽団 
   第378回横浜定期演奏会

日時:2022年6月10日(金) 19:00 開演
会場:神奈川県民ホール
指揮:広上 淳一
共演:ヴァイオリン/ボリス・ベルキン
演目:プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第2番
           ト短調 op.63
   ショスタコーヴィチ/交響曲第5番 ニ短調 op.47


 本当は、桂冠指揮者で芸術顧問のラザレフが振る予定だった。日フィルのHPには「現在起きている諸状況を考慮し、楽団と同氏の双方で協議を重ねた結果、残念ながら今回の来日を断念することになりました」とアナウンスされ、広上に代わった。

 都響においてもピアニストのニコライ・ルガンスキーが「現下の諸状況に鑑み、双方で協議を重ねた結果、残念ながら今回の来日を断念することになりました」と同じような文面で告知されていた。
 東フィルのプレトニョフは来日している。ボリス・ベルキンはロシア人であっても西側に亡命しているから?そのまま登場。紛争の影響とはいえ、すっきりしない対応ではある。

 音楽は、政治と関係ない、政治から超越している、との野暮は言わない。そればかりか政治や社会環境と作家の緊張関係は、揺れ動く感情を介して音楽に刻印されるものだろう。それは音楽の始原からしてそうだった。ショスタコーヴィチ作品の屈折、本音と建前をあらためて指摘するまでない。
 演奏も同様だろう。音盤を通してさえメンゲルベルクの「マタイ」、フルトヴェングラーの「エロイカ」の只ならない気配は感じる。生身の演奏会であれば尚更、すべての演奏会がその時々の政治・社会の背景から逃れることはできない。
 だからといって、否、だからこそ、「敵性音楽」を禁止した阿呆なようなことを、またぞろ繰り返しているのは情けない。政治・社会と音楽は、もちろん関連する。しかし、政治・社会の犯した愚を音楽と音楽家に負わしてはいけない。
 待て待て、政治・社会の愚かしさの帰結としての阿呆なのだから、それに対して何かができるというわけではない。ただ、自己に向けて小さく異議申し立てをしておきたい。

 さて、広上×日フィル+ベルキンの演奏。
 指揮者広上とソリストのベルキンとは30年来の友人で、一緒に録音をし、国内の演奏会だけでも日フィル、N響、読響、京響、名フィル、札響などと共演している。プログラムノートによると広上&ベルキンと日フィルとの組み合わせは今回で5度を数えるという。このプロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲第2番」も何度かとりあげていて、まるで、はじめから二人のために用意したような演目である。

 作曲家プロコフィエフもロシアから亡命した。しかし、長い亡命生活のあと祖国に戻る。「ヴァイオリン協奏曲第2番」は、その祖国永住の決意を固めたころに書いたという。因みに「ヴァイオリン協奏曲第1番」は、若き日、ロシアから亡命する直前に書かれている。

 ベルキンは1948年生れ、70歳半ばの老人だが、見た目も仕草も若々しい。
 試し弾きのように音楽をはじめ、力みは一切なく自然体のまま終えた。作曲家から想像されるような激しさや鋭角的なところは希薄で、全体にソフトな肌ざわり。
 そうであっても音は一音たりともオケに埋没しない。すべての音が鮮明に届いてくる。これはプロコフィエフの管弦楽法の故なのか、広上のツボを押さえたサポートの所為なのか。どうして、何よりもベルキンの熟練のなせるわざ、というべきだろう。
 第1楽章はちょっと郷愁を誘うような民謡風の旋律が耳に残る。第2楽章は本演奏の白眉。機械的な弦楽器のピツィカートと木管楽器のスタッカートの上を、独奏ヴァイオリンが抒情的なメロディを奏でる。無機的な音と有機的な音が絡み合い、甘すぎず辛すぎず、現代社会における心の様々のようで、たまらずホロリと来た。第3楽章は躍動的な5拍子、7拍子といった舞曲風のリズムにのって打楽器が活躍、そのなかで独奏ヴァイオリンが豊かに鳴る。
 ベルキンのヴァイオリン捌きの見事なこと、いい音楽を聴かせてもらった。

 ショスタコーヴィチは、命の危険に晒されながらも、終生祖国に留まった。
 その一番の危機のとき、つまり、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が『プラウダ』上で“音楽の代わりの支離滅裂”“荒唐無稽”と批判され、スターリンの不興をかった。
 このとき強力な援助をしてくれたのが、トゥハチェフスキー元帥だった。音楽愛好家であった元帥は、恐怖と絶望の渦中にあったショスタコーヴィチを救うため、スターリンに嘆願書を書いてくれた。ショスタコーヴィチ自身も自己批判の姿勢を示す交響曲を書く。これが「5番」。
 話はこれで終わらない。「5番」を作曲している途中、彼を窮地から救ってくれたトゥハチェフスキー元帥が突然逮捕される。でっちあげの「スターリン暗殺計画」に関与したとして銃殺刑となる。ショスタコーヴィチも秘密警察に呼び出され、トゥハチェフスキー元帥との関係を尋問される。このときショスタコーヴィチは死を覚悟した。ところが、嘘のような偶然で、彼を尋問していた人間が刑務所送りとなって難を逃れる。
 「5番」は完成した。ムラヴィンスキー×レニングラード・フィルによる初演は圧倒的な成功をおさめ、「改悛の情明らか」と認められ名誉を回復する。

 「交響曲第5番」は、表向きは「体制を肯定し、社会主義リアリズムに沿った作品」とされている。その後『ショスタコーヴィチの証言』(ソロモン・ヴォルコフ)が出版され、それには「強制された歓喜なのだ」とある。真偽不明ながらいろいろ騒々しい。
 また、交響曲のとことどころにビゼー「カルメン」からの引用があって、どう解釈するかについて議論が別れている。第4楽章には、直前に書いた「プーシキンの詩による四つのロマンス」の旋律があり、その歌詞は意味深である。<野蛮人の手によって汚された天才の絵は、年月が経って剥がれ落ち、やがて天才の創造物は美しさを取り戻し、われわれの前に現れる>と。とまれ、ショスタコーヴィチの韜晦、多義性を巡っては何冊も本が書けるほどだ。

 しかし、ここでは音楽そのものについての話。
 広上はさりげなく「交響曲第5番」を開始した。冒頭は低弦の動機がカノン風に推移し、ほとんどの演奏において極めて強い衝撃を与える部分だが、広上は呆気にとられるほど物静か。そして、そのまま冷え冷えとした音楽が続いていく。熱量がないわけではない、氷の炎が勢いを増していくような感じ、と言ったらよいか。寒々しい荒涼とした風景が映し出される。
 広上は加速、減速に癖があって、待ち構えているとはぐらかされる。その感触が曲によってはわざとらしさというより新鮮な驚きとなる。加えて、たえず主旋律を浮かび上がらせながら、副旋律のそれぞれを多分に強調するから、自ずと緊張感が高まって行く。
 「5番」は、ベートヴェン的な“苦悩の克服から歓喜へ”“闘争から勝利へ”といった文脈で語られ、「人民を鼓舞する分かりやすい音楽」として大人気となったけど、正直、楽観的な解放された気分などほとんど感じられない。暗く冷たく、外に怒りをぶつけるのではなく、内へ内へと怒りが向けられ、ついにはそれが頂点に達して崩壊する、といった風にしか捉えられない。また、それがショスタコの実際の心情ではなかったかと思う。
 広上の演奏は、その姿をよく表現していた。日フィルの演奏もほの暗い、それでいて透明感のある音質で弦・管・打いずれも好演、さすがショスタコを得意としているオケだけのことはある。
 広上は京響を退任したあと、ラザレフと並んで日フィルの芸術顧問に就任した。今後の活躍が楽しみだ。

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