2024/8/2 FSM:ノット×新日フィル マーラー「交響曲第7番」2024年08月02日 20:00



フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2024
     新日本フィルハーモニー交響楽団

日時:2024年8月2日(金) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョナサン・ノット
演目:マーラー/交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」


 直前になって降板した井上道義にかわり急遽指揮台に立ったのはジョナサン・ノット。今年もフェスタ サマーミューザのオープニング公演(7/27)を指揮し、そろそろ離日する予定だったのではないか。東響の尽力もあってのことだと思うが、よくぞ日程調整ができたものだ。
 ノットと東響は10年かけてマーラーの全交響曲を演奏している。「第7番」は5年ほど前に聴いた。ノットのマーラーは必ずしもすべてが納得できるわけではないけど、「第7番」は攻めに攻めた演奏で「大地の歌」「第9番」と並んで感心した演奏のひとつだった。
 その「第7番」を手兵ではない新日フィルで披露する。首都圏オケの音楽監督は地域内の他のオケを振らない、という不文律があるようだが、緊急事態の発生で珍しい組み合わせとなった。どんな化学反応が起きるのか極めて興味深い。

 初顔合わせでお互い手探りだったと言うこともある。東響が相手のときのようにスリリングで極限まで攻めこむ演奏ではなく、とりあえずは手堅くまとめた感じがした。それでも新日フィルは千変万化のノットの棒に良く反応し渾身の演奏をみせてくれた。
 二つの夜曲や開始楽章の後半、神秘的な光に包まれるような音楽は聴き応えがあった、もともと新日フィルは端正にして穏やかなオケだから、その特性は十分に発揮されていた。第3楽章の不気味なワルツはまずまず。歓喜にあふれる終楽章はちょっと表面的な演奏になってしまった。もっとも、この楽章は議論百出で、がらんどうのように能天気な音楽が相応しいのかも知れないけど。

 終演後、ノットは一等最初にホルンの日高さん、二番目にトランペットの山川さんを称えていた。たしかに金管はよく健闘した。コンマスは崔文洙、アシストは立上舞。
 満員の客席は大興奮、ノットと崔の一般参賀となった。それを横目で見ながらゆるりと退席することにした。

2024/8/4 あこがれ inかなっく モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」2024年08月04日 19:42



あこがれ inかなっく Vol.3
モーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」(ハイライト)

日時:2024年8月4日(日) 14:00 開演
会場:かなっくホール
指揮:高橋 健介
出演:ソプラノ/嘉目 真木子(フィオルディリージ)
   メゾソプラノ/遠藤 千寿子(ドラベッラ)
   ソプラノ/雨笠 佳奈(デスピーナ)
   テノール/澤原 行正(フェランド)
   バリトン/大川 博(グリエルモ)
   バリトン/大島 嘉仁(ドン・アルフォンソ)
   ピアノ/寺本 佐和子


 呉市ではじまった「あこがれプロジェクト」の横浜引っ越し公演。第3回目はいよいよモーツァルト。「コジ・ファン・トゥッテ」を“恋人たちの学校”という副題そのままに、舞台背景を学校の教室に見立てた上演。昔、晴海の第一生命ホールにおいて似たような公演を観たことがある。
 今回の歌い手は嘉目、澤原、大川のいつものメンバーに新たに遠藤、雨笠、大島が加わった。指揮とピアノは変わらない。

 正味2時間のハイライト版。ナポリの屋敷や庭園を学校の教室に読み替えた舞台ながら、劇としてしっかり見せるという方針なのか台詞に当たるレチタティーヴォ・セッコを丁寧に扱っていた(日本語字幕が広島弁?には笑ってしまったが)。
 その一方、第1幕における「毎日お手紙を下さいね」「風は穏やかに」「岩のように動かない」などのアンサンブルやアリアが省略されたり短縮されていたのは残念。第2幕のドラベッラやフィオルディリージが変装した恋人たちの誘惑に負けるところや、終盤の結婚式を経て真相が明かされる四重唱や六重唱では改めてモーツァルトの音楽の凄みを味わうことができたけど。
 今日初めて聴いた声楽家のなかではデスピーナを演じた雨笠佳奈に注目した。透明感のある声や軽快な動作が魅力的、バルバリーナやツェルリーナ、パパゲーナなども適役だろう。

 小さなホールでの一流の歌手たちの熱唱は贅沢な時間だったが、歌と劇との融合という面ではちょっと中途半端になってしまった。
 モーツァルトのオペラは、思い切ってアリアと重唱に絞り込んだ演奏会形式か、読み替えも省略もない本格的な舞台公演のどちらかで観賞するほうがよさそうだ。

2024/8/8 FSM:園田隆一郎×神奈川フィル 團伊玖磨&プッチーニ100周年オペラ・ガラ2024年08月08日 19:55



フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2024
     神奈川フィルハーモニー管弦楽団

日時:2024年8月8日(木) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:園田 隆一郎
共演:ソプラノ/木下 美穂子
   テノール/笛田 博昭
演目:<團伊玖磨生誕100年>
   新・祝典行進曲(管弦楽版)
   歌劇「夕鶴」から
    「与ひょう、あたしの大事な与ひょう」
   管弦楽組曲「シルクロード」
   <プッチーニ没後100年>
   歌劇「ラ・ボエーム」から「冷たい手を」
    「私の名はミミ」「おお、優しい少女よ」
   歌劇「トスカ」から「歌に生き、愛に生き」
    「星は光りぬ」
   歌劇「蝶々夫人」から第2幕2場への間奏曲
    「ある晴れた日に」「さらば愛しの家」
   歌劇「トゥーランドット」から皇帝入場の音楽
    「氷に包まれたあなたも」「誰も寝てはならぬ」


 フェスタ サマーミューザ(FSM)の神奈川フィル公演。今年はブルックナーとスメタナの生誕200周年で有名だけど、團伊玖磨の生誕100年、プッチーニの没後100年でもあり、アニバーサリーであるこの二人のオペラを中心にしたプログラム。プッチーニをまとめて聴けるのは嬉しい。
 本番前に園田隆一郎のプレトークがあった。30分ほどかけて一曲ずつ丁寧に解説をした。まるでレクチャーコンサートのよう。若い学生さんたちも詰めかけていたからこれは有難い。

 前半は團伊玖磨の作品。「新・祝典行進曲」は今上天皇の結婚パレードのための作品。團は上皇の結婚時にも「祝典行進曲」を書いているので“新”となった。中間部のトランペットのファンファーレは「アイーダ」の凱旋行進曲を意識したものだろう。華やかで颯爽とした音楽。
 2曲目は木下美穂子のソロで「与ひょう、あたしの大事な与ひょう」。日本の創作オペラのなかでは間違いなく「夕鶴」が一番のヒット作。初演以来半世紀以上も歌い継がれている。木下さんのソロが美しい。
 「シルクロード」は綺想、牧歌、舞曲、行進の4楽章構成。團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎による「3人の会」の作品発表会で初演されたという。当時はかのゲンダイ音楽全盛期で、3人の音楽がどれほど評価されたのかよく分からない。造形を重視し抒情を尊ぶ音楽が前衛の時代にどう受け止められたのか、いささか興味が湧く。保守的、時代遅れ、陳腐などとくさされたのだろうか。今では3人の音楽は演奏会の重要なレパートリーとなっているけど。この組曲は異国風の旋律も聴こえ全体がひとつの行進曲のようにも思えた。

 後半のプッチーニは「ラ・ボエーム」第1幕のミミとロドルフォとの出会いから3曲。「トスカ」からソプラノとテノールの代表曲「歌に生き、愛に生き」と「星は光りぬ」。「蝶々夫人」では打楽器を増強し、第2幕の間奏曲のあと「ある晴れた日に」とピンカートンが歌う「さらば愛しの家」。「トゥーランドット」からは第2幕の皇帝アルトゥムが登場する際の音楽とリュウの「氷に包まれたあなたも」、そして、もちろんカラフの「誰も寝てはならぬ」。
 木下美穂子も笛田博昭も抜群の安定度で、木下さんは当たり役の蝶々さんがやはり見事、笛田さんは明るめの声で英雄的な「誰も寝てはならぬ」が圧巻だった。
 それにしてもプッチーニは声に寄り添い、高ぶる気持ちを支え、嘆き悲しむ感情を十全に表現する天才だとつくづく思う。甘い旋律、多様なリズム、斬新な管弦楽法と和声、意表を突く楽器の使い方や響きなど、後世はこれ以上のオペラ作家を持つことはできていない。

 没後100年と生誕100年を同時に祝うということは、プッチーニが亡くなった年に團伊玖磨が生れたということ。音楽だけで判断しようとすれば團伊玖磨よりプッチーニのほうが新しい時代の人のように思える。奇妙ながら面白い。

東響の次期音楽監督にロレンツォ・ヴィオッティ2024年08月10日 15:30



 東京交響楽団は、ノットの後任にロレンツォ・ヴィオッティを迎えると発表した。
 任期は2026年4月から3年間。スイス・ローザンヌの出身、故マルチェッロ・ヴィオッティの息子で現在34歳。

https://tokyosymphony.jp/news/52081/

 次期監督の最有力候補としてはウルバンスキかヴィオッティか、とずっと思っていたが、ヴィオッティは、昨年、オランダ国立歌劇場の首席指揮者の退任(2024/25シーズンをもって終了)発表時、「私生活を優先させることにした」などと発言していたので半信半疑、まさか東響へ来てくれるとは…
 ただ、彼のプロオーケストラデビューは10年前の東響だったから思い入れは強いのかも知れない。その後の数回にわたる共演も瞠目すべきもの。
 プログラミングを含め定期演奏会を楽しみに待ちたい。

2024/8/11 FSM:藤岡幸夫×シティフィル ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」と「惑星」2024年08月11日 21:08



フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2024
 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

日時:2024年8月11日(日) 15:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:藤岡 幸夫
共演:ピアノ/務川 慧悟
   女声合唱/東京シティ・フィル・コーア
   合唱指揮/藤丸 崇浩
演目:ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番 ニ短調op.30
   ホルスト/組曲「惑星」op.32


 今年はホルストの生誕150年。そういえば、昨年はラフマニノフの生誕150年だった。そのホルスト「惑星」とラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」が本日の演目。ピアノを務川慧悟が弾くということもあってか、完売公演となった。女性比率が高く1階前列には若い女の子たちがずらりと並んだ。

 最初のラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」は「第2番」と並ぶ人気曲。第1楽章の郷愁に満ちた旋律は全体の主題ともなっている。この楽章には雄大なカデンツァがある。第2楽章は間奏曲、たっぷりと歌う感傷的な変奏曲。アタッカで第3楽章へ続き、ラフマニノフらしい舞曲のリズムを伴って高揚感のまま邁進する。全曲で約45分、超絶技巧の難曲であって旋律美にあふれた大曲である。
 務川慧悟は遠目には華奢で小柄。力任せにバリバリ弾くのではなく、表情豊かに隅々まで神経を行き届かせた知的な演奏。アンコールは同じラフマニノフの「楽興の時 第3番」、暗めの音色でやはり多彩に表現する。彼のピアノで他のいろいろな作曲家を聴いてみたい。

 ホルストの「惑星」はクラシックのなかのポピュラー音楽。映画音楽としてもそのまま通用する全7曲。4管編成の大オーケストラ作品で、アルトフルート、バスオーボエ、テナーテューバといった特殊管楽器やチェレスタ、ハープ、オルガン、さらには女性合唱も加わる。
 火星(戦争をもたらす者)。冒頭、ティンパニ、ハープ、弦楽器群のコルレーニョ奏法でオスティナート・リズムを執拗に刻む。硬いマレットを用いた目等貴士のティンパニが歯切れ良い。管楽器が不穏な雰囲気の旋律を鳴らす。軍隊ラッパ風のメロディも現れ、第1次世界大戦を暗示させるような音楽といえなくもない。トランペットは松木亜希が復帰したようだ。
 金星(平和をもたらす者)。ホルンと木管楽器による静かで美しい世界が現れる。合奏するオケの編成が小さくなり、ほとんどの金管楽器は沈黙する。ホルンは小林祐治がトップ、谷あかねは3番を吹いていた。ラフマニノフでは1番が谷あかねで複雑なパッセージを難なくこなしていた。首都圏の女性のホルン奏者としては坂東裕香と並んで双璧だろう。「惑星」でもトップを期待したが致し方ない。ヴァイオリン・ソロはゲストコンマスの須山暢大(大阪フィルのコンマス)、美しい主題を聴くことができた。チェレスタとハープも印象的だ。
 水星(翼のある使者)。スケルツォ風の飛び跳ねるような軽快で洒脱な曲。ここでもチェレスタが効果的に使われている。オーケストラにとっては意外と厄介な曲かも知れない。
 木星(快楽をもたらす者)。序奏+3部形式で書かれている。中間部の主題が平原綾香の「ジュピター」の原曲として有名。イギリスの愛国歌、讃美歌としても知られている。楽器はホルンが中心となり、弦楽器が躍動感あふれるメロディを奏でる。
 土星(老いをもたらす者)。ホルストが最も愛着を持ったアダージョといわれる。コントラバスが老境を感じさせる。低弦のピッツィカートに導かれ金管楽器のコラールがゆっくりと高みに到達する。鐘の音がしきりと鳴りエンディングは恍惚感に溢れ美しい。
 天王星(魔術師)。これもスケルツォ風。デュカスの「魔法使いの弟子」が同類の作品だ、とプレトークで藤岡が解説していた。大規模な管弦楽を駆使し、ファゴットの怪しいリズム、ホルン、木管楽器、弦楽器が諧謔的な旋律を強奏する。オルガンが響きわたり、金管楽器の和音によって静かに曲を閉じる。
 海王星(神秘なる者)。全体が弱音指定の神秘的で幻想的な曲。フルートを中心とした木管楽器群が活躍する。フルートは新しい首席の多久和怜子か。金管楽器のコラールの上のチェレスタ、ハープ、弦のアルペジオが耳に残る。大詰めは舞台外の女性合唱のヴォカリーズがさらに神秘感を増して行き、曲は静かに終わる。女性合唱の姿はまったく見えず、どこで歌っていたのか最後まで分からなかった。
 藤岡幸夫はこういう曲になると外連味たっぷり。輪郭が太く、派手なところは目一杯派手に、抑えるところは極端に抑えエッジの効いた演奏。最初の火星で指揮棒が飛び、金星に入る前に拾い上げた。久しぶりに全曲聴いて、土星以降の3曲がこれほどまでに魅力的だと初めて知った。

 フェスタ サマーミューザ(FSM)は明日がフィナーレコンサートとなるが、今年はノット×新日フィルと園田×神奈川フィル、そして、今日の藤岡×シティフィル、この3公演でもって終了である。