2022/9/4 松岡究×東京楽友協会交響楽団 ブルックナーの交響曲第6番2022年09月04日 21:03



東京楽友協会交響楽団 第113回 定期演奏会

日時:2022年9月4日(日) 13:30開演
場所:すみだトリフォニーホール 大ホール
指揮:松岡 究
演目:シューベルト/劇付随音楽「ロザムンデ」序曲
   コダーイ/ハンガリー民謡「くじゃく」による
        変奏曲
   ブルックナー/交響曲第6番 イ長調


 東京楽友協会交響楽団は1961年創立、ゆうに半世紀を超えて活動しているアマオケ。過去の演奏歴をみると幅広い選曲で、意欲的なプログラムが目に入る。
 松岡究はコバケンの弟子であって、フィンランドのヨルマ・パヌラに学んでいる。そう、サロネン、ヴァンスカ、マケラなどの先生である。大田区を本拠地とする東京ユニバーサル・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者、もう還暦を過ぎた。

 「ロザムンデ」の出だし、和音が鳴る序奏の部分は、まるでベートーヴェン。主題はシューベルトらしく優しく歌う。中間部の同じ音型を反復し、アチェレランドとクレッシェンドで盛り上げるところはロッシーニのよう。コーダではトロンボーンを活躍させ、やはりシューベルトとして終わった。

 コダーイといえば、われわれの世代にとっては「無伴奏チェロソナタ」。それもシュタルケルの壮絶な音盤で。楽器の胴のなかにマイクを入れて録音した、という本当か嘘かは分からない風説が、まことしやかに囁かれていた。あと有名なのは「ハーリ・ヤーノシュ」だろう。
 「孔雀の変奏曲」は初めて聴く。低弦で開始されるテーマが五音音階でなんとなく和の雰囲気。そのテーマが軽快、牧歌的、葬送風など様々な変奏を経て、最後はファンファーレのごとく金管が鳴り響き輝かしく終わる。邦人の作品だと言っても通用するかも知れない。管弦楽作品としては滅多に取り上げられないが、日本では吹奏楽編曲にして度々演奏されるらしい。金管楽器を綺麗に揃えて吹くのは難しそうな曲だ。
 ついでに、コダーイの三面記事的な話。コダーイは30歳手前で20歳近く年上の奥さんを娶っており、その奥さんが亡くなったあと70歳を超えたころに、当時19歳の学生さんと再婚した。木々高太郎が唱えた「人生二度結婚説」を地で行くような幸せな人でもあった。

 メインのブルックナー「交響曲第6番」。
 ブルックナーにしては珍しく、スケルツォ以外はゲネラルパウゼがほとんどなく、音は前に前に進んで停滞感がない。その活発な音楽自体が素晴らしい。
 松岡究は手堅いばかりでなく、楽想の変化に伴い木管・金管を点描し、いかにもブルックナーらしい音楽をつくりあげた。さすがである。楽団の管楽器も元気満ちた音で応えていた。弦の編成は11-9-9-8-7と変則、ちょっと管楽器に押されていたのが惜しい。
 とまれ、全体のバランスが金管寄りではあったものの、松岡×東京楽友協会SOは、ブルックナーの音楽を素直に再現してくれた。アマオケでこれだけのブルックナーを聴かせてもらえれば望外、付け加えることはない。

ギルバート・グレイプ2022年09月05日 16:10



『ギルバート・グレイプ』
原題:What's Eating Gilbert Grape
製作:1993年 アメリカ
監督:ラッセ・ハルストレム
脚本:ピーター・ヘッジズ
音楽:アラン・パーカー、ビョルン・イシュファルト
出演:ジョニー・デップ、レオナルド・ディカプリオ、
   ジュリエット・ルイス


 「12ケ月のシネマリレー」と題して、映画の黄金時代に生まれた名作を、月替わりで12ヶ月連続して上映するプロジェクトが先月からはじまった。
 その第1作『ギルバート・グレイプ』を月遅れながら二番館で観た。

 監督は名匠ラッセ・ハルストレム。むかし『サイダーハウス・ルール』で打ちのめされ、彼の過去作品をレンタル・ビデオ屋であさったとき観ている。画面は当然小さなTVだったから、感心はしたけどそんなに強烈な印象を持ったわけではなかった。ただ、若き日のジョニー・デップとレオナルド・ディカプリオがずっと気になっていて、もう一度大画面で確かめようと思った。

 アイオワ州の片田舎、ギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)と知的障害のある弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)は、道端でキャンピングカーの軍団を待っている。
 ギルバートは生れてからこの田舎町を出たことがない。彼には守らなければならないハンディを負った弟アーニーがいるし、夫が自死したことで過食症となり、歩くことさえままならない巨体の母親ポニー(ダーレン・ケイツ)もいる。失業中の姉や学生の妹も同居している。長男はとっくに町を出てしまった。次男であっても家長として食料品店で働き家計を支え、家族の面倒をみている。自分のことなど考える余裕もない。
 いつもなら通り過ぎてしまうキャンピングカーの1台が故障して、しばらく町にとどまることになった。ギルバートは、その故障したキャンピングカーで暮らすベッキー(ジュリエット・ルイス)と出会って、別の風が吹いてくるのを感じるようになる。転機が訪れる。恋の芽生え、考えてもいなかった未来への希望、しかし、断ち切ることのできない家族への絆と愛情、自己犠牲や責任感との板挟み。切ないほど青春の痛みが横溢する。

 ジョニー・デップは癖のある演技で名を知られているが、このとき30歳、ここでは淡々とした自然体でありながら、内面を押さえようとして、それでも滲み出てくる表情など、ジョニー・デップ会心の1作だろう。
 レオナルド・ディカプリオは19歳、アーニーと同年。子役からスタートした彼が、演技をしているとは思えないほど知的障害者を演じ切って、アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされた。納得の役づくりである。

 脚本はピーター・ヘッジズ、原作は彼自身の同名の小説。
 撮影はスヴェン・ニクヴィスト、イングマール・ベルイマン作品でも撮影を担当した名カメラマン。大画面でこその雄大な風景と美しい映像が胸を突く。
 音楽はアラン・パーカーとビョルン・イシュファルト。ギターとピアノ中心のシンプルな音楽が涙を誘う。
 そして、何といってもラッセ・ハルストレム。ギルバートの家族や町の人々の人間模様、日々の暮らしをユーモアにくるみ、たまらなく愛おしい小さな幸せと、ささやかな人生をさらっと描いて行く。名匠の暖かくやさしい眼差しと、その手腕に狂いはない。

 キャンピングカーが田舎町に入ってくるところで始まった映画は、新しい世界、新しい人生を予感するように、キャンピングカーが田舎町を出ていくところで終わる。

 映画は劇場で観るものだ。こんなに強い衝撃を受けるとは…
 『ギルバート・グレイプ』は間違いなく青春映画の傑作だった。『サイダーハウス・ルール』と並んで自身の名作リストに加わった。

2022/9/9 東京二期会 蝶々夫人2022年09月09日 21:25



二期会創立70周年記念公演
 東京二期会オペラ劇場 「蝶々夫人」

日時:2022年9月9日(金) 14:00 開演
会場:新国立劇場 オペラパレス
指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:栗山 昌良
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
出演:蝶々夫人/木下 美穂子
   スズキ/藤井 麻美
   ケート/角南 有紀
   ピンカートン/城 宏憲
   シャープレス/成田 博之
   ゴロー/大川 信之
   ヤマドリ/杉浦 隆大
   ボンゾ/三戸 大久
   神官/的場 正剛
   合唱/二期会合唱団、新国立劇場合唱団、
     藤原歌劇団合唱部
演目:ジャコモ・プッチーニ/蝶々夫人 全3幕


 バッティストーニのオペラは、数年前に「リゴレット」と「トゥーランドット」を観て以来、今日で3度目。この「蝶々夫人」は、二期会創立70周年の記念公演のひとつ。演出が栗山昌良というのも魅力。

 「蝶々夫人」は、もちろん歌劇だからずっと音楽が鳴り響き、「ある晴れた日に」などの有名なアリアも含むのだが、筋書きが荒唐無稽でなく、現実味があって、どうしても舞台や演技のほうに目が向く。

 そういう面で栗山演出は見ごたえがあった。障子と屏風で大きく空間を切り取り、枝垂桜の樹が何本か配置してある。そして障子にあたる光が時間の経過をあらわして行く。美術、衣装、照明が一体となって、日本的なリアリティある美しい舞台をつくっていた。登場人物の所作も熟考されている。二期会の定番プロダクションと言っていいのだろう。

 歌手陣は演技ともども全員安定しており、役による好不調がなく、安心して観ることができたし、聴くことができた(ゴローは升島唯博が体調不良で大川信之に変更)。バッティストーニも劇的な要素を強調し、緩急・強弱を使いこなした歯切れのいい音楽で支えた。

 それにしても、ピンカートンは、劇中の人物とはいえ下衆野郎で腹立たしい。
 蝶々さんとピンカートンの物語は、いまだに日本と米国との関係を象徴しているようで、苦笑いを押し隠すほかない。

2022/9/10 シュテンツ×新日フィル エロイカ2022年09月10日 21:46



新日本フィルハーモニー交響楽団 
 #643 トリフォニーホール・シリーズ

日時:2022年9月10日(土) 14:00開演
場所:すみだトリフォニーホール 大ホール
指揮:マルクス・シュテンツ
演目:ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」 op.9
   ラヴェル/組曲「マ・メール・ロワ」
   ベートーヴェン/交響曲第3番 変ホ長調
          「英雄」 op.55


 マルクス・シュテンツは、数年前に読響との「第九」、新日フィルとの「エロイカ」を聴いて感心した。もう一度「エロイカ」を、とチケットを確保した。
 あとから知ったのだが、この演奏会は50年前の新日フィル創立記念プログラムの再現らしい。1972年の楽団結成時、小澤征爾指揮による特別演奏会と同一のプログラムを、今回シュテンツが振る。シュテンツはタングルウッドで小澤に師事している。

 演奏会用序曲でスタート。歌劇の序曲ではないけど、失敗に終わったオペラ「ベンヴェヌート・チェッリーニ」からアリアの主題を引用している。コールアングレの、くぐもった音が感傷的に歌う。謝肉祭の熱狂を表すようにイタリア風の舞曲が続き、そのまま終幕へ。シュテンツはクライマックスへ持っていくときの呼吸が絶妙。華々しく演奏会が開始された。
 シュテンツは、骨太のがっしりした曲が得意かと思いきや、なんのなんの「マ・メール・ロワ」のようなしゃれた曲も繊細に表現する。
 「眠りの森の美女のパヴァーヌ」はフルートが奏でる美しい小曲、「おやゆび小僧」では次々と変化する拍子、「パゴダの女王レドロネット」は東洋風のにぎやかな旋律にのって打楽器が活躍する、「美女と野獣の対話」でクラリネットとファゴットが協奏し、「妖精の園」はソロヴァイオリンとヴィオラの美しい旋律のあと、華麗な終曲で盛り上がる。
 絵本のような童話の世界が色彩豊かに塗分けられる。「マ・メール・ロワ」をこんなに面白く聴いたのは、遠い昔のジュリーニ以来、やはりシュテンツは只者ではない。

 シュテンツのベートーヴェンは濃い。独特の歌いまわしがあって、違和感を感じつつも、あとあとまで刻印される演奏に魅せられる。
 今回の「エロイカ」は歳のせいか、だいぶまろやかにはなってきた。それでも中身はぎっしり詰まっている。精緻な弱音を大事にして徹底したピアニシモを要求するが、開放的な強音であっても躊躇しない。楽想に従って浮き立たせる楽器の音質にこだわる。音がうねる。加速や減速に吃驚するけど、慣れるに時間はかからない。エキセントリックと言いたくなるときもある。その面では、葬送行進曲と終楽章がもっともシュテンツの本領が発揮されていただろう。たまにはこういったベートーヴェンを聴くのもいい。

 歳とはいってもシュテンツはまだ60歳くらいだろう。今まで、N響、読響、新日フィルと共演している。好き嫌いの分かれる指揮者かも知れないが、ラヴェルの期待以上の出来栄えからしても、定期的に聴いてみたい指揮者の一人だ。

2022/9/18 ショハキモフ×東響 プロコフィエフの「交響曲第5番」2022年09月18日 19:16



東京交響楽団 川崎定期演奏会 第87回

日時:2022年9月18日(日) 14:00 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:アジス・ショハキモフ
共演:トランペット/ティーネ・ティング・ヘルセット
演目:ドビュッシー/「管弦楽のための映像」より
          「イベリア」
   トマジ/トランペット協奏曲
   プロコフィエフ/交響曲 第5番 変ロ長調 op.100


 東響の演奏会は4カ月ぶり。川崎定期は年5回の開催だから、東京定期や名曲全集などに参加しないと、こんなに間が空くことがある。それに今年はモーツァルトマチネや、フェスタサマーミューザの東響をパスしているので尚更。
 今日の指揮者は珍しくもウズベキスタン出身。「グスタフ・マーラー国際指揮者コンクール」で第2位を獲得したあと、現在はストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就いているアジス・ショハキモフ。年齢は30歳半ば、4・5年前に読響を振っている。

 プロコフィエフの「5番」は、同じショハキモフがFrankfurt Radio Symphonyを指揮した演奏がYouTubeにあがっている。これで予習をした。
 パンフレットの写真やYouTubeの映像では、ずんぐりむっくりの体型に思えたが、実物を観てびっくり。随分身体を絞ってきた。黒いスーツ姿、細身のパンツ、足は長いし、背も高い。手先をブルブル震わせて指揮するところは、ゲルギエフそっくりで笑えるが、なかなか好青年だ。
 ショハキモフはとにかくオケを気持ちよく鳴らす。これだけ湿気の高い悪条件なのに弦も十分に音が出ていた。もともと強力な木管群に、金管、打楽器が大活躍で、濃厚な管弦楽を堪能した。
 プログラムノートによると、第2楽章はバレエ「ロメオとジュリエット」から破棄したハッピーエンドの音楽を用いたものらしい。たしかに「ロメオとジュリエット」の一連の音楽のなかに置いて可笑しくないし、交響曲のスケルツォとしても、中間部のワルツを含めて、今回の演奏の白眉であった。
 弦は16型で、コンサートマスターはニキティン、隣のアシスタントは廣岡克隆。廣岡さんはすでに楽団長に就任している。演奏業務を離れるはずだけど、まだ弾いている。演奏会のあと調べてみると、10月末までは事務と演奏を兼務するということだった。

 前半はドビュッシーで開始。幾つかある「映像」のうちの最も有名な「イベリア」。色彩感があり、リズムも鋭く、音量はやはり大きめ。踊っているような指揮姿ともども躍動感あふれる演奏だが、ドビュッシーの音楽にしてはやや重いかな、という印象。
 次いで、トマジの「トランペット協奏曲」、ヘルセットは軽々と伸びやかに吹いていた。2種類のミュートを使い分け、音色の違いも鮮やか。スネアドラムとの掛け合いで吹いたカデンツァが秀逸。演奏するには難曲だと思うが、曲全体の雰囲気はジャズ風味が見え隠れする音楽。
 ソリスト・アンコールは、ヘルセットと同じノルウェーの作曲家オーレ・ブルの「ラ・メランコリー」だという。

 予習したYouTubeのFrankfurt Radio Symphonyの「5番」は次の通り。

 https://www.youtube.com/watch?v=AWWxGl1X4v0

 今日の演奏会はニコニコ動画で配信された。

 https://live.nicovideo.jp/watch/lv336342102