生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界 ― 2024年07月09日 16:44
JRあるいは東急の目黒駅から目黒通りを東へ歩いて10分ほど、首都高速道路の高架をくぐると東京都庭園美術館がある。
本館は昭和初期に皇族朝香宮家の自邸として建てられ、昭和の終わり近くになって美術館として開館した。都心ながら緑豊かな「日本庭園」「西洋庭園」「芝庭」に囲まれた宮廷時代の面影を残すアール・デコ様式の歴史的建造物で、10年ほど前、国の重要文化財に指定された。
いまここで生誕140年、没後90年にあたる竹久夢二展が開催されている。夢二の故郷岡山にある夢二郷土美術館のコレクションを中心とした200点近くの作品展である。
グラフィックデザイナーだけではなく近代画家としての夢二にスポットをあて、油彩画も10数点が出展された。最初期の「初恋」、新発見の「アマリリス」、滞米中の「西海岸の裸婦」などである。夢二は生涯に油絵を30点ほど残しており、そのうちのほぼ半数が集められている。
「初恋」は濃い色調のほの暗い絵で和服姿のうつむきかげんの女性が描かれているが夢二のイメージからは少々遠い。「アマリリス」は色白な肌に憂いを帯びた瞳、赤い唇、そして大きな手、と典型的な夢二美人である。「西海岸の裸婦」は印象派の影響が明らかだけど、縦に長く引き伸ばされたような女性像がモディリアーニを思い起こさせる。
もちろん雑誌の表紙や挿絵、広告チラシも多数あり、珍しいスケッチブックや素描なども展示され、夢二の軌跡を辿ることができる。
展示会場は本館だけでなく21世紀になってから建設された新館にも及んでいる。館内には喫茶軽食のサービスもある。この猛暑ではあまりお勧めできないが、展覧会を観たあと三つの庭園を散策するのも一興。
東京での催しは8月25日まで。10時~18時開館で月曜日は休館。団体や学生・シニア割引など普通の割引制度のほか、面白いのは会期中きものを着て来館するとドレスコード割引が適用される。また、7月19日以降の毎週金曜日はサマーナイトミュージアムとなり21時まで延長され、17時以降の入場が割引となる。
本企画は東京での展示が終わったあと、岡山や大阪など全国5館を巡回する予定となっている。
みらい美術館の「エミール・ガレとガラス芸術展」 ― 2024年05月01日 13:02
こじんまりとした、というより本当に小さな美術館、小学校か中学校の教室ひとつ分のスペースもなさそう。そこにエミール・ガレとアンジー・ルソーの作品が50点ほど展示されていた。
「みらい美術館」は、みなとみらいに位置する横浜歯科医療専門学校の学園内にある。学園の創設者が歯科技工とガラス工芸には共通性があるということで、ガラス芸術作品を蒐集してきたのだという。
美術館は常設ではなく年2回の企画展のときのみオープンする。今回の「エミール・ガレとガラス芸術展」は“歯科医の審美眼”という副題のもと連休明けの6日まで開催している。次回の企画展は9月を予定しているとのこと。
展示品はガレとルソーがほぼ半々、他の作家が数点ある。ガレの作品は吹きガラス(吹き竿の先のガラスを膨らませる)と被せガラス(色の異なるガラスを重ね図柄を彫刻する)、ルソーはパート・ド・ヴェール(ガラス粉を型に充填し焼成する)工法で造られている。
ルソーは歯科技工を習得後、陶芸学校に学び、パリ近郊に自分の窯を開きパート・ド・ヴェール技法の研究を開始したという。薄ガラスの小型ランプが中心で、古代の遺跡から発掘されたようなアンティークで独特の風合いをもつ。パピリス文様のランプもあった。
ガレは大き目の花器に夾竹桃、藤、紫陽花、桐、葡萄といったお馴染みの植物文様が施されている。ガレ没後のガレ工房の作品が多いというが見分けはつかないし美しさは変わらない。
展示品のひとつひとつは照明に細心の注意が払われ神秘的な輝きをみせていた。
「新版画の沁みる風景――川瀬巴水から笠松紫浪まで」展 ― 2024年01月27日 15:04
川崎駅直結の「川崎浮世絵ギャラリー」(タワー・リバーク3階)において、大正から昭和にかけての版画展が開かれている。版元・渡邊正三郎と新進気鋭の画家、彫師、摺師の協業で制作された「新版画」である。
江戸時代に隆盛を誇った浮世絵は、明治の文明開化によって衰退の一途を辿っていた。欧米から銅版画や石版画の手法が入ってきたこと、写真や印刷の普及などが主な原因だろう。渡邊正三郎は我が国の高度な木版技術が失われるのを愁い「新版画運動」を提唱し、つぎつぎと新しい木版画を世に出していく。
本展では渡邊正三郎が最初に声をかけた高橋松亭をはじめ、「新版画」を牽引した川瀬巴水から「新版画」最後の作家といわれる笠松紫浪まで、90点を超える作品が展示されている。画家としては20名弱、館内に掲示してある各画家の来歴を読むと鏑木清方の門下生が多いようだ。なかには訪日外国人であるチャールズ・ウイリアム・バーレット、エリザベス・キース、ノエル・ヌエットの3名も含まれている。
絵の題材は全国各地の風景が中心で、風景のなかには人物が点描され、当時の風俗や暮らしを垣間見ることができる。東京や横浜の身近な土地も多く写され、今と昔を比べることになる。「新版画」というだけあって実験的で斬新な彫摺が試されており、遠近法や配色など西洋画の影響も濃厚だ。
小原古邨の花鳥風月は色彩の階調が肉筆画と見紛うほど。洋画家の吉田博の淡い色合いは静寂な何ともいえない雰囲気を醸し出している。石渡江逸の生麦や子安、鶴見、横浜の所見は馴染みのある懐かしい場所だ。伊東深水は「箱根見晴台からの富士山」の1点のみだが、構図といい色調といい、これまた見事な作品だった。
人出はかなり多く、ギャラリーは混みあっていた。月曜日が休館で、開館時間は11時から18時30分まで。本企画の開催は残り1週間、2月4日で終了する。
11月の旧作映画ベスト3 ― 2023年11月30日 08:23
『暗殺のオペラ』 1970年
公開時、映画館で観た。なんて気取った映画だろう、というのが第一印象。さっぱり良さが分からなかった。一画面一画面が絵のようで、それはそれで美しいと思ったけど、建物の構図や小道具のひとつひとつ、人物の所作などが計算されつくしていて、いかにもわざとらしい。そう感じたせいか物語もアリダ・ヴァリ以外の俳優もほとんど記憶に残っていない。何十年ぶりかで改めて視聴してみた。ムッソリーニ暗殺未遂事件にからむ父の死の真相をさぐる若者が、意外な事実を知るまでを描く。タルコフスキーに通じる映像美、クライマックスで演じられるオペラ「リゴレット」の音楽、謎にめいた町の人々、こんなに見所が多かったとは。20代だった脚本・監督ベルナルド・ベルトルッチの傑作。
『グランド・ブタペスト・ホテル』 2014年
脚本・監督ウエス・アンダーソンの美学が横溢している。東ヨーロッパの仮想国家ズブロフカ共和国にある名門ホテルが舞台。幾つかの時代が入れ子構造で展開し、その時代ごとにスクリーンサイズが変わる。物語の中心は大戦前夜の1930年代、ホテルの上客だった老マダムが急死し、愛人だったホテルのコンシェルジュに容疑がかかる。働きはじめたばかりのベルボーイを巻き込んで二人の冒険が繰り広げられる。コメディ&ミステリー。ピンクのホテル、真っ赤なエレベーター、黄色い壁紙を背景に、短いカット、急なズーム、正面や真横のショットなど、劇画的な映像とテンポの良い早口のセリフが飛び交う。まるで大人の絵本、遊び心満載のおしゃれな映画。
※先週から渋谷Bunkamuraヒカリエホールで「ウェス・アンダーソンすぎる風景展」が開催されている。12月28日まで。
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/23_AWAwinter/
『秘密の森の、その向こう』 2022年
時空をやすやすと飛び越えてしまうのが映画であるが、これはなんとまぁ大した仕掛けもなく容易に時間と空間を行き来する。尺は1時間13分の小品。しかし、観終わったあとの感触はゆうに2時間を超える。『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマが脚本・監督を手がけ、娘・母・祖母の3世代をつなぐ絆と癒しの物語を綴る。8歳のネリーは、亡くなった祖母にお別れが言えなかった。母マリオンも喪失感を抱えたままネリーとともに森に囲まれた実家の後片付けに来ている。その森でネリーは母と同じ名前の8歳のマリオンに出会う。その娘は母の過去の姿だった。双子のジョセフィーヌとガブリエル・サンスがネリーとマリオンを演じた。儚い夢をみたような不思議な浮遊感をもたらす。
郷さくら美術館 ― 2023年07月27日 13:11
東急東横線の中目黒駅、地下鉄日比谷線の起点でもあるこの駅の近くに「郷さくら美術館」という小さなミュージアムがある。
福島県郡山市にある同名の美術館の東京館である。現代日本画というのか、昭和以降に生誕した日本画家の作品を中心にコレクションしている。
いまここで「水 -巡る- 現代日本画展」を開催中。水の流れに着目し、雨・滝・湖・川・海など、巡る水をテーマにした作品が集められている。
いっとき酷暑を和らげるにちょうどいいか、と訪れてみた。
そんなに広くはない1~3階のスペースに、100号をこえる迫力ある作品が並び、屏風絵もあって壮観である。1階と3階が「巡る水展」、2階は同時開催の「桜百景展」となっていた。
平松礼二、千住博といった有名どころから若手作家まで、各階において大型作品を間近に観賞することができる。
日本画特有の色彩が淡く、構図も静謐で落ち着いた雰囲気の作品が多いが、2人の女流画家、野地美樹子の『Uneri』と平子真理の『寂光の滝』は、ダイナミックな水の動きが一段と鮮やかで、涼を感じさせてくれる。
https://www.satosakura.jp/
会期は8月27日まで。7月29日と8月19日の土曜日には、14時からギャラリー・トークが予定されている。
また、この展覧会との関連で8月1日から4日限定で、会館時間を延長し「サマーナイトミュージアム」というイベントを開催する。展覧会のオリジナルラベル付きミネラルウォーターのプレゼントもあるという。
因みに、8月1日は水資源の有限性、水の貴重さ、水資源開発の重要性について、国民の関心を高め理解を深めるための「水の日」であり、8月1日から7日の期間は「水の週間」に制定されている。