2025/10/26 太田弦×ユニコーンSO ブルックナー「交響曲第9番」2025年10月26日 18:57



ユニコーン・シンフォニー・オーケストラ
          第19回 定期演奏会

日時:2025年10月26日(日) 13:30 開演
会場:横浜みなとみらいホール
指揮:太田 弦
演目:尾高 尚忠/交響曲第1番
   ブルックナー/交響曲第9番


 前半は尾高尚忠の「交響曲第1番」。
 尾高尚忠は指揮者・忠明の父。「交響曲第1番」は和洋折衷の堂々とした交響曲。ブルックナーの「第9番」と同様未完である。第1楽章は序奏つきの長大なアレグロ、第2楽章はアダージョで、この2楽章しか残されていない。
 第1楽章は強烈な音響の一撃から始まり、中間部では嫋やかで和風の情緒を感じさせる部分もある。第2楽章は儚く優しげな音楽、全体的にスケールが大きくてR.シュトラウスを彷彿とさせるところもある。
 太田弦は尾高忠明に師事したせいか指揮姿も先生によく似ている。感嘆すべきは統率力で、アマオケ相手に一糸乱れぬ演奏を展開した。各声部の音量バランスは絶妙で、最初から最後まで多層的でしっかりとした音楽を披露した。

 後半はブルックナーの「交響曲第9番」。
 太田弦のブルックナーは昨年、同じユニコーンSOを指揮した「第8番」を聴いた。太田はもう一人の師匠である高関健のように真面目で堅牢な音楽を構築する。アマオケの「第8番」としては豪快な征矢健之介×EMQも面白かったけど、太田×ユニコーンSOにも大層感心した。因みにEMQは早稲田を、ユニコーンSOは慶應を母体としているから、オケの特性が幾許か影響しているかも知れない。
 このブルックナー「第9番」はアマオケにしては驚異的な精度に仕上げた演奏だった。各声部が明瞭かつ魅力的に響き、ブルックナーらしい神々しい瞬間が確かにあった。第1楽章の冒頭から神秘的な雰囲気が充満する。激烈なユニゾン、幾つかの主題が組み合わさり、ひやりとしたコラールを経て、天上に向かうようなコーダが來る。スケルツォは息をのむような空白をおいて全楽器が叩きつける。トランペットの鳴りが素晴らしい。トリオは速度を早め舞曲のよう。アダージョに入ると弦楽器が主導して音が跳躍する。無調のようにも聴こえる。峻厳な音楽が続くなかで木管が美しく歌う。コーダにおける救いを象徴するワグナーチューバもよく頑張った。

 太田弦は、いま九州交響楽団の首席、仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を務める若手指揮者の筆頭格。もっと聴かなければならない。ユニコーンSOは太田弦をはじめ吉﨑理乃、そして、先日ブザンソンで優勝した米田覚士などを指揮者に招いている。ユニコーンSOにも注目していきたい。

2025/10/20 ビシュコフ×チェコ・フィル スメタナ「わが祖国」2025年10月21日 09:42



NHK音楽祭 2025
 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

日時:2025年10月20日(月) 19:00開演
会場:NHKホール
指揮:セミヨン・ビシュコフ
演目:スメタナ/連作交響詩「わが祖国」


 チェコ・フィルはビエロフラーヴェクのときに聴いたことがある。演目のメインはブラームスだったと思う。演奏の内容はおぼろげだけど、素朴な弦の音色とサントリーホールが飽和するかのような音圧だけは覚えている。
 チェコ・フィルの「わが祖国」は一度聴いておきたい。円熟のビシュコフ×チェコ・フィルがNHK音楽祭で演奏してくれる。ビシュコフはイリヤ・ムーシンに師事したユダヤ系ロシア人だが、20代の早い時期に西側へ亡命している。2018年にチェコ・フィルの音楽監督に就任し、2028年の退任が決まっている。後任は長期政権になりそうなフルシャとなった。ビシュコフ×チェコ・フィルを聴く機会はこの先わずかである。

 チェコ・フィルはやはりNHKホールをものともしない。何ならこのくらいの容量が相応しいくらい。弦・管・打楽器とも懐の深い音色が魅力的で音量も桁違い。この基礎体力でもって隙のない演奏を繰り広げる。「わが祖国」であれば楽団員一人ひとりが楽曲の隅々まで熟知しているからどんな局面でもバランスが崩れない。ビシュコフは粘りのある音楽をつくるが、奏者の自主性に任せているところもあるようで、メンバーがとても楽しそうに演奏していた。「わが祖国」は聴き手にも体力を要求するけど、休憩なしの1時間半がもたれることなく短く感じた。

 「わが祖国」はチェコの伝説(1.ヴィシェフラド[高い城]、3.シャールカ)と自然(2.ヴルタヴァ[モルダウ]、4.ボヘミアの森と草原から)と歴史(5.ターボル、6.ブラニーク)が音によって描かれ、スメタナはこの作品に帝国の支配下にあったチェコの復活と独立への渇望を託した。チェコの人々にとっては国歌に等しい曲だろう。そして、他の国の人々にとっても自らの国への思いは共通のはずで、「わが祖国」という楽曲にこめられた熱き願いが普遍性を持ち共感を呼ぶ。ロシアで生まれスターリン時代の共産主義の弾圧の歴史と対峙したビシュコフであれば尚更のこと。ビシュコフ×チェコ・フィルの「わが祖国」に感服した。

2025/10/18 佐藤俊介×東響 バッハ「ブランデンブルク協奏曲」2025年10月18日 21:22



東京交響楽団 川崎定期演奏会 第103回

日時:2025年10月18日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
出演:指揮&ヴァイオリン/佐藤 俊介
   フルート/竹山 愛、濱崎 麻里子
   オーボエ/荒木 良太、最上 峰行、浦脇 健太
   ファゴット/福井 蔵
   ホルン/上間 善之、加藤 智浩
   チェンバロ/重岡 麻衣
演目:フックス/ロンド ハ長調
   フレミング/完全なるドイツ猟師より
       「ファンファーレ」
   J.S.バッハ/ブランデンブルク協奏曲
        第1番 ヘ長調 BWV1046
        第5番 ニ長調 BWV1050
        第3番 ト長調 BWV1048
   テレマン/2つのオーボエとヴァイオリン
       のための協奏曲
   J.S.バッハ/ブランデンブルク協奏曲
        第4番 ト長調 BWV1049


 佐藤俊介と東響とのコラボは、コロナ禍前の初顔合わせを聴いた。モーツァルト・マチネだった。その後、お互いの相性が良いせいか何度か共演をしていたがパス。今回が二度目である。佐藤俊介は古楽器オケであるコンチェルト・ケルンのコンマス・指揮者であり、2023年までオランダ・バッハ協会の音楽監督も務めていた。そのバッハである。
 「ブランデンブルク協奏曲」を中心としたこの演奏会、実は神奈川フィル定期の沼尻監督が指揮するブルックナーの「交響曲第8番」と重なってしまった。普通なら迷うことなくブルックナーを選ぶところだけど、今日のプログラムは振替がきかない。それに沼尻はブルックナーを振りはじめたばかりで、この先も聴く機会はあるはずと頭を巡らせ、こちらの演奏会を選ぶことにした。
  
 最初はフックスの「ロンド」、ヴァイオリンの佐藤俊介、ファゴットの福井蔵が独奏者となって管弦楽と協奏した。次いでフレミングの「ファンファーレ」を上間善之、加藤智浩によるホルンが吹奏、そのまま「ブランデンブルク協奏曲」の「第1番」へと繋げた。
 「第1番」の編成は、佐藤俊介以外では景山昌太郎をトップとするヴァイオリンが4+4、ヴィオラが3、チェロが2、コントラバスが1、管はオーボエが3、ファゴットが1、ホルンが2。全曲中で最大の規模。曲は急―緩―急の3楽章にメヌエットを加えた4楽章構成。華やかで気持ちよく始まる第1楽章から第2楽章に入ると陰影の深い曲調へと変わり、第3楽章ではホルンとヴァイオリンが全体を主導し華やかさが戻ってくる。ここで終わっても全然構わないのに、おまけのように弦楽器とオーボエがゆったりとメロディを歌いホルンが彩りを添えてメヌエットとなった。

 続いて「第5番」、編成がガラッと変わった。ソロの佐藤とヴァイオリンの景山、ヴィオラの西村眞紀、チェロの伊藤文嗣、コントラバスのコーディ・ローズブーム、フルートの竹山愛、チェンバロの重岡麻衣、計7名の小編成、室内楽である。これだけ小さな規模の「第5番」を聴くのは初めて。「ブランデンブルク協奏曲」といえばこの出だしがテーマ音楽といっていいほど有名。フルート、ヴァイオリン、チェンバロ独奏による明るくおおらかな第1楽章、後半のチェンバロの長大なカデンツァは独創的だ。第2楽章はソロ楽器による影のある旋律が歌われる。第3楽章はフルートの楽想が次々とほかの楽器に受け継がれ、絡み合いながら華やかなフィナーレとなった。竹山のフルートは普段の煌びやかな音ではなくて、ちょっとくすんだ、しっとりとした音、楽器本体もシルバーやゴールドとは違い濃茶色、木質系かも知れない。

 休憩後は「第3番」から。また編成が大きく変わった。ヴァイオリンは佐藤を含めて3、ヴィオラとチェロも各3、それにコントラバスとチェンバロ。管楽器はなく、ほぼ弦楽合奏曲。演奏時間も全曲中で一番短い。第1楽章は小気味よいテンポの明るい曲想、ただし一瞬不気味な気分があらわれドキッとする。第2楽章は穏やかに静かにアッという間に終わる。第3楽章はスピードを増し再び明るい曲調で駆け抜けた。

 「2つのオーボエとヴァイオリンのための協奏曲」は、生涯に4000曲、失われたものを含めれば6000曲を書いたといわれるテレマンの作品。エンターテインメント精神旺盛なバロック時代のスーパースターである。オーボエは荒木良太と最上峰行。アレグロ―アンダンテ―メヌエットの3楽章構成。滅茶苦茶に楽しい曲。アレグロは旋律もリズムも軽妙洒脱であってアグレッシブ、自然と身体が揺れ動く。演奏会の案内チラシには「バロック・THEロック」の副題がついていたが、まさにその通り。アレグロは繰返し演奏をしても構わないとのことだが、今日はダ・カーポなし、残念。テレマンといえば数千曲のうちの「ターフェルムジーク」の一部くらいしか知らないけど、この協奏曲は収穫だった。

 最後が再び「ブランデンブルク協奏曲」に戻り「第4番」。竹山愛、濱崎麻里子のフルートとヴァイオリンソロが明るく競い合う。濱崎のフルートも竹山と同じ濃茶色。第1楽章はお伽噺のような世界。2本のフルートによる鳥が鳴きかわすような可愛らしい音色とヴァイオリンの超絶技巧との絡みが聴きもの。第2楽章は一転して寂しげで郷愁を誘うような歌、同じフレーズが繰り返され木霊のよう。第3楽章はバッハ得意のフーガ、精巧で複雑な音の寄木細工。途中、佐藤俊介のヴァイオリンはスリリングで、その後、楽器群が数回の和音を力強く鳴り響かせ曲が閉じられた。

 プログラムノートによると、東響定期で「ブランデンブルク協奏曲」を取り上げるのはほぼ半世紀ぶりらしい。たしかにフルオーケストラの団体においてはバロック音楽の演奏機会は稀だろう。そのせいもあってか楽団の奏者たちは嬉々とした表情、聴き手も奏者につられて楽しんだ、といった風情の演奏会だった。

2025/10/12 マルッキ×東響 「田園」と「春の祭典」2025年10月12日 19:11



東京交響楽団 名曲全集 第211回

日時:2025年10月12日(日) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:スザンナ・マルッキ
演目:ベートーヴェン/交響曲第6番 へ長調op.68
         「田園」
   ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」


 スザンナ・マルッキはフィンランド出身。著名な指揮者を輩出しているシベリウス音楽院でパヌラやセーゲルスタムに学んだ。サカリ・オラモとほぼ同世代でもう50代半ば。
 もとはチェリストで30歳を過ぎてから指揮活動を本格化し、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を10年近く務めた。現代音楽の演奏集団であるアンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)の音楽監督も経験している。

 今日のプログラムはEICの元監督であるから「春の祭典」は大注目だけど、その前段に20世紀音楽が並ばなくてよかった。「田園」+「ハルサイ」の名曲プログラムとなって一安心である。東響はよくEICの監督たちを招聘する。
 マルッキは金髪をひっつめ、黒のパンツに動きやすそうな上着でもって登場した。身体は引き締まっていて、50代とは思えないほど若々しく見える。

 「田園」は楽章ごと、あるいは楽章内も緩急、強弱を積極的に対比させる。楽章でいえば第2、5楽章を遅くゆったりと歌わせ、第3、4楽章を急速に強く激しく動かす。同じ楽章の中においてもテンポや音量にはっきりした変化をつけ、ひとつひとつの音を蔑ろにしない。だから音型や響きに新しい発見があって面白いが、いささか全体の音楽の流れが阻害されたように思えた。スダーンや沼尻のように物語がスムーズに見えてこない。音の中身は詰まっているのだけれど、進行が多少ギクシャクして演奏時間が長く感じた。

 「春の祭典」も音づくりとしては「田園」とほとんど同じ。ただ「春の祭典」は「田園」のような標題性や物語性はなく、それぞれの部分の音響やリズムで勝負できる曲だから、結構楽しませてもらった。各パートのバランスは計算されつつ野性味もあった。野太くたっぷりとした音で迫力も十分。特に第二部の終盤「生贄の踊り」は狂気といえる変拍子のオンパレードで混沌の極みだが、マルッキの指揮に曖昧なところは全くない。非常に明快で分かりやすく混乱の欠片もない。終わってみると一種の爽快感さえ残した。この指揮姿には惚れる人がいるかも知れない。

 コンマスは9月に第一コンサートマスターとして入団した景山昌太郎、隣に新人コンマスで現在は研究員の吉江美桜が座った。オケの弦楽器はしなやか、低音が豊かに膨らみ、管楽器の音色は素晴らしく、打楽器の切れ味は鋭い。今日も美しい東響の音だった。

N響の来期プログラム2025年10月11日 20:44



 NHK交響楽団の2026年9月に開幕される2026/27シーズンプログラムが速報として発表されていた。
 
https://www.nhkso.or.jp/news/2026-27programs.pdf

 A~Cの3プログラムだが、Bプログラムはサントリーホールの改修工事により12月までの開催となり、Bプログラムの代替として芸術劇場などで行われる特別公演のラインアップの一部が併せて公表されている。
 Cプログラムはシーズン通してベートーヴェンの交響曲とピアノ協奏曲の全曲演奏会となっており、特別公演ではブラームスの交響曲の全曲演奏会も企画されている。コープマンが指揮する「マタイ受難曲」も初演300年記念として特別公演で演奏される。
 Aプログラムでは9月にルイージが指揮する「7つの封印の書」があり、図らずも同月にヴィオッティ×東響との競演となる。もっともルイージ×N響は聴くつもりがなく、ヴィオッティ×東響に集中する。
 10月には100歳を目前にしたブロムシュテットがブルックナーの「交響曲第5番」を振る。インバルを凌ぐ怪物である。12月にはデュトアがアルゲリッチとともに登場する。3000人収容のNHKホールといえどもチケットを入手することは容易ではなかろう。
 常連のソヒエフは2026年11月と2027年6月に来日して、ショスタコーヴィチの「交響曲第8番」とブルックナーの「交響曲第3番」を指揮する。シーズン2度の登壇は近年なかったと思う。ルイージの後任としての可能性を期待したくなる。

 2026年はN響が創立100年という節目の年である。東響は80周年、日フィルは70周年を迎える。2025年は都響が60周年、シティフィルが50周年というアニバーサリーだった。ちなみに、わが国最古のオーケストラは東フィルで、1911年創立というから来年は115年目となる。2026年には苦節100年を越えるオケが複数となる。寿ぎたい。