2026/3/22 バッティストーニ×東フィル マーラー「復活」2026年03月22日 21:34



新宿文化センター合唱団演奏会
  マーラー交響曲第2番「復活」
  (東京フィルハーモニー交響楽団)

日時:2026年3月22日(日) 15:00開演
会場:新宿文化センター 大ホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ
共演:ソプラノ/佐藤 康子
   メゾソプラノ/脇園 彩
   オルガン/高橋 博子
   合唱/新宿文化センター合唱団
   合唱指導/山神 健志
演目:マーラー/交響曲第2番「復活」


 いまバッティストーニはマーラーをときどき振るけど、10年ほど前には全くレパートリーにしていなかった。代役として急遽「交響曲第1番」を東フィル定期で指揮したのが最初のはずである。それが素晴らしい演奏となり、東フィルの首席指揮者就任へのきっかけの一つとなった。
 ところが、それから10余年、今度は2026年シーズン開幕の東フィル1月定期演奏会――皮肉にも演目は同じ「交響曲第1番」をバッティストーニがキャンセルするという事態を引き起こした。バッティストーニ側のエージェントの不手際によるダブルブッキングのせいと言われ批判を浴びた。東フィル事務局に落ち度がなかったのかどうかは分からない。
 まったくもって下衆の勘繰りだが、バッティストーニはここ何年か首席指揮者としては定期演奏会への登壇回数が少ないし、名誉音楽監督であるチョン・ミョンフンのほうがオケの顔のようになっている。前任のダン・エッティンガーも似たようなものだったから、これが東フィルにおける首席の位置づけかも知れないけど、バッティストーニと東フィルとの関係がギクシャクしているように見えなくもない。
 そんな騒動のあとバッティストーニと東フィルがマーラーの「復活」を取り上げる。東フィル主催ではなくて新宿文化センター再開を記念しての新宿文化センター合唱団の演奏会ではあるが、先行き波乱含みと勝手に思い込んでいるバッティストーニと東フィルによるマーラー「復活」は、この機会を逃したらなかなか聴くことは難しいだろう。ということでチケットを確保した。やはり完売公演となった。

 あのときの「巨人」を思い出すと、バッティストーニは初めてのマーラーで急ぎ代役を務めたのだから、マーラーの交響曲全体を俯瞰したうえで革新的な交響曲である「巨人」を振ったわけではなかった。作曲家の成熟の成果など目もくれず若さにまかせて真正面からぶつかって行ったに違いない。情熱に満ちた驚くほど鮮烈な演奏だった。
 それに比べるとこの「復活」はふくよかなたっぷりとした音楽で、各楽章を思う存分描き分け、歌唱が入ってからはオケとのバランスやテンポ設定などに細心の注意を払い、まるっと歌劇を聴いたような腹持ちのよい満腹感のある演奏となっていた。合唱は200人ほど、2人のソリストは貫禄の歌唱で、東フィルとの間にもぎこちない雰囲気は感じなかった。バッティストーニは各楽器のそれぞれに自己主張を求めながらオケをひとつの楽器としてまとめ、熱量の高い演奏を最後まで繰り広げた。

 最近はあまり話題にならないが、かってはアンドレア・バッティストーニ、ミケーレ・マリオッティ、ダニエーレ・ルスティオーニの3人を「イタリア若手指揮者の三羽烏」と呼ぶこともあった。日本ではバッティストーニが東フィルの首席ということもあって圧倒的な露出度だが、マリオッティはここ数年、東響に客演して評判を高め、ルスティオーニは4月から都響の首席客演指揮者に就任する。世界における活躍をみるとバッティストーニはトリノ・レージョ劇場の音楽監督に加え、1月からはダブルブッキングの原因となったオペラ・オーストラリアの音楽監督を務めている。マリオッティはローマ歌劇場の音楽監督であり、この秋からはRAI国立交響楽団の首席指揮者を兼務する。ルスティオーニはフランス国立リヨン歌劇場の名誉音楽監督とともにメトロポリタン歌劇場の首席客演指揮者となった。いずれも順調にポストを固めつつある。3人ともこの先ますます多忙を極めると思うが日本の楽団との関係を維持してほしいものである。

2026/3/17 松井慶太×OEK+野村萬斎 「恋は魔術師」2026年03月18日 13:23



オーケストラ・アンサンブル金沢 第42回東京定期公演 
野村萬斎with OEK「恋は魔術師」ファリャ生誕150年記念

日時:2026年3月17日(火) 18:30開演
会場:サントリーホール
指揮:松井 慶太
共演:演出・出演/野村 萬斎
   振付・舞踊/中村 壱太郎
   振付/花柳 源九郎
   舞踊/花柳 ツル ほか
   フラメンコ/工藤 朋子
   メゾソプラノ/秋本 悠希
演目:徳山美奈子/交響的素描「石川」
     加賀と能登の歌による「海の男」
   シューマン/蝶々
   ファリャ/バレエ音楽「恋は魔術師」


 メインプログラムは野村萬斎とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とのコラボによるファリャの「恋は魔術師」。2024年に初演された「萬斎のおもちゃ箱Vol.2」の再演で、東京公演のみならず全国各地を巡業している。
 「恋は魔術師」は能・狂言、日本舞踊、フラメンコ、クラシック音楽など様々なジャンルを混淆した舞台で、これはこれで興味あるが、松井慶太が指揮をするというのでチケットを取った。松井はOEKのパーマネント・コンダクター。昨年、アマオケと音大オケ相手の演奏を聴いてとても感心した。

 サントリーホールの舞台は大きく設え直してあり、前方には方形の本舞台がつくられ、橋がかりのような路ができていて上手、下手から舞台に出入りできる。また、本舞台前方の左右には階があって客席に降りられるようになっていた。オーケストラは舞台後方に位置し、オペラと同様譜面灯が用意されている。舞台がはじまると照明が落とされるのだろう。

 最初はオーケストラの演奏のみで交響的素描「石川」から。プログラムノートによると「石川」はOEKの創設者岩城宏之の委嘱によって作曲された。「加賀と能登の歌による」という副題がつけられており、そのフィナーレ「第3楽章 海の男(七尾まだら)」という部分らしい。10分足らずの曲で最初から最後まで太鼓をはじめとする打楽器の音が途切れることがない。どこかの民謡をオーケストレーションしたような勇ましくも親しみのある楽曲だった。会場には作者である徳山美奈子の姿もあった。

 交響的素描「石川」が終わると舞台には野村萬斎が登場し、「萬斎のおもちゃ箱」を企画した経緯や出演者などの紹介があり、途中からは松井慶太と一緒に「蝶々」と「恋は魔術師」の簡単な解説をしてくれた。大方、20分くらい喋っていただろうか。さすが能・狂言で鍛えた声は魅力的で良く通る。

 シューマンの「蝶々」はもともとはピアノ曲。1分前後の小品12曲から構成されている。これもプログラムノートによるとジャン・パウルの小説『生意気ざかり』に描かれる仮面舞踏会の情景を音楽化しており、蝶々とはその仮面の形を示しているという。物語は夢想家のヴァルトと、情熱家のヴルトという双子の兄弟が、同じ女性に恋をする。そして仮面舞踏会の一夜、彼女がどちらを選ぶのかを見極めようと…
 管弦楽への編曲は青島広志が担当し、花柳ツルなど6、7人が舞踊で表現した。もともと小説からインスピレーションをうけた音楽ゆえか、イメージを膨らませた華やかな舞となり、黒子が扱う小道具の蝶々は舞台から客席へとゆらゆらと飛翔して行った。青島広志の編曲はウェーバーとベルリオーズに倣ったということだが、さまざまな楽器が活躍してなかなか手際よい。青島広志も客席で賞賛を浴びていた。

 休憩後にファリャの「恋は魔術師」。スペインのアンダルシア地方が舞台で、浮気者の夫を亡くしたカンデーラは新たな恋人カルメーロと結ばれたいと望み、嫉妬で邪魔する夫の亡霊を女友だちのルシーアに誘惑してもらう、という筋書きのバレエ音楽。亡霊役が萬斎、カンデーラは花柳ツル、カルメーロは藤間礼多、ルシーアはフラメンコの工藤朋子という布陣。
 楽しい舞台だった。萬斎の動きや台詞は笑わせるし、花柳ツルや工藤朋子らの舞踊はジャンルが異なるのに違和感はなく見応えがあった。音楽は激しい舞踏の場面と静寂な情景描写とが繰り返し、不気味な調べと爽やかな響きとが対比されるなど変化に富み、松井慶太は変拍子を振り分けながら明暗の交錯する音楽を色彩感豊かに表現した。残念だったのはカンデーラの想いを歌うメゾの秋本悠希の声量がちょっと不足気味、それと毎度のことだけどOEK(コンマス=アビゲイル・ヤング)の各奏者が大人しい。もっと一人一人が目立ったほうがいいと思う。アンサンブルは大事だけど全体のなかに各奏者が埋没しまいがちなのは良くない。アンコールは予想通り「火祭りの踊り」だった。舞台では手拍子、足拍子も高らかに振付を変えて再度踊ってくれた。

2026/3/14 藤岡幸夫×東響 THE協奏曲2026年03月14日 21:54



東京交響楽団 川崎定期演奏会 第104回

日時:2026年3月14日(土) 14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:藤岡 幸夫
共演:ヴァイオリン/若尾 圭良
   チェロ/佐藤 晴真
   ピアノ/福間 洸太朗
演目:プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調
   ドヴォルザーク/チェロ協奏曲 ロ短調
   サン=サーンス/ピアノ協奏曲第5番 ヘ長調
          「エジプト風」


 オーケストラの定期演奏会で協奏曲だけを並べるのは珍しい。

 最初は若尾圭良のソロでプロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲第2番」。若尾はボストン生まれの20歳、父親がボストン交響楽団のオーボエ奏者だという。
 プロコフィエフは長い亡命生活のあと祖国に戻ると決めた頃に「第2番」を書いた。ロシアから亡命する直前の「第1番」より演奏機会は多く、過去にはベルキンのさりげない自然体の素敵な演奏があった。
 
 曲は急―緩―急の古典的な3楽章構成。第1楽章は哀愁を帯びた歌謡風というか民謡風の旋律。若尾は音程に揺るぎがなくシャープで瑞々しい。第2楽章は弦楽器のピツィカートの上を、独奏ヴァイオリンが抒情的なメロディを奏でる。若尾の高音域は魅力的で素直な節回しが好ましい。第3楽章はカスタネットが加わり、打楽器がリズムを刻み、独奏ヴァイオリンが華やかに盛り上げる。藤岡幸夫のサポートはそつがなく若尾は伸び伸びと弾いていた。ソリストが指揮者に寄り添い過ぎかとも思ったけど、かえってそれが初々しくて好感度が爆上がりとなった。

 2曲目は「ドボコン」、ドヴォルザークのアメリカ時代における置き土産とも言うべき名曲。ソロはミュンヘン国際音楽コンクールの覇者である佐藤晴真。「チェロ協奏曲」において最も著名なこの作品はいつ聴いても楽しませてくれるけど、今日はそのなかでも最高級の出来ばえ。佐藤のソロは鷹揚でありながら繊細、東響の木管首席たちと絡む幾多の場面は至福のひと時だった。
 第1楽章、佐藤は大きな起伏と切ないチェロの響を交錯させ堂々たる音楽をつくった。第2楽章はクラリネットのヌヴーとの掛け合いが聴かせる。中間部はオーケストラの強奏で突然表情が変わり、佐藤はほの暗い主題を纏綿と歌う。コーダを前にしたカデンツァは完璧な変奏で泣かせる。第3楽章は行進曲風な歩みの中で、民謡風の美しい主題も登場する。フルートの相澤政宏、オーボエの荒絵理子、コンマスの小林壱成とのやりとりに手に汗握り、長めの終結部の激情に感極まる。ちなみにドヴォルザークはアメリカから帰国後、妻アンナの姉であるヨゼファの訃報をきいて終結部に手を入れたというのは有名な話。
 藤岡の「ドボコン」は、以前ソッリマのソロで聴いているが、各楽器の点描を強調し情熱的かつ劇的に作り上げる。それに応えた若き佐藤晴真は小柄な身体ながら貫禄十分、王者の風格で心底感服した。

 最後はサン=サーンスの「ピアノ協奏曲第5番」、“エジプト風”と愛称されている。ソロの福間洸太朗はすでに40歳を越えた。ピアニストとしての活動も20年以上、メディア出演やYouTubeでの活動も目立っている。
 「ピアノ協奏曲第5番」はサン=サーンス最後のピアノ協奏曲、自身のピアニストデビュー50周年の記念演奏会のための作品で、避寒地のエジプトに滞在していた時の体験に基づくという。特に第2楽章にはエキゾチックな旋律やリズムが用いられ異国情緒的な雰囲気がある。
 冒頭からオーケストラの和音を背景に福間のピアノが歌うよう。爽やかなパッセージが清々しい。第2楽章はエジプトの香りというよりは何処とも知れない東洋風の音楽。銅鑼や打楽器の響きが印象的。虫の音や動物の鳴き声を模倣したようなところもある。福間の硬質な音色が千変万化して心地よい。終楽章、福間は強烈なタッチや溌剌としたアクセントなど野性的ともいえるエネルギーを投入し圧巻の演奏。技巧はもちろんだが体力や気力を消耗しそうなくらい大変そう、こうなると合わせるオケも完全燃焼せざるを得ない。コーダに向かって圧倒的に高揚し駆け抜けた。

 定期演奏会はオケの真価を問う場だから協奏曲はあってもメインの演目ではなく前半のプログラムとなることがほとんど。今日のようなプログラミングは異例というべきだけど、改めてソリストの引き立て役だけでは終わらない東響の実力を確認させてもらった。

沈丁花と初雪葛2026年03月09日 17:47



 昨年、挿し木した沈丁花に花がついた。寿命が短くとつぜん枯れることがある沈丁花はスペアを用意しておいたほうがいい、とのことで挿し木をしたのだった。
 しばらくは地植えしない想定で大き目の鉢に枝を10cmほど切り取って挿した。半年は北側の日陰で管理し秋の終わりには南の日向に移した。
 用土は鹿沼だから養分は全く含まない。日陰では水のみ、日向に移動したあとは月に一度程度液肥を与えた。この季節になって枝葉の発育はそれほどでもないが3輪の花が咲いた。逞しい生命力に驚きだ。親木のほうも背丈・差し渡しとも1m以上に生長し、たくさんの花を咲かせている。

 挿し木といえば一昨年初雪葛の芽を切り取って4つのポットに移植した。こちらは1年半を過ぎても頼りないままほとんど変化がない。そこでこれらを思い切って地植えすることにした。
 植え替えとしてはもう少し遅いほうがいいと思うが、寒肥を施すこの時期にあわせてフェンス際に植えつけた。うまくいくかどうか分からないが何年か経って通りからの目隠しになってくれることを期待している。

ブーニン2026年03月02日 17:05



『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』

製作:2026年 NHKエンタープライズ/KADOKAWA
監督:中嶋 梓
総合プロデューサー:小堺 正記
音楽監修:スタニスラフ・ブーニン
出演:スタニスラフ・ブーニン、中島ブーニン榮子
   小山実稚恵、ジャン=マルク・ルイサダ


 ブーニンはもちろん知っている。10代でショパンコンクールを制し、日本でも一大ブームを巻き起こした。でも、それ以外に何を知っている? 亡命、日本人の伴侶、病、沈黙、リハビリ、復帰…彼の半世紀にわたる軌跡について何も知らなかった。

 もともと室内楽をほとんど聴かないのだから器楽曲のコンサートなどほぼ縁がない。ブーニンの生演奏にも出向いたことがなかった。その彼の日本でつくられたドキュメンタリーである。
 映画は「天才」「苦悩」「試練」「亡命者」の4楽章構成。過去の出来事は主にNHKのアーカイブが使われている。演奏シーンも多く挿入されフィルムコンサートのようでもある。

 導入は八ヶ岳高原音楽堂におけるバッハの「平均律」ではじまる。
 ブーニンは1966年モスクワに生まれ、1985年第11回ショパンコンクールに優勝。フィルムで聴く「猫のワルツ」の快速演奏にびっくりする。その時の入賞者である小山実稚恵とジャン=マルク・ルイサダがブーニンについての思い出を語る。
 来日コンサートでは武道館でも演奏した。今では考えられないことだけどビートルズ並みである。1988年には冷戦下のソ連から西ドイツに亡命し活躍を続けたが、2013年に突然演奏活動を中止する。左手の麻痺、糖尿病、骨折から壊疽を起こし左足を8cm切断という苦難に見舞われる。リハビリを経て2022年の八ヶ岳高原音楽堂でのリサイタルで復帰する。
 映画は20世紀の終わりから21世紀の初頭にかけてのブーニン最盛期には触れず、苦難からリハビリ、そして復帰への道のりを妻榮子の支えとともに描く。その間、ブーニンを敬愛する桑原志織や反田恭平、亀井聖矢のインタビューなどが挟まれ、2025年12月のサントリーホールでの演奏会が長時間収録されている。
 ドキュメンタリーの終わりには2026年1月の東京芸術劇場における「日本デビュー40周年記念コンサート」でのアンコール曲が流れる。NHK交響楽団メンバーによる室内合奏団との共演でバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」だった。

 カムバックしたブーニンは完全に障害が癒えたわけでなく、ダイナミクスやスピードなどは「猫のワルツ」のときの超絶技巧と比べるまでもない。しかし、今の身体や技術で表現しようとする朴訥とした抑揚と歌そして意思は、失ってしまった力感や輝かしさを補っているように思えた。音楽には技術を超えて訴えてくる何かがたしかにある。ブーニンは長身痩躯、貴公子然とし眼光は鋭い。復帰後のピアノはFazioliを使っていた。