2023/2/11 下野竜也×神奈川フィル ブルックナー「交響曲第6番」2023年02月11日 22:09



神奈川フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会第383回

日時:2023年2月11日(土) 14:00開演
場所:横浜みなとみらいホール
指揮:下野 竜也
共演:ピアノ/野田 清隆
演目:尾高惇忠/ピアノ協奏曲
   ブルックナー/交響曲第6番イ長調WAB.106


 下野と神奈川フィルの組み合わせを聴くのは初めて。下野のブルックナーは、昨年読響を振った「第5番」以来2度目。このときのブルックナーは、誠実ではあってもちょっと真面目すぎたかな、との印象だったが…

 ブルックナーの前に尾高惇忠の「ピアノ協奏曲」。
 尾高惇忠は指揮者忠明のお兄さん。一昨年、惜しくも逝去された。「ピアノ協奏曲」は日本フィルハーモニー交響楽団の委嘱作品で、2016年5月に今回と同じ野田清隆のソロ、広上淳一の指揮で初演されている。
 この初演をサントリーホールで聴いている。「未完成」と「運命」との間に挟まれて演奏された。面妖なことに有名な2曲は何から何まで忘れてしまったけど、ゲンダイ音楽であるこの「ピアノ協奏曲」はぼんやりと覚えている。
 演奏前に尾高惇忠と広上淳一とのプレトークがあって、これがなかなか面白かったということもある。広上は高校時代に尾高惇忠に弟子入りしており、二人してその思い出話などを話してくれた。ピアノの野田清隆を含めて3人は湘南学園高校の先輩、後輩の関係だという。
 尾高惇忠のほかの作品を知っているわけではないが、「ピアノ協奏曲」はゲンダイ音楽という能書きは横におき、シンプルで活気あふれる曲として記憶にある。

 野田さんの水滴の落ちるような3つの音が、だんだんと展開され発展していく。オケの炸裂とピアノの軽やかな身のこなし。緩徐楽章はピアノとクラリネットとの対話から始まり、静かにオケが歌う。カンデンツアも印象的。最終楽章は、強烈なリズム、同型反復のオケのうえをピアノが駆け抜ける。オスティナートによる逞しい推進力。
 野田さんは生命力に満ちた音楽を聴かせてくれた。下野×神奈川フィルも好サポート。2度目とあって、おぼろげな記憶を上書きすることができた。
 ソリストアンコールは、尾高惇忠のピアノ曲「音の海から」の第9曲「春の足音」。

 ブルックナーの「交響曲第6番」は、以前はなかなか生演奏に出会えなかった。曲自体の評価も思わしくなく、たとえば、宇野功芳は「規模といい、内容といい、初期の交響曲の延長線上にあり…」なんて書いていた(『モーツァルトとブルックナー』249頁、帰徳書房)。
 ところが、近年はプロばかりでなくアマオケでも取り上げるようになってきている。大昔から「6番」を、「9番」とともにカイルベルトの2枚の音盤で愛聴していた人間からすると、演奏機会が増えるのは喜ばしいかぎりだ。

 下野のブルックナーは、やはり丁寧なつくりで各声部をきっちり歌わせ細部までないがしろにしない。とくに弦が大音量の中でもマスクされることなく明晰に聴こえてくるのは最大の美点だ。ホールが味方しているとはいえ、今日の神奈川フィルは12型で決して大編成とはいえない。立派なものである。もっとも、丁寧である分、音楽の足取りは少々重い。演奏時間は、楽章間の休みを考慮しても全体でほぼ1時間かかった。
 ブルックナーは曲の長大さ、重厚な響き、全休止の多用、そして彼自身の体型や偏執狂的なふるまいのせいもあってか、ゴツゴツとした重々しい演奏がブルックナーらしいと思われている。たしかに曲によってはそうかも知れない。
 しかし、実際のブルックナーは即興が達者なオルガニストである。そのことが作品に反映しないわけがない。とりわけ全休止がスケルツォの章でしかみられない「第6番」は、流れるような楽想と即興性に満ち溢れている。もっと軽快で弾むような演奏を望んでいた聴衆からすると少々期待外れ。

 神奈川フィルのコンマスは石田さん、Vn2には直江、小宮のツートップ、弦は低弦を含め大健闘。第1楽章の第2主題、抒情的で音が跳躍するあたり「第9番」を予感させた。緩徐楽章の柔和な哀感、ヴァイオリンとチェロによる対位法的な旋律も聴かせ処だった。
 フルートには契約団員の瀧本さん、オーボエ古山、クラリネット斎藤は不動、ファゴットは鈴木、石井の両首席。これも第1楽章、第3主題の金管のあと移行句の木管群は、寂寥感もあり、いかにもブルックナーらしい音楽を堪能させてもらった。
 ホルンはトップが坂東、アシストが豊田という盤石な体制。第1楽章冒頭から好調で、第3楽章のトリオの重奏も見事決まった。トランペットは林、三澤の両人が座った、トロンボーンはいつものように府川首席。第4楽章、序奏のあと快活で情熱的なファンファーレ風な音楽に耳を奪われる、コーダの金管群の高揚感も全曲の締めに貢献した。
 いままで「交響曲第6番」は、人気の「第4番」に続く重量級の「第5番」と、後期の3つの大作に挟まれて、なかなか人気がなく評価もされなかった曲だが、ブルックナー中期の傑作であることは間違いない、と今日の演奏でも改めて思った。