2024/4/14 大井剛史×水響 レブエルタスとストラヴィンスキー2024年04月14日 19:25



水星交響楽団 第67回 定期演奏会

日時:2024年4月14日(日) 13:30 開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:大井 剛史
演目:レブエルタス/センセマヤ
   レブエルタス/組曲「マヤ族の夜」
   ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」


 レブエルタスを「春の祭典」とともに大井剛史が振る。演奏会のポスターによれば今回のテーマは「供犠」とのこと、なるほど。大井剛史はこの4月から東京佼成ウインドオーケストラ常任指揮者に就任した。オペラ、バレエなどの舞台音楽から通常の管弦楽、吹奏楽、映画やゲーム音楽まで守備範囲が広い。過去に何度が聴いているがいずれも好印象。その彼がおどろおどろしい作品を披露するという、聴かずばなるまい。

 レブエルタスはメキシコの作曲家。「センセマヤ」とは「蛇殺しの歌」という意、吹奏楽版もある。以前、原田慶太楼の指揮で聴いたことがある。呪術的なオスティナート、単純なリズムが執拗に反復され、管楽器の響きは「春の祭典」を彷彿とさせる。
 組曲「マヤ族の夜」は映画音楽を演奏会用に編曲したもの。第1曲「マヤ族の夜」では、しょっぱな銅鑼と大太鼓が鳴り、壮大で悲痛な主題が登場する。その後、旋律は郷愁をさそう物悲しいカンタービレに移行し、終わりには冒頭のテーマが回帰する。この映画については不案内だが、いかにもドラマが展開していくような雰囲気がある。第2曲「どんちゃん騒ぎの夜」は、軽快なリズムと明るい曲想のダンス音楽。打楽器のスピード感と金管楽器の合いの手が楽しい。第3曲「ユカタンの夜」は緩徐楽章、一転してロマンチックな夜の風景を描く。この3曲までは、まぁ普通の楽曲スタイルだが、第4曲「呪術の夜」で大きく様変わりする。主に打楽器の強烈なリズムと管楽器による衝撃音からなり、野性的な躍動と迫力が半端じゃない。途中、なんと打楽器だけのカデンツァが出現する。弦・管が沈黙し打楽器奏者が即興を繰り広げる。コーダでは熱狂のさなか、第1曲の主題が高らかに再現される。
 民族音楽は数あれど、ここまで原始的で土俗的な音楽は珍しい。教会や宮廷で生まれたクラシック音楽が辺境に到達し、珍奇な魅力をもつ作品が生まれた。レブエルタスの作品は、「自らの民族の特殊性を踏まえずして、普遍的な芸術に到達することはできない」と主張した伊福部に通じるところがある。
 大井剛史はこういった荒々しい音楽にあっても音が混濁することはなく、必要な時に必要な楽器をしっかりと鳴らす。煽れば天井知らずの曲でも節度を保つ。それでいて音楽が無味乾燥にならない。水響は凄演、13人の打楽器奏者の競演は見ものだった。
 
 後半、ストラヴィンスキーの「春の祭典」。レブエルタスに比べると、なんと洗練された近代的な曲かと思う。今回の3曲はいずれも20世紀前半に書かれた作品で、「春の祭典」がもっとも早くに完成している。「春の祭典」は複雑に変化するリズムや不協和音を駆使し、西洋音楽の歴史を変えた曲だけど、今は、それだけ聴き手の耳に馴染んでいるということかも知れない。
 ここでも大井剛史は、性能限度一杯を要求される各楽器を的確に鳴らし、大きなスケールで「春の祭典」描いた。グロテスクでセンセーショナルな曲というよりは優れた作品を聴いたという印象。水響は前回も感じたが、アマオケとしては一等、ほんとうに皆うまい。「春の祭典」を取り上げるのは結成以来3度目だという。今回のようにちょっと癖のあるプログラミングが特徴でもあるらしい。また聴いてみたい。

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