2022/5/26 倉田莉奈 バッハの鍵盤曲2022年05月26日 15:16



ランチタイムコンサート「音楽史の旅」
          ①バッハの鍵盤曲

日時:2022年5月26日(木) 11:00 開演
会場:かなっくホール
出演:ピアノ/倉田 莉奈
   ファシリテーター/飯田 有抄
演目:主よ人の望みの喜びよ BWV.147
   半音階的幻想曲とフーガニ短調 BWV.903
   イタリア協奏曲 BWV.971
   ゴルトベルク変奏曲ト長調 BWV.988より
    「アリア」


 2022年度の「かなっくホール」のランチタイムコンサートは「音楽史の旅」と銘打って全6回開催される。前半3回はバッハ、後半はシューベルト。なお、「音楽史の旅」は今後5年にわたっての継続企画になるという。
 その第1回、倉田莉奈のピアノによるバッハの鍵盤曲、飯田有抄が進行と解説を担う。
 倉田さんは、「かなっくホール」のレジデントアーティスト。フランスで学んだ若手ピアニストで、以前ショパンの「ピアノ協奏曲」を聴いて、とても感心したことがあった。

 レクチャー・コンサートだから全体の半分弱は楽曲解説だが、飯田さんのお話は分かりやすい。演奏者を交えたお喋りも楽しい。倉田さんが「インヴェンション」を初めて弾いたときは衝撃だったという。右手はメロディ、左手は伴奏と習ってきたのが、バッハでは左手もメロディを奏でなければならない。それに戸惑ったし、上手くできなかったと、こんな話を引き出してくれた。

 最初は「主よ人の望みの喜びよ」。教会カンタータ「心と口と行いと生命と」の第6曲。ひょっとしたら「トッカータとフーガ」と並んでバッハの全作品中で、最も耳にする機会が多い曲かも知れない。ギターや吹奏楽などにも編曲されている。ピアノアレンジはマイラ・ヘス。オリジナルを別とすればチェンバロの響きを想像していたから、倉田さんのピアノの豊かな音響にちょっとびっくり。

 「半音階的幻想曲とフーガニ短調」は、バッハのクラヴィーア独奏作品における人気曲。バッハの死後もずっと演奏記録が残っているらしい。モーツァルトのk.546「アダージョとフーガ」の形式は、この曲に似ている。もっともモーツァルトのそれは、ずっと暗く悲劇的だけど。倉田さんの演奏は、幻想曲の部分などバロック音楽とは思えないほど。半音階だらけの上行音階、下行音階が感情の微妙な綾を織りなし、まるでロマン派の音楽を持ってきてここに置いたよう。フーガは厳格でありつつドラマ性豊かに描いた。

 「イタリア協奏曲」の原題は、「イタリア趣味によるコンチェルト」。当時の音楽先進国イタリア、とりわけヴィヴァルディにインスパイアされた曲だろうか。コンチェルトといってもチェンバロ独奏のための急―緩―急、全3楽章の楽曲。倉田さんは、一度聴いたら忘れられない出だしのリズムを軽快に弾き始める。軽やかなバッハがそこにいた。緩徐楽章はここでも正しくロマンチック、終楽章は快速で走り抜ける。バッハの固定観念を塗り替えるくらい新鮮。

 チェンバロ奏者ゴルトベルクが、不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のために演奏したという逸話から、「ゴルトベルク変奏曲」という俗名が生れているが、これは真偽不明。初版楽譜の扉には「ある一つのアリアと異なる変奏によって成り立つ鍵盤練習曲」とある。「アリア」は曲の最初と最後に置かれ、そのあいだに30の変奏が長大に展開されていく。その「アリア」は10年以上前に書かれたアンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳に載っているらしい。倉田さんは昼の1時間を締めくくるように、ゆっくりと丁寧に「アリア」を歌った。

 音楽だけでいえば40分程度だったが、曲の構成がよく考えられ、曲間の解説も適切で、極めて満足度の高い演奏会だった。倉田さんは年度後半のシューベルトにも出演する予定。偏愛する「21番」のソナタを聴かせてくれる。大いに楽しみにしたい。