ダ・ヴィンチは誰に微笑む2022年02月25日 14:04



『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』
原題:The Savior for Sale
製作:2021年 フランス
監督:アントワーヌ・ビトキーヌ

 レンブラントの新作発見をめぐる人間模様と国家間の騒動を描いた『レンブラントは誰の手に』という映画を去年観た。 
 今回はレオナルド・ダ・ヴィンチの消えた作品にまつわるドキュメンタリー。題名もどことなく似ている。

 2005年、米国の美術商が競売会社のカタログから1枚の絵を低額で落札する。絵の持ち主はルイジアナの一般家庭。美術商はその絵がダ・ヴィンチの、失われた「救世主」ではないかと睨んでいる。
 で、ロンドンのナショナル・ギャラリーに接触する。ナショナル・ギャラリーでは複数の専門家の鑑定を求めるが真偽は半々。しかし、ナショナル・ギャラリーは、ダ・ヴィンチの作品「サルバトール・ムンディ(世界の救世主)」として、2011年のダ・ヴィンチ展で特別展示する。
 美術館のお墨付きを得たものの、ダ・ヴィンチの絵がそうそう簡単に取引できるはずもない。なかなか買い手が見つからない。そのうちロシアの新興財閥の収集家が投資目的で声をかけてくる。交渉は仲介者が間に入って買い手は表に出ない。新興財閥は150億円ほど支払うが、仲介者が凡そ30%をピンハネする。知られるはずのない売却価格が新聞ざたになって、新興財閥は仲介者を詐欺で訴えるというオチがつく。
 「サルバトール・ムンディ」は転売される。2017年にクリスティーズのオークションにかけることになった。クリスティーズは、その絵を一般公開し、絵を鑑賞する大衆をプロモーションビデオに利用するなど、あれやこれや巧妙にオークションを操作し絵の価値を釣り上げる。結果、「サルバトール・ムンディ」は、史上最高値の500億円超で落札される。
 落札した所有者は不明とされていたが、サウジアラビアの王太子ムハンマド・ビン・サルマーンといわれている。サウジアラビアは脱石油政策の一環で美術館計画を進めている。その後、アラブ側はルーブル美術館での展示を目論み、絵をルーブルへ持ち込む。ルーブルは徹底的な分析を行い、ダ・ヴィンチの真筆ではなく工房による作品と結論づける。フランスとサウジアラビアとの間でダ・ヴィンチ作品として“展示する、展示しない”で揉めたようだが、絵は展示されないままアラブに戻された。
 クリスティーズのオークション以降、「サルバトール・ムンディ」は一度も一般公開されていない。現在では、人々の目に触れることも、研究の対象とされることもなく、真偽不明のまま死蔵?されている。

 この謎につつまれた絵画の疑問を、実際に購入した美術商、絵画の修復家、作品を鑑定した美術史家、展示に意欲的な美術館員、新興財閥の収集家とアドバイザー、クリスティーズの関係者など、多数のインタビューで繙きながら、「サルバトール・ムンディ」をめぐる内幕とその闇を暴いて行く。
 アート業界の構造や知られざる仕組み、マーケットの不透明さやオークションの実態、さらには美術作品の価値基準など、われわれからしてみれば魑魅魍魎の世界を生々しく描き出している。
 別世界の出来事とはいえ、下手なミステリー映画より遥かに面白い。最後には、絵の価値、モノの価値など、畢竟、人間の欲望そのものではないか、と嘆息することになる。