2021/9/18 原田慶太楼×東響 ヴォーン・ウイリアムズ2021年09月18日 19:07



東京交響楽団 名曲全集 第169回

日時:2021年9月18日(土)14:00
場所:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:原田 慶太楼
共演:ソプラノ/小林 沙羅
   バリトン/大西 宇宙
   合唱/東響コーラス(合唱指揮:冨平恭平)
演目:V.ウィリアムズ/グリーンスリーヴスによる幻想曲
   V.ウィリアムズ/イギリス民謡組曲
   V.ウィリアムズ/海の交響曲

 颱風の影響だろう、時おり強い雨が叩きつけ、風が吹きすさぶなか川崎へ。ほぼ1カ月ぶりの演奏会。
 すべてレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの作品。彼の最初の交響曲である「海の交響曲」とイギリス民謡組曲(ジェイコブ編)。最も知られている「グリーンスリーヴスによる幻想曲」も。

 ヴォーン・ウィリアムズは、19世紀の後半に生れ、陶器のウエッジウッド、進化論のダーウィンとも血の繋がりがある。大学時代の仲間にはストコフスキー、ホルストがいた。後にブルッフ、ラヴェルに師事している。
 イングランド民謡の収集・保存に力を注ぎ、交響曲を9曲書いた。ベートーヴェン、シューベルト(以前グレイトは第9番と表記されていた)、ブルックナー、ドボルジャーク、マーラーと同様、“9番の呪い”である。もっとも“9番の呪い”など全く不正確で根拠のない与太話。
 結婚を二度している。これは音楽に直接関係ないけど、小説の題材にでもなるような話が残っている。
 最初の妻アデリーンとは、50年以上連れ添ったが、彼女は長年にわたって病を患っていた。ヴォーン・ウィリアムズは、詩人で既婚者のアーシュラと不倫関係になった。アーシュラは夫を亡くしたあと、アデリーンの介護をしながら10年ほど彼らと一緒に住んだ。アデリーンも承知していたという。
 アデリーンの死後、ヴォーン・ウィリアムズとアーシュラは再婚したが、結婚期間は5年間だけ。1958年に85歳でヴォーン・ウィリアムズはこの世を去る。アーシュラは2007年まで存命し、伴侶の伝記を出版し、自叙伝を完成させ、96歳で生涯を閉じるまでレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ協会の名誉会長を務めた。

 「海の交響曲」は4楽章構成の、たしかに交響曲の形式ではあるが、ソプラノ、バリトンの両独唱および混声合唱を伴う声楽曲で、オラトリオに近い。アメリカの詩人ホイットマンの詩集『草の葉』をテキストとし、詩集そのままではなく自由に取捨選択をしながら再構成している。
 このご時世、大規模な声楽曲の公演など実現に漕ぎつけるだけでも大変なこと。会場1階はソリスト正面の前から3列を空席にした。東響コーラスは2階のPブロックとRA、LAブロックを舞台にして1列おきに使用した。舞台に上がったのは80名位か。2楽章が終わった時点で半数ほどが入れ替わり、総勢は100名を越えていただろう。
 東響コーラスは暗譜で歌うことで有名だが、今日も長丁場を全員が暗譜。どれだけ練習をしたのだろう。それを想像するだけで呆然となり感嘆する。ソプラノの小林沙羅、バリトンの大西宇宙も迫力満点、芯のある立派な歌唱。原田慶太楼のコントロールもやはり見事なものだ。久しぶりに16型オケ+パイプオルガン+ソロ+合唱という目一杯の編成による熱演を堪能した。
 第1楽章「全ての海 全ての船に捧ぐ歌」、冒頭、金管の印象的なファンファーレのなかに、早くもオルガンが入って来る。合唱とバリトン、ソプラノの力強い歌が交わされる。第2楽章「夜 渚に一人たたずみ」は緩徐楽章、神秘的なバリトンの独唱。第3楽章「波」はスケルツォ。第4楽章「探検者たち」は全曲の半分を占める長大な楽章。宗教的なア・カペラを何度かはさみ、ソプラノとバリトンの二重唱、合唱と再びオルガンも加わって壮大な世界を描き出す。高揚のあと最後は静寂のなかへ消えゆくようにして終わる。
 
 イギリス音楽は、中世の聖歌からルネサンス期のトマス・タリス、ウイリアム・バード、ジョン・ダウランドなどを経て、バロック時代のヘンリー・パーセルのオペラ、イギリスへ帰化したヘンデルの「メサイア」など多数の声楽曲をもつ。古典派、ロマン派の時代は不毛であったが、エルガーが登場し「ゲロンティアスの夢」をつくり、ウォルトンの「ペルシャザールの饗宴」があり、ブリテンも「戦争レクイエム」やオペラなど声楽を含む曲をたくさん書いた。現代ではジェームス・マクミランが「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」という素晴らしい合唱曲を発表している。
 レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの「海の交響曲」はそのイギリス音楽の系譜に間違いなく位置付けられている。