余白の美しさ2021年06月15日 20:00



映画『ブータン 山の教室』
原題:Lunana: A Yak in the Classroom
製作:2019年 ブータン
監督:パオ・チョニン・ドルジ
脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム

 この4月に岩波ホールで公開された『ブータン 山の教室』を2カ月遅れで観ることができた。平日昼のミニシアターでの上映だったが、結構観客が入っていた。

 首都ティンプーの今どきの若者ウゲンは、教師でありながら歌手としてオーストラリアへ行くことを夢見ている。ある日、上司から標高4,800メートルの地にあるブータン北部のルナナ村の学校に赴任するよう命じられる。一週間以上かけ到着した村は、電気も通っていない辺境の地。学校には黒板も紙もない。すぐにでも街に戻りたいと考えるウゲンだが、学ぶことを渇望する子供たちのために、結局は春から秋にかけ教師を務め、自然とともに暮らす村人たちと接し、自分のなかの何かが変わっていく。邦題の「山の教室」とは、誰よりも新人教師ウゲン自身が学んだ教室ということだろう。
 
 ウゲンは、1年足らずのルナナ村での生活のあと、やはりオーストラリアに行く。酒場で雇われ歌手として歌っている。映画の最後、ルナナ村で教えてもらった「ヤクに捧げる歌」を歌う。果たして、このままオーストラリアに留まるのか、祖国へ帰るのか、ルナナ村を再訪するのかはもちろんわからない。
 ウゲンに「ヤクに捧げる歌」を教えた若い娘セデュは、ルナナ村の丘で毎日歌う。「歌を万物に捧げているの、人、動物、神々、この谷の精霊たちにね」と応え、「オグロツルは鳴くとき、誰がどう思うかなんて考えない。ただ鳴く、私も同じ」と語る。
 ルナナ村の村長は妻と息子を亡くしているが、嘆きはしない。ただ、村一番の歌い手だったのに歌わなくなっただけだ。しかし、ウゲンが村を離れる時、「ヤクに捧げる歌」を歌って送ってくれた。
 クラス委員の幼いペム・ザムは、両親が離婚し父と暮らしている、その父は飲んだくれで働きもしない。でも、ペム・ザムは賢く笑顔を絶やさず、天使のように可愛い。
 悲しみや辛さを表わさないからといって、ルナナ村の人々が幸せ、というわけでもなかろう。

 監督は多くを語らない。事実を淡々と描くのみで、くどくどと説明をしない。さりげなくいろいろな所に伏線を張ってはいるけど。大げさな身振りも全くない。実際のルナナ村の住民が出演しているというが、自然のなかに演技が溶け込んでいる。
 観客のそれぞれは、省略されている様々を補うことになる。すると、その想像力の余白にゆっくりと美しさが広がって行く、悲しみを伴って。感動の一作。

コメント

トラックバック