Be Phil Orchestra2023年07月13日 21:26



 ベルリン・フィルが4年ぶりに来日する。指揮はもちろんキリル・ペトレンコ。チケットは高価ながら完売するだろう。今は海外オケに執着などないから、チケットの争奪戦には参加しないけど。

 本公演以外に、ベルリン・フィルは来日に合わせてちょっと面白い企画を展開する。
 何かというと、日本のアマチュア奏者を集めBe Phil Orchestraなるものを結成し、演奏会を行う。
 本拠地ベルリンでも2018年、サイモン・ラトルの指揮でアマチュア演奏家によるBe Philharmonieを組織して演奏会を開催したことがあった。それを日本で再現するということらしい。

 11月26日の夜がBe Phil Orchestraのコンサート本番で、会場はサントリーホール。
 演目はプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」の抜粋をペトレンコが指揮し、ブラームスの「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」をRaphael Haegerが指揮する。Haegerはベルリン・フィルの打楽器奏者。ソリストは樫本大進とLudwig Quandtが務める。
 リハーサルは22日から25日。参加費は無料で、出演料は支給されない。交通費や滞在費は自分持ちとなる。ホテルが必要であれば招聘元のフジテレビが格安料金で斡旋してくれる。

 とうぜん参加するためのオーディションがある。年齢は18歳以上、音楽を職業としていない日本在住のアマチュア、プロコフィエフやブラームスを演奏できる能力、などが最低条件。
 ベルリン・フィルのサイトに登録し、オーディション用の映像をアップロードする。映像は最近1年以内のもので演奏する曲は問わない。室内楽でもよい。映像は最大6分以内、1台のカメラで撮影し編集してはいけない。映像に自己紹介を入れてもよい。経歴文書は別途作成する。
 応募の締め切りは8月16日。選考はベルリン・フィルのメンバーが行う。

https://www.berliner-philharmoniker.de/en/education/on-the-road/bephil-orchestra/

 キリル・ペトレンコの指揮による演奏、ベルリン・フィルのメンバーとの交流、音楽愛好家としての思い出づくりなどなど、アマチュア奏者にとっては夢のような話だ。
 わが国はとてもアマオケ活動が盛んである。2018年のBe Philharmonieのときには、わざわざ日本からベルリンへ駆けつけた剛の者がいたという。それが今回、東京において同様の企画が実現する。応募者が殺到するだろう。
 Be Phil Orchestraの席をめぐって激しい争いとなりそうだ。

ヨアナ・マルヴィッツ2023年06月10日 08:39



 ドイツの若手女性指揮者ヨアナ・マルヴィッツに関するニュース。
 すでに2023/2024シーズンからベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の首席指揮者に就任するとアナウンスされているが、このほどクラシック・レーベルの名門ドイツ・グラモフォンと契約を締結したと発表された。
 ドイツ・グラモフォンが女性指揮者と契約を結ぶのは、ミルガ・グラジニーテ=ティーラに次いで二人目。いまはもう音盤全盛の時代ではないものの、それでもドイツ・グラモフォンといえば、映画『TAR/ター』でも登場したクラシック・レーベルの最高峰である。マルヴィッツのグラモフォン・デビューは、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を指揮したクルト・ヴァイルの交響曲などを収めたアルバムだという。

 ヨアナ・マルヴィッツはヒルデスハイム生まれの37歳というから、ミルガ・グラジニーテ=ティーラや沖澤のどかと同世代。2006年から指揮者として活動を始め(経歴には大植英次に師事したと書いてある)、エアフルト劇場、フランクフルト歌劇場、コペンハーゲン王立歌劇場などヨーロッパ各地の歌劇場で実績をつみ、2018/2019シーズンから2022/2023シーズンまでニュルンベルク州立劇場初の女性音楽総監督(GMD)を務めた。2019年にはドイツのオペラ雑誌「オペルンヴェルト」の「今年の指揮者」に選ばれた俊英で、2020年のザルツブルク音楽祭ではウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を振り「コジ・ファン・トゥッテ」を成功させた。2025年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にデビューすることが決まっている。

 で、上のような記事があったので、YouTubeを検索してみると、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団との「グレイト」を見つけた。収録されたのは2020年。

https://www.youtube.com/watch?v=KcWIdZz4C44

 このごろは音盤や放送、配信を最初から最後まで聴き続けることが苦痛になっている。手持ちの再生装置が貧弱なこともある。途中で投げ出してしまうか、何度か細切れにしてどうにかこうにか、というケースが多い。
 しかし、この「グレイト」は、一気に二度も聴いてしまった。一度はPCの画面を観ながら付属のスピーカーで、二度目はUSB経由でALTECのスピーカーへ出力させた。驚くべき演奏である。

 全体に早めのテンポで非常に躍動的。推進力がありダイナミック。怒涛のように音楽が奔流する。強弱、緩急の揺らぎが大きく、大胆なルバートや激しいアチェレランドを恐れない。それでいて音楽は自然な息遣いを損なうことがない。音に命が吹き込まれる。そして、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の渋い音色が、過激な演奏になりすぎないようバランスしている。マルヴィッツがつくろうとしている音楽と程よく釣り合い、奇妙に調和している。

 ヨアナ・マルヴィッツは暗譜。背が高く、長い手足、しなやかな身体。どことなくケイト・ブランシェットを彷彿とさせる。指揮ぶりは活発で身体全体を使い大きくを動かす。表情は変化に富み、笑みもこぼれる。
 コロナ禍中での収録のためか、客席は無観客、楽団も1人1譜面台のSD仕様。画像では分かりにくいが多分12型。コンマスは日下紗矢子。ヨアナ・マルヴィッツと並んで“いずれ菖蒲か杜若”といった風情である。
 
 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団といえば、冷戦時代、ベルリン・フィルに対抗すべく東ドイツ政府が鳴り物入りで創設したオーケストラ(当時の名称はベルリン交響楽団)だ。クルト・ザンデルリングが鍛え、インバル、ツァグロセクなどがシェフを務めた旧東ドイツ屈指のオーケストラだ。女性指揮者にとってベルリン・フィルへの道のりは確かに遠いが、実際『TAR/ター』の世界は直ぐそこまで来ている。

 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団は、つい先だってエッシェンバッハに率いられ来日した。次回は首席指揮者となったヨアナ・マルヴィッツと一緒するだろう。いちど実演に接してみたいものだ。

TAR/ター2023年06月01日 17:44



『TAR/ター』
原題:Tar
製作:2022年 アメリカ
監督:トッド・フィールド
脚本:トッド・フィールド
音楽:ヒドゥル・グドナドッティル
出演:ケイト・ブランシェット、ニーナ・ホス、
   ソフィー・カウアー


 アメリカで成功をおさめ、ベルリン・フィルで女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、作曲家としても揺るぎない地位を手にしている。いまはマーラーの「交響曲第5番」のライブ録音に向け準備に余念がないが、録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんな時、かつてターが指導した若手指揮者が自殺し、彼女に疑惑がかけられる。SNSでの誹謗中傷も重なり、リディア・ターはだんだんと追いつめられていく。

 サイコスリラーと宣伝文句にあるが、それほどおどろおどろしい話ではない。でも、ダークで重い映画であることは間違いない。終幕のエピソードを救いとみれば、かすかに希望は持てるけど、一般受けするような物語ではない。加えて、この映画ではジェンダーや同性愛、ハラスメント、SNSの悪用など、今日的で難解な問題をふんだんに扱っている。それもポリコレ的ではなく、多面的で皮肉を込めて語られる。混迷する現代なるものを考えさせられる映画でもある。

 脚本の監修を指揮者のジョン・マウチェリが担当した。バーンスタインと親交があったマウチェリは、『指揮者は何を考えているか』(白水社)という本も書いている。それもあってか、映画のなかでは突っ込んだ音楽論や演奏論が披瀝され、実際の作曲家や演奏家の名前が飛び交う。現役の指揮者のスキャンダルなども平気で話題となる。クラシック音楽に親しんでいる人なら別の楽しみ方ができるかも知れない。

 例えば、演奏家の小ネタで笑いを誘ったのは、
 <放送されている曲を聴いて、ターは「レニーの演奏?」とつぶやく。しばらくすると終結に向けて音楽はどんどん遅くなり、「こんなにタメをつくっては駄目、きっとMTTの演奏」と独りごちる。すぐに「マイケル・ティルソン・トーマスの演奏でお送りしました」とアナウンサーの紹介が入る> 容赦のない一撃でMTTも形無しである。
 <ターとロシア人の若い女性チェリストが車のなかで会話をしている。ターが「好きなのはロストロポーヴィチ?」と尋ねる。チェリストは「デュ・プレ」と答える。ターが頷き「そう、デュ・プレとバレンボイム指揮のロンドン・フィル、エルガーのチェロ協奏曲は名盤ね」というと、若きチェリストは「YouTubeで聴いたの。指揮者はだれか知らない」と> 今どき音盤の時代じゃないし、若き演奏家にとってデュ・プレとバレンボイムが特別の関係であったことなど頓着しない。

 劇中で鳴る音楽は、マーラーの「交響曲第5番」とエルガーの「チェロ協奏曲」が物語の進行に重要な役割を果たす。ベルリン・フィルを演じたオケはドレスデン・フィル、演奏会場も彼らの本拠地のクルトゥーア・パラスト(文化宮殿)を使ったようだ。リディア・ターの失脚に重要な役割を果たすロシア人の女性チェリスト・オルガを演じたのは、イギリスの若手チェリストのソフィー・カウアー。本作が俳優デビューだという。

 それにしてもケイト・ブランシェットにはほとほと感心した。その場の空気を圧倒的な力で支配し、強烈なエゴと権力者の苦悩を浮かび上がらせる。徐々に心が犯されていく様など、観ていて胸が痛くなる。
 この映画は彼女のためにつくられたといってもいいほどだ。―――たしかに、監督・脚本のトッド・フィールドは、「この脚本はケイト・ブランシェットという一人のアーティストのために書かれたものです」と言った。そして、「彼女がノーと言ったら、この映画は決して日の目を見ることはなかったでしょう」と語っていた(The Film Stage 2022年8月25日)。

2023/3/30 カメラータかなっく 「グレイト」2023年03月30日 16:28



ランチタイムコンサート「音楽史の旅」
  ⑥室内オーケストラによるバッハとシューベルト

日時:2023年3月30日(木) 11:00開演
場所:かなっくホール
出演:カメラータかなっく
演目:バッハ/管弦楽組曲第3番 ニ長調より
      「G線上のアリア」
   シューベルト/交響曲第8番 ハ長調
       D.944「グレイト」


 年度最後のランチタイムコンサート、前期はバッハ、後期はシューベルトを取り上げ、今日は室内オケによる大曲「グレイト」。「グレイト」の前には弦楽合奏版の「G線上のアリア」というプログラム。
 カメラータかなっくは、神奈川フィルの篠崎史門を中心に、若手演奏家で編成したホール専属の室内オーケストラ。

 オケの編成は8-6-4-3-2の弦、管は2本ずつ(トロンボーンのみ3)、ティンパニ1の計40人弱だが、客数300席の容積だから十分すぎるくらい。指揮者なしで、コンマスの川又明日香がリードし、ティンパニの篠崎史門がしんがりをつとめる。
 奏者たちは、みな見るからに若い。躊躇うことなく思い切りよく、ちょうど奏者たちの年頃に書かれたシンフォニーを力強く演奏した。
 シューベルトらしい明と暗を行き来する旋律、激しい転調、繰り返される同音連打、全体としては快活で堂々とした進行だけど一筋縄ではいかない。突然の切り替わりが頻繁に訪れる。オーボエ、クラリネット、トロンボーンなどが踏ん張って、天才の作品をものの見事に再現した。熱がこもっていながら衒いのない爽やかな演奏だった。

2023/3/22 広上淳一×OEK モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト2023年03月23日 10:49



オーケストラ・アンサンブル金沢 第39回東京定期公演

日時:2023年3月22日(水) 18:30開演
場所:サントリーホール
指揮:広上 淳一
共演:ヴァイオリン/米元 響子
演目:シューベルト/交響曲第5番 変ロ長調 D.485
   モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第4番 
          ニ長調 K.218
   ベートーヴェン/交響曲第2番 ニ長調 Op.36


 目当てはベートーヴェンの「交響曲第2番」。昨年のノットの演奏に納得できていない。ベートーヴェンの奇数番号の交響曲は、忘れられない演奏が幾つかあるが、偶数番号の交響曲は、柔和でしなやかな名曲が揃っているのに、どういうわけか演奏に恵まれない。
 今年のOEK東京公演は、広上がその「2番」指揮をするという。で、昨年の川瀬に続いてOEKを聴くことに。いまのOEKの体制は、広上が音楽監督(アーティスティック・リーダー)、川瀬が常任指揮者(パーマネント・コンダクター)、松井慶太が指揮者(コンダクター)である。3人とも汐澤の弟子、さらに広上と川瀬・松井は師弟関係だという。
 
 最初はシューベルト「交響曲第5番」。
 シューベルト19歳の時の作品。クラリネット、トランペット、トロンボーン、ティンパニを省いた小規模な編成で、3楽章もスケルツォではなくメヌエットという古典派風。モーツァルトへのオマージュかも知れない。
 管弦楽の編成は「40番」と同じ。調性はト短調の平行調の変ロ長調。第1楽章のVn1とVn2のオクターヴ・ユニゾン、第2楽章の変ホ長調アンダンテ、第3楽章のト短調メヌエットなどは、楽章形式や調性、旋律もモーツァルトと見紛うほど。革新的な「エロイカ」が世に出てから10年以上も経っている。懐古趣味なのか、意図をもってしてなのか、よく分からない。
 広上は、低域をよく響かせながらも重くならず、終始柔らかく暖かい音でシューベルトを慈しむように演奏した。OEKは8-6-4-4-3の弦編成、室内オケとは思えないほど豊かな音が出ていた。コンマスはアビゲイル・ヤング、ホルン・トップには東響の上間さんが客演していた。

 次は、米元さんのソロでモーツァルトの「ヴァイオリン協奏曲第4番」。
 やはりモーツァルト19歳の時の作品。オケの編成は前曲のシューベルトとほとんど変わらないが、フルートとファゴット、低弦の一部が抜けてさらに小型に。
 ソリストの米元さんは以前ベートーヴェンのVn協で見事な演奏を聴かせてくれた。伸びやかな音で、オケとの間で親密な対話を重ねる。広上も愉悦に満ちた音楽でもって、心地よさげに相手を務めていた。
 アレグロ、アンダンテ・カンタービレと進むにつれ、花粉症のせいでもあるまいに涙目になって困った。最終楽章のロンドは「コジ・ファン・トゥッテ」のデスピーナの歌としても通用しそう。一瞬オペラのアリアを聴いているような気分になった。
 ソリストアンコールは、先日の神尾さんと同じパガニーニ、神尾さんの“動”と米元さんの“静”、全く異なる曲に聴こえた。

 お目当てのベートーヴェンの「交響曲第2番」。
 広上は、これみよがしの緩急、強弱で曲を煽るようなことをしない。音色の微妙な変化で曲を組み立てて行く。作品は第1楽章など猛烈なスピードや強弱のコントラストが目立つし、最終楽章もトリッキーな主題で落ち着かないが、広上は悠然として動じない。
 ひとつ間違うと平板な音楽になってしまう恐れがある。でも、スピードとか音量ばかりに注意が行かないように配慮しているのだと思う。楽器の混ぜ合わせ、楽器間のバランス、各楽器の強調による表情の移り変わりによって、曲がもつ景色を丁寧にみせようとする。その音色のグラデーションが飽きさせない。
 30歳になったベートーヴェン、難聴の悪化に苦悩していた時期、交響曲において初めてスケルツォ(諧謔曲)が使われ、「エロイカ」への橋渡しとなる交響曲が書かれた。音楽家にとって耳が聴こえなくなるという絶望のなかにありながら、全体に明るい色調の希望を感じさせてくれる曲を、急がされることなく、広上×OEKは存分に楽しませてくれた。

 平日のちょっと変則的な18時30分開始という演奏会、客席は7、8割が埋まっていた。カラヤン広場やホワイエでサラリーマン風のグループを幾つか見かけたから、北陸の協賛企業の東京支社・支店から動員があったのかも。しかし、それは別の話、ともあれ充実のコンサートだった。