2025/11/9 デュトワ×N響 メシアンとホルスト「惑星」2025年11月09日 21:30



NHK交響楽団 第2048回 定期公演 Aプログラム

日時:2025年11月9日(日) 14:00 開演
会場:NHKホール
指揮:シャルル・デュトワ
共演:ピアノ/小菅 優
   オンド・マルトノ/大矢 素子
   女声合唱/東京オペラシンガーズ
演目:メシアン/神の現存の3つの小典礼
   ホルスト/組曲「惑星」作品32


 デュトワがN響定期に戻ってきた。昨年、NHK音楽祭へ出演したのは定期演奏会への地ならしだったようだ。N響の名誉音楽監督であり、20年ほど前に監督を退任したあとも毎年のようにN響を振っていた。が、セクハラ疑惑(告発記事があり本人は否定)によってN響との関係がおかしくなった。
 この騒動に対する日本のオケはどちらかというと鷹揚で、SKOや大阪フィル、新日フィル、九響などはデュトワを招いて彼の名誉回復に力添えしたようなところがあった。しかし、N響は役所体質が色濃いからひょっとしたらこのままか、と思ったけど、再び定期演奏会を任せることになった。デュトワはもう89歳、年齢から言っても嫌疑そのものが信じがたいが、真偽はさておき8年ぶりのN響定期復帰は目出度いかぎりである。

 前半はメシアンの「神の現存の3つの小典礼」。第二次世界大戦中に書かれ、戦後に初演された宗教曲。30人ほどの弦楽合奏とチェレスタやヴィブラフォン、タムタム、マラカスなどの鍵盤・打楽器、女声合唱にピアノとオンド・マルトノのソロが参加する。
 東京オペラシンガーズによる無調風の女声合唱と小菅優のピアノがとけあって美しい。大矢素子のオンド・マルトノも効果的でいかにもメシアンらしい。デュトワは多彩な響きと巧みなリズム処理で30分強の演奏時間を飽きさせない。息遣いは繊細で宗教音楽がむやみやたらに肥大することがない。それでいてスケール感に物足りなさはなく、各楽章の終盤での休止の間合いや緩急によって心憎いほどの頂点をつくり上げた。
 メシアンによれば全3楽章において神の存在の異なる側面を描いたのだというが、厳密な宗教曲として捉われる必要はないように思う。各楽章ごとに独特の旋律やリズム、色彩感があり、メシアンらしい響きのなか鳥の声が聴こえたり、ガムランが鳴ったり、「トゥランガリーラ交響曲」を連想させたりもした。

 後半は第一次世界大戦の最中に書かれたホルストの「惑星」。太陽系の地球を除く7つの惑星が扱われる。ホルストは惑星にかかわる占星術やローマ神話についても詳しく調べたうえで作曲したようだ。
 勇壮な第1曲「火星(戦争の神)」、緩徐楽章にあたる第2曲「金星(平和の神)」、スケルツォ風の第3曲「水星(翼を持った使いの神)」、組曲の中心ともいうべき第4曲「木星(快楽の神)」、壮大でゆったりとした第5曲「土星(老年の神)」、再度スケルツォ風の第6曲「天王星(魔術の神)」、女声合唱がヴォカリーズで加わる神秘的な第7曲「海王星(神秘の神)」からなる。曲順は必ずしも太陽からの遠近順ではない。
 ホルストのオケが持つ様々な楽器を活かした管弦楽法は、ワーグナーやR.シュトラウスに倣ったものだろう。感情を深く揺さぶる類の音楽ではないし、心の襞に分け入るような深刻な作品でもない。優れた音響、旋律、リズムなどによって興奮度を高めていく。昔はダイナミックレンジや音の分離、楽器音の再現性などオーディオチェック用の音源としても用いられたくらい。管弦楽技法の集大成といえる曲である。そして、ワーグナーやR.シュトラウスと同様、後年の映画音楽に大きな影響を与えた。実際、過去にはホルスト財団がハンス・ジマーを著作権侵害で訴えているし、ジョン・ウィリアムズの『Star Wars』だってホルストを抜きにしては考えられない。こうしてクラシック音楽は、第一大戦を境に映画音楽の中へと溶解していくことになる。
 デュトワはそのホルスト「惑星」を品格ある音楽として聴かせてくれた。変化に富んだ各曲を見事に描き分けた。雄弁で力強くキレがあり滑らかなクレッシェンドは迫力満点。各楽器の点描にも狂いがない。相手がN響のせいか重心は低く、強靭な低弦が刻まれるなかしっかりと旋律が歌われる。金管が伸びやかに吹奏し、木管が絶妙にコントロールされ、打楽器の打ち込みとともに音楽の規模が悠々と広がっていく。「惑星」がこんなに格調高く奏でられることは滅多にない。
 デュトワの身のこなしや歩く姿は軽快そのもの、指揮ぶりはしなやかで溌剌としている。とても90歳になろうとする人には見えない。数年前の新日フィルを振ったとき、いや、20年前のN響の監督のときと比べても歳を取ったとは思えないほどだ。恐るべき老人である。