2023/1/7 川口成彦×神奈川フィル 親子三代のモーツァルト2023年01月07日 22:16



神奈川フィルハーモニー管弦楽団
 音楽堂シリーズ「モーツァルト+」第25回

日時:2023年1月7日(土)15:00
場所:神奈川県立音楽堂
指揮:川口成彦(兼フォルテピアノ)
共演:レ・ヴァン・ロマンティーク・トウキョウ
    オーボエ/三宮正満
    クラリネット/満江菜穂子
    ファゴット/村上由紀子
    ホルン/福川伸陽
演目:F.X.モーツァルト/アンダンティーノ イ長調
   F.X.モーツァルト/ドン・ジョヴァンニの
     メヌエットの主題による変奏曲Op.2
   W.A.モーツァルト/ピアノと管楽のための五重奏曲
     変ホ長調K.452  
   L.モーツァルト/ディヴェルティメント第3番
   W.A.モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番ハ長調
     K.467 


今年の初聴きは、川口成彦×神奈川フィルの“モーツァルト”。
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、そして、ヴォルフガングを育てた父のレオポルト・モーツァルトと、ヴォルフガングの末っ子でピアニスト・作曲家として活躍したフランツ・クサーヴァー・モーツァルト、その親子三代の“モーツァルト”の作品を紹介するという企画。もっとも、息子のフランツ・クサーヴァーは弟子のジェスマイヤーの子だという説もあるが、それはともかく、当時の楽器を再現し、演奏のピッチも曲によって変更するという拘りのプログラムである。

 前半は室内楽曲のみ、管弦楽団主催のコンサートとしては異例。
 フランツ・クサーヴァー・モーツァルトの2曲は川口成彦のピアノ独奏。使用楽器は1814年製のJ.ブロードウッド&サンズのスクエアピアノ(オリジナル楽器)でピッチは415Hzと低い。19世紀初めの家庭用テーブルピアノだから音量も小さい。「アンダンティーノ」は素朴で愛らしい曲。「ドン・ジョヴァンニ…変奏曲」は父へのオマージュ。
 次いで、ヴォルフガングの五重奏曲。これだけのソリストが集まって、管弦楽団のコンサートであれば、普通はK.297bの協奏交響曲である。K.297bは改作の疑いがあっても魅力的な曲でよく演奏される。今日はK.452の五重奏曲、管弦楽団の出番はなし。この「ピアノと管楽のための五重奏曲」は、あまり実演で聴く機会がないから有難い。
 K.452についてヴォルフガングは、父レオポルトに宛てた手紙にこう書いた。「ぼくは大協奏曲を二曲と、五重奏を書きました。五重奏は非常な喝采をうけましたが、自分でもこの曲は今まで書いたものの中で、最高の出来と思っています―――オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット、それにピアノの五重奏曲です。本当にあなたにきいて頂きたかった!」(吉田秀和編訳『モーツァルトの手紙』講談社 229頁)。ヴォルフガングの自信作である。 
 ヴォルフガングにしては珍しく下書きが何枚も残っているという。管楽器の混ぜ合わせ、色彩の使い方、ピアノに管楽器が絡んでいく扱いなど、細心の注意を払ったのだろう。この五重奏曲を境にピアノ協奏曲における管楽器の重要性が一段と増し、木管楽器とピアノの掛け合いが目立ってくる。明らかに後期ピアノ協奏曲の作品群に影響を及ぼしていると思う。「フィガロの結婚」直前に書かれていて、まさにヴォルフガング絶頂期の作品といえる。
 使用楽器は1795年頃製のA.ヴァルター(復元楽器)のピアノ、管楽器も復元した古楽器を使用。ピッチは432Hzだという。ヴァルターのピアノはヴォルフガングが誉めちぎっていたものだが、現代のピアノを聴いた耳には音色も強弱も物足りない。管楽器の音圧に負けて音が埋もれることもしばしば。それでも、第2楽章の息の長い歌を各楽器が歌い交わしてゆく様は、繊細かつ変化に富んで圧巻であった。しかし、管楽器4本でこうだから、ヴァルターのピアノで管弦楽団と協奏ということになれば、当然、いまのモダンピアノで聴くようには当時の聴衆は聴いていなかった。

 休憩後の後半は、そのピアノ協奏曲。その前に父レオポルトの「ディヴェルティメント第3番」、これはヴァイオリン6、チェロ2の弦楽のみ。バロック時代を揺曳しているような作品。
 ヴォルフガングの「ピアノ協奏曲第21番」。ここでようやく使用楽器が現代のスタインウェイ製ピアノに、ピッチは440Hz。もう何というか、音量に余裕があるのはもちろん、スタインウェイの音の美しいこと。ピアノの製造技術の進歩たるや想像以上のものがある。モーツァルトがこの音を聴いたら狂喜乱舞するに違いない。 
 川口成彦は弾き振り。快速で歯切れがよくて明解、ピアノは一音たりとも曖昧な音がない。それでいて陰影と憂愁が滲み出る。彼の間合い、移ろいが心地よい。カデンツァは息子のフランツ・クサーヴァーが残したものを用いた。管弦楽は、弦が6-6-4-3-3、木管がフルート、オーボエ、ファゴット、金管がトランペットとホルン、それにバロックティンパニという小編成だが、生き生きとした絶妙のバランス、ピアノと競い合いつつ協調し、稀にみる名演。コンマスはゲストの佐久間聡一だった。

 「モーツァルト+」の企画は、これでいったん終わるようだが、できれば川口成彦×神奈川フィルのピアノ協奏曲のシリーズ化を希望したい。もちろんモダンピアノで。

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