ショスタコーヴィチの謎2021年02月27日 06:51



書 名:『ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光』
著 者:亀山 郁夫
刊行年:2018年
出版社:岩波書店

 400頁を越える労作。活字が大きい時代にしては細かい文字。ご丁寧にも頁の余白も少ない。びっちりと文章で埋め尽くされている。これを眺めるだけで読む気が失せるのでは、と心配する。
 そのうえ、お世辞にも読みやすいとはいえない。ショスタコーヴィチは本音を言葉にしない人だったから、彼の意図を探ろうとすれば、おのずから謎解きだらけになる。

 ドストエフスキー文学の翻訳者でもある著者は、ひとつひとつの事象を膨大な資料を駆使して、自分自身に言い聞かせるように語る。読み進むにつれミステリー小説のごとく段々熱くなってくるが、疲れも蓄積する。厄介な本である。

 全体主義、とくにスターリンとの関係に焦点を当て、生涯にわたりショスタコーヴィチ個人の出来事や、歴史的な事件を絡めながら、彼の作品にまつわる違和感を解き明かしていく。時の流れに沿って順番に。楽曲解説に等しいほどの多くの作品が取り上げられている。

 たしかに、文学だけでなく音楽も、不幸にして圧制や抑圧のなかで厚みを増す。弾圧や恐怖によって変形を強いられつつ訴える力は高まる。しかし、他人事ではない。世界からスターリニズムが消え去るはずはない。形を変えながら歴史において復活し続ける。

 そうであるならば、ショスタコーヴィチの音楽は、その音楽が持つ諧謔、韜晦、両義性は、ぬるま湯の中の鈍りきった感性を、わずかでも研ぎ澄ますためにも、ある。

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