根岸森林公園と根岸競馬記念公苑 ― 2022年02月09日 18:06
横浜にある根岸森林公園へ行くには、JR京浜東北根岸線の根岸駅か山手駅から歩く。地図でみると僅かながら山手駅の方が近そうなので、山手駅を利用することに決めた。
途中、けっこう道が入り組んでいる。簡単な地図を用意したが迷子になった。所要時間10分のはずが、倍の20分経っても着かない。どんどん道は細くなる。
地図を見ながら目的地をめざすのは諦め、スマホのgoogleナビに頼ることにした。位置情報をonにしてナビに任せた。狭い階段道や急坂を案内されたが、5,6分で連れて行ってくれた。振り返ると、とても自分の力では見つけられない道、さすがgoogle先生である。
根岸森林公園は、根岸競馬場の跡地に整備された公園。
根岸競馬場は幕末に開設された日本初の洋式競馬場で、居留地住民のためのものだった。その後は日本政府の欧化政策の舞台としても利用された。天皇賞や皐月賞など大レース発祥の地でもある。
大東亜戦争が開戦すると軍港が一望できるということで海軍省が接収、閉場となった。
敗戦後は競馬場の復活を試みたものの、様々な障害のため再開を断念。結局、横浜市が根岸森林公園として整備し、併せて日本中央競馬会によって根岸競馬記念公苑が設けられた。
根岸競馬記念公苑のなかには馬の博物館がある。入館料100円なので見学することに。根岸競馬場の歴史を写真と解説文で克明に辿ることができる。テーマ展もあって、今は「武者絵の世界 ――人も馬も大あばれ――」などが開催中である。
「武者絵の世界」は、源平合戦や戦国時代、遠く中国の『三国志演義』や『水滸伝』から、馬が大活躍する場面を切り取った歌川国芳や国安の浮世絵版画が展示されている。
隣接する根岸森林公園は広大で芝生が敷き詰められ、散策するには気持ち良さそうだが、十分な時間が必要だ。午後から出かけてきて、馬の博物館で時間を費やしたら余裕がなくなった。桜の季節などに改めて訪れたい。
帰りは最初からgoogleナビ頼り。来る時とは全く違う道を案内された。やはり裏道で下り坂ではあったが、きっちり10分で山手駅に着いた。さすが先生である。
稲荷神社の柴犬 ― 2022年01月02日 14:11
稲荷神社がある。線路沿いの細い道から十数段ほど石段を登ると、もう鳥居である。普段、鳥居のふもとには柴犬が繋がれている。今日は社務所の前に移されていた。
境内は初詣の人で賑わっていて、社殿は開け放たれ灯がともされ、神主が正装で御幣を手にしていた。社殿の手前には一対の小ぶりの石のお狐様が鎮座している。今まで、ちゃんと境内を見渡すことがなかったせいか、柴犬に気をとられていたせいか、目に入らなかった。稲荷神社だからお狐様が居て当たり前だ。
社務所前の柴犬はというと、参拝客の子供やご婦人方から頭や首を撫でられ目を細め愛嬌を振りまいている。
いつもは柴犬に手を出しても寄って来ない。一瞥され尻を向けられるのがオチだ。だいたいが石段の天辺か中途で、寝てるか座り込んで起き上がりもしない。このあたりの犬や猫は、なんて愛想なしが多いのか、と思っていた。
ところが今日である。神社としては書き入れ時だろう。ふつうは閑散としている境内にも初詣のお客さんが溢れている。神社の柴犬は、うんともすんとも言わないものの、ちゃんと自分の役割をわきまえ奉仕している。
鳥居の下が定位置であるはずの柴犬が、朝夕いないときがある。
ある日の夕方、神社のそばで宮司の奥さんらしき女性に連れられて歩いているのを見たから、朝夕は散歩に出ている。また小雨が降っているときにも姿が見えなかった。きっと社務所のなかで雨宿りしているのだろう。
けっして放置されているのではない。それどころか大事に育てられている。だからといって、今日のような振る舞いをしてみせる、というわけではもちろんないだろうけど。頭のいい犬だ。
お寺の猫 ― 2021年11月09日 11:16
商店街のほぼ尽きたところに寺がある。浄土宗の寺で街中にあるにしては境内も広く立派である。
その門前に猫がいた。虎猫というのか、腹は白く背に黄茶の縞模様が入っている。歳のころはよく分からない。若くもなく、かといって老いぼれてもいない。中肉中背、ほどよい加減で、ちょこんと座っていた。
少し間合いをとって、しゃがんで手を出してみた。一瞬、目を合わせたが、あとは無視された。寄ってこない。嫌がる風でも逃げるわけでもない。細い首輪をつけている。飼い猫である。しばらく眺めていたが、猫はしつこくされるのを嫌う。そろりと暇乞いである。
山門に向って左手には子育地蔵尊があって、会釈をして山門をくぐった。境内に入って本殿や庚申堂、鐘楼などを一通り拝見させてもらってから、帰ろうと踵を返したとき、足元にさっきの猫がいた。
もう一度座って手を出すと、今度は寄ってきたので、頭と首を撫でてやった。でも、嬉しがる風はない、一二度身体に触らせると距離をとった。また邪険にされた。
こちらも構うことはしないでただ見ていた。そのうち、猫は石畳の上で寝っ転がって、気持ちよさげにしている。寝返りうって、背中を石畳に擦りつけている。べつに痒いからそうするのではないようで、たんに石と砂の感触を楽しんでいるように思えた。
とつぜん、枯葉が一枚舞い落ちてきた。転げまわっていた猫は、吃驚したように、ひょいと左手でその枯葉を掬い地面に押し付けた。ちょっと手の下の枯葉を確かめていたが、相手が生き物でないと知ったのか、急に興味を失った。それをきっかけにして猫は立ち上がり、本殿のほうにゆっくりと歩いて行った。その間、こちらには一瞥もしない。
後ろ姿からは、なかなか手足の長い端麗な猫で、しゃなりしゃなり、ミスコンの資格がありそうだなと思ったあと、オスかメスかを知らないのに、と一人笑った。
僕のワンダフル・ライフ ― 2021年10月08日 07:00
『僕のワンダフル・ライフ』
原題:A Dog's Purpose
製作:2017年 アメリカ
監督:ラッセ・ハルストレム
脚本:W・ブルース・キャメロンほか
出演:デニス・クエイド、ペギー・リプトン、K・J・アパ
いかにも家族向け映画の題名のようで、まさにその通り。小さな子供から大人、老人までそれぞれ楽しむことができる。けれど、涙を見せるのが恥ずかしいのであれば、一人で密かに鑑賞するほうがいい。
それほどの犬好きではなく、犬を飼ったこともない人間でも大泣きしてしまうのだから、犬好きで犬と暮らしている人であれば号泣すること必至。たとえば、ふだん空威張りの家長がいるとして、その長たる者が映画なんぞでクシャクシャの顔を家族に見せるのはみっともないと思うのなら、やはり、絶対一人で観るべきだ。
原作はW・ブルース・キャメロンの『野良犬トビーの愛すべき転生』という小説(翻訳本が新潮社文庫にある)。全米でベストセラーになったらしい。キャメロンは脚本にも参加している。
犬が何回も生れ変わりをしたのち、元の飼い主のところへ戻る話なのだが…
犬のベイリーは、子供時代のイーサン(ブライス・ガイザー)に命を救われ、固い絆で結ばれる。その後のイーサン(K・J・アパ)の人生は、なかなか過酷なものがあって、ベイリーとの別れも来る。
何十年後、転生を繰り返し姿形を変えたベイリーは、半分世捨て人のようなイーサン(デニス・クエイド)を見つける。イーサンはもちろんベイリーとは分からない。しかし、ベイリーはイーサンの昔の恋人ハンナ(ペギー・リプトン)を引き寄せるきっかけとなり、イーサンとハンナは結ばれる。
大詰め、ベイリーはイーサンに、自分がベイリーだと知ってもらいたいと、ボール遊びをねだる。ベイリーはイーサンの子供時代に覚えたボール遊びの特技を披露する。それを驚きをもって呆然と眺めるイーサン。“ベイリーだった”と知った真の再会の瞬間、イーサンとベイリーが幸せを取り戻す結末は、それはそれは感動的なものとなる。
監督はスウェーデン出身の名匠ラッセ・ハルストレム。
『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』でアカデミー賞にノミネートされ、忠犬ハチ公をリメイクした『HACHI 約束の犬』で話題となるなど、“犬もの映画”でも有名だが、この人のナンバーワンといえば何といっても『サイダーハウス・ルール』だろう。ラッセ・ハルストレムを最初に知ったのもこの映画で、あまりに感心したので『ギルバート・グレイプ』や『やかまし村の子どもたち』など過去の映画を、レンタルビデオ屋であさったものだ。
『サイダーハウス・ルール』は、2000年アカデミー賞の複数部門で候補になったものの、作品賞、監督賞は『アメリカン・ビューティー』にさらわれ、わずかに脚色賞(ジョン・アービング)と助演男優賞(マイケル・ケイン)のみにとどまった。このとき初めてアカデミー賞への不信感を抱いたのだが、いま考えてみれば実におめでたい話だ。そうそうシャーリーズ・セロンに出会って惚れたのはこの映画だった。後年、初代スパイダーマンで名が売れたトビー・マグワイアの抑えた演技にも唸った。レイチェル・ポートマンの音楽にも泣いた。『サイダーハウス・ルール』は、これまでに観たなかで、間違いなくベストテンの上位に座る。
なお、『僕のワンダフル・ライフ』の続編として『僕のワンダフル・ジャーニー』が2019年に公開された。主演は引き続きデニス・クエイド。ラッセ・ハルストレムは製作総指揮にまわり、ゲイル・マンキューソが監督を務めている。