お寺の猫2021年11月09日 11:16



 商店街のほぼ尽きたところに寺がある。浄土宗の寺で街中にあるにしては境内も広く立派である。
 その門前に猫がいた。虎猫というのか、腹は白く背に黄茶の縞模様が入っている。歳のころはよく分からない。若くもなく、かといって老いぼれてもいない。中肉中背、ほどよい加減で、ちょこんと座っていた。
 少し間合いをとって、しゃがんで手を出してみた。一瞬、目を合わせたが、あとは無視された。寄ってこない。嫌がる風でも逃げるわけでもない。細い首輪をつけている。飼い猫である。しばらく眺めていたが、猫はしつこくされるのを嫌う。そろりと暇乞いである。

 山門に向って左手には子育地蔵尊があって、会釈をして山門をくぐった。境内に入って本殿や庚申堂、鐘楼などを一通り拝見させてもらってから、帰ろうと踵を返したとき、足元にさっきの猫がいた。
 もう一度座って手を出すと、今度は寄ってきたので、頭と首を撫でてやった。でも、嬉しがる風はない、一二度身体に触らせると距離をとった。また邪険にされた。
 こちらも構うことはしないでただ見ていた。そのうち、猫は石畳の上で寝っ転がって、気持ちよさげにしている。寝返りうって、背中を石畳に擦りつけている。べつに痒いからそうするのではないようで、たんに石と砂の感触を楽しんでいるように思えた。

 とつぜん、枯葉が一枚舞い落ちてきた。転げまわっていた猫は、吃驚したように、ひょいと左手でその枯葉を掬い地面に押し付けた。ちょっと手の下の枯葉を確かめていたが、相手が生き物でないと知ったのか、急に興味を失った。それをきっかけにして猫は立ち上がり、本殿のほうにゆっくりと歩いて行った。その間、こちらには一瞥もしない。
 後ろ姿からは、なかなか手足の長い端麗な猫で、しゃなりしゃなり、ミスコンの資格がありそうだなと思ったあと、オスかメスかを知らないのに、と一人笑った。

僕のワンダフル・ライフ2021年10月08日 07:00



『僕のワンダフル・ライフ』
原題:A Dog's Purpose
製作:2017年 アメリカ
監督:ラッセ・ハルストレム
脚本:W・ブルース・キャメロンほか
出演:デニス・クエイド、ペギー・リプトン、K・J・アパ

   
 いかにも家族向け映画の題名のようで、まさにその通り。小さな子供から大人、老人までそれぞれ楽しむことができる。けれど、涙を見せるのが恥ずかしいのであれば、一人で密かに鑑賞するほうがいい。
 それほどの犬好きではなく、犬を飼ったこともない人間でも大泣きしてしまうのだから、犬好きで犬と暮らしている人であれば号泣すること必至。たとえば、ふだん空威張りの家長がいるとして、その長たる者が映画なんぞでクシャクシャの顔を家族に見せるのはみっともないと思うのなら、やはり、絶対一人で観るべきだ。

 原作はW・ブルース・キャメロンの『野良犬トビーの愛すべき転生』という小説(翻訳本が新潮社文庫にある)。全米でベストセラーになったらしい。キャメロンは脚本にも参加している。
 犬が何回も生れ変わりをしたのち、元の飼い主のところへ戻る話なのだが…

 犬のベイリーは、子供時代のイーサン(ブライス・ガイザー)に命を救われ、固い絆で結ばれる。その後のイーサン(K・J・アパ)の人生は、なかなか過酷なものがあって、ベイリーとの別れも来る。 
 何十年後、転生を繰り返し姿形を変えたベイリーは、半分世捨て人のようなイーサン(デニス・クエイド)を見つける。イーサンはもちろんベイリーとは分からない。しかし、ベイリーはイーサンの昔の恋人ハンナ(ペギー・リプトン)を引き寄せるきっかけとなり、イーサンとハンナは結ばれる。
 大詰め、ベイリーはイーサンに、自分がベイリーだと知ってもらいたいと、ボール遊びをねだる。ベイリーはイーサンの子供時代に覚えたボール遊びの特技を披露する。それを驚きをもって呆然と眺めるイーサン。“ベイリーだった”と知った真の再会の瞬間、イーサンとベイリーが幸せを取り戻す結末は、それはそれは感動的なものとなる。

 監督はスウェーデン出身の名匠ラッセ・ハルストレム。
 『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』でアカデミー賞にノミネートされ、忠犬ハチ公をリメイクした『HACHI 約束の犬』で話題となるなど、“犬もの映画”でも有名だが、この人のナンバーワンといえば何といっても『サイダーハウス・ルール』だろう。ラッセ・ハルストレムを最初に知ったのもこの映画で、あまりに感心したので『ギルバート・グレイプ』や『やかまし村の子どもたち』など過去の映画を、レンタルビデオ屋であさったものだ。
 『サイダーハウス・ルール』は、2000年アカデミー賞の複数部門で候補になったものの、作品賞、監督賞は『アメリカン・ビューティー』にさらわれ、わずかに脚色賞(ジョン・アービング)と助演男優賞(マイケル・ケイン)のみにとどまった。このとき初めてアカデミー賞への不信感を抱いたのだが、いま考えてみれば実におめでたい話だ。そうそうシャーリーズ・セロンに出会って惚れたのはこの映画だった。後年、初代スパイダーマンで名が売れたトビー・マグワイアの抑えた演技にも唸った。レイチェル・ポートマンの音楽にも泣いた。『サイダーハウス・ルール』は、これまでに観たなかで、間違いなくベストテンの上位に座る。

 なお、『僕のワンダフル・ライフ』の続編として『僕のワンダフル・ジャーニー』が2019年に公開された。主演は引き続きデニス・クエイド。ラッセ・ハルストレムは製作総指揮にまわり、ゲイル・マンキューソが監督を務めている。