2025/8/9 ミンツ&都響メンバー 2つの「四季」2025年08月09日 21:57



シュロモ・ミンツ&東京都交響楽団メンバー
   ヴィヴァルディ&ピアソラ2つの四季

日時:2025年8月9日(土) 15:00開演
会場:東京文化会館 小ホール
出演:ヴァイオリン/シュロモ・ミンツ
   チェンバロ/大井駿(ヴィヴァルディのみ)
   都響メンバーによる弦楽アンサンブル
     ヴァイオリン/及川博史、塩田脩、
           三原久遠、山本翔平
     ヴィオラ/萩谷金太郎、林康夫
     チェロ/長谷部一郎、森山涼介
     コントラバス/髙橋洋太
演目:ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲集「四季」
   ピアソラ/「ブエノスアイレスの四季」
       (ファビアン・ベルテロ編曲)


 シュロモ・ミンツはモスクワ生まれだが、物心がつく前にイスラエルに移住し、その後、アメリカでアイザック・スターンに師事したという。多くの弦楽奏者と同様ユダヤ系のヴァイオリニストであろう。都響の及川博史はミンツの愛弟子らしい。で、その及川をリーダーとする都響の弦楽アンサンブルと一緒にヴィヴァルディとピアソラの「四季」を演奏した。

 ヴィヴァルディの「四季」といえば、われわれの世代はイ・ムジチのレコードによって入門するのがお決まりのコースだった。そうそうコンマスがアーヨかミケルッチかの違いに結構こだわっていたのを思い出す。その後、長く愛聴したのはジュリアーノ・カルミニョーラが古楽器グループであるソナトーリ・デ・ラ・ジョイオーサ・マルカと組んだ装飾音まみれのエキセントリックな音盤だったけど。もちろん実演にも何度か出向いた。

 ミンツと都響メンバーによるこの「四季」は何という静謐な! テンポも音量も音色も控え目で揺らぎも強弱も緩急も穏やか。緩徐楽章などは最弱音を駆使して緊張感を高め、一瞬、宗教音楽ではないかと錯覚するほどだった。これは異様な佇まいの「四季」といえるのではないか。後々まで記憶に残りそうな演奏である。ミンツのヴァイオリンはボウイングがコンパクトで無駄な動きが一切ない。美音に聴き惚れた。

 「ブエノスアイレスの四季」の実演は初めて。ピアソラの原曲は五重奏曲、ソロヴァイオリンと弦楽オーケストラのために編曲されたものはロシアの作曲家デシャトニコフの版が有名で、YouTubeにアップされているのは大部分がこの版である。今回はアルゼンチンタンゴ界の才人といわれるファビアン・ベルテロによる編曲版という。
 ライブで聴く「ブエノスアイレスの四季」は、けだるさと哀愁の漂う魅力的な作品。編曲の妙もあるのか、楽器の胴体を手で叩き打楽器のような音を出したり、グリッサンド、フラジオレット、ピチカートなどの奏法もめまぐるしく、自然に身体が揺れ動くようなリズムに魔力がある。ミンツと都響メンバーはことさら民俗性を強く押し出すことなく、力みのない愉悦に満ちた演奏で楽しませてくれた。

 「ブエノスアイレスの四季」の演奏順はさまざまで、作曲順に夏秋冬春としたり、北半球の春夏秋冬や、南半球における四季、つまり秋冬春夏としたりする。ベルテロの編曲は南半球における秋冬春夏の四季だった。YouTubeで聴くと先鋭的な音楽である「春」と、終盤パッヘルベルの「カノン」のような旋律が出現する「冬」が印象的だが、ライブでは季節のそれぞれが面白く演奏順など気にならない。それより、原曲のキンテートはもちろんピアノトリオや同じ弦楽合奏でもデシャトニコフ版など、この曲のあらゆるバージョンの実演を聴きたくなる。

 アンコールはピアソラの「オブリビオン」と、もう一度「春」を演奏してくれた。