ヨアナ・マルヴィッツ2023年06月10日 08:39



 ドイツの若手女性指揮者ヨアナ・マルヴィッツに関するニュース。
 すでに2023/2024シーズンからベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の首席指揮者に就任するとアナウンスされているが、このほどクラシック・レーベルの名門ドイツ・グラモフォンと契約を締結したと発表された。
 ドイツ・グラモフォンが女性指揮者と契約を結ぶのは、ミルガ・グラジニーテ=ティーラに次いで二人目。いまはもう音盤全盛の時代ではないものの、それでもドイツ・グラモフォンといえば、映画『TAR/ター』でも登場したクラシック・レーベルの最高峰である。マルヴィッツのグラモフォン・デビューは、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を指揮したクルト・ヴァイルの交響曲などを収めたアルバムだという。

 ヨアナ・マルヴィッツはヒルデスハイム生まれの37歳というから、ミルガ・グラジニーテ=ティーラや沖澤のどかと同世代。2006年から指揮者として活動を始め(経歴には大植英次に師事したと書いてある)、エアフルト劇場、フランクフルト歌劇場、コペンハーゲン王立歌劇場などヨーロッパ各地の歌劇場で実績をつみ、2018/2019シーズンから2022/2023シーズンまでニュルンベルク州立劇場初の女性音楽総監督(GMD)を務めた。2019年にはドイツのオペラ雑誌「オペルンヴェルト」の「今年の指揮者」に選ばれた俊英で、2020年のザルツブルク音楽祭ではウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を振り「コジ・ファン・トゥッテ」を成功させた。2025年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にデビューすることが決まっている。

 で、上のような記事があったので、YouTubeを検索してみると、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団との「グレイト」を見つけた。収録されたのは2020年。

https://www.youtube.com/watch?v=KcWIdZz4C44

 このごろは音盤や放送、配信を最初から最後まで聴き続けることが苦痛になっている。手持ちの再生装置が貧弱なこともある。途中で投げ出してしまうか、何度か細切れにしてどうにかこうにか、というケースが多い。
 しかし、この「グレイト」は、一気に二度も聴いてしまった。一度はPCの画面を観ながら付属のスピーカーで、二度目はUSB経由でALTECのスピーカーへ出力させた。驚くべき演奏である。

 全体に早めのテンポで非常に躍動的。推進力がありダイナミック。怒涛のように音楽が奔流する。強弱、緩急の揺らぎが大きく、大胆なルバートや激しいアチェレランドを恐れない。それでいて音楽は自然な息遣いを損なうことがない。音に命が吹き込まれる。そして、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の渋い音色が、過激な演奏になりすぎないようバランスしている。マルヴィッツがつくろうとしている音楽と程よく釣り合い、奇妙に調和している。

 ヨアナ・マルヴィッツは暗譜。背が高く、長い手足、しなやかな身体。どことなくケイト・ブランシェットを彷彿とさせる。指揮ぶりは活発で身体全体を使い大きくを動かす。表情は変化に富み、笑みもこぼれる。
 コロナ禍中での収録のためか、客席は無観客、楽団も1人1譜面台のSD仕様。画像では分かりにくいが多分12型。コンマスは日下紗矢子。ヨアナ・マルヴィッツと並んで“いずれ菖蒲か杜若”といった風情である。
 
 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団といえば、冷戦時代、ベルリン・フィルに対抗すべく東ドイツ政府が鳴り物入りで創設したオーケストラ(当時の名称はベルリン交響楽団)だ。クルト・ザンデルリングが鍛え、インバル、ツァグロセクなどがシェフを務めた旧東ドイツ屈指のオーケストラだ。女性指揮者にとってベルリン・フィルへの道のりは確かに遠いが、実際『TAR/ター』の世界は直ぐそこまで来ている。

 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団は、つい先だってエッシェンバッハに率いられ来日した。次回は首席指揮者となったヨアナ・マルヴィッツと一緒するだろう。いちど実演に接してみたいものだ。