2023/9/23 ヴィオッティ×東響 ふたつの「英雄」2023年09月24日 11:26



東京交響楽団 第714回定期演奏会

日時:2023年9月23日(土) 18:00開演
場所:サントリーホール
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
演目:ベートーヴェン/交響曲第3番
           変ホ長調op.55「英雄」
   R.シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」op.40


 ロレンツォ・ヴィオッティの初聴きは、2019年のヴェルディ「レクイエム」。半年後のブラームスの「ピアノ四重奏曲第1番」(シェーンベルク編曲版)とドヴォルザークの「交響曲第7番」も聴いた。そのときはまだ20代、眩しいほどの才能だった。
 すでに、この歳で代役とはいえロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団やベルリン・フィルを振っている。2021/2022シーズンからはオランダ国立オペラ、オランダ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任した。ところが最近、2024/2025シーズンをもってこの首席指揮者を退任すると発表された。本人は「私生活と自分の成長を優先させることにした」と話しているようだ。真の理由は分からない。
 “私生活を優先させたい”とは往年のカルロ・マリア・ジュリーニの言葉を思い出させるが、それにしては若すぎる。オペラ指揮者マルチェッロ・ヴィオッティの子息にしてイタリア系スイス人、細身のスタイリッシュな青年でブルガリの広告塔にもなっている。
 個人的には東響の次期監督の候補としたいところだが無理難題だろう。東洋におけるポジションであれば、ますます私生活を犠牲にしなければならない。
 ロレンツォも30歳を超えた。今回の東響との演目は重量級、いずれもプログラムのメインとなる「エロイカ」と「英雄の生涯」の二本立てである。

 何という「エロイカ」。第1楽章の英雄が足を踏みしめ此方に向かって来る様ではなく、颯爽として去り行くようなイメージ。第2楽章の悲壮感は薄いけど最弱音を強調した緊張感。第3楽章の開放的な朗々と鳴らすホルンの強奏。第4楽章のロック調とでもいいたくなるようなリズムの躍動、などなど。演奏機会の多い耳慣れた曲なのに、まだこれほどの解釈の余地が残っていたとは驚くばかり。
 「これがベートーヴェンか」と問われれば、「違うと思う」と答えるだろう。でも、いろいろ工夫を凝らして滅法面白い。爽快で鮮やかな演奏。顔をしかめる客がいたかも知れないが聴衆は大喜び。前半が終わっただけなのに、会場は演奏会終了後の興奮状態のようだった。

 「英雄の生涯」は、かなり早い速度で開始されたが、曲全体がだんだんリタルダンドしていくような感じだった。英雄におけるホルンの咆哮。木管による嘲笑と金管楽器のブーイング、いかにも敵らしい。伴侶の動機におけるソロヴァイオリンの美しさ。戦場のすさまじい混乱。回想する業績の懐かしさ。そして何をおいても終幕、幾度となく現れる全休止をたっぷりとって、ついにはホルン群を背景にして黄昏のようにソロヴァイオリンの音が消えて行く。どうしても「4つの最後の歌」の<夕映えの中で>を想起してしまう。ヴィオッティは、極めてドラマチックに物語を描いた。
 コンマスのグレブ・ニキティンは、どこかのインタビューで「英雄の生涯」をやったことがないので是非やりたい、と発言していた。本人も本望だろう、会心の出来だった。弦5部は透明感にあふれ、そのうえを上間さんを中心としたホルン隊が抜群の安定度をみせてくれた。トランペットには前首席の佐藤友紀がゲストで入っていた。ノットが鍛えてきた東響のR.シュトラウス演奏、本領発揮で「R.シュトラウス・オケ」と呼んでもいいくらいだ。

 やはり、ロレンツォ・ヴィオッティは只者ではない、父マルチェロが壮年で急逝したのは記憶にあるが、父の実演は聴いたことがない。指揮者の世界はクライバー、ヤンソンス、ヤルヴィ、ザンデルリンクなど二代目が活躍する例はあっても親の七光りだけで食べて行けるような甘い世界ではない。絶対的な才能と聴衆の支持が必要だ。
 ロレンツォは、限界を極めた弱音と激烈でありながら良くコントロールされた強音、緊張感を維持しつつ歌心あふれ、全体のたしかな造形と細部へのこだわりが生半可ではない。見事な手綱捌きはとても30歳そこそこそこの若者とは思えない。東響の次期音楽監督は冗談としても、ウルバンスキやマリオッティと一緒に、是非とも東響との継続的な関係を維持してほしいものだ。

<追記>
この定期演奏会の模様が、10月1日までニコニコ動画で公開されている。
https://live.nicovideo.jp/watch/lv340528578