2023/4/8 佐渡裕×新日本フィル 「アルプス交響曲」2023年04月09日 09:35



新日本フィルハーモニー交響楽団
#648〈トリフォニーホール・シリーズ〉

日時:2023年4月8日(土) 14:00開演
会場:すみだトリフォニーホール
指揮:佐渡 裕
共演:ピアノ/辻井 伸行
演目:ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18
   R.シュトラウス/アルプス交響曲 op.64


 新日フィルのシーズン幕開け、佐渡裕の音楽監督就任後、初の定期演奏会。
 開演時間になってから就任の挨拶を兼ねてプレトークがあった。先日の楽友協会における舞台転落の話で笑わせたあと(大事なくて良かった)、新日フィルに関する学生時代の思い出に触れ、オケと共に歩むこの先の目標について語り、辻井少年との出会い、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」と絡めたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの模様、そして「アルプス交響曲」をプログラムに取り上げた狙いなど、盛沢山な内容を簡潔に要領よく話をしてくれた。

 前半は辻井伸行と共にラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」。
 今年はラフマニノフ生誕150年のメモリアル、演奏会ではやたらと彼の作品が目につく。新日フィルの定期もこの「ピアノ協奏曲第2番」で始まり、3月の「交響曲第2番」で1年を終える。
 辻井さんが最も得意とする作品のひとつが「ピアノ協奏曲第2番」だろう。ヴァン・クライバーンコンクールで優勝したときの曲でもある。辻井さんは混じりっけのないピュアな音で、抒情と力強さを合わせ持っている。緩徐楽章の美しさは際立っていたし、終楽章の強靭なテクニックにも圧倒された。人気が沸騰しているのも分かる気がする。佐渡さんは弦14型という伴奏としては大きめなオケの手綱を自在に操って、ラフマニノフの魅力を引き出していた。 

 ラフマニノフ28歳の若書きである「ピアノ協奏曲第2番」は、彼の全作品中で一番有名かも知れない。もっとも、20世紀の音楽界からはほとんど無視された。時代に乗り遅れた作品で音楽の進歩になんら寄与していないとみなされたからだろう。ラフマニノフの作品は旋律が流麗で、湿気の多い哀愁を帯びたメロディなど前衛音楽の隆盛時に価値が認められるわけがない。それでも彼は旋律美を活かした作品を作り続けた。無調や十二音技法という前衛音楽の帰趨がはっきりした今、ラフマニノフが正当に評価されるようになって来ている。

 後半は「アルプス交響曲」。
 4管プラス舞台外の金管群、ウインドマシン、巨大鉄板、カウベルなどの特殊打楽器、それにパイプオルガンといった管弦楽曲の極限に近い編成。100人を越える奏者が舞台に乗り、オルガン横には10名以上のバンダが並ぶ、壮観というほかない。
 佐渡さんはクライマックスの築き方が実に上手い。仰々しいことをするわけではない、ごく普通の足取りで歩みながら気が付くと頂点に達している。鳴り響く音楽は身体に似合わず細やかで、ツボを心得ていて泣かせる。佐渡さんはメディアなど音楽以外での露出が多く、「1万人の第九」で象徴される外連味もある。だから誤解される面もある。“佐渡らしい”で片付けてしまう人もいる。大柄な身体を見ていると、豪快、磊落で大雑把な音楽が聴こえて来そうだが、音量の出し入れ、楽器の配合、緩急、強弱など細心の注意を払っている。繊細過ぎるほどなのだ。

 「アルプス交響曲」も誤解されている。初演当時から現在まで、時代遅れと謗られ、虚仮威しで通俗的だと批判され続けてきた。シュトラウスが、交響詩作品のほとんど書き終え、「サロメ」「エレクトラ」「ばらの騎士」で歌劇作曲家としても名声を得たあと、自らの管弦楽法の全てを投入して作り上げた作品なのに。
 時代は第一次世界大戦に突入したころ、何かと比較されてきたマーラーは、もうこの世に居ない。新時代の音楽である「春の祭典」は既に世に出ている。シュトラウスは独墺音楽の終焉を予感し、古き良き時代、旧世界の語法を駆使した音楽によって、頂点を極めようとした、そう思えてならない。“交響詩”ではなく、あえて“交響曲”と名づけたわけもここにあると思う。
 その後、二度目の大戦、ナチスとの対峙、第三帝国の崩壊を経て、彼が行き着いたのは「メタモルフォーゼン」であり「4つの最後の歌」である。まさしく19世紀の独墺音楽に幕を引いた作品だった。「4つの最後の歌」の「夕映えの中で」において、「アルプス交響曲」の終結部「夜」からの引用があるのはむべなるかな。「アルプス交響曲」における予感はここに成就されたのだろう。

 佐渡×新日フィルの「アルプス交響曲」は、管弦楽の極地にありながら、やかましくなくそれでいて巨大、身震いするほどの感動を与えられるものだった。独墺音楽の、交響曲の、未来を予言した曲として姿を現した。
 幸先よく完売公演でスタートをきった新日フィル。この1年、Wien Line(ウィーン・ライン)と名づけられた定期演奏会を期待しつつ見守りたい。