フェイブルマンズ ― 2023年03月10日 16:18
『フェイブルマンズ』
原題:The Fabelmans
製作:2022年 アメリカ
監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:スティーブン・スピルバーグ、トニー・クシュナー
音楽:ジョン・ウィリアムズ
出演:ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、
ガブリエル・ラベル、ジャド・ハーシュ、
デイヴィッド・リンチ
『ジョーズ』が最初だった。いや、その前に『激突!』があった。待て、『ジョーズ』に感心して、それで『激突!』を観たのか? どうにも記憶が定かでない。
その後『未知との遭遇』『1941』『E.T.』『マイノリティ・リポート』『フック』『タンタンの冒険』『宇宙戦争』『ペンタゴン・ペーパーズ』『レディ・プレイヤー1』『ウエスト・サイド・ストーリー』、もちろん「インディ・ジョーンズ」や「ジェラシック・パーク」シリーズなど、スティーブン・スピルバーグが監督した作品はほとんど観ている。
彼がいなかったら、TVやゲームに防戦一方だったハリウッドの、ここ半世紀は随分さびしいものになっていただろう。
そのスピルバーグの自伝、彼も70歳半ば、初めて自分自身を語った。
『フェイブルマンズ』は、フェイブルマン一家のこと、フェイブルとは「寓話、作り話」といった意味らしい。
日本でいえば小学生に上がるかどうかの年頃、サミー・フェイブルマン(=スティーブン・スピルバーグ)は、暗闇を怖がる子供だった。両親に無理やり連れて行かれた映画館でセシル・B・デミル監督の『地上最大のショウ』を観て衝撃を受ける。映画の列車の衝突シーンに魅せられた彼は、鉄道模型を買ってもらい、母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)の助言で、父バート(ポール・ダノ)の8mmカメラを借りて、模型を走らせ衝突シーンを再現しフィルムに焼き付ける。ここから彼の映画作りが始まる。
サミー(10代以降を演じるのはガブリエル・ラベル)の映画は本格化し、妹たちや友人たちをまきこんで、西部劇や戦争映画を製作し好評を博す。サミーはピアニストの母から芸術家の感性を、エンジニアの父から独創的な発想を受け継いだ。母はサミーの映画づくりを理解し応援するものの、父は映画などは趣味の領域で仕事にするものではないとつれない。母の伯父ボリス(ジャド・ハーシュ)は、かつて映画界にいて、サミーの創作欲を押しとどめることは不可能であり、だけど、創作とは他者を傷つけ自己を切り裂き、犠牲を伴うことだと予言する。
父がIBMに引き抜かれカリフォルニアへ転居する。家族は新天地での生活に馴染めず崩壊の危機が訪れる。サミー自身も苦しく辛いことばかり。高校生時代、サミーがビーチでの学校行事を撮影した映画を校内で上映する。その映像が事件を引き起こす。ポリスが予言したように、映画を撮ることで他者を混乱させ、自身の心も引き裂かれてしまう。それでも映画への夢は捨てきれない。自伝はサミーが20歳前半、TV界へ進出するところで幕が引かれるが、ラストに映画界の巨匠とのあっと驚く対話が用意されている。
俳優陣のなかでは母ミッツィ役のミシェル・ウィリアムズが出色。音楽家でありながら家庭を築くためピアニストへの道を諦めた女性、子どもたちや夫のことを愛していながら新世界へ踏み出していく女性を好演している。また、出番は少ないがサミーに強い影響を与えるボリス役のジャド・ハーシュと、ジョン・フォード役のデイヴィッド・リンチ(監督ではなく俳優として)の2人が強い印象を残す。
脚本はスピルバーグとトニー・クシュナー。クシュナーはスピルバーグと長年にわたり交友関係があり、スピルバーグはクシュナーを相手に少年時代の思い出話を語りながら構想を練り上げたという。音楽はこれもスピルバーグ作品には欠かせないジョン・ウィリアムズ、映像に寄り添う最強の音楽である。
スピルバーグは幼少から8mmカメラを回し、家族の休暇や旅行の記録係となり、身近な人たちを出演させて作品をつくる。列車の衝突シーンは『激突!』や『ジョーズ』などに真っ直ぐ繋がっている。ボーイスカウトに入るころには素人はだしの映画製作で評判となる。カメラマンだけではなく、すでに演技指導や編集まで手がけていて、後年のスピルバーグたらしめる。
『フェイブルマンズ』は、映画に人生を捧げたスピルバーグの半生を描いたものであり、これからも続いていく物語である。たんに懐古的に自身を語ったのではなく、両親の離婚、パニック障害、いじめ、ユダヤ人差別などを含め、自らを赤裸々にさらけ出し、映画がもつ暴露性、意味の多重性、他者への暴力、自己の分裂をしっかりと見つめている。それでも描かずにはいられない映画人としての業というものが、なんとも凄まじい。
来週には発表されるアカデミー作品賞、監督賞の最右翼として納得の映画である。